第10話 アツコ
かつての「友達」アツコのことを思い出すお話です。
なんの前触れもなく、あの頃のことが脳内で勝手に再生されることがある。
思い出されたそれは、なんとも切なく哀しいにもかかわらず、その一方ほっとする不思議で複雑な気持ちにさせられる。
なんでかなあ…
高校時代のクラスメイトだった平井君と結婚したばかりの頃、私達2人が暮らす小さなアパートに、アツコは来るようになった。
アツコは私と同じ中学だったけれど、クラスも違えば部活も違ったから、別に仲良しだったわけじゃない。
まあでも、共通の友達を交えた大人数で一緒に遊ぶことは何度かあった。
その程度の「友達」だったのだけれど、受験で同じ中学から同じ高校に行ったのが私とアツコを含めて10人ぐらいだったし、その中の6人は男子で残った女子で遊んだことがあるのは私とアツコだけだったから、自然と仲良くなった。
と言うのか、仲良くせざるを得ないといった感覚。
正直なところ、私は折角色々な中学から様々な人が集まって来ているのだから、元々知った友達もそれはそれで大事だけれど、どちらかと言うと「新しい友達」を作りたいと思っていた。
だから、朝は同じバスに乗るアツコと一緒に登校するけれど、学校に着いたらクラスが離れたアツコと別れて、新しく仲良くなったクラスメイトと合流して、みんなでキャッキャしたかった。
けれども、休み時間になる度、ほぼ毎度アツコが私の教室に来ては、やれ「教科書忘れちゃったから貸して」だの、「お弁当忘れたから一緒に売店について来て」だの、「ごめん、トイレ、付き合って」だの、チャイムがなるまでずっと傍にいた。
最初は普通に「あ、そうなの。」と付き合っていたけれど、徐々にじわじわとアツコを鬱陶しく感じてきた。
私は割と早い段階で、同じクラスに友達が数人出来た。
けれども、アツコは1年が終わるまでいつまでも自分のクラスには馴染めなかったようだ。
かといって、休み時間を1人で過ごすのもしんどかったのか、私を頼ってクラスに来るんだと思った。
なので、こう言っちゃなんだけど、アツコが学校を休んだ時は、なんとなく肩の荷が下りた様な気がして、休み時間もお昼休みにお弁当を食べる時も、同じクラスの友達とわいわい過ごせるのが本当に嬉しかった。
高3の時、卒業と同時に親の都合で大きな街に引っ越すことになって、ようやくアツコとの縁も年賀状程度になった。
成人式を別の街で、新しく知り合った大学の友達数人とわいわい楽しくお祝い出来た私だけれど、地元にいる同じ中学だった仲良しの友達から「アツコがさ、成人式一緒に行っていい?って言ってきてさぁ…だいぶ困った」とぼやいていた。
その友達は、自分の高校の同級生数人と約束していたらしい。
その時、「アツコ…高校時代の友達いないの?」と、アツコ本人ではなく、私に聞いてきた。
「…あ〜…そうかも…」
電話口で会話しながら必死に思い出すと、確かにアツコの高校の友達って、私しかいなかったかもしれないと思った。
自分のクラスに親しい友達が1人もいなかったから、毎回、休み時間に私の教室を訪ねては、私の席のところで時間を潰していたっけ。
たいして親しくもなかったのに…
大学を卒業して就職した先で、高校の同級生だった平井君と再会して、そこから正式にお付き合いが始まって5年。
もうすぐ28歳の誕生日のタイミングで結婚。
2人の職場に通いやすい沿線の側の、築5年の割と新し目のアパートで暮らし始めた。
それから程なくして、アツコから突然連絡が来た。
最初はとても驚いたけれど、話が進んでいくと、懐かしさも湧いてきて「じゃあ、今度遊びにおいでよ〜!」という流れになった。
別に普通の会話だし、本当に遊びにおいでよと思ったから、そう言っただけ。
それがどういう訳か、アツコは私とは違う感覚で受け取ったみたい。
私と平井君が休みの日、アツコはニコニコとお土産を買って持って来てくれた。
最初の訪問は、普通の、本当によくある感じの訪問だった。
けれど、その1か月後ぐらい、それから徐々に頻度が増して来て、しまいにゃ「今日、泊まってっていい?」になり、本当は嫌だったけど、親と喧嘩しているので、どうしても今もまだ暮らす実家には帰りたくないとのことで、渋々「じゃあ…いいよ…」と言わざるを得なかった。
今思うと、その時「悪いけど、どっかホテルにでも泊まって。」と、きっちり断ればよかったんだと思う。
でも、なんだか断れなかった。
だって、「友達」だから…
友達が困ってたら、助けるのが当たり前だから。
でも、その判断がいけなかったみたい。
うちに来る頻度が増えたアツコは一応「私の」友達なのだが、いかんせん「サッカー」に詳しくないものだから、小中高とサッカー部だった平井君と「サッカーの話がしたい」と、私そっちのけで平井君とサッカーの話を熱く語ったりして。
アツコのサッカー熱は割と最近らしく、彼女は彼女なりに一生懸命サッカーのことを勉強した様だった。
あの時辺りから、アツコは何しにうちに来るんだろう?と思い始めたんだった。
別の友人にこの話をしたところ、「大丈夫?その人、本当に友達なの?新婚さんの家にそんなしょっちゅう来るって、どういう神経してんだろう?私にはわかんないなあ、その感覚。あ、もしかして、旦那さんのこと狙ってるとか?2人の家庭をめちゃくちゃにしようとしてるとか?まあ、本人はそういうつもりはないのかもしれないけど、もう来ないでって言った方がいいと思うよ。」と、真剣に心配されてしまった。
そう言われると、私も自分の心の奥底に抑えて隠してきた感情が、バーンと音を立てて溢れ出てくるのを感じた。
それと同時に、今までアツコと一緒にいて楽しかったんだろうか?と、自問自答してしまった。
…私…アツコのこと…別に好きじゃなかったかも…ただ、なんとなく付き合ってただけかも…いっつもグイグイ来るから、本当は嫌なのに、無理して合わせてたのかも…
自分の気持ちがやっとちゃんとわかると、それをそのまま平井君に伝えなくちゃ!
平井君は、「友達」のことをこんな風に言う私を嫌いになるかもしれない。
幻滅して、離婚したいと言って来るかもしれない。
平井君の目を見て、自分の気持ちを一生懸命言おう!
それで嫌われたとしたら、「そういう運命だった」と思えば済む。
仕事帰り、「大事な話がある」と、平井君と2人で夜景が見える港の公園に立ち寄った。
「どしたの?」
平井君はとても不安そうな顔をしてた。
「…あのね…あの…アツコの…ことなんだけどね…」
私がそこまで言いかけると、平井君が怖い顔で続けた。
「何?あの女!ケイコちゃんの友達だから今までずっと我慢してたけど…」
「え…」
「あ、ああ、ごめん、ケイコちゃんの友達なのに、あの女とか言っちゃって…」
「ううん…」
どうやら平井君もずっとアツコのことが嫌だったようだ。
しばらく2人でアツコの悪口を言いあった。
「今度来たら俺きっちり言うから!もううちに来ないでくれって!」
そういうつもりだったけれど、それは本当に「つもり」だけで終わった。
私達夫婦の固い決心を知ったかの様に、アツコは何故かもううちに来なくなった。
その話を中学時代の友達に話したところ、「ああ、そう言えばね、アツコ、今はあけみとつるんでるらしいよ。」と教えてくれた。
あけみは私やアツコと同じ中学から、同じ高校に入学した女子の1人だ。
あの頃は「ただ同じ中学ってだけで、話したこともない」などと敬遠していたくせに、私から乗り換えたんだ…
振り返ると、アツコってなんだったんだろう?
本当に友達だったんだろうか?
まあでも今はそんなのどうでもいいか。
さてと、ご飯支度しなくっちゃ!
今日はパパの好きなとんかつと豚汁にしようっと。
結婚して21年。
地元に家を建て、今は4人家族になって、そこそこ穏やかに暮らしています。
最後まで読んで頂き、本当にありがとうございました。お話はまだ続きますので、引き続きどうぞ宜しくお願い致します。




