CODE.11
森の景色が急流の川のように後ろに流れていく。既にアクト達の姿は見えなくなっている。
「セシア! あの巨人がいたのはどこの町か分かるか!?」
「多分ムーカの町でしょう! ここから後十分と少し程度です!」
私の苛立っているであろう声に、彼も若干焦りを持って返す。
「ムーカか……くっ、よりによって!」
ムーカの町は王国内でもいくらかある非武装地域の一つだ。別に持ってはいけないというのではないが、住民が自ら行った運動だ。もっともあの巨大な召喚魔に武器を持っていても勝てるとは思えないが、いくらかの時間稼ぎはできたはずである……そう、住民全員が逃げ切るくらいには。
しばらく走っていると、前方に立ち止っているアクト達の姿が見えた。
「アクト!? いったいこんなところでなぜ!?」
驚いて声をかけると、おう、とだけゼルキスが返した。アクトの近くには倒れた緑の軍服を着て、その上に紫の趣味が悪いローブを着たエルフ種。
「術の発動者だ。だが、自らと奴の繋がりを断っているらしいな、奴はまだ消えないし弱体化もしない!」
その言葉に、思わず下唇を強く噛む。しかし、そんな暇もないようだ。
「皆さん! 行きますよ!」
既に先を走っていたセシアを見て、はっと我にかえる。そうだ、今は、弱体化すらしないあの巨人の侵攻を止めるべく立ち向かう先生達の援護に回らねばならない。
地を強く蹴り、再び駆けだす私達。
目の前に樹木が迫るたび左右にかわして走らねばならないが、アクト達は私達より何倍も速く走っていく。流石に多方向への移動を普段から得意とするだけはある。木を蹴ることも視野に入れているようだが、流石にそれはビーストだからできることで、私達にはできるはずもない。それぞれがそれぞれの最大限のペースで私達は森を駆けていった。
ムーカの町の特色である木が中心に作られた建物が見えてきた。森を背面に構え、その森や少し離れたところにもう一つある森から資材を得ているムーカの町は平和という形容詞がぴったりとくる穏やかな街だ。穏やかな森からの恵みを受け、滅多に戦地にならぬ町、それがムーカだった。
だが、だからこそ警備の薄いこの町を奴らは選んだのだろう。まったく、奴らの手口には反吐が出る。
「くっ……思ったより遠いな」
ぽつりと呟くように漏れたその言葉。遠いのに大きく見えて、実際より近いと認識したのか。それとも、早く飛んで行った彼らや先を行く者たちに追いつかねばという心の焦りからか。それとも、その両方なのか。
「レムさん! 森を抜けられそうです!」
少し前を走っていたセシアがそう知らせてきた。私はその言葉に頷き、素早く二振りの剣を抜刀した。セシアも弓を手に取り、ほかの者も武器を構え始める。あの大きさの召喚魔との戦闘経験は私達にもない。あんな大きさの召喚魔を召喚しようものなら、大抵の者は魔力を使い果たしてしまうからだ。使い果たさなくても、一日以上はまともに魔法での戦闘はできない。しかし……それも「召喚魔を制御下におく」という条件付きでの時だ。あの強大な力を制御下におくにも、かなり莫大な魔力を必要とする。いくら時間経過で回復していくとはいえ、そこまで使ってしまえば回復に丸一日かけても全快するかわからない。
と、なるとだ。それすら切り離してしまえば、召喚だけに魔力をつぎ込むことができる……そう、先程の召喚者のように。彼はおそらく、操作用につぎ込むはずの魔力すら召喚に使ったに違いない。 そんなことを考えながらも走ると、森におおわれて届かなかった光が一気に広がり、思わず一瞬だけ目を細める。そして視界が光の量に慣れてくると、改めてその召喚魔の大きさに驚く。いったい自だから、逃げ切れずに殺された。悪く言えば自業自得。悪く言わずとも自業自得だ、愚か者が。すこしも自分の保身を考えないのはただの阿呆だ。
分たちの何倍の高さがあるのだろう。十、いや、百でも届かないのではないだろうか?
そんな巨大すぎる存在に、先生がたった一人で突っ込んでいくのが見えた。イゼフ達もかなり疲弊しているのがここからでもわかる。先生自身もぼろぼろなのだろう。
風の力をつかって跳躍し、巨大な召喚魔の胸部に突撃する先生。そこまでは見えたのだが、あいにくとその召喚魔の大木より太い腕に邪魔され、肝心な何をしたかが見えなかった。直後、いきなり召喚魔が体から灰色の煙を上げて仰向けに倒れた…………まさか、もう倒してしまったというのだろうか。あの巨大な召喚魔を、私達はどう撃退するかで悩んでいたほどだったというのに。しかし、それに目がいってしまっていたが、もう一つ、重要な動きがあった。
「先生!」
セシアが珍しく声を張り上げる。それに反応して、彼の顔が向いている方向を見れば。
先生が吹き飛んでいた……? 否、正確には弾き飛ばされたのだろう。上空から斜めにすさまじい速度で飛んでいくのが見えた。町の中央付近にある、この町の象徴である石でできた彫像。それを粉々に砕きそのまま地面を転がる。
それを見た私達は慌てて駆けだした。途中、部下たちにイゼフ達や町民の保護を任せる。先生はあの召喚魔にかなり飛ばされ、それでも一度立ち上がった。だが、やはり体はもたなかったらしく、再び倒れる。
いつの間にかイゼフも復活したらしく私達を飛び越える。
「先生! 先生! 応えてくれ!」
一番最初に到着したアクトが呼びかける。間を空けず私達も到着した。
「くそ! 誰か医療班を!」
デフィアがあわてた様子を隠すこともなく叫ぶ。イゼフ達とは違う医療専門の班はまだ王都中心、つまり王城にいるはずだ……
「まずいな、意識が混濁してる……!」
「医療班は今ドコにいる!」
私が再びデフィアが発した言葉に王都にいると短く答える。短く舌打ちして、そこら辺にいる兵士を適当にとっ捕まえて呼び出しを依頼した。事態を把握しきっていないらしかったが、飛んでいくように駆けて行ったので大丈夫だろう。
「イゼフ! お前少しでもいいから回復魔法を!」
「は、はいっ!」
イゼフが先生の腹部あたりに両手を重ね、詠唱を初めて魔力を流し込み始める。先程の戦いの後で酷にも思ったが、状況が状況だ。
しかし、私達では無力に等しく、先生は意識を失ったらしい。ほぼ同時に医療班が到着し、彼を王都近くにある施設へと急いで運んで行ったのを見届け、私達はようやく安堵のため息をつくことができた。




