元悪役令嬢は夜会に出席する
ゲームの世界のヒロイン登場です!
ヴェロニカがボランティアを始めてから約一か月。ヴェロニカは、ボランティアの他に最低限の貴族の付き合いをしていて、忙しい日々を送っていた。
そんなある日、朝食の席でハルトムートが口を開く。
「ヴェロニカ、すまないが、今度私と一緒に夜会に出席してもらえないだろうか」
話を聞くと、王族が主催する夜会があり、どうしても夫婦一緒に出席しないといけないらしい。
「承知致しました、旦那様。……ボランティアばかりで、あまり貴族の妻としての役割を果たせず、申し訳ないと思っておりました。夜会くらいお安い御用です」
ヴェロニカは笑顔で答えた。本で貴族のマナーについても勉強したので、社交の場に出ても大丈夫だろう。それに、中身が小夜でも、ヴェロニカの身体が貴族の仕草を覚えている。
「申し訳ないなんて思わなくていい。最低限の貴族の付き合いをしてくれたらそれでいいと言ったのは私の方だしな」
ハルトムートは、少し目を伏せがちにして答えた。
◆ ◆ ◆
夜会当日、ヴェロニカはハルトムートにエスコートされて王城に入った。ヴェロニカは黒髪をアップにして、赤いドレスに身を包んでいる。
「よく似合っている」
会場となる広間に入る直前、ハルトムートが褒めてくれた。ハルトムートも、黒を基調とした正装がよく似合っている。
会場に入ると、こちらを見てヒソヒソ話をする声が聞こえる。ヴェロニカは横領して学園を追放された身。そういう態度を取られても仕方ないだろう。
ただ、ヴェロニカの夫であるハルトムートが嫌な思いをするのは、ヴェロニカとしても心苦しい。
ハルトムートをちらりと見ると、彼は一言「大丈夫だ」とだけ言った。
歓談が始まると、ハルトムートは挨拶の為にヴェロニカの元を離れた。ヴェロニカに話しかける者もいなかったので、ヴェロニカは暇を持て余し、立食形式の食事を楽しみながら辺りを見回した。
すると、一人の女性が目に入った。ゲームの主人公、フリーデである。フリーデは、ヴェロニカより一歳年下の十七歳。確か彼女は、ヴェロニカが学園を追放された後しばらくして第一王子と婚約したはず。
フリーデは、ウェーブがかったブロンドの髪を肩の辺りまで垂らした可愛らしい女性だ。水色のドレスもよく似合っている。推理力もあるし、第一王子が見初めるのも当然だろう。
そう思って遠目に見ていると、数人の令嬢がフリーデを取り囲んだ。何となく気になって、ヴェロニカは少しだけフリーデの方に近づき耳をそばだてた。
「男爵家のくせにルートヴィヒ王子と婚約なんて、厚かましいのよ」
「大体、貴族としてのマナーがなっていないのではなくて?」
フリーデが寄ってたかって罵詈雑言を浴びせられている。
男爵家の娘だろうがフリーデには王妃になる素質があるし、マナー云々は、完全に揚げ足取りである。取り囲んでいる令嬢も、マナーが完璧とは言えない。
「こんなドレス、あなたには似合わないのよ」
そう言って、令嬢の一人が近くのテーブルにあるワイングラスを手にした。フリーデに浴びせかける気だ。
その瞬間、自然とヴェロニカの身体が動いていた。フリーデに、小夜だった頃の自分を重ね合わせる。
小夜は、机に落書きされても、トイレで水を掛けられても、先生以外誰にも助けてもらえなかった。自分は、そんな小夜みたいな人を助けられるようになりたい。
ワインは、フリーデと令嬢たちの間に割って入ったヴェロニカにかかっていた。ヴェロニカの赤いドレスはぐっしょりと濡れ、綺麗な黒髪からはポタポタと雫が滴り落ちている。
「あ、あなた……ヴェロニカ・アイスナー……」
令嬢達が困惑した表情をしている。
「何故その女を庇うの!? あなた、その女のせいで学園を追放されたのよ!」
令嬢の一人が困惑した顔でそう叫ぶと、ヴェロニカはキッと令嬢を睨んで言った。
「……それは、横領した私の自業自得。私は……一人の女性を寄ってたかって罵るような真似はしたくないし、それを放っておく人間にもなりたくない!」
「それは良い心がけだな」
優しい声が聞こえる。いつのまにか、ハルトムートが側に来ていた。
「あなた方は、これ以上醜聞を広める前に、ここを立ち去った方が良い」
ハルトムートが令嬢達を睨みながら言った。令嬢達は、慌ててその場を立ち去る。
「……あの、ありがとうございました。生徒会長……ではなく、アイスナー夫人」
令嬢達がいなくなると、フリーデが、おずおずとヴェロニカに礼を言う。
「いいのよ。未来の王妃となると、今後も大変な事があると思うけど、頑張ってね。……たまには息抜きをしながら」
フリーデが、目を見開いた。
「……変わられましたね、アイスナー夫人」
ヴェロニカは「そうかしら」と言って笑った。
「ドレスが汚れたな。向こうで着替えてくるといい。案内する」
ハルトムートがそう言ったので、ヴェロニカはフリーデに挨拶をしてその場を去った。
廊下で二人きりになると、ハルトムートが口を開く。
「……先程の行動、素晴らしかったと思う」
「いえ、そんな。下手をすれば貴族との間に波風が立つような事をして、かえって申し訳ないです……」
「申し訳なく思う必要はない」
そう言って、ハルトムートは微笑んだ。その優しい笑顔を見て、ヴェロニカの胸が高鳴る。
いつの間にか、ヴェロニカはハルトムートに惹かれていたようだ。思えば、食事を共にするようになってから、ハルトムートはよくヴェロニカに礼を言ったり褒めたりしてくれていた。ヴェロニカがベラベラと蘊蓄を垂れていた時も、面倒臭がらずに話を聞いてくれた。優しい人なのだ。
ハルトムートが夫で良かったと思いながら、ヴェロニカは微笑んだ。
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