元悪役令嬢はデートに誘われる1
デート回です!
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夜会が終わり数日経ったある日の夜。ハルトムートは、自宅の執務室に執事のハンスを呼び出していた。
「……ハンス。少し相談に乗ってほしい」
「珍しいですね、旦那様が私に相談など」
ハンスが落ち着いた声で言うと、ハルトムートは髪の毛を右手でクシャクシャとかき乱しながら言葉を絞り出した。
「……最近、ふとした拍子にヴェロニカの事を考えてしまうんだ。今頃ボランティアに精を出しているんだろうなとか、書庫で本を読んでいるんだろうなとか。……今のところ仕事に影響はないが、今後支障が出るかもしれないと思うと不安で……どうすれば良いと思う?」
ハンスは、ぱちくりと目を瞬かせた後、ふんわりと微笑んだ。
「旦那様にも春が来たんですねえ……」
「春? 一体どういう……なっ!!」
ハンスの言葉の意味を理解したハルトムートは、目を見開いて顔を赤くした。
「わ、私が、ヴェロニカに恋愛感情を抱いているというのか……!?」
「おや、自覚が無かったのですか」
そう言えばと、ハルトムートは思い返した。食卓でヴェロニカの話を聞いているとこちらまで楽しくなる。ヴェロニカが夜会でフリーデを庇った姿を見て、その凛々しさに胸が高鳴った。
――そうか、これが恋か。
気付くと同時に、ハルトムートは頭を抱えた。
「どうするんだ……私はヴェロニカに『愛し合って結婚したわけでは無い』とか『寝室を同じにする事は無いと思ってほしい』とか言ってしまったぞ……」
「ああ……」
ハンスは、憐れみを含んだ表情でハルトムートを見つめた。
「……旦那様。今からでも遅くありません。奥様と本当の意味で夫婦になれるよう努力してはいかがでしょう」
「努力……か……」
ハルトムートは、目を伏せがちにして呟いた。
◆ ◆ ◆
翌朝、ヴェロニカが朝食を取っていると、向かいの椅子に座っていたハルトムートが声を掛けた。
「……ヴェロニカ。急な提案だから断ってくれてもいいんだが……その……今日は、私と一緒に街に出かけないか……?」
「街ですか? はい、喜んでお供致します。……しかし、どうして急に。大切な用事でも出来たのですか?」
ハルトムートは、言いにくそうに目を逸らしながらも、言葉を紡いだ。
「いや……ただ、君と一緒に過ごしたくて……一緒に買い物でも出来ればと……」
ヴェロニカは、目を見開くと、顔を赤くして呟いた。
「……そ、そうですか……」
◆ ◆ ◆
それからしばらくして、ヴェロニカとハルトムートは二人で街を歩いていた。
「ああ、この服はハンナに似合いそうだわ」
「このパンはカミルに食べさせてあげたいわね」
ブティックを覗いても、パン屋で買い物をしても、ヴェロニカは終始そんな事を言うばかりで、デートらしい雰囲気が全く無い。
ハルトムートは、苦笑して呟いた。
「ヴェロニカは、本当に子供と接するのが好きなんだな」
「はい、ボランティアは楽しいです。……あ、申し訳ございません、私ばかりはしゃいで……。旦那様は、どこか寄りたい店は無いのですか?」
「いや、私は君が楽しければそれでいい。……ヴェロニカ、私は、君の事が……」
ハルトムートが言いかけた時、遠くから大きな声が聞こえた。
「は、800ザルツですって!?」
ヴェロニカとハルトムートが振り向くと、そこには三十代くらいの貴族らしき女性と、露店を開いているらしい老婆がいた。
「そうですよ。このペンダントは、とても強い厄除けの作用があるのです。災いを遠ざける事が出来ると思えば、800ザルツくらい安いものでしょう。どうです、お買い上げになりませんか?」
黒いローブを着た老婆は、白い髪の間から嫌な笑みを浮かべてそう言った。貴族女性は、無言で買おうかどうか悩んでいる様子。
ヴェロニカが遠くから確認すると、黒い宝石の嵌ったそのペンダントは安っぽく見え、とても800ザルツの価値があるとは思えなかった。
ちなみに、800ザルツとは、現在日本の金額に換算するとおよそ十万円である。
「迷っていらっしゃるのですか? でしたら、先程と同じものをもう一度お見せましょう」
老婆はそう言って、陶器の灰皿のようなものを取り出した。そして、懐からマッチを取り出し、火を着ける。老婆が火を陶器に近付けると、なんと、オレンジ色だった炎が赤紫色に変化した。
「赤紫色の炎は、災いが起こる前兆と言われています。このペンダントを買わないと、大変な事になりますよ」
そんな老婆の言葉を聞いたヴェロニカは、白けた表情になった。一瞬驚いたが、理科の知識があればすぐわかるからくりだ。
「旦那様、あの店主は詐欺を行っております。少し首を突っ込んでもよろしいでしょうか」
「何、詐欺?……分かった。私も付いて行こう」
そして、ヴェロニカ達は、老婆と貴族女性の方へ近づいて行った。
果たしてヴェロニカはどう対処するのか……。