第8話 こっち見るな
セホーは「恐らくすぐにまた来ることとなるでしょうな」なんて言いながら帰っていきました。トウモロコシはなかったです。次は忘れずにちゃんと持って来てほしい。
そして夜、いつものように庭に出ると噴水のところでセーレイがすでに待っていました。月明かりにきらめく銀の髪は、さながら妖精のようです。
「やあ。今夜も持って来たよ」
「ブルーベリー!」
「さて、今宵はどんな話をしようか」
今まではどんな食べ物が好きかとか、どんな仕事をしているのかとか、これからやってみたいこととか、そんな当たり障りのない話をしていました。
あと、セーレイがハーフエルフだってことも教えてくれた。純粋なエルフほどではないけど、そこそこ長生きなんだそうです。もう100年以上生きてるとか。
化けタヌキの中にも数百年生きるのがいるのですが、妖術を極めないとダメだと聞いたことがあります。だから化けるくらいしかできない私は、そんなに長く生きません。
並んで座る私とセーレイのお尻の間に置かれたお皿から、ブルーベリーをひとつ摘まんで口に放り込みます。ちょっと酸っぱい。これはハズレ。
ぎゅっと口をすぼめた私を見てふふっと笑うセーレイ。ずっとこうしていられたらいいのに。
「そういえば、この葉っぱについて知ってることはある?」
「んっ……んんん」
彼が取り出したのは、さっきセホーが持って来た葉っぱです。一族が使うやつ。
私はこの姿のとき、化けタヌキだよって教えたことあったっけ? って少しだけ考えてから、そんなわけないな、という結論に達しました。私は賢いので。
「わかんない」
「これはね、化けタヌキが使うらしい。昔、わたしは化けタヌキに会ったことがあってね」
「うぇぇ?」
「当時は王家に仕え始めたばかりでね。今みたいに城にこもっているわけではなく、命じられるままに各地を転々と……。そこで酷い怪我をしたタヌキに出会った」
独自の製法で精製した治療薬に加え、治癒魔法も用いてタヌキを助けたのだそうです。
「見ず知らずのタヌキを助けるなんて優しすぎる」
「どうかな。母を亡くしたばかりということもあって、ただ寂しかったのかもしれないね。だけどタヌキは翌日には姿を消してしまった」
すらっとしたセーレイの指先で葉っぱがくるくる回りました。
そういえば彼はどうしてこの話をしているんでしょう。私は彼の過去が聞けて、そして一族との関わりが聞けて嬉しいけれど。私が化けタヌキだって言ってないはず……。むむむ。
「それから半年ほどたったころ、見知らぬ男がわたしを訪ねた。彼はギヨーブと名乗り――」
「えっ」
「知っている名前だったかな? ギヨーブは己をいつかのタヌキだと言った。助けてくれた礼に願いを叶えてやる、と」
ギヨーブはご先祖様です。東方でひどい目にあって命からがら逃げ、この国に流れ着いたといいます。まさか、死にかけのご先祖様をセーレイが助けてくれてたなんて。
セーレイがいなかったら、私もこの世に存在してないってことです。なんてこと。
「ありがとうございます」
「ん、なにがだい?」
「なんでもないです、けど。それでセーレイは何を願ったんですか」
「そのときは何も。願いは自分で実現するものだからね。そう答えたら、ギヨーブは『いつか時がきたら思い出せ』と言って煙のように消えてしまった。すごい術だなぁと感心したものだよ」
「へぇ……」
それで本当にお城を持つまでになったんだから、セーレイはすごい人です。
エルフに伝わる妖術……セーレイは魔法って言ったっけ。魔法と、それに魔力を付加した錬金術で国に貢献したんだと言ってました。
言葉を切ったセーレイは長い脚を組み替え、ほんの少し身体をこちらに向けます。彼の右手が私の髪をひと房すくって。一段と近くなった距離が心地いい。
「あなたの願いは? ええと、ブルーベリーの他に」
「私はずっとここに――」
言いながら視線をさまよわせた先に、葉っぱがありました。今もまだセーレイの指先でくるりくるりと回されている葉っぱ。あれは「了解」という意味のお返事なのです。
「セーレイは願い事、したんですよね?」
「これは願い事とは違うかな。招待しただけだよ。結婚式に参列してもらえないか、とね」
「あ……ティーカお嬢さんと」
「よく知っているね。そう、何も問題がなければティーカ嬢と結婚することになる、かな」
ガンと頭を殴られたような気がしました。訳も分からず息苦しくなって、胸を押さえながら深呼吸します。心臓がいつもより早く動いてる。
そうです。セーレイはティーカお嬢さんと結婚するんでした。
伯爵からは、セーレイがいい人なら本物のティーカお嬢さんと交代って言われています。そうじゃなくたって……もし私がこのままティーカお嬢さんを演じ続けたとしても、結婚するのはティーカお嬢さんであって私じゃない。
そんな単純なことを思い出させられたのです。
「あの、今日は帰る、ます」
「早いね。顔色も良くないな。体調が優れない?」
心配そうに覗き込むグレーの瞳から目をそらして、振り切るように立ち上がりました。
誰にでも優しくするなバカ。
逃げるように速足でその場を立ち去って……あ、こっちじゃなかった。真逆の方向へ進んでしまいましたので、ぐるっとターンして帰ります。こっち見るな。笑うな。




