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タヌキ令嬢マヨの完璧な作戦 ~どうもタヌキです。貴族令嬢に化けたら辺境の公爵様に嫁がされました~  作者: 伊賀海栗


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第15話 タヌキの結婚観


 妖精のような、儚い美しさを持った女性から、突然ふわふわの耳と尻尾が現れた。

 驚くと変化の術が少し解けてしまうようだね。


「や、えっと、けけけけけ結婚? (ちぎ)りを交わすってやつで合ってますか、夫婦(めおと)になるってことですか」


 東国風の言い回しだ。

 化けタヌキの一族は、ちょこちょこ我々と違う言葉を使うらしい。ギヨーブもそうだった。


「あなたはわたしと結婚するためにここへ来たのだと思ったけれど」

「そうですけど。いやそうじゃなくて!」


 結婚するために来たのはティーカ嬢であってマヨではないからね。返答に困っているのがまた可愛い。ついつい揶揄ってしまうのはわたしの悪い癖と言える。


「本当に可愛いね、わたしのマヨは」

「それ! なんでマヨって呼ぶんですか、マヨはタヌキであって――」

「セーレイ。うちの若いのと夫婦になりたいと言うから来てみれば……まるで話がまとまっていないようじゃな?」


 音もなくこちらにやって来たのは、東国風の顔立ちの老人だ。

 マヨを口説くタイミングを失したのは確か。オクディーラがこんなに早くやって来るとは思わなかったからね。けれど、オクディーラを焚きつけたのはこのジジイだろうに。


「ギヨーブ……いま口説いていたのだけど」

「えっギヨ」

「普通は口説き終えてから結婚の伺いをたてるもんじゃろ」


 わたしは肩をすくめることでギヨーブに遺憾の意を示したけれど、一方でマヨは混乱に混乱が重なって、もう考えるのをやめたらしい。しゃがみ込んで檻に手をのばし、残っていたフルーツを摘まんでは口に放り込んでいる。


「さて。立ち話で済ますことではないね。中でお茶でも飲みながら話そうか」

「いいや、話すことなどないよ。儂はセーレイを100年以上この目で見てきた。お主は信頼に値する男だ。マヨが同意するのであれば一族の長として結婚を認めよう」

「ありがたい」

「……が、ひとつだけ。寿命の差についてはよく考えることじゃな。長寿の化けタヌキなどごく一部よ。ただのタヌキと比すれば長かろうが、基本的に人間の寿命とそう変わらん。お主はまだ、マヨの2倍、3倍は生きよう」


 ギヨーブはそれだけ言うと、煙のように消えてしまった。


 やはりエルフの魔法体系とはまるで違う術を使うらしい。いずれ教えてもらいたいものだけれど、まずはマヨと話をしなければいけないね。


「暖かい部屋へ戻ろうか、マヨ」

「マヨじゃないです」

「芋もクッキーもあるけれど」

「マヨじゃないですけど行ってあげてもいいです」

「助かるよ」


 どこまでタヌキではないと言い張るつもりなのか見届けたいところだけど……そろそろちゃんと話をしないとギヨーブにどやされてしまうからね。


 ティーカ嬢でもタヌキでもないと主張する女性を私室に連れて行くわけにもいかず、わたしたちは応接室へと入った。


 使用人たちはこの夜、わたしの指示で静かにしていただけで、緊急事態にも混乱することなくやるべきことをやってくれている。たとえば、テーブルに載っているこのホクホクの芋なども。


「お芋があります。知ってますか、私はお芋が好きです」

「うん。食べていいよ。食べながら話をしようか。まず言っておかないといけないのだけれど、わたしはあなたがタヌキのマヨであると知っているんだ」


 向かいに座る彼女の手から芋が落ち、床を転がってわたしの足元へ。拾って皿の端に避け、新しい芋を持たせてやると無言で食べ始める。

 最初に開示するにはショックが大きすぎたかな?


「マヨがティーカ嬢の振りをしていたことも知っているよ」

「なんで! 完璧に任務遂行してたはずなのに! セーレイは私をだましてたのですか」

「ふふ、心外だね。マヨがわたしを騙したのだろうに」

「確かに!」

「わたしはマヨが好きだよ。タヌキだろうと人の姿をしていようと、ね」


 先ほどから出たままの尻尾がゆっくり揺れる。

 何か考え事をしているような揺れ方だ。


 マヨは何も考えていないようでいて、たまに鋭い。化けタヌキであることに誇りを持っているようで、しかし他人に成り代わるような変化の術は好まないと見える。


 にもかかわらず、引き受けた仕事を完遂しようとする真面目さとひたむきさを持っている。人並み以上の貪欲さはあるが、その欲が食にしか向かないのもいい。


 エルフのような他者を受け入れない高慢さも、人間のような他者を陥れようとする薄汚さもない。わたしにとっては砂漠のオアシスにも等しい、心の安息地。


 マヨは芋をひとつ食べ終えると、ゆっくり顔をあげた。


「私もセーレイの傍にいたいとは思ってるけど」

「それは僥倖」

「セーレイは寂しいから私に一緒にいてほしいんでしょう」

「え?」

「でも私は最後まで一緒にいられない。そもそも先に年をとるのも、先に死ぬのも嫌だよ」


 危うく、呼吸するのを忘れるところだった。


 快適な寝床と、美味しい食べ物、そして安全。これらが揃っていれば、マヨはこの城にいてくれるだろうと思っていたのだけど。


 もっと本質的に、わたしという存在を理解しようとしているらしい。

 さらに彼女の言葉を裏返せば、一緒に年を取って生きていきたいという意味になる、のかな。


「わたしは――」

「寂しいだけなら私じゃなくていい。私を選ぶなら私が死んだあとずっとひとりで生きて。タヌキは(つがい)が死んだらそうするんです。自由に生きろとは言えません。そんなことしたら一族がきっと報復するから」


 話に聞いたことがある。

 一般的にタヌキは夫婦のどちらかが死ぬと、遺体から離れようとしなかったり、亡き番を捜して夜な夜な徘徊したり、中には後追いする個体さえいるらしいと。


 どうやら化けタヌキも同じらしい。そして彼らはそれを当然のことだと認識し、輪を乱す個体に対して攻撃的になるようだ。なるほど、ギヨーブの忠告もなんとなく理解できた気がする。


 どう答えたものかと思案するわたしに、マヨは立ち上がって小さく頭を下げた。


「ペットだと思ってもらえれば、命ある限りここにはいます。でも夫婦にはなれません」


 その場でくるっとターンした彼女は、ばさばさっとたくさんの枯れ葉を落としながらタヌキの姿へと転じる。


 少し気取った足取りで扉の前まで行くと、一瞬の躊躇のあとにぴょんぴょんと飛び跳ね始めた。

 そうだね、タヌキの姿では扉は開けられないよね……。




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