CODE.35
私が兵士の前に立ってから、次に日が昇るまで。予想通り、敵の襲撃はなかった。朝食をさっと済ませ、部下たちと共にいつも通り基礎訓練をこなし、午前の訓練が終了した頃。
「敵襲、敵襲―! 各員、予定の配置に着け―!」
いつもの如く、けたたましく鳴る警鐘と共に怒鳴り散らされる声。私は部下と共に森の方に駆け、予め決めておいた待ち合わせ場所に到着する。ほぼ同時に、黒い外套を羽織った親衛隊達も到着する。森の入り口となる、少しだけ開けた場所に、黒い軍服か外套を纏った者達が集まるのはなかなかに異様な光景かもしれない。
「レムさん、そちらも準備はいいですね?」
「ああ、問題はない。行くぞ!」
既に兵士達には、私がいなくてもいいよう作戦を言いつけてある。そのことを胸の中でのみ確認し、深い森へと走り出す。すぐに親衛隊と私達直属部隊に分かれる。
「隊長、捉えました!」
「よし、案内を頼む」
私以上に魔力察知に優れたリィナが、私では漠然としか捉えられないそれを捉える。案内を頼まれた彼女は、群青の肩ほどまでの一つに結んだ髪を靡かせながら走っていく。それについていくと、確かに進軍中の敵がいるようだ。
「ふむ、少し少ないか……?」
「いえ、隊長? 常識的に考えて一個小隊の規模ですよ?」
どうも、先生との付き合いの中で敵数に対する感覚が狂ってきたらしい。だが、もちろん油断するつもりもない。
「よし、先程も伝えたとおり、今回は正面からの衝突ではない。後ろから各個撃破を狙うぞ。ジェフ、オブニィ、後方援護は任せる」
手短に指示を飛ばした後、剣を背から抜きながら、敵の後方に音をなるべく出さずに駆け寄り、その後をジェフとオブニィ以外の三名が続く。接近すると同時に剣を持ったまま敵の首を引き寄せ、足を払い、地面に打ち付け、気絶した直後に目覚めた後を考え足を斬る。いくらかの兵士が気付いたようだが、私の後についてきた三名が即座に対応、気絶させ、同じく足を斬る。
繰り返して気絶した敵兵を増やしていくと、流石に多くの兵が気付き始める。囲まれ始め、流石にこの身動きのとりにくい森の中での戦闘では辛い、と敵の矢や剣をかわしつつ脳裏を考えが過る。
「よし、撤退だ! 一度退け!!」
剣に魔力を籠め、地面に叩きつける。瞬間的ではあるが、炎の壁を作り敵兵をけん制する。それを合図に、私達の背後から魔力の弾丸が飛んでくる。姿勢を低くしながら私達は駆け、ある程度の距離を逃げた後で射撃が止み、同時に私達はいったんバラバラに逃げ始める。
「……そろそろか?」
木を背に身を隠しながら、私は呟いた。作戦の内の一つ、撤退後の合流。ある程度時間をおいて、あらかじめ決めた場所で合流。再び彼らを襲撃し、そして再び撤退する。幾度も間をおいて襲撃することによって、精神的に彼らを追い詰めようという作戦だ。親衛隊には私達が合流するまでの間に襲撃行うよう頼んである。だからか、先程魔法を一度放つ音と悲鳴が聞こえた。
薄暗い森の中を走り、ある地点に到着する。一見他の場所と変わりないような場所だが、実は木の上部に独特な枝を持ったものがあり、知っているものならばそれが目印になる。
「隊長! お待たせしました!」
最後に到着したリィナ。群青の髪が森に溶け込んでいるため、森では見つかりにくかったのであろうが、少し時間がかかってはいないだろうか?
「すみません、ちょっと罠を張ってたもので、遅れてしまいました」
「罠?」
「ええ。ちょっと草に細工を」
「……ご苦労だった。だが、あまり勝手な真似はするなよ? 皆が心配する」
「はい、気を付けます……」
しゅんと肩を落とす彼女。反省した様子なので、行動を再開することにする。
「魔力が切れたものはいないな? よし、もう一度行くぞ」
私の確認に、全員声は返さずに頷きを返す。私も一度頷きを返し、背を向けて走り出す。後ろからは足音が聞こえてきた。
「よし、行くぞ!」
先程と変わらず、抜刀した剣を手に走り出す。流石に二度も襲撃にあっているためか、警戒度だけはかなり上がっている。それでも構うことなく最後尾に炎を放つ。
「て、敵襲!」
慌てた敵兵が叫ぶ。厄介なことになったか、と思いつつも、その叫んだ敵兵の脚を払い、前につんのめったところに迎え撃つように剣の柄を打ち込む。鈍い音と共に今度は後ろに吹き飛びそうになるところを、すかさず足を斬る。緑の軍服が紅く染まる。そのまま両横からかかってきた二つの影の腕を取り、私の正面に引き、投げる。やはり足を斬り、そのまま脇を三つの影、私の部下達が通り抜ける。魔力を最大限に有効活用して敵の動きを止め、脚を斬る。崩れ落ちていくのをよそに、私は撤退の命令を出す。
襲撃と撤退を幾度か繰り返したころ、既に森を通り抜けてしまった。私達は襲撃を諦め、親衛隊と合流。王城方面へと駆け抜ける。
城が見え、それを守る兵士たちの軍団が見える。私達の前を行く敵軍に気付いたらしく、彼らも走り出した。
「イトナ、打ち合わせ通りに頼む!」
「はい、任せてください!」
敵と王国の軍が衝突を開始し、同時に戦闘が開始される。戦闘集団の方面では早くも魔法を使用しているのか、炎やら氷やら風やらが舞っている。
「今です!」
イトナの合図を受け、私達の部隊もイトナ達の部隊も全員が一斉に魔法を放つ。様々な属性が入り乱れた魔力の波は、こちらをすっかり失念してしまった敵の最後尾集団を呑み込む。
「よくやった! あとは接近戦に持ち込め、挟み撃ちだ!」
「援護します!」
走り出す私達の後ろで、親衛隊の面々が魔法具を構える。イトナは杖、その他のメンバーは銃から剣まで、さまざまなものを持っている。
「はぁぁっ!」
剣に炎を纏わせ、6本ほど脚を斬り、炎で傷を焼かれた者達が崩れ落ちる。そのまま跳ね上がる様に跳び、崩れ落ちてくる敵をかわしながらその後ろにいた敵を柄で殴る。着地の隙を狙われるが、親衛隊の魔法がそれを拒み、私は私で立ち上がりざま炎で周囲を焼き尽くす。その中に幾筋も剣閃を混ぜ、死なぬ程度に斬る。
「流石に少し数が多いか……?」
いつも当たるより規模の少ない敵軍とはいえ、こちらも規模は少ない。内心、せめてもう一つ隊が残っていればとも思うが……
「き、貴様裏切ったのか!?」
「裏切った? ふはははは、魔王軍の割にきれいごとを言う奴だ」
聞き覚えのある声に、正面を見上げれば、それは敵集団の真ん中に陣取り暴れまわるジュイスの姿。そうだ、ジュイスは今回のゲリラ戦には参加させず、王国軍の指揮にあたらせてあった。いつもよりわずかに戦闘開始が早いかと思ったが、ジュイスの指揮がよかったのかもしれない。本当にセシアの立場が危ういのではないか。
「ジュイス! そっちの状況は!」
「特に大きな被害はない。元魔王軍だぞ? どう攻めるかなど手に取る様にわかっている」
敵を斬り、燃やし吹き飛ばし、と捌いて行きながら会話を行う。なるほど、確かに元魔王軍なら、その性格も理解しているだろう。本当に、先生のジュイス説得は我が国に恩恵をもたらしてくれた。
「レムさん! 広範囲にいきます、撤退を!」
「分かった! 王国軍、一度退け!」
退け、と言っただけでも私の意図は伝わったらしい。囲うように円形に広がりながら逃げ、後退中にも魔法で敵をけん制し、近づけない。
「行きます!!」
イトナが言った直後、敵集団を包み込むほどの規模の炎が巻き起こる。数百の軍を丸々包み込んだその熱が、こちらにも伝わってくる。
巨大な炎が晴れると同時に、戦は終了した。
「流石に、あの規模だと外側の兵は生きていますね」
「無駄に命を奪うよりはマシだ。回収を手伝ってくれ」
流石に戦の時のようには動けなくなった兵士を、次々と連行していく。死んだ兵士たちは、王国軍のほかの軍が担当し、土葬することになっている。
流石に数百いた敵兵だ。生きているのでもかなりの数がいる。いくら半分より少ない数とはいえ、時間がかかりそうだ。
ムートが空に完全にのぼったころ、ようやく作業は終了する。戦闘終了が、日が頂点にのぼったころだったはずだから、それなりの時間がかかったようだ。
「お疲れ様です」
「ああ、お互いにな。今日は助かった、ありがとう」
「こちらこそ、ですよ。しかし、大丈夫でしょうか?」
「何がだ?」
「魔王討伐に行った彼らです」
「……恐らく大丈夫だ。一度は撃退とはいえ勝利しているのだ、先生が負ける要素は少ない」
とはいえ、やはり不安はある。もしかしたら、今の言葉は自分を納得させるためだったのかもしれない。
そうですね、とだけ答えたイトナに別れを告げ、ようやく今日という日は終わりを迎えたのだった。