CODE.28
先生がアクトから報告を受けて、向こうが宣言した西の方にある草原へと向かう。私達は、その直後に先生の部屋の前にいたアクトと、連絡をした国王直属部隊隊長の面々と共に先生の後を追う。
「なあ……先生、大丈夫か?」
珍しく、いつもは豪気なゼルキスが不安をあらわにする。無理もない、ジュイスは王国兵士なら知らぬものはいないというほどに名を轟かせている男だ。
「ふむ……確かに。紅き彗星のジュイス……かつて単独で一個小隊を相手取って、勝利したという男。先生の力を知っているとはいえ、確かに不安だな」
「ああ、それは確かにそうだ。しかし、貴様らは知らないだろうが、先生は一度奴と戦っている。実力的には、おそらく先生が僅かにでも上であることは保障する」
アクト達は、以前魔王城を攻めた時にその作戦に参加していなかった。つまり、彼らの戦いは見ていないはず。
……ただ、私も正直に言うと不安でいっぱいだった。あの時ジュイスは、自分が少しでも負けの兆候を感じた時には逃げていた。しかし、今回はそうはいかないだろう。先生は若干戦闘を力押しで進める傾向があるから、もし先生のスタミナが持たないという事態に陥れば、おそらく負けてしまう。今回はその大きすぎる不確定要素を抱えているということが、私の先生の実力とジュイスの実力を考えた結果に対する自信を失わせていた。
「先生の実力云々は、俺らはどうしようもねえよ。とにかく行かないことには何もならんぜ?」
デフィアの言うとおりだ。私達は走る速度を上げる。既に夜は更け、温暖な季節であるにも関わらず肌を撫でる冷たい風を受けながら、私達は飛んで行った先生を全速力で追った。
目的地の草原に着けば、丁度両者が対峙しているところだった。ただ、武器を構えるわけでもなく、何か話をしているらしい。しかし遠すぎるのか、イゼフでもどんな会話かは聞き取れないようだ。
会話が終わり、互いが銃器系の魔法具を構える。どちらも両手を使って保持し、銃口はどちらも相手を睨む。風が辺りを巡り、緊張が場を支配する。草同士が音を立て、流れた雲はムートを隠し、すぐに再び姿を現した。同時に、風が止み、それを待っていたかのように、あるいは合図にでもしていたかのように走り出す二人。飛ぶように横に走り始めたため、傍からは消えたように感じる。すぐに、一筋の閃光と、小さな幾つもの弾丸が衝突する。威力で勝る前者と数で勝る後者はどちらも消滅し、小さい爆発が起こる。それを意に介せずに足を止めず両者は走る。先程と同じパターンの爆発はいくつも起こる。さながら小規模な戦争を思わせるそれは、私達には到底できないレベルでの戦闘だった。
「……やっぱりというか……なんというか」
「ああ、いつもながらに、な」
「ていうか、流れ弾とか飛んでこないよな?」
「大丈夫じゃないですか?」
「そ、そうですよ。せ、先生たちの狙い、いつも外れてません」
「……あの場に俺たちがいたら、どうなるんだろうな……」
「……確実に死んでいますね」
口々に言い合いながらも、その視線は向こうへ釘付けになっている。私は思わず、一つのため息を漏らす。なぜか、まで分かるほどに、私は自分の心というのを理解できていなかった。
「いい加減……沈めオラァ!」
「まだだ! まだ終わらんよ!」
今度は叫んだからか、ここまでその声は聞こえてくる。既に爆発のせいかボロボロになっているのは、両者とも変わらない。そしてもう一つ、変わらないところ。それは、勝利への執念。おそらく、今二人を動かしているのは気力。戦いを楽しんでいるようにも見える二つの影を見て、私はもう一つため息をついた。
二つの影が躍動するたびに、草も、土も、空も、そして二人が放つ弾丸も、歓喜のように震え、その戦闘の激しさを伺わせる。
銃撃だけでは埒が明かないと思ったのか、片手で今まで扱っていた銃器を放し、右手にはお互いの近接戦闘用の武器を持つ。左手には先生は盾、ジュイスは両手持ちの体勢に移す。先生はいつもの通りカタナ。しかし、その刀身は赤い雷の魔力が覆い、光を反射しているいつも通りの蒼ではなく、鈍く光を放つ赤い刀身を持っているように見える。対するジュイスは、己が纏う鎧と同じ、桃色に近い赤の斧。風を纏わせているらしく、重厚な見た目のそれを先程は片手でも保持していた。
雄叫びのような声と共に両者は突進し、二つほど火花を散らす。そして鍔迫り合うようにもう一度火花が散り、動きが一瞬だけ止まった。そして不意に、ジュイスの体は一瞬にも満たない時間宙に浮き、地面に叩きつけられる。細かい動きこそ見切れなかったが、おそらくCQCだ。そのまま、いつの間にか手からはカタナと盾は放され、小型の銃器が握られている先生の手は、容赦なく雷の弾丸を発射したらしい。バチリ、とここまで音が聞こえ、それを境にジュイスはぐったりと倒れた。
「……すげぇ……」
「勝った……」
思わずアクトとデフィアが声を漏らす。それ以外の五名、つまり私達は、その言葉すら言うことが出来なかった。
カタナと盾は投げ捨てたらしく、先生はそれを回収し、しまう。そして、不意にこちらを向いて、小刃と小さい方の銃器を構える。いつも通りの、CQCの先生の基本的な構えだ……え?
「ソコにいるんだろう? 出て来い。さもなくば……撃つ!」
……流石、先生。私達の存在に、いつからかはわからないが気付いていたらしい。
「うわっ! 待て待て! 何もしないって!!」
全員が慌てて、身を隠していた草から上半身を出す。無論私もそう。アクトがあたふたと言ったその言葉に、先生は耳を貸してはいないらしい。
「ほう……貴様ら、どうやら俺と組み手をやりたいらしいな? いいだろう、行くぞ!」
怒気と殺気を滲ませながら、先生がこちらに凄まじい勢いで走ってくる。今までの戦闘の疲れは全く感じない。いや、今はそんな状況分析をしている場合か。
少しの間で、私達は先生に全員捕まった。先生の放つ怒気と殺気に、私は、いや、私達は震えが止まらない。CQCや魔法具を容赦なく使用され、私達はあっという間もなく捕まっている。ちなみに最後まで逃げたのはアクトと私。最後に雷を撃たれ、両者とも怯んだところをCQCで捕縛された。
「さて……貴様ら。明日の訓練が楽しみだな、あぁん!?」
「と、とりあえずアイツ王国まで連れ帰るから。手伝え。無論拒否権は無いぞ?」
「で、でもよ……大丈夫なのか? ソイツは俺らじゃ抑えきれんぞ、もし暴れでもしたら……」
「大丈夫、そんなことにならんように縛って連れていくから」
地味に恐ろしいことをさらっというところに、先程放たれた殺気などとは違う理由で体がすくむ。とりあえず気絶しているジュイスを(ゼルキスが)担ぎ、私達は帰路へとついた。