CODE.10
先生が参戦してからは、それはもうワンサイドゲームの要領で進んでいった。相変わらずの魔力量を利用して敵をなぎ倒していっている。
「そおぉりゃぁっ!!」
カタナに風を纏わせて横に振るい、敵兵を数人一気に吹き飛ばす。いや、ここでもだいぶすごい気がするが、これでも彼の実力的には塵を吹き飛ばす程度のことだろう。
「お前ら~逃げるんなら今の内だぞ~?」
挑発気味の……割と本気な忠告。それと同時に容赦することなく雷と風を発生させて敵を殲滅せんとする。もっとも、全員気絶……あの高く吹き飛んだ兵士は気絶で済むのだろうか?
「うるせぇっ! 逃げても殺されるんだ! 行くぞお前らあぁ!」
「めんどくさ。またそれかよ……」
本気でめんどくさそうだ。寄る敵を燃やしつつ彼のほうをみやると、その方向から先生めがけて何かが飛んできていた。危ない、と叫ぶ間もなかったが、先生はそれをかわしたらしい。やはり、先生は魔力だけが優れているというわけではない。流石私たちの顧問を務めているだけある。
しかし、そんな尊敬を抱いた後、ほんの少し……そう、ほんの少しなのだが、私はその敬意を失いそうになった。
「こんちくしょうどもあぶねえじゃねえか! ジ ゴ デ イ ン!!」
先程までとは比べ物にならない巨大な雷が敵めがけて落とされた。なんというか……怒りの沸点がよくわからない。それと、あれだけ魔力を使っても全く魔力切れの兆候すら見せないということに対し、私は少し呆れてしまった……
「な、なんだこいつ! こんだけやって魔力が無くならないだとぉ!?」
うむ……それだけは同意するとしよう……
「なーなーお前らいい加減退け」
先生は先程と同じく割と本気で敵に忠告する。しかし……先生、今のその言葉は奴らにとって火をつける燃料にしかなり得ません。
「くそ、馬鹿にしやがって……!」
……ここまでわかりやすいというのもどうかと思う。ついでに私へ、もとい、私達への攻撃も勢いを増してきたので、とりあえず一直線に収束させた炎を薙ぎ払い広範囲の敵兵を焼く。私達は先生の後ろを守っていればいいらしいので、先程と比べ劇的に負傷者が減った。
しかしそれに気を取られていたらしい。目立たぬところで敵兵が陣形を組んでいた。円形に固まり、その中央には一人かあるいはごく少数の者が座っている。
「しまった、上級魔法か!」
「先生、あれ阻止できますか!?」
「やれなくても妨害はする。手伝え、お前ら!」
私たちが言った上位魔法というのは、基本的に一人での発動は不可能に近い。魔力操作と魔力自体の消費量から、戦場でなくとも使えば勘付かれるし、戦場ならそもそも発動前に気付かれて下手をすれば殺されかねない。だからこそ奴らは円陣でも組むように魔法使用者を守っているのだ。だから、実際に上位魔法使用を阻止するというのは容易ではない……はずなのだが。
「HELL DRAGON!!」
突き出したカタナから蒼い雷がほど走り、上位魔法を発動しようと組んでいた敵の陣に直撃し、中央まで一直線に貫いた。
「うわ……何ですかあの威力は」
セシアが引いている……激しく同意する。しかし、敵は再び陣形を組み始めた。
「相変わらず常識はずれな……何!? まだやる気か!?」
「フハハハハハ! 魔法陣展開の基礎はできたのだよ! 継続すればいい話!」
しまった、という感情が私の中で生まれ、そしてその直後、私達は先生に迫る数百の矢を見て……先生に叫ぶ。
「先生、危な……え!?」
驚くことに、あの数百もあった矢を風ですべて跳ね返したのだ。あれだけの矢を弾き返そうとすれば、私の魔力量でもできるかどうかといったところ……
「……あれ?」
「……先生、相変わらずとんでもねぇ……」
「味方で良かったです……」
「何だあれ……バケモノか!?」
「エ、エルフ種だってあんなに高威力魔法使えないぞ!?」
「俺は化物じゃねえぇぇぇぇっ!?」
敵味方関係なくの引き気味な声に、先生が突如怒り出した。
「消えろぉぉぉぉぉ!! ド ル ク マ!!!」
先程と異なり黒い禍々しい雷が敵を襲う。幾筋ものそれは、数十の敵兵を一気に先頭不能にした。
「ぎゃああ!!」
「なんですあれ?」
「わからん、ていうか俺も怖い」
「待て待て待て、いや待って下さいお願いします!!」
「ぎゃああ! 助けておかあちゃーーーん!!」
敵が散り散りに逃げ始め、その中から悲鳴がところどころ聞こえてきている……惨状というのは、こういうのを言うのだろうか?
それでもなお容赦なく黒い雷を浴びせていく先生は、どこか狂気を纏っていたのは気のせいではあるまいだろう。
「に、逃げろぉぉぉぉぉ!!」
敵の指揮官らしき人物が撤退を始めた。この戦いに私達は勝利したのだ。しかし――――
「逃がすかおどりゃあぁぁぁ!!」
またも黒い雷が敵を襲う。止めようしたにはしたが……これに近づいたらほぼ確実に命が危険に晒される。下手をせずともあの世逝きであろう。私達は先生を抑えるチャンスを探すという名目で、追走という逃げに走ってしまった。だが、これを誰かに責めることができようか……?
「……惨い……」
「怖い……」
「……敵だったらどーなるんだ……?」
「これはまた……」
「あわわわわわ……」
「えげつねぇ……」
口々に感想を漏らす私達。
「ふぅ……さ、帰ろ……う、か…………?」
それに気付いたの先生がこちらを振り返った時だった。帰ろうか、という言葉が後半になるほど間が開いていく。
「ん……と……どうした?」
その言葉に、おそらくは私達の顔はさらに引き攣ったことだろう。
「お、憶えて……いないのですか?」
控えめに、しかし歯に衣着せることなく聞いてみる。
「え……と。気付いたらここにいて敵兵が居なくなってた」
その言葉に、私の頭は一瞬だけ真っ白になった。
そしてその時に起こった出来事……というか行動を告げた途端……明らかに自分の行動に後悔している様子である。
「何か……ゴメン」
私達に謝ることは何もないはずだが……と、そこににやにやと笑みを浮かべてデフィアがトドメを刺した。
「先生はキレると何しでかすか……ある意味分かったようなものだな」
その言葉に先生は地に手をついて四つん這いのような状況になる。きっと周囲の黒いオーラのようなものは気のせいではなかろう。
「と、とにかく敵は無事追い払えましたし……帰りませんか?」
「うむ、確かにな。……おい、どうしたゼルキス?」
「……何か気配がする……」
「む……!? ……確かに……」
イゼフの提案で帰ろうとした私達だが、嗅覚や勘などが鋭い二人は何かの気配を悟ったらしい。
「ふむ? ではイゼフ、具体的な場所を特定できるか?」
「や、やってみます。では、ちょっと……おし、お静かにお願いしますね」
「その必要は無いようですよ?」
「……そのようだ。上を見てみろ……」
イゼフが羽を使い音源などから対象の位置を割り出そうとすると、セシアとデフィアがため息をつかんばかりに言う。それに従い、上を見ると……山と見紛うほどの巨大な体躯が目に入る。召喚魔か……あそこまで大型とは厄介な。
「ちぃっヤツらの手先か! イゼフ、ついてきてくれ!」
「は、はいっ!」
「あと飛行できるならついてこい! 他の者もなるべく早く来てくれよ!」
そう言って、すさまじい速度で飛び立つ先生を追い、飛行が可能な数名がそれについていく形で飛んで行った。
「俺たちも行こう! 急ぐぞ!」
アクトが走り出し、それに続く私達。アクトの提案で、皆そろって行ってもたもたするより、各個進行して少しでも早く戦力を増やすためにそれぞれがそれぞれの速度で走り出した。
森の中であるため、オセロット種など数名がとんでもない速さで駆けて行き、その他もかなりの速度で森の中を進んでいった。