CODE.33
翌朝、日の光を体に感じた私は目を覚ます。昨日は疲れていたとはいえすぐに寝たからか、寝起き特有のだるさというのはほとんどなかった。
今日は、と言えば、最近数日ごとの朝に行うようになったゼルキスとの戦闘訓練の日である。昨日寝る前に考えたとおり、まずはゼルキスの左肩を心配すべきであろう。治療は受けたようだが、もし少しでも異常を感じるなら今日は辞退してもらうほかない。
そんなことを考えつつ、鍛錬の場へと向かう。中庭に位置する、初めて私達が先生と会った場所だ。
件の中庭……の周囲を覆う草むらに踏み入れた時、私は咄嗟に身を隠した。草むらの中から覗くと、そこには先生の姿。ついでに言えば、すぐ近く、もとい隣にはゼルキスが同じように隠れていた。声を潜めて会話を試みる。
「……来てたのか?」
「ああ。腕の方も治ったしな。しかし……」
「うむ、流石、だ……」
元学生、と言っていた彼ではあったが、それを疑わせるほどの力強さを感じる。徒手空拳、銃器二種類を目の前で披露され、私は圧倒された。単純な武としては部隊でも彼に勝る者もいるだろうが、それでもどこか人を惹きつけるところがある。いつの間にかつけ始めて今では馴染みとなった深緑のバンダナが揺れ、強い踏み込みの音が大地を揺らし、小さな銃器を持ったまま繰り出される格闘が空気を震わせる。
銃器系の魔法具を置き、カタナを腰に差す。少し遠いここからでも先生が集中しているのがわかる。と、鞘から抜くと同時に斬撃を行うイアイを行う。空気を切り裂いた音が辺りに響き、その後いくつかの斬撃を繰り返し、そして再び鞘に納め――――突如私達の方に向かい地を蹴った。
「え?」
「は?」
先程と同じく、凄まじい速度のイアイによる斬撃が私達を襲う。咄嗟にかわすが、今度は鞘での一撃が飛んでくる。咄嗟に剣で防ぐも、その衝撃は体を揺るがす。
「全くお前らは……なーに人の鍛錬覗いてんだか。フツーに見学すりゃーいいじゃん」
「す、すみません……」
「あまりにも集中してて話しかけられんかったんだよ、スマン!」
「なるほどな……そりゃスマンかった。で、何でお前らここに? あまり見ない組み合わせだけど」
そういえば、先生には話していなかった。私達が訓練を行っていることと、その内容、理由を話すと、先生は納得した様子だった。
「ふむ、では俺がいたら邪魔になるな。すまんかった、スグ退くよ」
「あ、良かったらどうだ、俺達と組み手をしてくれないか?」
「ほぅ? まあ良いが。で、どっちからやる? 一気に二人でも構わんが」
「じゃ、俺からだ。いいか、レム?」
「構わん……どうせすぐ回る」
どうせ猪突猛進なゼルキスのことだ。それなりの実力を持っていれば、避けるのに徹すれば容易く自滅する。そもそも先生の場合、早くもゼルキスの癖を見抜いているのか、かなり早く決着が着いたりするが。それでもなおゼルキスが部隊長を務めるのは、それを差し引いても恐ろしい、その怪力であろう、というのもまた確かだが。
「さて、いつでもいいぞ、かかってこい」
小刃のみを持った先生が、ゼルキスに挑発気味に言う。それは開始の合図。あえて先手を取らせることで、戦術の増幅、先手だからこその不利を学ぶことが出来るとか。
ゼルキスが地を蹴り、勢い良く殴りかかる。一切のフェイントもない、威力至上主義の一撃。先生は、膝を左は曲げ、右は伸ばして、地から見ればほとんど上半身だけの高さにまで沈み込む。その極限まで沈んだ体勢から、反射のように地を蹴り体当たりをみまう。ゼルキスの巨体が止まり、一瞬浮き上がる。
「がっ!!」
その隙を逃さず、先生がゼルキスの重心を崩して拘束する。私はそれを見て、彼らが戦っていた石畳へと乗る。
「ほい、勝負あり。お前は猪突猛進過ぎんだよ。最大のチャンスに最大の攻撃を、それ以外は力を溜めつつ隙を作らせろ、って言ったの忘れたか?」
ゼルキスを開放し、苦言を呈する。項垂れるゼルキスだが、今の戦い方からして傷の方は大丈夫とみえる。
ゼルキスが石畳から降り、私がすでにいることを確認した先生は構えを取りなおす。私も一本剣を右手で抜き、左半身を前に、刀身が後ろに来るように構える。
互いに集中力が高まり、脚に力を籠めた瞬間――――
「おーい、国王様がお呼びだぞー先生―!」
――――――邪魔者が入った。先生が盛大にこけ、私も足を滑らせかける。
「て、てめえデフィア! もーちょっと声をかけるタイミングを考えろ!」
「全く! 貴様にはデリカシーというものがないのか!?」
その犯人――――デフィアに非難の嵐が起こる。全く、一度ならず二度までも同じことをやらかすとは。今回ばかりは流石にゼルキスも苦笑して肩をすぼめている。
「いや……スマン。だが、どうも重要なことらしい。あ、ゼルキスも来てくれってさ」
刹那のみ落ち込んだかと思えば、再びいつもの調子で招集が出たと告げる。私は行かなくてもいいらしいが。
先生とゼルキスが招集され、手持無沙汰になった私は自室に戻る。専ら日常生活に必要最低限の物しか置いていない殺風景な部屋と自覚しているが、私にとっては、もとい国王直属部隊に限らず各隊の隊長達は自室は事務室も兼ねるため、それでもいいと思っている。それでも、一応金銭の余裕があったりする場合は書籍を購入したりしているのではあるが。
そんな部屋で済んでしまった武器の手入れや、書類仕事が来ていないか確認を済ませるべく箱を覗くも全くない空箱を見て、久しぶりに暇になったと自覚する。買った書籍も大抵読み終わっているし、部屋の中でできる鍛練というのもそうそうない。ああ、鍛練場は空いたのだからそこを使えばいいのか、と結論に至った時に限って、だ。剣を背負った私の耳に、木製の扉を叩く音が聞こえる。
「誰だ?」
「レムさん、います? フェインです」
部下のノックと聞いた私は扉を開ける。彼女が私の部屋に来るのは初めてではないだろうか。
「国王様から招集が。他にもさんが既に」
「ふむ、先程ゼルキスや先生達が呼ばれていたが……わかった、すぐに向かう」
軍服を着たままだったため、我が軍の正装を兼ねるその服装のまま国王様のもとへ向かう。
「ふむ、わざわざ済まない。さて、早速だが本題に入らせてもらうとしよう」
そう言って、国王様は今回の目的を明らかにした。
「実は、先程主らの隊以外の直属部隊は、ある作戦に出撃した。その間、恐らく魔王軍のほぼ全ては向こうに集まっておろうが、その一部の小隊がこちらに来るであろう、と考えた。つまり……」
「私達にその間の防衛役を、と?」
「うむ……直属部隊の中で第二隊しか残っておらん。第四隊から特別にジュイスを加勢させてもらったが、かなり……つらい状況だ。しかし、それでも頼みざるをえんのだ……」
国王様のその頼みに、私は無言でうなずきを返す。確かに、私達の隊のみでは勝機も薄いだろうが……今確かにジュイスが私達に加勢すると聞いた。それなら、幾分かは勝機も見えてくるかもしれない。
「しかし、流石に主らの隊だけでは勝利が遠のくことも考えられる。そこで、じゃ。親衛隊の面々も、今回の防衛線に参加することにした」
「親衛隊がですか?」
「うむ。隊長のイトナも快く承諾してくれた。それと、無論彼ら以外にも兵士を動員する。だが、彼らとは大規模な戦闘以外、別行動をとってもらって構わん」
「ということは、私達直属部隊と親衛隊のような少数部隊は、森の中などに待機していた方がよろしいのですね?」
「ああ。そしてこの防衛線、総指揮官をレムに任せる。イトナ達と相談の上、何とかこらえてくれ。頼んだぞ」
「はっ。では、失礼します」
「うむ」
国王様の部屋を出た後、私はイトナと共に小規模な作戦会議を開く。親衛隊の、私達とは異なる、黒のマントを含んだ軍服を着た彼は、既に国王様の部屋の前にいた。
「いいか、今回はいつも以上に少数での戦闘になる。だから、必然的に奇襲部隊をメインとした戦法を取らざるを得ない。そこで、私達国王直属部隊第二隊と親衛隊は、森を利用した奇襲戦術を仕掛けることにしようと思っている」
「その方がいいでしょう。では、この森でよろしいですか?ここであれば食糧になるものも――――」
そうして、作戦はあらかた決まった。基本的には森から奇襲をかけ、数を減らす。精神的に参らせるためにも、道をふさいだりなどで回り道をさせ、何日かかかるようにすることが彼の立案もあって決まった。リスクは高い。だが、私達が勝つには、これしかない。はっきり言ってしまえば、王国軍の兵士はピンキリであり、あまり過度な期待はできないからだ。
そんな会議を終え、私は部下に伝えるべくその場を後にした。