58 フヴァス
今回も読みに来て頂いて、誠にありがとうございます。
翌日になって、二人は街道を進んでいる。
「もう、着くはずだけど……」
「どこにも無いね」
二人の進む先には相変わらず草原が続いて居るだけで、見渡す限り村はおろか建物すら無かった。
目の前の草原には多少の起伏があるが、それらはいくら村だとしても全体を隠すほどの高さも大きさもなかった。
「最後に聞いた人の話だと、この付近のハズだけど……」
「あそこにたくさんの人が作業をしているから、聞いてみようよ」
「そうだね」
二人は人々が居る所へやって来て、尋ねるコトにした。
「済みません。フヴァスってこの辺りと聞いたのですが、違いますか?」
「フヴァスか、ここがそうだよ」
「いや、ナニも無いですよ」
「今、我々がやっている作業、遺物が掘り出されているのが見えないのか」
確かに何人かの人々がハケやヘラで地面の土を掻いているし、少し離れた所では大小のスコップやシャベルとか鍬みたいな道具を使って穴を掘っている。
「ここがフヴァスなの?」
「そうだ。太古の昔にこの場所にあったんだ」
「太古の昔? ナゼ、今はこんな状態なのですか」
「それは滅んだからだな。最近になって出土したいくつかの粘土板の解読が成功して、ここが伝説のフヴァスだと判ったんだよ」
「そんなのはウソだ!」
アークシュリラの言ったウソだは、フヴァスが滅んだコトを指していた。
しかし男性は、フヴァスがこの場所に実在したコトだと思った。
「嘘って、まぁ信じられないだろうな。我々も最初は信じられなかったからな」
そう云うと、その男性はカバンから一冊の本を取り出して、ページをめくってトマとアークシュリラの前に差し出した。
そこには“太古の昔にフヴァスが襲撃されて滅んだ。詳細な場所は不明”と記されてあった。
そして、傍にあった出土品をいくつか見せながら、説明をしてくれた。
「ありがとうね」
アークシュリラはまだ普通に会話が出来そうに無いと思って、トマがそう言った。
その男性は本をカバンにしまって、再び作業に取り掛かる。
「今の人って、学者かナニかだよね」
アークシュリラがトマに聞いてきた。
トマはアークシュリラの感情が高ぶってなく平気みたいと思い、それに応じた。
「多分ね」
「本当にフヴァスって滅んだの、じゃボクたちが会ったイデェネルは……」
トマとアークシュリラの話す声が聞こえたのか、先ほどの男性が作業の手を止めて声を掛けてきた。
「お前さんたちは、今イデェネルと言ったか」
「はい、言ったよ。それがどうしたの」
アークシュリラが男に、少しおかしな言い回しで答えた。
「お前さんたちはナニモノなんだい。フヴァスが滅んだコトも知らず、まだ公開していないイデェネルを知っているとは」
「イデェネルって人は、フヴァスに居たの?」
アークシュリラが、その男性に質問をした。
「内緒だぞ、良いな」
「ボクたち以外とは、この件は話しませんよ」
トマはアークシュリラの話し方が気になったが、彼女自身が一生懸命に感情を抑えていると思い、そのまま話させるコトにした。
もし相手の男性がアークシュリラの話し方に気に入らずに怒りそうだったら、自分がフォローすれば良いと考えてもいる。
「ならばこっちに来い」
トマとアークシュリラは男性の進むあとに続いて、作業をしていた場所から少し離れた所に建っている小屋に連れて来られた。
小屋には鍵は掛かっておらず、男性が扉を開けて中へ入った。
トマとアークシュリラの二人も男性に続いて小屋の中に入った。
小屋の中は乱雑に出土品が置いてあるように見えるが、発掘している人々には自分たちが判るルールで整理されているのだろう。
男性はそのウチの一つ、粘土板を持ち上げてから語り出した。
「イデェネルとは、フヴァスの王……今の我々からすれば村くらいの規模だから、村長だが、その名はこの通り最後に記載されている」
指し示された所には、今のトマやアークシュリラが使う文字とは、明らかに違う記号が整然と並んでいた。
「これが、イデェネルって書いてあるの」
「そうだ」
「どこの国から攻められたの」
「国ではない。魔物だ」
男性が魔物と言ったので、二人は顔を見合わせてからアークシュリラが尋ねた。
「それって、もしかしたら青いオオムカデ?」
「そうだ……本当にお前さん達は、どんな方法で学んだんだ」
イデェネルを蘇生したあとで真剣に魔物を捜索はしなかったが、イデェネルは確かに青いオオムカデにやられたと言っていた。
あの時に真剣に捜索しても、イデェネルは今を生きていないなら見つけられなかった可能性が大きい。
「ボクたちは武術や魔法以外の教育は、あまり受けてないよ」
「学問所に行ってないのか……まぁそれは良い。魔物の数は判っていないが、5匹以上はいただろうな。村と行ってもここら辺……いや、当時は最大の処だから、少数なら撃破くらいはするだろう――」
そのあとも色々と説明をしてくれた。
「教えてくれて、ありがとう」
二人はお辞儀をして小屋からでた。
そして発掘している処が見える、小高い丘に登っている。
「幽霊だったとかは別として、イデェネルが武器を買って成人に与えてたのって、イデェネル自身はまだ戦いの最中なのかも」
「成人したら、立派な兵士になるもんね」
「それに自分たちの村が攻められている……いや滅亡しかかっているから、村で武器なんか造っていられない状態だったとボクは思うんだよ」
イデェネルたちのコトは、発掘していた男の人から聞いたのでなんとなくだが判った。
しかし、全員でアズールミルパーツから村――いや国を守っていたかは解らない。
もちろん全員が戦える訳では無いことくらいは理解しているつもりだから、それを責める気もない。
中には高位の職位にいながら、逃げた者もいたかもとトマは、それらのことに少し想像をめぐらして黙っていた。
アークシュリラが、続けて話し出した。
「トマがイデェネルに対して蘇生の魔法を使ったじゃん」
「うん」
「あの魔法って、霊体や幽体に対しても有効なの」
「高レベルの魔法使いなら話は別だけど、私くらいだったらアンデッドにすら効果は薄いよ。だから霊体や幽体なんかだと尚更だね」
トマはそう言って、ハッと思った。
アークシュリラはナニも言っては来ないから、トマは再び話し出した。
「魔法が私の体に戻って来たのは、対象外だったからなの」
「それは、ボクには判んないけどね。もしかしたらイデェネルの潜在的な精神とかがやったのかもね」
イデェネル自身は、蘇生の魔法を使ったコトを話した際にとても驚いていた。
だから本人にはそんな芸当をするコトは出来ないと考えられるが、無意識だったのなら話は変わってくる。
それに道すがらフヴァスの場所を尋ねた人々の中にも、イデェネルと同じ時代を生きている人が居たのかも知れない。
いや、あの騎士は絶対に同じ時代で、どこかへフヴァスの危機を知らせに行ったのだろう。
そうでなければ、この道だけやたらと往来する人が居たし、分かれ道毎に都合良く人が居たのもおかしい。
その上、こんな状態だと云うのに、フヴァスの場所を知っていたのも……
「トマ、眠り草だっけ咲いていた花? あれってイデェネルたちへの手向けなのかもね」
「それって、闇の神さまからの?」
「光かもしれないし、土の中にフヴァスはあったのだから土の神からかもしれないね」
そのどれかの神が妖精を使えば、その現象は自然そのままなので一切の証拠は残らない。
生命の神だったら季節や、日時に関係なく花を咲かせられるかもと二人は考えた。
「だったら、あすこにも何かが埋まっているのかなぁ」
「この発掘している場所が村の本体なら、あすこだと敵が来たこと、危険を知らせる物見櫓かもね」
「もしこの花の咲いている処が全てだったら、とんでもない大きさだよね」
「そうだね。村って言ってたから、それは違うんじゃないかなぁ。悲しいけどね」
アークシュリラは“悲しいけどね”をゆっくり噛み締めながら言った。
そしてトマを見てから服をはたきながらおもむろに立ち上がって、着崩れていた所を調えだした。
「どうしたの? アークシュリラ」
アークシュリラはナニも言わずに、剣を抜いた。
そして、直立して背筋を伸ばした。
なので剣先は、アークシュリラの足先少し前にある地面を指している。
トマはファリチスで街を守る人や狩りをする人が同じようにしている光景を何度か見たコトがあったので、アークシュリラがやろうとしているコトが判って慌てて立ち上がった。
そしてアークシュリラと同様に服をはたいてから、着崩している所を直して右手でしっかりと錫杖を握った。
アークシュリラはナニも言わずに、それを見守っていた。
そして、アークシュリラとトマは発掘現場の方角を向いてから、ファリチスに伝わる鎮魂歌をフヴァスの人たちに思いを馳せ……イヤ、思いを爆ぜて歌い出した。
その歌を歌い終わると、アークシュリラは『イデェネル、約束通りにやって来たよ』と心の中で言った。
温かな心地良い風が辺り一面に吹き抜けた。
それはまるでアークシュリラにはイデェネルが判ったと言ったように感じたし、そしてフヴァスの人たちがお礼を言いに来たようにも二人には思えた。
●最後まで読んで頂きありがとうございます。
誤字脱字はチェックしているつもりですが、多々漏れる事があります。
ご指摘下されば、どうしてもその漢字や文章を使いたい場合以外は、出来る限り反映させて頂きます。
●今回は、トマとアークシュリラがようやくフヴァスに到着しました。
思っていた展開と違うと言う方もいると思います。
私もイデェネルから依頼されてナニかをすることや、村自体で問題が発生していてそれを二人が解決するとかも考えました。
どの物語にしても今後の展開はそれほど変わらなかったので、あくまでもこれにしたのは私の気分です。
決して、数少ない読者の方をビックリさせたいと言うコトではありませんよ。




