CODE.32
翌朝、今まさに訓練が始まろうかという緊張が走るその時。
「敵襲―! 西岩地にて、数万の兵を視認! 事前打ち合わせのあった隊は直ちに直行せよ!!」
けたたましく警鐘が鳴り響き、その場にいた、先生を含む国王直属部隊の全員の緊張が一気に最大限になる。先生が一瞬の戸惑いもなく飛んでいくのを見たのを境に、それぞれの、私を含めた部隊長達が部下に指示を飛ばす。
「いいか、例の場所に私達は潜伏。機を見て奇襲をかける! 行くぞ!」
事前に伝えていた、小高い丘のような場所。そこまで走り、各々武器を構える。訓練時にも武器の携行をさせた先生の意図とは違うところで、その行為は意味を成した。
「レムさん、第四隊はすべて揃いました」
「ああ、私達第二隊も揃った。突撃合図の方は任せたぞ?」
「ええ、大丈夫です。先鋒、気を付けてくださいね。ああ、そういえば……」
私を気遣ったセシアが、思い出したように私にある物を差し出す。受け取ってみれば、それは風の魔力を大量に感じる透明な水晶と、雷の魔力を感じる青白い水晶。どちらも六角柱の底辺に六角錐がくっついたような形で、握りこぶしより一回り小さい程度のものだ。
「これは……?」
「なんでも敵の多いところに投げてみろ、だそうで。『有効に使えよ?』とのことですが」
「魔力爆弾の類か?」
「そうでしょうね。以前にも似たようなものを作っていましたし」
「ああ、アレか……」
魔王場内で使用した、閃光を発する魔力爆弾……実際、魔力かどうか怪しかった物だが。恐らく、囲まれる前に使わないと自分をも巻き込んでしまうはずだ。
「では、突撃と同時にこれを投げつけるとしよう」
「分かりました。では、私の分も預けたほうがいいですね」
私が受け取ったのと同じような水晶を二つ手渡してくる。頷きを返して、最初に貰った二つと一緒にしまう。
「おや、来たようですね。準備は良いですか?」
「ああ、大丈夫だ」
セシアが笑みを引き締め、いまだ笑みのままながら雰囲気を変える。遠距離から攻撃できる武器を持つ者と近接武器を持つ者で別れ、私は後者の戦闘に構える。セシアは前者の戦闘に位置し、やはりその獲物に手をかける。右手は未だ弦にはかからず、私達の視線と意識を集めている。敵集団が私達の本隊ともいうべき第一、第三隊と戦闘を開始したと同時に、彼の右手がゆっくりと上がる。私は左手にのみ剣を抜刀し、右手には例の水晶を一つ握る。雷の水晶だ。敵の最後尾が戦闘準備を終えたところで、セシアの右手が前方に振り下ろす。直後、私達はその地を蹴り、敵の背後に急襲をかける。右手に持った水晶を一気に投げつけ、広範囲に先生の魔力がこもっている魔法を炸裂させる。最後尾が壊滅し、慌てた様子を見せる敵兵達に、容赦することなく突撃を行う。
「怯んだ隙を逃すな! 魔法も事前に決めたとおり交代で放て! 行けえっ!」
炎を纏った剣を両手に持ち、激を飛ばしつつ敵を殴り飛ばしていく。斬ることはしない。先生曰く、敵は死亡させるより負傷させる方が敵に負担になりやすい、ということだ。剣の腹を使って殴り、炎で追撃を与える。次々になぎ倒されていく敵兵を見て、私は深追いしようとする自身を内心でのみ抑え、一度後ろに跳ぶ。
直後、それが分かっていたかのように魔力でできた矢が大量に降ってくる。同時に魔力の弾丸がいくつも爆ぜ、矢に怯んだ敵兵を捉えていく。
「よし、魔法を放つのを交代しろ! 私も放つ!」
剣を一本に持ち直し、左手に先程より多く魔力を籠める。薙ぎ払うように放ち、その炎の壁を目くらましに私やセシアの部下達が一斉に魔法を放つ。
私達の奇襲から多少時間が経過した頃、敵軍の中心辺りで轟音が発生した。次いで衝撃を感じ、私は思わず怯む。あの距離でこの衝撃となると、かなり威力の高い魔法を使った者がいる。その者に、私は微かな心当たりがあった。そう、先生だ。
「ふう、派手にきたものだ……よし、今だ! 機を逃すな!」
集中を乱した敵軍に突撃を開始し、敵兵を薙ぎ払う。その直後、私は再び驚愕に晒される。
「……あんなことが出来るのは、やはり……先生しかいないということか」
敵が次々と吹き飛んでいく奇妙な光景。流石にゼルキスだってあんなに連続で、そして高くは飛ばせない。自然と笑みがこぼれ、両手に持った剣を振る。しばらくその光景を視界の端に、私達は敵を薙ぎ払っていく。
敵兵が一旦ふきとばなくなったと思えば、凄まじい殺気をはるかに先生から離れたここからでも感じ取ることが出来た。本能的に、曖昧にではあるが先生がやりそうなことを察知した私は、仲間に指示を出す。
「て、撤退だ、撤退しろ!」
疑問を抱いた者ももちろん多いだろうが、私の切羽詰った声色に何かしらの危機感を抱いてくれたのだろう、残ろうとするものは誰もない。皆最初にいた小高い丘目指して走る。
「おや、どうしました?」
「……先生だ」
「いや、だからなおさら……ああ……」
反論しようとしたセシアだが、後ろで巻き起こっている事態を見て絶句する。他の皆も同じ反応だ。かくいう私も、その方向を見て絶句してしまう。竜巻のような風の魔法と、周りを這う雷。しかも、それがアクト達の方にまで被害を及ぼしているような気がする。案の定アクトが抗議の声――――とはいえ、風と雷、悲鳴で内容は聞き取れないが――――をあげる。それに動きを止めた先生は、一言二言アクトにかえし、そのまま敵軍の中央辺りまで一気に駆け抜ける。敵軍ではあるのだが、彼らには一種の同情を覚えてしまいそうなほどだ。
「……レム隊長、引き際の察知、お見事です……」
「…………ああ。なんとなく褒められても嬉しくないのだが…………」
そんな先生の加勢のお蔭で、あの数万はいたと思われる大軍は、一晩、もとい日が出ている内に半分以上が沈み、日が沈む頃には一割程度にまで数を減らしていた。トドメを刺した先生。流石に結果報告などは明日になった。当事者である先生は、今部屋で眠っているらしい。他の隊員達がそうであるように、私も夕食を手短に済ませ、部屋に戻る。何とか今日の事を思い出して夢に見ないよう、他の事を考えながら寝ようと思案を始める。
「そういえば、明日は『アレ』の日か。あいつは怪我をしたとか言っていたが……まあ、そうしたら諦めるか」
気付けばそんなことを呟いていた。目を閉じ、力を抜く。今日はいつもより疲れたからか、すぐに私の意識は無くなった。