CODE.12
先生が倒れて数時間。ようやく、私達の仕事が一段落ついた。まったく、気絶した数百、いや数万という単位での兵士を全て牢屋にぶちこんだのだが、かなりの重労働だ。そもそも、よくもまあこんな人数を収容できる牢屋を作ったものだ。地下に土地が広くあるとはいえ、大魔法樹の支幹や岩盤が多く存在する。それを掘り進めていたのだから先人たちの苦労には感謝せねばならないだろう。
「はぁ……やっと終わったな」
「いつもよりは少ないとはいえ、な」
「それはお前らが俺らに押し付けたからだろうが……」
確かに、力があるからとゼルキス率いる第三隊に数百だけは依頼したが……それでも疲れるものは疲れるのだ。
「しかし、すっかり日も沈んでしまいましたねぇ」
「そうだな……先生のとこへ行くのは明日か」
ちなみに、今この場にイース達第五隊はいない。負傷者の手当てに回っているためだ。かくいう私達も戦闘で負った傷はその第五隊に手当てしてもらったのだが。
すっかり空には、昼間の明るさで見えていなかった星々が煌いている。戦闘前まで曇っていたのだが、ちょうど先生が来たあたりから晴れだしていた。もっとも、戦闘が一段落ついて巨大な召喚魔を見つけたころはまた一時的に曇っていたが。
暗くなった道に躓かぬように歩く私達。既に部下は事後処理がだいぶ片付いた時に帰して王城の警備と簡単な報告をさせにいっているため、ここにいるのはイゼフを除く国王直属部隊の隊長達だけだ。部下がいるときも賑やかでいいが、たまには静かなのも悪くない。
「しかし……すっかり暗くなったな。今日は特に」
呟くようにデフィアが言った。そういえば今日はムート(地球上でいう月)も出ていない。
「そういえばそうだな。火をつけるか……」
適当な少し太めの木の枝を二本拾い、手をかざして魔力を籠める。その魔力で発生した火が枝に燃え移り、辺りを照らした。もう一本はただの予備だ。
その翌日。寝てすぐに日が昇った感覚だが……昨晩は寝るのも遅かったのでそれは間違っていないだろう。あんな魔法の使い方をしたのも久しぶりだった。
さっさと身支度を軽くすませ、野菜を多めにしてあるサンドイッチと紅茶での朝食を済ませる。普段はもう少しゆっくりと食べるのだが……生憎とこの後に待ち合わせをしている。
「待たせたか?」
「いや、まだアクトも来てない」
朝一番、私達は王城から歩いてすぐの病院にいる。無論、先生の見舞いだ。そういえばムーカの町では身を挺して町を救った彼に敬意を表して新たな彫像を作るとか言っていたか?
ほどなくアクトも国王への報告を終えて到着した。そのまますぐ先生の所へ向かった。
案内してくれたラビット種の者に礼を言い、部屋の中へ入る。
そうして私達の目に入ってきたのは、昨日かなりの距離を吹き飛ばされて――――ピンピンしている先生だった。
「あ、起きてる」
「しかも起き上がって……えぇ!?」
「バケモン……」
「ホント、信じ難いですねぇ」
「え……あれ!? で、でもでもでも!」
「そもそも何で生きてんだ?」
約一名とんでもない、生存否定の言葉すら述べたが……気持ちはわかる。あんなに吹き飛ばされてたった一晩でストレッチするほど回復するなんて誰が考えようか……
「勝手に殺すな! コンチクショウ! ……待て、俺は死んだと?」
全員が頷いた。と、いうか普通は即死すような距離と速度である。生きてること自体奇跡である気がする。
「さて、どうやら病人で医療ミス以外に死者か重傷者が出そうだな……?」
ものすごい殺気を纏い両腕に凄まじい量の魔力を誇るであろう雷と風を纏わせるのを見て、私達は力の限り首を横に振った。そう、力の限り。
「で、どーした?」
(とりあえず)両腕の魔力を収めて聞いてくる。そういえば床に気絶した看護婦(ラット種)がいるが大丈夫だろうか?
「いや、今日の訓練どーすんのかって」
「あー……そういや街の復興はどうなってんの?」
「まだ復興出来る状態じゃあねーな。皆ケガとかしてるし」
「うむぅ……じゃ、今日の活動は復興作業だな」
復興作業。その言葉を聞いて、私の頭上には疑問符がいくつか出ているだろう。
「軍隊……特にお前らみてーのは国を守ることが主任務だろ?」
そのことについてはその通りだ。国王を守るのが国王親衛隊。ならば国王が滑らかに政治を行うために武を振るうのが私達国王直属部隊だ。私達は首を縦に二回ほど振る。
「だったらほら、この状況の自国を見たらやるこたー一つだろ」
「つまり、国の為に働け、と?」
「そーゆーことだ。今デフィアが言う様にお前らの仕事はこの国の為に働くこと。その主な任務が防衛戦なりなんなりが多いだけで……軍事行動はこういうのも含むんだぞ?」
なるほど……確かにそれもそうだ。そもそも国王様の依頼であればすべてに対応できる。そういった主旨で設立された部隊であるため、人命救助などの訓練だって受けている。
「ちゅー訳でお前ら今日は復興作業の手伝いな。いや、無論俺も手伝うが。
どうせお前らは動けないほどには怪我してないんだろう? 優秀な者は下にも手を差し伸べるものなのだよ」
優秀な者というのは彼のジョークなのだろう。動けないほどの怪我はないが、それなりに怪我はしているのだが……
そんなわけで再びムーカの町へやってきた。中央広場にあたるここは普段は穏やかでそれなりに活気もあるのだが……無論今は誰一人いない。
「しかし……そこまで被害は出てないな」
「情報によれば、全壊した家屋は街のごく一部、半壊は街の一割程度だそうですが」
「相変わらず情報速いのな、セシアの隊は」
全壊がごく一部。これはやはり彼の功績だろう。半壊含めここまで少ないというとかなりのものだ。
「さて……先ずは散らばった木材を片付けんといかんなぁ……一か所に最初にまとめちまおう!」
先生の指示で、私達は広場から王城に近い方向を担当した。こちらは比較的被害が少ないらしい(もっとも町へ召喚魔が侵入したわけでもないからだが)。半壊した家屋が二軒あっただけで、他はせいぜい石の破片でも当たったのか少々傷がついている家が少しだけある程度だ。
そんな状態だったのでほどなく作業が終了し、道に散らばっていた木材や石材を全て先程の広場に運び込んだ。
しばらくすると、一番被害が大きかった例の森を背にした一帯の作業を終えたゼルキス達とデフィア達の隊が帰ってきた。森を背にした一帯は家屋などより自治を行うための会議をする施設や簡単な備蓄倉庫が並んでいるため、住民への被害はなかったらしい。不幸中の幸いというやつだ。
運び込んだ木材やら石材やら鉄筋やらを山のように積み上げる。その後、私の炎を使って燃やした。先生曰く、燃やすことによって大きさが小さくなるらしい。よく分からないが、なんでも彼のいた国では物を捨てる時、燃やすと有毒なものを発する物以外は燃やして小さくして捨てるらしい。土地が小さな島国だからこその発想なのだろうか。
ほんの少し待つと、残らずその山は灰になった。言われてみれば確かに大きさが変わった気がする。なるほど、これは国王様にも進言しよう。しかも灰は土に混ぜると植物がよく育ったらしい。彼の国の植物と同じとは限らないが、やってみる価値はあるだろう。もしそれがこちらの植物にも通用すれば、大魔法樹の支幹の効果も上がるかもしれない。
あれこれと思想を巡らせていると、先生は資材をどこから調達するか考えていたらしく隣のゼルキスに聞いていた。が……城下町ですら迷う脳筋の代名詞とも言える男だ。そんなのわかるはずもない。仕方ないといった表情でアクトに聞きに行っていた。
その後、歩いて近く(とはいえ森を越えねばならないし山はそれなりに急だが)のイベン・マトウン(マトウン=山という日本語に相当するらしい)に到着する。鉄の原料が採れる緑豊かな山という非常に珍しい場所で、私達王都の住民も時折利用する。鉄の原料としては純度は高くないが大量に取れる上に質のいい木材が同時にとれるため重宝するのだ。
背の高いまっすぐに伸びた木に囲まれた小屋。ただ一つぽつんと存在するその小屋は、この山を管理しているオックス種のガモルさんの住処であり職場である。
彼に許可を得て必要分の資材を入手した……のはいいのだが。先程山のように積み上げたのと同じ量をとったものだから……
「まて、こんな量どーやって運ぶ気だお前らは!?」
まあそう言われるのも当たり前である。
「む、確かに……よし、荷車を借りてこよう。ガモルさーん、荷車貸してくれー!」
ゼルキスが借りてきた荷車に資材を括り付け、どうにかすべて載せることができた。上部が崩れてきそうであるが、紐で括ってあるのでおそらくは大丈夫だろう。
「さて、じゃあ後はゼルキスの部隊に任せて、私達は帰りましょう」
どうせこういうところしか存分に力を奮えないのだから。先生と第三隊の面々以外全てが私と共に下山していく。どうやら皆同じことを少なからず思っていたらしい。
気付けば、下山している道の途中に空は既に朱に染まりかけていた。よくもまあ昼食をとらず働きっぱなしで動けたものだ……そう思わずにはいられなかった。