第18話 完璧な作戦ってやつなのでした
雲ひとつない青い空の下。
罠ひとつない広い庭の中心で。
一族に見守られながらの結婚式です。まだ人間に変化できない子タヌキたちが、庭を転げまわっています。可愛い。
最近は化けることのできないタヌキも増えましたので、あの子たちのどれだけが化けタヌキとなるか……エリートタヌキの先輩として今から楽しみです。
結婚式といっても、これは化けタヌキの一族に向けた身内だけのもの。セーレイは公爵様なので、ちゃんとした結婚式をするには越えないといけない壁がいくつもあるのです。
たとえば私の身分とか。身分とか。身分とか。主に私の身分でした。残念。
私はどこかの貴族のオウチの養女にでもなって、ちゃんと社交界にデビューして、それから王都で結婚するんだって聞きました。今はその調整中なのだそうです。
私が貴族ですって。心はいつでも貴族でしたけどね。エリートタヌキなので。
今日は袖が大きくて、真っ白なチュールが幾重にも重なる、ちょっぴり東国風にも見えるドレスを着せてもらいました。ヴェールは顔を隠さないのが東国風なんだそう。
セーレイは白のシルクに銀の刺繍が入った上下に、同デザインのマントを羽織っています。これはエルフの正装だって言ってました。
普段はハーフエルフであることを隠しているけど、番とその一族にはルーツを明かしておきたいからって。
いつも以上にキラキラでかっこいい。
「セーレイ。マヨを頼むぞ」
「任されたよ、ギヨーブ。ところで、わたしの『願い』については今でも有効なのかな?」
あのおじいさんは本当にギヨーブでした。
みんな「ご先祖様」って呼ぶから、もうずっと昔に死んだものと思ってました……。そういえば先祖という割にお墓はないんだなーって思ってたっけ。
ギヨーブは白い髭の生えた顎を撫でながら、少し思案する様子を見せます。
以前、セーレイは怪我したギヨーブを助けたと言ってました。その時にギヨーブは、お礼に願いを叶えてやるって言っていたそうです。
「願いとは自分で叶えるものだと言って、実際に大抵のことは自分でどうにかできるようになったお主の願い……骨が折れそうだの。まぁいい。言ってみよ」
「マヨに、長寿になるレベルでの妖術の指南を」
「ほう?」
「えっ」
びっくりしました。まさかここで私の名前が出るとは。
「我々は寿命を共有するつもりでいるのだけど、マヨはわたしの命を食いつぶしたくないと聞かなくてね。もちろん当面は使い魔契約をするつもりだから、術の習得に何年かかっても構わないよ。だからマヨが納得するか、あるいは諦めるまで師となってやってほしい」
セーレイは私が諦めると思ってるみたいです。
でも私はエリートですからね、妖術なんてすぐすぐのすぐで覚えちゃうんですからね、フンス。
「はっはっは! なるほど、確かにそれはお主にはできぬことじゃな。よかろう、承った」
「ありがたい」
「最初は、対象を坊主にする術からかのぅ~」
「それは最後にしてもらえると助かるよ。試されたらかなわないからね」
坊主にする術?
ツルツルになったオクディーラ伯爵の頭を思い出しました。もしかして、オクディーラ伯爵ってタヌキの一族に襲われたんでしょうか。だから私を連れて帰りたかったのかな。
まぁ、伯爵はお城に連れて行かれちゃったし、真実は闇の中っぽいですけど。
カカカと笑いながら自分の席に戻るギヨーブを見送ると、セーレイが私の手を取りました。
「さぁ、始めようか。わたしたちの結婚式を」
「はい」
広いお庭に広げられた真っ赤な絨毯を、ふたり並んで真っ直ぐ歩きます。
絨毯の両脇には化けタヌキの一族がずらり。セーレイにはお身内がいない上、化けタヌキの存在を秘匿する必要があって、新郎側の参列者はいません。
つまり、私がたったひとりのセーレイの家族ってことです。賑やかな一族を見てセーレイはどう思ったでしょうか。
絨毯を歩き終えて、ちょっとだけ高さがある白い台に乗って。来た道を振り返れば、一族が――人間に化けてるのも化けてないのも――みんなこちらを見つめています。
私たちは、表向きはさておき実際には、この国の多くの人が信奉する宗教を信じても尊んでもいません。だから結婚の誓約は神ではなく互いに。参列者は見届け人、というわけです。
脇からやって来たセホーがセーレイに彼の杖を差し出しました。
「わたしの手をとれば契約成立、マヨはわたしの使い魔となる。自分の意思で決めて構わないよ」
「ん」
大きくて綺麗な水晶をてっぺんに頂く長い杖を右手に掲げ、左手は私に差し出しながら、セーレイが呪文らしきものを囁きます。
「マヨ・ベネディクタ・オランジェ・ヌガミ。森の精霊の御名において、我は汝を拘束して命ずる。汝は今、我が生に完全に属し、我と精霊によって守られるであろう。いかなる槍も汝を刺さず、いかなる海も汝を溺れさせず、いかなる者も汝を傷つけぬ。我が守りが汝の上にあり。精霊の御腕が汝の上にあり。汝は汝の意思によって我に従い、我が命令を遂行するべし」
私がセーレイの手を取ると、彼は杖を大地に刺すかのごとく右手を垂直に降ろしました。
私たちの乗る台座は木製のはずなのに、打ち付けられた杖の先からはキンッと小気味いい硬質な音が響き、水晶が強く輝きます。
契約の成立を祝って、一族が歓声をあげました。誰かがシャンパンをプシュッと開け、子タヌキたちは駆け回っては転ぶことを繰り返しています。
そして……私はセーレイの一部になりました。
言葉では説明できないけれど、私は自分がセーレイの所有物になったみたいな気分です。もちろん悪い意味ではなくて、精神的に繋がっているのがわかるというか。
不思議なことに涙が溢れて止まりません。嬉しいんだと思います。名状しがたいこの感情を、私はどう伝えたら――待って、私の語彙力がアップしてるんですけど。
「気分はどうかな?」
「なんか、頭がよくなりました」
「んん……? うん。恐らく今だけだよ」
セーレイは何か説明しようとして口を開いたり閉じたりしたものの、でも面倒に思ったのかそれ以上は何も言いませんでした。
代わりに私の肩を抱き、顔を近づけます。口吸いだ! って思ったんですけど、彼の唇は私の頬に触れただけ。
「初めてのキスはふたりきりのときがいいな」
頬に口付けたその流れのまま、耳元で囁かれた言葉に思わず耳と尻尾が出てしまいました。
一族はそれを見てやんややんと大騒ぎです。
城のメイドさんたちが、たくさんのブルーベリーを運んで来てくれました。そうです、私はこれを一族に教えたかったんです。
やっと念願が叶いました。
美味しいブルーベリーを探す冒険は、人生の伴侶まで見つける大成功で。これがエリートタヌキの完璧な作戦ってやつなのでした。
終わり!
ここまでお読みいただきありがとうございました。
マヨはこれから王様に呼び出されるし、貴族の養女になるし、隣国の刺客に狙われるし、いつかエルフの里にも行くと思います。
そして行った先々で美味しいブルーベリーを見つけることでしょう。
見守ったいただいたこと、マヨも喜んでいます。ありがとうございました。
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