CODE.42
王城の国王様の部屋へたどり着いた私達は、扉の両脇に立っている歩哨二名によって何一ついうことなく開かれる。私達が来ると分かっていたのだろう。
「レム、来たか……大変なことになった」
「一体何があったのです? 微かに音が聞こえましたが」
「ううむ……実は、アクト達が担当していた、ここから北西に少し行った街道で、敵襲があった。はるか遠くから魔力で狙撃されたようで、使用されたのは風と雷の魔力だ」
「風と……雷…………」
国王様の言わんとすることを悟った私は、無意識に表情が曇ったらしい。その顔を見て自分の伝えたかったことが伝わったと分かった国王様もまた、沈痛な表情を見せる。
「それで、アクト達は……?」
「幸い少し怪我をした程度らしい。街の住民にも、広場に打ちこまれたこともあって被害は出なかった。が、その広場は一瞬で木々が消し飛んだらしいが……」
北西に行った街道近くにある広場といえば、私の記憶ではそれなりに広い広場が一つある。それが、まさかたった一撃で吹き飛んだというのだろうか?
その後、私達が住民の説得をしている傍ら、街では魔法による攻撃に対して厳戒態勢が敷かれていた。あの一撃以来、何度も爆撃を受け、数日が経っている。私達もその爆撃を間近で受け、いくらか負傷した者も出てしまった。幸いなことに今は回復しきっていつも通り動けるが、直属部隊の中には数日間の入院治療を受けなければならない者もいた。
「レム、今空いてるか? もしよかったら中庭に来てほしい」
「何かあったのか?」
昼食時を少し過ぎた頃。住人もあらかた落着き、しばらく休養をとることを許された私達は、自室で雑務その他を貯まった分片付けていた。そんな中自室に私を呼びに来たのはデフィア。彼の口調からして、緊急のものではないようだが、別段私に断る理由もない。
「まあいい、今は雑務も何とか一段落ついたところだ。このまま向かおう」
「ああ、助かる」
そう言って、彼は戻っていくのではなく、恐らくセシアの部屋の方へと向かう。私は部屋を出て、彼とは反対側、中庭の方へと向かう。
「お、来たなレム」
「アクト。これは一体?」
中庭に集まっていたのは私を含め国王直属部隊隊長の面々。ただし、イゼフとイースはいない。
「実はな、この中でイチカワ タクミの得意とする近接戦闘、CQCをそつなくこなせるような奴は、レム、お前以外だとセシア位なんだ」
「ああ、そのようだな」
「それで、俺達も習得しておかねば万が一戦闘することになった時に不利になる。あの投げは厄介だからな。そこで、お前達に教えてほしい、そういうわけだ」
「なるほど……だが、私達とて完全にマスターしているわけではない。そこを覚えておいてほしい」
わかってる、と返したアクトを一瞥し、私はどういう手はずで行うつもりなのか聞く。
「そんなもん、組手くらいしか俺には思いつかん。お前達に何かいい案があるなら、それは任せる」
「ふむ……確かに私にもそれ位しか思いつかないな。まあいいだろう、怪我しない程度にかかってこい」
「ありがたい。じゃあ、最初は俺でいいな?」
アクトが右半身を前に、拳を軽く握って構える。対して私は、逆に左半身を前に構え、膝を曲げて腰を落とす。
「来いっ!」
「ああっ!」
右手を踏み込みと共に私の左肩へと伸ばしてくるアクト。踏み込みをまじえ右腕で弾き、そのまま逆に首筋を掴む。アクトは左手で私の右腕をとると、私が腕を伸ばした勢いと共に投げを試みる。が、腕を捻ってかわし、左を再び踏込をまじえつつ突出し、今度は胸倉辺りを掴む。腕を出す動作の中で重心が上がっていたアクトは、難なくその左腕で崩れ、背中から地面に叩きつけられる。
「まだまだ、だな」
「ぐっ……っつぅ……だが、前よりは持ったな」
「一手分だけな。それでもマシなものだ。アレを見てみろ」
先程気付いた、ゼルキスとセシアの組手。なんというのか、ああいうのをワンサイドゲームというのだと思う。
「くそっ!」
「闇雲に突っ込んでも意味はないですよ」
もはや単に殴りかかっているだけのゼルキスを、セシアが軽く受け流し、投げる。悶絶するのもつかの間、すぐに起き上がりざまに蹴りを放って後退させ、起き上がった直後に再び蹴りかかる。それもやはり掴まれ、勢いを逆に利用され叩きつけられる。
「まだだっ!」
「ふぅ、まだやる気ですか」
地面に叩きつけられてなお、跳ね上がる様に起き上がったゼルキス。そのままの勢いで殴りかかるも、やはり冷静さを保ってるセシアに受け流され、投げられる。
「ふう、あれでは組手の意味も薄いな……」
「そればかりは俺も同意できるな。あいつは習得諦めたらどうだ……? 接近戦は元から強いし」
アクトが呆れたように言ったそれに、私はため息しか返すことが出来なかった。
結局、アクトのほかに私はデフィアと組手を行い、日が傾きかけていることに気付くまで続けていた。休憩を挟みつつとはいえ、そんな長時間組手を行っていたため流石に疲れが出てくる。
「ふぅ……今日のところはこれくらいでいいか?」
「あ、ああ……つき合わせて済まなかったな」
「気にするな。それで……アレはどうする?」
「あー……」
「放っておけ、ってのはセシアに酷だからな。氷漬けにでもしていいか?」
呆れた私達に同調するデフィアに、私達はほぼ無意識のうちに無言で頷いていた。と、その直後、涼しげな音と共にゼルキスの体の周りを氷の魔力で生成された冷気が多い、一瞬で察したセシアは離脱、間に合わなかったゼルキスは見事に氷柱に閉じ込められる。
「あ、あいつ死なないよな?」
「……知らん」
「セシア、大丈夫か?」
「ええ、疲れました……黙らせてくれてありがとうございます」
セシアがいつも通りの笑みを浮かべながら言うと同時に、デフィアが魔力を操作して氷柱を砕く。
「こらデフィアァ! 何してくれるんだテメェ!」
「頭冷やせ、この猪突猛進信者」
氷塊を作ったデフィアが、怒鳴って走ってきたゼルキスにぶつける。呻きにもとれる声と共にひっくり返り、そのまま気絶してしまったらしい。
「……まったく、普段から騒がしい奴だが……今日はまた一段と騒がしいな」
「アクト、それは言ってはいけないぞ」
「……それで? 結局貴様らはCQCについて何かつかめたのか?」
この会話を断ち切るべく、少し強引ではあるが話題転換を試みる。私が組手をした感想としてはいくらか思うところがあるが、それは私からではなく自分で見つけなければ意味もない。大事な話題であるから、あまりこういう時に出したくはなかったが……この場合致し方がない。
「あー……一応、あれは後手を取るのがコツだとは分かった」
「俺もそう思う。それと、俺達が構えの中で腰を落としていなかったのも悪い部分か」
「……この状況で即座にそれが出てきただけでもいいものだ。どこぞの筋肉馬鹿とは違ってな。セシア、お前の方は……何かあったか?」
「どうも彼はキレやすいみたいですが、そこを治せば多分私達も越えかねませんね」
「そうか。それでは一生かかったとしても無理だな。では、そろそろ帰るか?」
結局、今日中に終わらせる予定だった雑務は終わらなかったため、次の日早く起きなければならなくなったが……悪くない一日だった。ただ、やはりというか、ゼルキスだけはセシアに拘束されてまでお説教をもらっていたのだが……そこもまた私達らしいと言えるのかもしれない。
そして翌日。私達は国王様に呼び出された――――――――――