CODE.30
何やら、最近不穏な噂がある。と、いうのも、どうにもデルビ・アリエから北西に行った、この土地の最北西にあるマノウスンテ・アリエ。その辺りから、一般の住民でも感じ取れるほどの強烈な魔力を感じるとか。私達も、その方角からは強い魔力を感じていたが、よもや一般の民までもが感じるとなれば、ほぼ確信できる。魔王だ、と。普通、魔王の魔力は誰だって感じ取れるほど強烈だ。しかしその魔力は、ここ最近感じることはできなくなっている。先生が撃退したからだ。だが、それを再び感じるようになった…………
悪い噂というのは、どうしてこうも現実となるのか。国王様が危機を感じ取り、秘密裏にイースら国王直属部隊第七隊を送り込んだ。その結果――――
「そ、そんな……いくらなんでも速すぎます!」
「うむ、たった今偵察に向かっていた者から通信があった……彼らの情報によれば、この大陸の最北西に位置する雪山、マノウスンテ・アリエ……そこで力を蓄えていた形跡があったらしい」
「では、こちらも早めに対策を練った方が良いですね。今回の訓練、組み手のみにしてくれ。俺は布陣を見直さねばならん」
珍しく声を荒げたセシア。国王様がそれも当然だ、と分かっているらしく、詳細を説明する。それを聞いた先生は、即座に部屋を後にしたため、残った私達も国王様に一礼の後退室した。
「さて、ではいつも通り組手を行うぞ。先生がいない分、お互いに相手の動きについて指摘してやれよ!」
アクトが全体に指示を出す。それぞれが相手とペアを組み、戦闘を開始する。
「さて、行くぞ?」
「ああ、いつでも来い」
最近は、アクトの組手に付き合うことが多い。と、いうのも、隊の中でもCQCの上達度にはやはり差があり、一番上のレベルが自分で言うのもなんだが私とセシアだからだ。アクトは近接戦闘に持ち込まれれば、一気に戦力が低下する。だから、このCQCの上達が生存率を上げることに直結する。
お互いに暗黙の了解でCQCをメインとした組手にするつもりだから、私達が持つのは先生に支給された、というより支給されることになった小刃のみ。
軽く腕を上げ、構える。脚は肩幅より少し広く開き、重心を落とす。いつでも動けるよう、脚と腕に無駄な力は入れない。相手を見据え、呼吸を整える。
「ふっ!」
腕を伸ばしても全く届かない距離にいる私達。腕三本ほどのその距離を、一気に懐に入って詰める。重心を地面近くまで落として、その勢いをも利用して地を蹴ったためだ。
左腕をアクトの顔めがけ繰り出す。しかし、その直線的な攻撃はもちろんかわされる。空を切ったその拳は、アクトの顔の左頬を掠めることもない。しかし、私は同時にアクトの左腕を右手でつかむ。
「しまっ――――」
「遅い!」
突き出した左腕はアクトの延髄辺りにあてがっている。脚を払い、重心を不安定にさせたところで、左手を使って引き倒す。何とか顔を地面に強打することは無かったようだが、私はそのままアクトの左肩を足で踏み、小刃を首に突き付ける。
「勝負あり、だな」
「はあ……」
力を抜いたアクトを確認し、そっと小刃を放し、肩を開放する。
「お前はフェイントに弱すぎだ。あれは私の左腕を掴むか、もう少し大きな動作でかわすべきだったな」
「うーむ、頭では分かっているんだけどな……」
苦笑しながら立ち上がるアクト。
「どうする、もう一回やるか?」
「ああ、頼む」
二回目の組手は、流石にアクトも警戒を強めて安易にかからなくなる。いくらか返し返されを繰り返し、最終的に私が背中から地面に叩きつけ、勝負が決する。
アクトを立ち上がらせると、丁度先生が帰ってきたから集合という旨の声がかかる。
「訓練の中断、申し訳ない。今度もし魔王軍が襲撃してきたときの布陣。それがある程度固まったんでな、それを知らせようと思う」
「襲撃……ですか?」
「ああ。あながちないとは言えない。おや、各隊長から聞いていないか?」
「はい、訓練後に伝える予定でしたので」
「あちゃあ……そっか、すまんすまん。まあ、今日は訓練をここまでにしてほしい。何でかって言えば、まあ理由はさっき言ったから良いとしようか」
「で、どうするんだ?」
「ああ。作戦の盗み聞きがあるとアレだから、一度しか言わんぞ、良いか?」
確かに、何度も話せばそれは人に伝わっていく可能性が増える。私達は頷き、一言一句聞き漏らさぬよう意識を集中する。
「まず、第一、三隊はここの岩地で待ち伏せ。最前線だから一番大変になるだろうが……期待しているぞ。次に第二、四隊は岩地の裏にある小高い丘……ここから頃合いを見て奇襲をかけてもらう。挟み撃ちにして陣形を乱すんだ。そんで、第五隊。この隊は半分に分けて、それぞれ他の隊のサポートにまわってもらう。誰がどちらへ行くかは任せるぞ。で、第六と七は俺と別行動。この岩山から少し北に移動したところで待機だ。質問は?」
岩山から北……?
「この場所には特に何もありませんが……何故先生達はここへ?」
私が疑問をぶつけようかと思った時、セシアが先に聞いてくれた。
「まあ、ここにはある設備がある。お前らをここからでも援護できる程のな。まあ期待してくれてかまわん」
そうとだけ言うと、先生は地図をしまい、細かい説明に移る。
私達は先程言われた通り奇襲部隊。第一、第三隊と敵部隊がぶつかるのを待ち、ぶつかって交戦を開始した瞬間に敵背後に丘から走り、奇襲をかけて相手陣形を崩すと同時に挟み撃ちを行う。
ただ、無論これは襲撃があった際の作戦だから、使わないこともあるかもしれないと先生は言っていた。当然と言えば当然だし、無論作戦の変更も出てくるだろう、とも言っていた。
今日という日は、この後何事もなく、夕食やミーティングをいつも通り行って終了した。