第3話 愛らしいタヌキ
本日3/3回目の更新です
婚約者たるティーカ嬢の到着から一夜が明け、わたしは商人を城に呼び出した。
馴染みの商人はトレードマークとも言える口ひげを軽く撫で、三白眼を眇めて笑う。
「イーノ公爵閣下におかれましては、ご婚約まことに、まことにおめで――」
「ふふ。今日はあまり時間がなくてね」
「ご婚約なさったと言うのに宝石のひとつもご注文いただけないとは、早々に愛想を尽かされますぞ? ……と、冗談はさておき。突然のご連絡でございましたからな、すぐにご用意できたのはこちらだけ」
そう言って商人――セホー・ケトゥラが差し出したのは古い書物だった。セホーに言わせると、東方の昔話を訳したものらしい。
「ありがとう。ところで、オクディーラ家の様子に変化は?」
「ありません。愛娘を送り出したばかりだというのに、食事量も洗濯量も変化なしですぞ。まったく不思議なことでございますな」
セホーは情報収集に長けた諜報人材だ。
裏切りそうな顔をして裏切らないのが気に入っているけれど、わたしの金払いがいいからに他ならないだろう。まぁ、ビジネスはそうでなくちゃ、ね。
「ああ、実際には娘を送り出してはいないのだろうね」
「ほう? ……なるほど、なるほど。君命に背いていると。オクディーラ家の背信の証となりますな」
「その証、つまり本物のティーカ嬢は隣国にでも向かわせるつもりじゃないかな」
「すぐに監視を増やしましょう」
セホーは基本的に、わたしの仕事に深入りしない。言われたことをやる、ただそれだけだ。頭が回る人間だから、その「言われたこと」から真実を見つけ出すのもうまいのだけれど。
とはいえドライで、与えられた仕事の範囲を逸脱したりはしない。いつもならここで話は終わり……のはずだった。
しかし今日のセホーは帰り支度をしようともしないままだ。薄茶色の目がどこか一点を見つめている。窓のほうを見ているようだけれど、いつもと同じ庭があるだけだ。
「セホー? どうかしたかな?」
「オクディーラはよもやタヌキを寄越しましたか」
わたしがセホーに頼んだ資料は東方のタヌキに関するものだ。しかも妖術の類の記録に限定していた。だから、この城にきたティーカ嬢が偽者だという情報と合わせれば、この結論に至るのも理解できる。
「そういうことになるのかな」
「閣下はそれをどのように見破ったのでしょう」
「相手がオクディーラだからね。もちろん最初から何かあると疑ってはいたのだけれど。嫁入り道具は明らかに少ないし、ティーカ嬢の様子も――」
そこで言葉を切る。切りたくて切ったわけではないのだけれど、昨日のことを思い出せば嫌でも切らざるを得ない。
だって――。
「閣下、笑ってばかりいられても困りますぞ。ちゃんとご説明いただきませんと」
「んふふふふ。や、すまないね」
紅茶で喉を潤して、深呼吸をひとつ。うん、少しは落ち着いたかな。
そこでわたしは花台に挟まるタヌキを見つけたところから語って聞かせることにした。わたし自身、誰かに話したくて仕方なかったらしい。一度口を開けばもう止まることはない。
「それで真ん丸の身体で必死に飛び跳ねるものだから……いや全然飛べてもいなかったんだけれどね。ティーカ嬢のペットなら乗せても構わないだろうと思って、ベッドへ運んであげたんだ」
「ここまでタヌキの活躍シーンがありませんでしたぞ」
「んふふふ。そしたらキルトの下に潜り込んでね。次の瞬間にはティーカ嬢が顔を出した」
「んん?」
セホーの三白眼が見開かれた。口もポカンと開いていて、とても珍しい表情だ。これを見られただけでも、話した甲斐があるというものだね。
「きっとキルトで隠れているからタヌキが化けているとはバレない……とでも思ったのだろうね」
「そ、それは荒唐無稽、荒唐無稽ですぞ!」
「しかし本当の話なんだ。そういえば東方のタヌキには妖術を使う種があったなと思い出してね、資料を頼んだというわけ」
まだ混乱している様子だったセホーが、目の前のカップを掴んだかと思うと紅茶を一気に飲み干した。気持ちはわかるよ。
わたしだって、それを目の当たりにしたときにはよく表情を変えずにいられたものだと思うからね。
「そちらの資料をお読みいただければおわかりになるでしょうが、この化けタヌキは808匹いるのですぞ。もしその全てがオクディーラの配下にあるならこれはもはや謀反!」
「わたしに反意があるという情報を流して反応を見るつもりが、想定を大きく超えた釣果だったね。さて、陛下になんと報告するか……」
かつての忠臣の心が、代替わりを経て王家から離れていると感じられるようになった。
陛下の指示に従い、素直に婚姻となればそれは思い過ごしだ。
逆にこちらにおもねる素振りがあれば要注意……と考えていたのだけれど。タヌキを使って天下を覆そうと考えているなら大問題。
「閣下」
セホーの目は再び窓に釘付けになっている。
「ん、どうかしたかな」
「確認ですが、閣下のお話に出たタヌキとはアレ、でございましょうな」
わたしがセホーの視線の先を追うと、なんと窓の外でタヌキが宙吊りになっていた。
庭師のかけた罠に捕まったらしく、片足を縄で縛りあげられて振り子のように左右に揺れているのだ。「あぇー」と情けない声が聞こえてきそうな様相に、わたしもセホーも力が抜けてしまった。
ああ、愛らしいタヌキを助けに行かなければ、ね。
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