CODE.17
「で、この砦が襲撃を受け、撃退したものの修繕に回せる程の労力は無い、と?」
「うむ……で、本部である此処へ連絡が来て戦闘要員だけでもと応援を求めてきた」
「それで……私ら直属部隊に行って来い、と」
「左様。あと、もう一つ報告はあるぞ。入ってきてくれ」
「失礼します」
デーリム達との一件から数日、つまるところ私達が怪我から回復し訓練などもいつも通り行えるようになった時、狙ったように国王様から招集がかかった。大まかな行動お伝えられた後、国王様の呼びかけに答えて、この部屋の入り口にあたる大きな扉から誰かが入ってきた。
真っ白、とは少し違う綺麗な灰色のショートヘア、そして同じく白銀にも近い灰色の瞳が印象的な、まだ幼さが抜けきっていない少女だ。まっすぐにこちらを見つめるその視線に、思わず息をのんでしまう。
「イース、と申します。この度新設される国王直属部隊第七隊の隊長に任命されました」
新設? 第七隊? ……そのイースと名乗った少女の言葉に、私を含めた事情を知らなかった者が反応する。今まで、王国設立後に他国の侵略があった数百年という長い間不変であった国王直属部隊の数を変える、というのは私達に衝撃を与えるのに十分すぎることだった。
「第……七隊?」
「うむ、彼女ら第七隊は隠密行動を得意分野とする部隊であり……いや、そこら辺は彼女に紹介して貰うか」
「はい。
私達は先程ご紹介にあった通り、潜入などの隠密行動を主とする部隊です。以前イチカワ様が行った潜入、兵器の破壊は王国に衝撃を与えました。何故なら今までそんな事をしようとも考えた事が無い国でしたから……そしてその有用性、必要性に衝撃を受けたのです」
……どうやら、衝撃を受けたのはあちらが先だったらしい。しかし、まさか彼女らの訓練はそんな短期間で終わったのか? 先生が行った潜入といえば、以前に先生が単独で潜入、大量殺戮兵器の破壊、及び設計図の破棄を見事成功させたあの一件だろう。と、なると三月程度しか経っていないのではないだろうか?
「それで……じゃ。彼女ら第七隊も今回の作戦に参加する」
「本当ですかそれは? まだ顔合わせすらロクにしていない隊と共同戦線ですと!?」
困惑する私達をよそに、結構な爆弾発言をして下さった国王様にデフィアが質問する。いや、食いかかったという方が正しいか。しかし、デフィアの論は正論だ。得意分野の潜入とてどの程度のものか、そしてそれ以外、たとえば戦闘や回避の実力、動きのクセ、その他全く分からない。それを隊ごと連れて行くというのはなかなかに荷が重い。
「この後ミーティングを行ってもらう。何、今回彼女らは単に見学するだけのようなもの、主らの脚は引っ張ることはせんよ」
渋々といった表情が大半で皆が納得する。もっとも、信頼性に関しては国王様のお墨付きなのだから心配ないのだろうが。
ミーティングは予想通りというか、第七隊の設立理由や主旨など、それと彼女らの正式な自己紹介。そして、いつもの作戦に関するものだった。
作戦自体はいたって簡単なものだ。私達王国軍の砦「K-592」が先日襲撃され、修復が必要になったものの人員不足に陥っている。しかも敵が再び襲ってくることが可能性として高く考えられているため、修繕に人員を割くこともままならない。そこで白羽の矢が立ったのが私達。つまり、補修要員ではなく戦闘要員を補充してしまえばいいいと踏んだらしい。
期間は砦の修繕が一段落ついて襲撃に耐えうる状態に戻るまで。せいぜい長くて一か月といったところ。
「で、イース……だっけか?」
「はい」
「今回の作戦、見学って聞いたけど?」
「先輩達のやり方をよく見て参照にするようにと。流石に初めての共同作業が防衛線なんてシャレになりませんからね」
「ふぅむ。まあ理にかなっているというか何というか……そうだ、セシア、ちょっと聞いていいか?」
「何でしょう?」
「いやね、『K-592』が襲撃受ける可能性高いらしいが……実際どの程度日数がかかるか分からないか?」
「そんな情報ありませんよ……そうですねぇ……」
「み、三日、位じゃないですかね?」
「イゼフ? なんでさ」
「て、撤退に一日、進撃に一日かかる距離が魔王軍の……その、最短距離にある砦なんです」
「じゃあ最低二日はあるのね……じゃあその間、第七隊も一緒に訓練しておこう。彼女らのクセ、お前らも知っとけよ」
思わず驚愕の声が出てしまう。三日の猶予があるとはいえ、訓練はそんな短い期間では満足にできるはずもない。
「少しでも人員は多い方が良い。つーわけで決定事項な。拒否権はやらねーぞ?」
問答無用の体勢で拒否権という退路を塞がれる、もっとも、この部隊の総顧問かつ指揮は先生の役目。ならそれに従うほかないだろう。
「うーむ、これだけバランスとれてると……お前らの隊も立場が危ういんじゃないか?」
「い、いや、この隊はどの隊も補い合って……」
「それが崩れるんだっての。まあ冗談はさておき……どうだ、彼女らの戦い方は少しは分かったか?」
「かなり気配を隠すのが上手いな。鼻が良いオセロットである俺も見抜けなかった……」
アクトの言うとおり、彼女らの気配を隠す術はとてつもない高い技術力であった。もともとそういう素質があった者を選んで育てたのだろうが、ここまでとは正直考えていなかった。
今日行った国王直属部隊を部隊ごとに前半と後半に分けてのチーム戦で、彼女らの気配を隠す術にこちらもあやうく全滅しそうになった。
「ありがとうございます。でも……結局は負けちゃったんですけどね」
苦笑いを浮かべるイース。その表情は子供と大人の狭間である年齢なのだと実感させる。
「いや、今回の訓練は勝敗は重要じゃない。そうなんだろ、先生?」
「お、珍しく頭が良さ気なこというなゼルキス。まあ実際そのとおりだ。内容的には……第四隊以外及第点だ」
「な、何故私たちの隊は!?」
「黙らっしゃい。お前達は今回初めての地形とは言えどミスが多かった。そうだな?」
「く……確かに単純なミスは多かったですが……」
「遊撃を得意とするお前らは他より適応力が高くなきゃあならんのは分かるだろ?」
「返す言葉も……」
「と、言う訳で、だ。第四隊、夕食後俺の部屋に来い」
「りょ、了解です……」
「そ、そんな……!」
「うぅ……もう居残りは嫌だぁぁ!」
「フハハハハハ、嫌だったら精進するんだな! よし、飯だ飯だ。とっとと行くぞー」
もはや第四隊は今の星々が控えめに輝く空より断然暗い雰囲気になっている。おそらくはこの後に行われる……いや、見ることになるであろう地獄を考えてしまっているのだろう。それにだけは同情するが、はっきり言って自業自得だ。せいぜいがんばって鍛えてもらうしかない。私達が止めに入ってもどうなるかは目に見えていることであるというのもある。
この雰囲気は、先生が来てからよく見かけるようになった。つくづく平和なひと時だ、と柄にもなく思ってしまうこの光景が、心の奥底でこれがいつまでも続けばいいと思わせていた。