CODE.44
森を吹き抜ける荒々しい風の中、落ちている枝や葉を踏みながらやってくる足音が二つ。正体はなんとなくわかる。威圧感も、圧倒的な魔力量も、全てほんの少し前まで身近にあった者だから――――
「……よお、また来やがったか。諦めの悪い国だな、ほんと」
「……」
「問答無用、ね……まあいい」
剣を構えた私を見て、雰囲気が一変する。
「おい、ライ。てめえも手伝えっての」
「わかったわかった」
短くも長くもないオールバックの金髪を風に揺らしながら、苦笑いを浮かべたライと呼ばれた男が前に出る。恐らく、噂話というか、聞き出した情報にあったニライアスというのはあの男のことだろう。
「……行くぜ?」
「ッ!」
目の前で稲妻が爆ぜたかと思った刹那、背後に感じた気配に反射的に危機感を覚え、振り向きざまに炎を纏わせた剣を振るう。
「ちっ」
「お前達はニライアスを止めろ!」
「……ずいぶん余裕だな、レム」
いつの間にか抜刀されていたカタナとぶつかり合い、お互いに押し合っている状態で、部下に指示を飛ばす。その一瞬を突かれ、滑らせるように刀身をかわされ、繰り出された後ろ回し蹴りをどうにかかわし、距離をとる。
「そら、まだ終わってないぞ!」
撃ちだされた圧縮された風を弾き、もう片方に持っている剣にまとわせた炎ごと叩きつけるように斬りかかる。受け流されたせいで体勢を崩し、伸ばした左腕を掴まれる。咄嗟に左腕をねじる様に寄せて回避し、剣をしまうことを兼ねて体を回転させつつ一本の剣のみを背にしまう。右手に保持したままの剣を奔らせ、確実に急所である心臓部を狙った突きを弾く、
次第に、背後でも激しい戦闘を予想させる音が聞こえてくる。その音を無視し、広い面積に放った炎を囮に、炎ごと引き裂くように斬撃を見舞う。それをかわされ、咄嗟ともいうべき動作で剣の勢いを殺さず左足を大きく振り、顎を狙った蹴りを放つ。舌打ちと共に後ろに跳ばれてかわされ、再び睨み合う。
「やるようにはなったな」
「……」
「だが……成長はあまり見られん」
「言うだけは簡単だ」
距離を詰めると同時に体を一回転させ、大ぶりの炎を纏った一閃を放つ。無論そんな大振りは容易くかわされるが、それもまた想定内。左手でためておいた魔力を一気に開放し、辺りを薙ぎ払えるほどの炎を撃ちだす。流石にかわすわけにもいかなかったか、風の障壁を作り出して掻き消す。その際生じた隙をついて、自然と生まれた腰のひねりを利用して突きを繰り出す。だが、それすら僅かな焦りも感じさせず小刃を使い弾かれ、逆に私の体勢が崩される。
「チェックメイトだ」
宣言と同時に脇腹に鈍く強い痛みが走る。直後、更にもう一度胸部に強い衝撃と呼吸を止められる感覚、そして体に浮遊感を覚えた。背中に強い痛みを感じ、ようやく視界に入った体勢から蹴りを二発食らったと理解し、同時に更に呼吸が止まる。
「ライ、そっちは片付いたか?」
「たった今」
霞みはじめた意識の中、どうにか向けた視界に映ったのは、恐らく気を失っている部下達。そして直後、もう朦朧とし始めた意識の中、イチカワ タクミが声をかけてきた。
「……もう、来るな」
その声を聴いた直後、私は再び衝撃を感じ、視界が黒く染まった――――――背後が何であったかも気付かぬまま――――――
「……長! ……隊……隊長!」
「……う、ん……?」
何度も呼びかけられて、私は眼を開けた。同時に視界に飛び込んできたのは眩い光ではなく、どちらかといえば木々に遮られた柔らかな光。そして――――
「リ、リィナ……近い……」
「あっ!? す、すみません」
普段落ち着いている……いや、あまりはしゃぐことのない程度には落ち着いた性格の彼女が珍しく慌てていた。
「……他の皆は?」
「それがはぐれちゃいまして……一応、今オブニィとは合流していたので警戒を頼んでいます」
「そうか……」
「でも、隊長が無事でよかったです! あ、あんな崖から……正直、ダメかと思って……」
先程から目の端に涙を浮かべていた原因はそれだったか、と考えた直後、ふと疑問が浮かぶ。
「…………崖?」
「は、はい。あそこから落ちてしまったんですよ」
そういってリィナが指したのは、私の身長が何十倍とあっても足りないような崖。そういえば、と戦った森の近辺は崖になっていたことを思い出す。
「……木にでも引っかかって助かったのか……?」
そうでもなければ、到底あんな高さから落ちて助かるわけもない。幸いあの崖は途中にいくつか木が生えているので、そこに段々と引っかかって勢いが殺されたのだろう。むしろ、そうと考えなければ逆にあんな誰が落ちても下からでは点にしか見えなくなるような高さの崖から落ちて生きていることに対して、恐怖すら覚える。
「……とにかく、他の皆を探そ……くっ!」
「肩、貸しますよ」
「あ、ああ、すまない……」
ロクに治療もしていないのにまともに動けるわけもなく、体中に走った激痛で顔をしかめ、膝をつく。それを見たリィナが、きっと私にこのまま退く意思はないと悟ってくれたのだろう、何も言わずに肩を貸してくれた。その思いに感謝し、こちらも黙って肩を借りる。
オブニィに声をかけ、とりあえず崖の上へと登ろうかと話が決まった直後、魔力を感じてふと振り返る。すると、崖の反対側、つまり私達よりもっと崖から離れた位置に炎が上がった。明らかに、誰かに居場所を伝えるためだ。
「……早速、誰か見つかったか」
「そうですね」
「ええ、行きましょう。リィナ、隊長を頼むぞ」
そういってオブニィが先頭を行き、そのあとを私達が追う形で私達は出発した。