CODE.24
二階でのジュイスとの邂逅をして以降、五階まで上る間、幾度となくジュイスとの激闘の火花が散った。一度の戦闘であるはずが、静と動を繰り返すため、その戦闘は何度にも感じられた。無論、先生とジュイスが戦っている間ずっと私達が見守っているだけ、というわけにもいかない。もちろん魔王軍の他の兵士は攻めてくるから、その対応に追われる。一段落ついても先生とジュイスは依然としてぶつかり合っていたため、大抵私達が一斉に射撃すると撤退に転ずる。
それも五階までで終わったらしい。奴は壁を突き破ってどこかへと逃走したようだ。
今は六階、魔王の部屋の前にある小規模なスペース。私達はここで追ってくる兵を蹴散らして、先生の戦いを邪魔させないために、待ち伏せ(アンブッシュ)を仕掛けていた。小規模なスペースであるここに入るには、それなりに広さはあるがそれでも狭いことには変わりない階段を通らねばならない。大規模な彼等では必然的に詰まる。そこを叩くというわけだ。それに、腕を伸ばしても3名ほどがいてようやっと一回りほどの大きさの柱がいくつもあるこの部屋は、二十程の私達の軍勢であれば、身を隠しつつ敵を討つことが出来る。
見た目からして重そうな扉を開け、先生は最終決着をつけるべく部屋に乗り込んだ。私達はそれを見て柱の陰に身を隠し、下から大量の足音が動きにくそうに上ってくる音をとらえた。そりゃあ、統率を持って上っていけば、この階段もスムーズに行けるだろう。しかし魔王軍はもともと落ちこぼれが立ち直ることすら諦めて反旗を翻した者の集まり。統率力なんて欠片もなく、自分の功を、もとい快楽を求めて我先にとくる。そうなれば、必然的にさらに階段は詰まってしまい、私達からすれば格好の的になり得るのだ。
「さあ、来たみたいだぜ」
足音を捉えて数十秒。デフィアが言ったのを合図に、遠距離に攻撃できる全員が武器を構える――――約一名を除いて。
「ああ、そういえば、こんなものが懐にありました。ちょっと使ってみますか?」
「……白々しい。何だそれは?」
「先生曰く、特殊な魔力爆弾だそうですよ。なんでも非致死性で、雷属性の魔力でショックを広範囲に及ぼすとか」
相変わらず、規格外なものだ……この前中庭が訓練していない時間帯に爆発したのはその実験でもしていたのだろうか? ……充分あり得るな。
「わかった……で、いつ使うつもりなんだ?」
「そうですね……どうしましょう?」
「できるなら私達近接戦闘部隊の攻撃開始直前に投げてくれないか。範囲がどれだけかは聞いているか?」
「丁度私達が腕を伸ばした時に5名ほど……そういっていましたね」
「わかった。効果範囲から少し外れたものも怯むはずだ、それを皮切りに突撃するぞ。いいな?」
それまでセシアやデフィアに向けて話していたのを、近くにまとまっている部下に変更する。きっちりと聞いていたようで、頷きを返してくれた。
やり取りから数秒、やっと敵の先頭が姿を見せた。それが突入するのを少しだけ待って、射撃を開始する手筈になっている。引き返されたら困るからだ。だが、やはりというのか、私達の姿が見えず、多少なりと警戒をしだした。だが、後ろから押してくる仲間に流され、それなりの勢いでなだれ込んできた。
「今だ、撃てぇぇ!」
先制射撃。柱に背をつけていたのを反転させ、身体を出す。そのまま射撃が行われ、小規模な爆発音がいくつも轟く。
「う、うわぁぁ! 一度退けぇぇ!」
最初に突入していた奴等は予想はしていたらしい。勢いを反転させて退こうとしている。だが、それを知らない後ろの者たちのせいで、以前のように一向に退くことが出来ない。背後から非致死性ではあるものの魔力でできた矢や弾丸をくらい、あっけなく沈んでいく。
「今だ、セシア!」
十分な混乱を招いたと見た私は、セシアに先程の魔力爆弾を促す。一つ頷いて、彼が半身柱から身を乗り出して、爆弾を部屋の中央から少し階段よりへと投げる。それを見た王国軍兵士の面々は事前の知らせ通り、柱に身を隠す。
数瞬後、大きな爆音が部屋に轟いた。
その轟音を合図に、私達は柱に向けていた背を翻し、突撃を開始する。いまだ閃光とショックから立ち直れていない兵士を次々と気絶させ、第二派が到達するまでに、かなりの量の敵兵が気絶した。
「もう一発あります。さ、隠れてください!」
セシアが右手に持ったそれをちらつかせる。その手に気付いた兵士が他の兵へと伝達し、王国軍兵士はセシアが腕を振りかぶった瞬間に近場の柱に隠れた。
もう一度大きな轟音が起こり、その隙に再び突撃を開始する。今回は中ほどまで来ていた兵士が多かったのか、大量に気絶している。同時に、ショックを気絶するほどでもない量を受けた兵士も多い。それらを手際よく気絶させる。柄で殴る、という方法が私の基本的な手段だ。
「さあ、もうこれはないので、あとは力押しですよ」
「了解だ。デフィア、援護頼むぞ!」
第四隊の数名と我々第二隊のみで今回の近接戦闘を行うしかない私達。その戦況は苛烈を極める。
「くっ! はぁぁ!」
左肩を剣が掠める。若干の出血を感じる鈍痛が走るが、気にしている暇もなく前後左右に敵兵がいるこの状況。私は、まずその反対側、つまり右側にいる兵士を蹴り飛ばす。その反動を利用して体を捻り、右手の剣の柄が後ろにいた兵に、左手の剣の柄が前にいた兵士にそれぞれめり込む。わき腹にめり込んだそれは、確かな手ごたえを私に返してきた。そのまま先程私を斬りかけた女兵士と対峙する。が、それも一瞬。小さな炎の球をぶつけ、それを掻き消した隙にその右腕をとる。足をかけて前に倒そうとするが、バランス感覚がいいのかおぼつかないながらも倒れまいと足を前に出す。しかし、それを瞬時に悟った私はそのまま左腕を曲げられないように持ったまま自分を中心に円を描くようその女兵士を走らせる。次第に浮いたその身体を一番近くの敵兵に叩きつけ、同時に気絶させた。
叩きつけて微妙に体勢が低くなった頭の上を、何かが通り抜けた。その方向から飛んできたのは、おそらく矢……いや、この方向は確か……
「危ないだろうセシア! 私を射る気か!?」
「いえいえ、彼女がバランスを取り出したころから狙い始めました」
いつも通りの笑顔でそう答えた彼に、私はふう、とため息を一つだけはいて背後に迫った気配に振り返りざまに剣の腹をお見舞いした。どさりと石の上に倒れる音が聞こえる。
余裕、というわけではない。数は圧倒的に少ないし、今までの戦闘もあった、魔力の残量も少ない。私達の中でも、かなりの負傷者が出てきている。イゼフ達が処置をしてはいるが、それでも復帰までに時間がかかるので、次第に数は少なくなっていく。
それでも、私達はある希望があった。魔王の敗北、先生の勝利。それが達成されれば、魔王軍にとってダメージは大きい。即投降とはいかずとも士気を削ぐことはできるはずだ。イゼフ達の援護に回っている私とあと一名の部下は、イゼフ達を部屋の角に行かせ、極力敵方向を制限して奮闘している。
私達に向けられた魔法は、基本的に打ち消すしかない。避ければどうなるかわかりきっている。魔力もそろそろ底をつく……間に合うだろうか?
まさかのスタングレネード! まあ、ショックを与えるので非致死性か怪しいものですが。ちなみに中庭爆発ではフロア全域が消し飛んでいます。拓海の記憶からは強制的に消去されています。