CODE.19
ようやく防衛に人がまわせるほどに「K-592」の修理が落ち着き、私達は帰路についていた。計5頭ほどのウフォスという動物に引かせている馬車……なんてものに乗れればいいのだが、今私達が乗っているのはウフォスが引くことに変わりはないが15頭ほどが四台分の車を一気に引く「安い」馬車だ。一つの馬車に5頭というと民間人でも乗れるレベルだが、生憎と軍人ともなると移動に金銭はかけられない。前述の15頭式は大部屋、5頭式は小部屋といえばわかりやすいか。要するに数台に分けて運ぶのを一台にむりやりまとめたということだ。それなりに窮屈なのだが、今はもう慣れたものだ。幸いウフォスの力は強いため、それなりに広いからか全員座ってもスペースは多少ある。せいぜい談話する程度の……だが。
「先生、その右目は大丈夫なのか?」
「むー、結局もう元にゃあ戻らんらしい」
「そ、そんな……! 何も方法は無いのですか!?」
「無いな……まあ、ホントに大事なもんは失ってから気付くもんだから……お前らも気ぃつけろよ?」
「それにしても右目を失うとやっぱりキツイものなのか?」
「当り前ですよ。何せ視界の右端は無くなりますし距離感だってつかみにくくなる……ですよね?」
「お、セシアよく知ってるな? まあそのとーりだ。まあ、俺としては右目だけで済んでよかったよ。下手したら即死コースだったからな、あれ」
なんという凄まじいポジティブシンキングだろうか。多少無理をしているとはいえ、そこまで言うとは……ちなみに、先生の目を抉り取った矢を放った張本人は生きた地獄を見たらしい。私はその場にいなかったが、誰かが尋問していたらしく目からは生気を失い、口は常に何かぼそぼそと言っている状態になったらしい。私もその状態は目にしたが、軍人の経験上あそこまで追い詰めるというのはなかなかないはずだ。先生当人が知らないのは幸運なのだろう。
「……しばらくは激しい運動を控えた方がいいんじゃないか?」
「わ、私もそう思いますよ……?」
「ええ。訓練とかそんなこと言ってる場合じゃないと思われますが?」
「あ? んなもんお前……これは慣れなきゃしゃーないもん。いつも通りの生活をするさ」
正直、その時は体から血の気が引いていくのを感じた。大抵、こういった「いつも通り」は「いつも通りの三割増し」はくだらないからだ。いつもがすでに他の隊とは訓練量と難易度がかけ離れているのに、それ以上増やされるこちらの身にもなってほしい……
昼ごろの出発からしばらく、帰路も半分程へとなった。行きと異なり、ウフォスに力を温存させる必要がなくなったのでできる限り急がせているのだ。と、いうのもこれから入る森は行きにこそ迂回したものの、凶暴な魔族などが野生化していたりするのだ。余計な戦闘を避けた方が実質速いことが多いため、急ぐときは迂回することも多い。しかし帰路なら最短コースを走る方がいい。そんな森にさしかかってしばらく。帰路の半分、というのも「今日中に進む内」の半分だ、と先生は言った。そんなに早く帰れるわけはないと思っていたが、それは反則なのではないのだろうか。
とにかく、その「今日分の帰路」が半分を少し過ぎた時、思ったより日が沈むのが早いと気付いた先生の提案で、まだ明るいうちに食糧や水、薪などを確保することになった。
「じゃ、奇数の隊はどっかで水汲んでこい。で、偶数の隊は俺と一緒に薪を拾うぞ。食糧確保はその後だ」
「先生、野宿は見こしていましたから食料はまだまだありますよ? 新たにとる必要は……」
「なーにをゆー。とれる時にとっておかないと何時どんなアクシデントに見舞われるか分からないだろ? まあ蛇とか食いたくないのは分からんでもないが」
一瞬、私はこの質問を後悔した。あの山籠もりで食らうことになった蛇を思い出したからだ。結局(デフィアを除き)食べることができなかったが。もっとも、先生の言い分はもっともだ。この森もだいぶがけ崩れなどを起こしやすい地域らしいので、何があるかわからない。
「蛇? 何の話なんですか?」
きょとんとした顔で、「山籠もり」に参加していないイースが尋ねた。私としては、それが幸運なのだと思う。
「あー、イースは知らんよな。いやね、コイツらと以前訓練を兼ねて山に籠ったんだが……」
「先生はいきなり蛇を捉えて食ったんだ……ありゃあ俺でも恐ろしかったぜ……」
「待てゼルキス、なんだそれは。まるで俺が奇奇怪怪な妖怪みたいじゃないか!」
「事実、だとおもうぜ、先生……」
「だまらっしゃいこのMr.食いしん坊! お前だって最終的には食ったじゃないか!」
「あのー……」
「どうした?」
「蛇食べるって……そんな驚くことですかね? 私達は訓練で食べさせられましたが」
その言葉を聞いた瞬間、私達の時は止まった。
「なっ……!? まて、イース。それは本当か!?」
「ええ、そうですよ?」
なんとか時間の呪縛から解放されたアクトが確認する。それにしれっと答えた瞬間、私達は悟った。先生が主原因だ、と……
そんなやりとりをしている間にも時間は過ぎる。日が沈まぬうちにと先生に急かされ、私達は先生先導のもと薪を拾いに森へと入っていった。隻眼になって距離感を失い、幾度か先生が木にぶつかりそうになったり、薪が一か所に集まっていて探すのに苦労したりしたが、その場所でかなりの数が集まった。そしてあとはもう少しだけ集めて適当に引き上げようとなったとき。ぱきり、と木の枝が折れる音が耳に入った。
「誰だ!?」
私の後ろを歩くのは数名いたため、そのうちのだれかとも思ったが、今は殿を歩く先生の声でこのうち誰の足音でもないと一瞬で理解する。剣に手をかけ、即座に構えると、剣や斧を構えた数名の緑の軍服を着た兵士、魔王軍兵士がこちらをにらんでいる。
「テメェら……魔王軍か。全く、ここで戦う事の不利さを分かっているのか?」
デフィアの優しげな警告に耳を貸すほど奴等に理性はなかったらしい。もとが王国に反旗を翻すということすら烏滸がましい「落ちこぼれて諦めた」者の集まりだからだろう。
「むぅ、撤退はしないよなぁ……?」
その言葉に込められた殺気と一筋奔った雷に、奴らはかなり精神的にまいったらしい。その隙を見逃さず、私達は一斉に近づくことすらせず魔法を行使した。様々な属性を持つ魔力が弾幕のように彼らを襲い、あっけなく全滅に成功する。
「お前たちよくやった。で、だ。薪は無事か……ってどうしたお前ら?」
私達が傷つくことはない、と確信していたのかなんだかわからないが、とにもかくにも先生の意識は今のところ私達<薪らしい。
「まて、心配するとこはそこか! そこなのか!?」
「当然だろう。薪が無ければ全員死ぬぞ? 凍死は辛いぞ~、なんせ一思いに死ねないからな。しかも段々体が動かなくなってても、意識はずっとあるんだぜ?」
それを聞いた瞬間、私達は無言で薪を拾い始める。その内側には、諦めと恐怖の感情が半々だったといっておこう。
結局その後は特に何もなく、先程馬車を止めた少し開けた地に戻ってくる。ほぼ同時に、水の確保に向かった奇数軍班も戻ってきたようだ。
「なんだ、そっちも今帰って来たのか? てっきり敵の襲来があったこっちよりもっと早いかと思ったぞ?」
「何? そっちもあっただと!?」
「……そこかっ!」
お互いに魔王軍の襲来を受けたと知り、先生が思考を開始した。それと時間をほぼ同じくして、何かの気配を感じ取ったイースが左脚にくくりつけているナイフを木に向かい投げつける。どさり、と音を立てて落ちてきたのは見覚えのある緑色の軍服の兵士。魔王軍兵士が再び来ていたのだ。
「さて……洗い浚い話してもらいましょうか?」
左太腿に刺さった電撃を帯びたナイフで動けない兵士に、表面上は優しい顔と声でイースが問う。
「へ……甘いな王国軍!」
それには無駄だと言わんばかりに、うっすらと笑みを浮かべて抵抗の意をみせる。それが合図になったように、周りの木々が葉を音を立てて揺れる。囲まれた、か。今は部下が食糧確保のため再び出ている状態だ。人数的には不利な状態らしい……私達が一般の王国軍兵士なら、だが。
いまさらですが、拓海の訓練量は地球の軍隊レベルだとかなり少ない量です。ですが、王国の軍事はかなり緩く、だからこそ拓海の考える量でも地獄レベルになります。と、いうのも王国は最近他国との戦争があまりなく(海が広く、国同士が離れていること、科学がほぼ皆無であり技術に安定がないことから侵攻が難しいことが理由)であり、軍隊はほぼ対魔王軍専門になりつつあるからです。