第5話 あっぶな!
本日2/2回目の更新です
セーレイが差し出したお芋は少し大きかったです。ひと口では食べられなかったので2回に分けて。
タヌキだったらガッガッガッて噛み砕きながら食べられるのに、人間のメスはそれをしちゃダメだって昔聞きましたから。
「聞きたいことってなんですか」
「うん、実は――。ああ、口の周りについているよ」
お芋が。もったいない。でもどこについているのかイマイチわかりません。
セーレイは一度伸ばしかけた手を引っ込めて、卓上用の小さな鏡をこちらに向けました。
「やっ! 鏡やだ!」
どこかの光を受けてキラッと光った鏡から顔を背けながら、私は腕を大きく振って鏡を遠ざけます。
「おや……?」
「どっかやって!」
「すまない。大丈夫だよ、もう仕舞ったから」
本当でしょうか。今日のセーレイはちょっと意地悪なのであんまり信じられません。
変化の術を使う化けタヌキにとって、他人の姿を借りているときの鏡は禁忌なのです。見れば見るほど、本当の自分の姿を忘れてしまいますから。
私は1日に1回朝の支度のときに、ちゃんと化けられているかチラっと確認するだけにしています。それ以上見たら、私は――。
昔見た年長の化けタヌキの姿が思い出されました。私はあんな風にはなりたくないのです。
幾度も変化を重ね、本来の自分の姿を忘れたタヌキはいつか精神を病みます。そのうちに変化さえまともにできず、ヒトの形どころかタヌキの形さえ保てなくなるのです。どろどろと溶けるように姿を変えるそれはもう、とても生物とは呼べなくて。
「ティーカ嬢、落ち着いて。あなたの嫌がることはしないから」
「うそだ、緑色の食べさせたくせに!」
「もうしない。緑色のは捨ててしまおうか?」
気が付けばセーレイが私の隣に座って、ゆっくり背中を撫でてくれていました。彼に触れられて私は自分が震えていることを知ったのです。
ていうか、捨てられたら困ります。緑色のも割と癖になるお味でしたので。
「……だめです」
「ふふ。じゃあ口の周りを拭いてあげるから顔をあげて」
恐る恐る顔をあげると、セーレイの綺麗なお顔がすごく近くにあってびっくりしました。思わず尻尾が出ちゃったくらい。ドレスを着てるのでバレてないはず。セフセフ。
柔らかな布で口の周りを拭いてもらうと、とっても気持ちがいい。さらに小さめのお芋を口に放り込んでもらったのでご満悦です。
「落ち着いたかな?」
「ん。質問を受け付けます」
「ああ、助かるよ。オクディーラ伯爵家を発つにあたって、伯爵から何か言われなかったかな?」
「何か?」
「実は、わたしは王家に反意があると噂をたてられていてね。父である伯爵はあなたを心配しているんじゃないかと思って」
伯爵もお嬢さんも、確かにそんな話をしていました。お嬢さんがここに来たがらない理由は、セーレイが魔法使いだからだって言ってましたけど。
あと何を言われたんだったかな、と天井を見つめながら伯爵家のお屋敷でのことを思い出します。
「伯爵が……? ええと……。あっ、確か、『公爵閣下と仲良くしろ』って。あと、『すぐに会いに行く』とも言ってました。来なくていいのに」
「ふむ……。なるほど。いいお父上なのだね」
「おちち――? はい、いいおちちうえです」
そうです、伯爵はティーカお嬢さんのお父さんなのでした。
セーレイが悪い人じゃなかったら本物のティーカお嬢さんと交代させるし、悪い人だったら逃げていいからねって言っていた気がします。セーレイは悪い人ではなさそう。妖術使うけど。
そんなこんなでセーレイとお喋りしたり、東方の昔話を読み聞かせしてもらったりしました。東方の昔話って、タヌキの話だった。しかも、妖術で人間の頭を丸坊主にしたりトイレに閉じ込めたりしたそうです。
我が同族ながらやることがこすい……。聞いてて恥ずかしくなっちゃいました。
夕食も終えて、夜。
そっと庭に出て月明かりの下へ。
タヌキは夜のほうが元気になります。それに月の光は心を洗ってくれるような気がするので、どうしても外に出たかったのです。
水の音に誘われるように、庭の噴水へ向かいました。石でできた女神の抱えた水瓶から、とめどなく水が流れています。
私は女神の背後に回り、最も揺れの少ない水面を覗き込みました。
映り込むのは心細そうな顔をしたティーカお嬢さん。でも違います。私の顔はコレじゃない。
一度目を閉じて深呼吸。タヌキでもティーカお嬢さんでもない、もうひとつの私の姿に戻ってから目を開けます。
「私はマヨ。マヨ・ベネディクタ・オランジェ」
化けタヌキは誰しも、固有の人間の姿を持ちます。劇場の俳優に似ていたり、あるいは酒場の看板娘に似ていたりするけれど、複数の人間の特徴を取り入れながら最もしっくりくる姿で落ち着くのです。
人間社会では、その固有の姿で人々に混じって生きていきます。
水面に映るのは白茶色の髪と黄玉色の目を持った若い女……。そう、これが私の固有の姿。これがマヨなのです。この姿を忘れてしまわないよう、しっかりと水面を見つめました。
と、そのとき。
「あなたは……?」
突然背後から声を掛けられ、慌てて振り向くとそこにはセーレイがいました。高くかざされたランタンが少しだけ眩しい。
まるで何もかもお見通しとでもいうような、いつもの柔らかな笑みはどこにもなくて。驚きに見開かれた瞳が小刻みに揺れていました。
「わ――」
自分の姿がいま、タヌキでもティーカお嬢さんでもないことを思い出し、発しかけた言葉を飲み込みます。
これが人間社会における本来の私なのに、セーレイはこの姿だけを知らない。その事実がなんとなく悔しくて、逃げるように走り出しました。
「待って!」
強く手を引かれ、私はセーレイの腕の中へ。
「そこ、罠だから」
見れば足もとの土はほんのり盛り上がっていて、ロープが隠されているようでした。あっぶな!
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それではまた明日!(明日からは1話ずつの更新になります)




