CODE.15
すいません、少し遅れました。
「なあぁっ!?」
「は……!?」
いきなり、ふっと消えた先生。それを見て唖然としていた私達に、先程の正体不明の男の声が再び聞こえた。
「おーい、早く飛び降りないと見失うぞー?」
そんなふざけた、というか、適当、というか、そんな口調で私達を促す。
「……わーったよ! うぉぉっ!」
意を決したらしいアクトが走って飛び立った。
「くっ……皆後に続けよ!」
続くように私も体を外に放り出した。途端に眼下には当然のごとく近い鉄から遥か下に雲が見え、所々森らしき濃い緑が見える。吹き上げるかのように風が私を包み、軍服と背に背負った荷物がバタバタと音を立てる。眼下に普段見上げる雲があり、そして実際は吹き上げていないはずなのにそう感じる風の動き、それは、私が今まさに「落下」していることを実感させていた。次第にその強風に目が慣れ、顔を覆う何かの目の部分――つまりマスクの視界確保用のガラス――越しに先に飛び立った先生とアクトの姿を確認できた。
しばらくの落下をしているうち、視界の先にぽつりとだけ映っていただけだった先生が、先程少し説明を受けた時に教わったパラシュートなるものを広げたのを確認できた。それに倣い、アクトも同等の高度までいくと肩の部分にある紐を引きパラシュートを展開させる。
同じく私も同等の高度……では慣れていないので流石にそれより少し高い位置で左肩にある紐を引く。ばさり、と音がして肩を掴まれ上にひっぱりあげられる感覚を感じる。一気に視界の流れが遅くなり、先生が言っていた「ゆっくりと降りる」という言葉の意味をようやく理解することができた。
それでもだいぶ視界の流れが速い。みるみるうちに森が迫ってきている。その少し前に先生が森に入り、そのままパラシュートを切り離したのが見えている。つまり、高度を低くして飛び降りても大丈夫な高さから飛び降りたのだろう。アクトも既に吹っ切れているのか躊躇なく切り離し、着地している。そのすぐあとに私も森へ突入した。
枝や木の葉がところどころ掠めていくが、今は重大なことではない。問題はいつ切り離すか、だ。無論先に降りた先生とアクトのタイミングを見てはいるが、流石にいざ自分の番となると怖いものだ。
「ふっ!」
意を決して自分と同じ身長がもう一つ足元にある程度の距離で金具を外し、自分とパラシュートを切り離す。刹那、私の体は地面に向かって落ちる。両手も使って着地しないと膝が砕けるぞ、と先生が飛び降り前に密かに言っていたのを思い出し、躊躇することなく両足両手を使って着地する。鈍い痛みが走るが、べつにどうというほどでもない。後続の者の為にも上空に注意を向け、近くに飛んできていたらそれを避ける。
難なく全ての隊員が飛び降り、着地に成功した。
「よし……じゃ、行くぞ? 具合が悪い者などはいるか?」
「俺の隊は大丈夫だ」
「私の隊もです」
「よし優秀。じゃ……こっから東に数百mのところが目的地だ。行くぞ!」
さらりと見渡して異常があるものがいないことを確認し報告すると、意外だという顔をした先生。それもそのはず、あんな高いところからいきなり飛び降りさせられて具合が悪くなる者が出てもおかしくないのに、誰一人そんな者がいなかったのだから。これでも伊達に国王様の直接の配下ではない。
デルビ・アリエ管轄研究所。正式名称「D-106」、通称「断壁の研究所要塞」そこが、私達の目的地だ。背後には断崖絶壁、正面は見渡す限りの湖。空からの奇襲にの気を付けていれば他の方向からの奇襲はないといっていい、恐ろしい自然の要塞だった。だからか、ここでは大抵大がかりな兵器の研究などが行われている。魔力爆弾の大型のもの、兵士用の魔力、戦闘能力増強装置、そのほか諸々。ついでに言えば、今は更に新兵器の開発も行われているらしく、それこそが今回の「目標」だ。
「そういや、この武具研究所の正式名称ってあるじゃない。あれって何か法則性があるの?」
道中、そんなことを先生が聞いてきた。確かに、あの識別番号は一見しただけではわかりにくい。
「勿論です。『D』というのは魔王軍の物というものを示します。逆に王国軍は『K』を用います。
ハイフンの後にある三桁の数字はその施設を判別する数字を使います。最初の数字は施設の種類です。『1』は武具、『2』は捕虜収容所、『3』は食料関係、その他『7』まであります
。
そしてその後の数字は施設の位置です。連動する地図にエリア分けされていて、ここは丁度ゼロ区という訳です。
最後の数字は施設ができたと確認されている順番です。ここは六番目に出来たという訳です」
そんなことを答え終えると、その目的地「D-106」に到着した。全体的に緑に塗られ、その周りの森とは遠くからでは見分けにくい。
「さて……このカムフラージュか分からんが真緑の建物……どーやってぶっ壊そう?」
「アクト、一応念を刺しておくが爆弾で爆破するだけでは許可せんぞ」
「では、所長副所長を捉え、それ以外は別の場所に縛っておき、二人を王国に連行。その時に研究所を爆破するのは?」
「よし、それで行こう。じゃ、レム、アクト。お前らの隊に気絶用弾丸や気絶用魔法がフルで使えるか確認しておいてくれ。俺は進入経路その他の確保をしておく」
先生の指示に従い、お互いの部下に確認を行う。顔色が悪いもの、なし。魔力をこの一日で使った者、一名いるが既に回復済み。武器の点検、各自よし。完璧だ。
「よし、あそこの湖が正面か。なら……」
「どうだ、決まったか?」
「ああ。正面の門に敵がたくさんいる。裏門から奇襲をかけるぞ。その為には……かなり行動に迅速性を求められる。だから……作戦をよく覚えてくれよ?」
木から飛び降り、作戦の説明を教え始める先生。その一言一句聞き逃さぬよう、私達は真剣に聞き始めた。
曰く、警戒が薄い裏門から侵入し、あとは三手に分かれ各々がクリアリングをしていくとのこと。
裏門付近に全員が潜入し、裏門一番近くに陣取った先生。右手にはカタナを持って既に戦闘態勢だ。裏門の周囲を確認した後、左手でサインを出してくる。それに従い、私達は一斉に
駆けだした。その際に、先生から最終的な確認を私たち隊長に投げかけてくる。
「で、だ……あそことあそこの兵士をお前らは片付けろ。俺はあそこのテラスまで飛んで片付ける」
「了解だ。で、その後は俺達は通信室だな」
「私達は食料保存庫ですね」
「ああ。頼んだぞ!」
中庭付近の敵兵十名そこそこをあっという間に殲滅する。私達隊長はその間に高台に陣取る索敵兵を黙らせ、四つある高台すべてを制圧する。悲鳴を上げる間もなく倒させたので、この闇の中ではまともに見えなかっただろう。
即座に三組にばらけ、各々の目的地を目指す。私達の最初の目的地は食糧保存庫。意外と広く、食堂ともつながっているために敵兵がたくさんいると踏んでのこと。
「動くな! 既にこの部屋は包囲した!」
裏口、そして正面の出入り口にそれぞれ三名ずつ配置し、宣言する。いきなりのことに対応できていない隙をついて、広範囲にそれぞれ魔法を繰り出す。数名を残し全員戦闘不能にしたあとは、じわじわと囲いを狭めてやはり気絶させる。
そのあとは少し長い廊下に点在するドアをツーマンセルでクリアリングしていく。研究に没頭しているものは「危ない研究ができないから」とこちらに来たものがほとんど。少数、「もっと強くなりたい」とか結局は危ない思考の持ち主なので、戦闘はほぼ不可能。魔王軍とはいえ研究者はあまり戦闘力にならないというのは王国軍と同じようだ。
そんな状態なので手早くクリアリングが終了し、先生の待つはずである兵器開発室の一番大きいところへ向かう。
「あ、もう占領してある」
「流石……というか何というか……」
「先生……やっぱ隊長達すらまとめるだけある……」
「信じられない……」
ほぼ同時に到着したアクト達の隊。それぞれの部下があるものは今のように呆れまじりの言葉を吐き、あるものはぽかんと口を開けている。ちなみに両隊長は後者だ。
「なんか傷つくぞオイィ!? 電撃一発で気絶するような奴らだ、大したことねえよ!?」
とんでもないことをさらっと言い放つ先生も先生だ。
「と、とにかくあとは……この施設の敵を殲滅して局長室を襲撃。そのまま副局長局長両名を確保。良いな?」
「了解だ」
「了解です」
そんな最終クリアリングは先程より時間をかけることなく終了した。どうせ残り部屋数は先程より少なかったのだから当然といえば当然だ。
「よし……こんなもんだろうな。後はいそうなところあるか?」
「一応全ての部屋はまわったぞ」
「後残すは局長室だけ……行きましょう!」
「さ、行くぞ」
「おう」
「はい……ってあれ!?」
局長室直前、いわゆる資料室のようなところ。奥にある局長室に進もうとしたところで、私は耳に足音がたくさん聞こえてきたのに気付いた。
「どうした?」
「誰かが近づいてきます……それもかなりの数です」
「何!?」
「敵か!?」
「恐らく……ただ今まで捜索していなかった場所は無い筈……」
「まさか……地下か!」
「そうか……カムフラージュされれば見つからんなぁ……よし、とりあえずここで迎え撃と―――」
「いや、アクト、レム。お前達は部下も連れて早く行け。俺がここで殲滅する!」
両腕に風と雷を纏わせ、力強く言う。それに安心した。
「……行くぞ、アクト!」
「了解した。ま、ここを守るのが守るのだからな……安心だ」
「ククク、そりゃそーかい。ま、とっとといきな」
笑って私達を見送る彼に頷きを返し、私達は奥の局長室へと向かった――――