【試作版】キャモン・オーバー!〜ちょっと来て、城内魔物管理士さん〜
【試作版】です。
長編用に練ってた案ですが、とりあえず短編として書いてみました。異世界ファンタジーなのに派手なバトルのない物語なので、あまり求められていないかも?
皆様のご意見によっては長編として書いてみようかと考えています(*´Д`*)
それと、すみませんが幕田は『異世界ファンタジー』のテンプレや設定が全くわかりません。変なところがあったら、ご指摘頂けますとありがたいです。
ここは剣と魔法、そして人と魔物の世界。
城下町の外は危険な魔物で溢れ、騎士と呼ばれる王直属の衛兵部隊が、魔物の侵攻を食い止めている。
町の中心に位置する『城』は、その国の政治を担う重要な建築物だ。王とその家族が生活し、各国の要人が頻繁に出入りする。万が一にも強力な魔物の侵入を許してしまえば、一気にその国の統制は崩壊するだろ。
だからこそ城には、専属の高等魔導士が幾重にも結界を張り、鉄壁の守りを保持している。
しかし、そんな結界にだって弱点はある。
結界はいわば太い鉄棒で組まれた堅牢な鉄格子だ。体の大きな魔物であれば、その身を阻まれて通過する事が出来ない。しかし、格子をすり抜けられる程に小さな魔物にとって、それは何の障害にもならない。
すると、どうなるか?
結界の内側は、小さな魔物たちにとって『天敵となる大型の魔物がいない安息の場所』となる。
そして、虐げられし小さな魔物の多くは『城』の中に棲み着いて、時に様々な害を及ぼすようになる。
食料を食い漁り、生活圏を汚損し、神出鬼没に人々を驚かせる。
『城内魔物』縮めて『キャモン』と呼ばれるその魔物達は、城内で生活する者達から、たいそうウザがられていた。
この物語は、とある巨大な城を舞台にした、少しワガママだけど根は真っ直ぐなお姫様と、城のキャモンを監視・管理する専門職『城内魔物管理士』である陰気な青年の、愛と勇気と成長、そんな感じの物語である。
『キャモンオーバー!
〜ちょっと来てよ、城内魔物管理士さん〜』
クチャクチャという音で私は目を覚ます。
夜の部屋は真っ暗だ。0.1ビョン(約10センチメートル)先も見えない闇の中で、粘つく音と生臭いにおいが、異質な物体の存在を主張していた。
音のする方に顔を向け、目を細める。
布団の中から右手だけを出して、目やにがついた瞼を擦る。
その手の甲が、何かに触れた。
腐ったリンゴみたいな、グチャグチャでドロドロの何か。
あたしは手を止め、大きく息を吸い込む。
そして、闇を切り裂くような叫び声を上げた!
* * *
「それは、城内魔物管理士さんに相談したらいい」
書類に目を通し、時々ペンでガシャガシャとサインしつつ、パパが言う。クマができたその目は、昨晩のあたしの大騒ぎを物語っている。
だって仕方ないじゃん。
夜中に目が覚めたら、グチャグチャでドロドロでベタベタで臭い物体が、あたしの枕元にいるんだから。
こんなにおしとやかで清楚で儚げな女子に、悲鳴を押さえ込む胆力なんてあるはずがないでしょ。
それなのに、パパったらそっけない態度――
あたしは唇を尖らせて、パパを睨みつける。
「城内魔物――キャモンについては、専門家に相談するのが一番じゃよ」
「キャモン?」
聞き慣れない言葉にあたしは聞き返す。
「子供の頃に『お城での暮らし方講座①』で読み聞かせたはずじゃが」
そんなの10年以上前じゃん。覚えているわけがない。
パパはあたしから視線を外すと、手元の資料を見つめ、眉間に皺を寄せた。書類のタイトルから察するに、直近の城下町周辺の魔物の生息状況が芳しくないらしい。
このお城は強力な結界でガードされているため、ここにいれば最悪の事態は回避できる。でも、外の魔物が増えて、町中の人達がここに集結するとなると、これだけ広いお城でも流石にパンクしちゃうだろう。
いろんな事を心配しなくちゃいけないから、王様も大変だなぁ。
「ミディー! パパの仕事の邪魔をしないの!」
重たいドアが開くと同時に、突入してきたママが金切り声をあげた。聞き飽きたその声に、あたしは辟易する。
ママはシュークリームみたいにまとめた金色の髪を揺らしながら、蛇みたいな目であたしを睨んだ。
「だって、キャモン? が私の部屋に出たから……」
「だったらさっさと城内魔物管理士さんに相談しすればいいでしょ! パパは忙しいんだからそんなくだらない事で邪魔しないの! まったくあなたはいずれ婿を迎えてこのお城を継ぐ身なのよ? そのくらい自分で処理できるようにならないとダメ! だいたいあなたはねパパに甘えすぎなのよ! 妹のサリーはサフロン国に嫁いで、立派に王妃の務めを果たしているのにあなたはいつまでたってもおやばなれしないであーだこーだあーだこーだ」
「はいはいわかりましたよ!」
まーたママの説教が始まった。そっちの金切り声の方がよっぽどパパのお仕事の邪魔だよ。
でも、あたしは何も言い返せない。
あたしにこのお城を継ぐ器量がないことも、妹のサリーの方が遥に優秀なことも、全部本当の事だから……
ムクれていると、急にドアがノックされ「国王、入りますよ!」と大臣。
「どうしたのじゃ?」と問うパパに、大臣は顔を顰めながら早口で捲し立てる。
「先日の雨による増水で、東の河に架かる橋が倒壊したとの情報が入りました。東側との交易に多大な影響が考えられますので、早急な修繕が必要です。しかしながら、近年の魔物の急増に対応して防衛に予算を回していたため、財源の確保が難しく、解決策としましては国民からの納税額を2%引き上げるか、冒険者達からの――」
「それはいかん、魔物が活性化して国民が不安を感じている中で、税の上乗せは更なる不安を煽る結果になる。それに冒険者達が持ち帰る新技術も、国の発展になくてはならないものじゃ。城の運営資金からなんとか捻出しよう。すぐに現状の経費内訳をまとめくれ、1時間後に会議を開く」
「承知です」
大臣は駆け足で去っていく。
パパはいつも難しい事を考えている。これが国を管理するという事なら、あたしには絶対無理だ。
居心地が悪くなって部屋を出ようとしたところで、思い出したようにパパが言う。
「ミディー、たしか今日は城内魔物管理士のトリンさんが、来城する日だったはずじゃよ」
振り向かないで、頷く。
* * *
城内を歩き回る、デカいショルダーバッグを下げたおかしな男に出会ったのは、それから間も無くの事だった。
廊下の壁をジロジロ眺めながら、時々指でなぞったり、レンガの隙間に指を突っ込んだりしている。
パパからの情報がなければ、確実に不審者と思い込んで、衛兵に突き出しているところだった。
「あの、キャモンマネジャーさんですか?」
私が尋ねると、男は壁を見つめていた目をこちらに向けた。その目は切れ長で、唇はへの字に曲がっている。そんな陰気臭い顔の半分を、ボサボサの黒髪が隠している。
街中で目が合ったら、瞬時に50ビョン(約50メートル)くらいは後退りしちゃいそうな、ヤバい人の顔だ。
でも私は負けない。
スカートを持ち上げ、毅然とした態度で挨拶を繰り出す。
「私、このお城の主であるベンズロン王の第一子、ミディー・ベンズロンと申します」
そう言って私はニヤリと笑う。
この城の姫が直々に声をかけてきたとあれば、このぬぼーっとした男も慌てふためくに違いない。
しかし男は特に取り乱す様子もなく、手短に、というかあからさまに『邪魔すんなよ』って素振りを見せながら、ペコリと頭を下げた。
「この城を担当する城内魔物管理士のトリン・シフェノです。それでは、仕事の続きがあるので……」
そう宣うと、あろう事かその場から立ち去ろうとしてきやがった。
「ちょっと待て」
「なんすか?」
「相談があるのよ、キャモンについて」
「はあ」
この態度はひどく気に触るが、背に腹は変えられない。私は昨晩の出来事を、このトリンという男に話す。
トリンは私の話を聞き終えると、何度か頷いてショルダーバッグの中から使い込まれた冊子を取り出した。ページをめくり、私に見せる。
昨日見た魔物と似た絵が描かれていた。
「そいつは、この『プチスライム』ではないかと」
「確かに、似てる」
私は頷く。
「プチスライムはごく一般的なキャモンです。雑食性で何でも食べますが、人間に害をなす事はほとんどありません。至適温度帯は25〜30ポッカ(25〜30℃)。至適温度帯では、幼生の状態から約1週間で繁殖可能な成体まで成長します。主に分裂によって繁殖するため、一匹いれば指数関数的に増えていきます。ですので――」
「あーあー、わかった! わかったから、とりあえずちょっと来て!」
理屈っぽい言葉を並べ立てられそうだったので、強引に話を終了させる。とりあえず、すぐにでもやっつけてもらいたい。またあの気持ち悪いのに安眠を妨げられるなんて、絶対に嫌だ!
* * *
トリンは私の部屋を見回したあと、手のひらで石造りの壁を触りながら、何やら考え込んでいる。
「なにしてんの?」
「壁の温度を確認してるんです」
何のために? あたしにはさっぱりわからない。
「あたしには、ただ壁を撫で回して悦んでる変態にしか見えないんだけど……」
ベッドに腰掛けて、テーブルに置かれたフルーツを一つ口に放り込む。甘酸っぱい味が口いっぱいに広がり、その余韻を逃さないように私は口を固く噤む。
トリンはあたしの言葉なんて聞こえていないみたいに、石造りの壁を隅々まで眺めまわす。
「この壁は比較的他の壁より温かい。隣がベンズロン王と王妃の部屋だから、普段から暖炉で温められているのでしょう。残り三面、これは冷たい。ここは角部屋だから、屋外と廊下に面している壁は比較的冷たいんです」
「ふうん」
「プチスライムの至適温度は25〜30ポッカ。しかしこの時期は気温が下がっていますから、暖かいところに集まるはずです。この部屋に定着しているのであれば、この壁に身を隠している可能性が高い」
「なるほどね」
「壁をよく見ると、ところどころに亀裂が入っています。プチスライムは爪が入る程度の隙間でも隠れることが出来ますからね。その観点でこの壁を見ると、そのサイズの亀裂もいくつか見られます。プチスライムは、おそらくこの中に潜んでいるのかと」
「そっかありがと! じゃあスキルか魔法か知らないけど、さっさとやっつけちゃってよ」
「そんなこと出来ないですよ」
「ええ?」
「私は、魔法使えませんので」
「騎士みたいにズバババーンってやっつけてくれるんじゃないの?」
スキルや魔法による快刀乱麻な解決を期待していたあたしは落胆する。
「キャモンに対しては、それ相応の駆除の仕方があるんですよ」
そう言いながら、トリンはショルダーバッグから紙の札を取り出す。それは彼の顔がすっぽり収まってしまうほどの大きさだ。
「何それ?」
「捕縛札です」
さも当然のように言われても、何が何だか。
「捕縛の魔術が刻まれてます。床に敷いて、この上を通ったキャモンを捕まえるんです」
「なるほどね! それでとっ捕まえて一網打尽にするわけか!」
「違います」
なんなんだよ、コイツ……
「捕縛の目的は調査です。どこでどの程度の数が捕縛されるかで、今後の対策の指針とします」
「なんか地味だね」
ついつい本音が出てしまう。
大型で危険な魔物を相手に、強靭な肉体と強力な魔力で戦う騎士の活躍を知っていると、そのやり方はあまりに地味で回りくどい。
コイツ、無能なんじゃないか?
騎士に相談してぶっ倒してもらった方が早かったんじゃないか?
城内魔物管理士を名乗るこのトリンという男に、疑惑の感情が浮かぶ。
そんなあたしの視線などお構いなしに、トリンは捕縛札とやらを壁沿いの床に敷き詰めた。
「明日、また来ます」
「ご苦労」とりあえず、労いの言葉。「フルーツあるけど食べてく? こんなに新鮮なやつ、町の方じゃあまり出回ってないでしょ」
「いえ、いらないです」
「ふうん」
あたしがせっかく気を利かせてやってるのにこの態度。このトリンという男とは、一生分かり合える気がしない。
部屋を出て行くトリンの背中にあっかんべーして、あたしは皿の上のフルーツをまた一つ口の中に放り込む。
それは、まだ熟してなかったみたいで、とてもとても酸っぱかった。
その夜――
ぐちゃぐちゃという気色悪い音で、あたしは目を覚ます。
目を覚まして気づいたが、生臭い臭いは部屋いっぱいに充満していて、吐き気を催すほどに膨れ上がっていた。
あたしはランタンを付けて、音のする方を照らす。
そして言葉を失う。
トリンの仕掛けた『捕縛札』に、何十、何百という数のプチスライムが張り付き、蠢いていた――
あたしは後退りして……ネグリジェの裾を踏みつけて尻もちをついた。両手を振り回し、何かにすがりつこうとするけれど、何もない!
誰か!
誰か助けて!
「誰か! あいつを呼んで! 城内魔物管理士を……!!」
あたしは、掠れた声で叫んでいた。
* * *
「緊急対応料金が発生しますので」
夜中に叩き起こされて不機嫌そうなトリンは、足元の捕縛札で蠢くプチスライムを見下ろしながら、頭をボリボリと掻いた。
「わかったからさっさとそいつらを全滅させてよ! 気持ち悪い! 臭いし、穢らわしい!!」
あたしはウゾウゾ動くプチスライムを指さして叫ぶ。
「思慮深いベンズロン王のご息女なのに、貴女は発想がやけに短絡的なんですね」
トリンがムカつく事を言ってるが、それにめくじらを立ててる心の余裕はない。
彼は布製の袋を取り出すと、その中にプチスライムがくっついた捕縛札を放り込んだ。中は異次元空間になっているようで、何枚放り込んでも袋は全く膨らまない。
「気づきましたか? 捕縛札に捕獲されたプチスライムの数は、温度が高いベンズロン王の部屋側で明らかに多い。やはりこの壁を中心に定着していたようですね。となると、ベンズロン王の部屋や、壁を起点に上階や下階も対策を講じた方がいいかもしれません。夜が明けたら、早速調査を進めましょう」
プチスライムが目の前から消えた事で、あたしはホッと胸を撫で下ろす。
「しかし――」トリンは首を傾げる。「これだけの数のプチスライムが生息しているという事は、何処かに餌となるものがあるはずです。通常であれば食堂や調理場などの食べ物の残渣が多い場所に、彼らは住み着きますからね。しかしここは、そのどちらからも遠く離れている――」
「そんな事どうでもいいじゃない。住み着いてる場所がわかったんだから、大工に来てもらって、この壁をぶっ壊せばいいのよ。そして、出て来た魔物を騎士に駆除してもらえば、万事解決じゃない?」
あたしの名案を聞いても、トリンの曇ったの表情は変わらなかった。
顎の下に親指を当てたまま、部屋の中をグルグルと歩き回り、壁や床を指先で触れては「うーん」と唸る。
そして急に立ち止まり――
「ミディー様」
「な、なに?」
初めて名前を呼ばれた気がして、あたしは一瞬ドキッとする。そしてドキッとしてしまった自分に、心の中で身悶える。
トリンはサイドテーブルに置かれた空っぽの皿を指差した。
「ここにあったフルーツ、どこに行きました? 給仕に下げさせたのなら、皿ごと持って行くはずですよね。でも今は皿だけ残して、昼間のっていたフルーツも、その種や皮も、綺麗さっぱり無くなっている」
詰問するような目。あたしの苦手な目だ。
小さい頃に、イタズラをしてママに怒られた事を思い出す。
一歩退きそうになりながらも、あたしは耐える。あたしはこのベンズロン国の後継なんだ。こんな平民の礼儀知らずな男に、言い負かされるなんてあり得ない。
「どこって、捨てたわよ。翌朝まで置いといて、虫が湧いたら嫌じゃない」
「捨てたって、どこにですか? ゴミ箱ですか?」
毅然とした態度で、あたしはベッド横の小窓を指差す。
「あそこから、外に――」
「外に、ですか……」
トリンは神妙な顔で頷いて、ゆっくりと小窓に近づく。
窓を開けると涼しげな空気と一緒に、生臭いにおいが流れ込んできた。
「やっぱり」
窓の外を見たトリンが呟く。
「何がやっぱりよ」
「外、見て下さいよ」
「なによ」
「いいから」
問答無用なトリンの雰囲気に促され、あたしは窓の前に立った。建屋同士の間に作られた換気窓だから、窓の外には隣の建屋の外壁しか見えない。
グチャグチャという音を聴いて、視線を落とす。
隣り合った建屋同士の、1ビョン(約1メートル)くらいの幅の狭い空間――
そこには大量のプチスライムが蠢いていた。
「ひいいっ!!」
あたしは仰け反り、すっ転んで尻もちをつく。
「貴女が捨ててたフルーツのゴミが、彼らの餌になっていたんですよ。この暖かな壁を寝ぐらに、ここに捨てられるゴミを餌にして、彼らはどんどん繁殖していった」
トリンは淡々と言う。
「それって――」
「貴女が自分で、彼らを増やしていたって事ですよ」
* * *
あたしは小さい頃から、短気で、負けず嫌いで、無鉄砲だった。考えるよりも、手や口が先に出たから、友達だって少なかった。
でもそれを、あたしが『国王の娘だから、特別扱いされて避けられても仕方ない』って、勝手に自分に言い訳して、不器用な自分を守っていた。
誰からも信頼されない自分。
誰からも愛されない自分。
そんなあたしが、この国を継いでいくことなんて、心のどこかで不可能だと決めつけていた。
「もっと、広い視野を持つんじゃ」
寂しくて泣きべそをかいているあたしに、パパが言う。
「それぞれがどんな事を感じ、考え、行動しているのか――それをちゃんと見つけてあげる力が、人々をまとめる者には必要なんじゃよ」
* * *
「目の前の問題を取り繕うだけじゃ、ダメなんですよ」
トリンは言った。
「今いるキャモンを全滅させただけじゃ、また別のキャモンが棲みつくだけ。キャモンが住めない状態まで、壁を壊したり毒を撒いたりして環境を変えてしまえば、私たち人間側だって不便を被る」
窓の外に蠢くプチスライム達を見下ろしながら、トリンは続けた。
「だから共存が大事なんです。キャモンがなぜここにいて、なぜこんな行動をとっているのか――その原因を調べて、それを一つ一つ取り除いていく。そして、互いが影響を受けない水準で管理する。一見地味で遠回りに見えますが、実はそれが一番確実な解決策なんです。そして、そのお手伝いをするのが、私たち城内魔物管理士の仕事なんです」
ゆっくりと、そう語ったあと、トリンはバツが悪そうに鼻の頭を指先で掻いた。
「すみませんね。少し喋りすぎました。お聞き苦しかったですよね」
「ううん、そんな事ない」
あたしはトリンの話を聞きながら、子供の頃にパパが言ってた言葉を思い出していた。
『それぞれがどんな事を感じ、考え、行動しているのか――それをちゃんと見つけてあげる力』
「けっこう、ためになった」
そう返すと、トリンは唇の端だけを上げて――でも鈍感なあたしでも簡単にわかっちゃうくらい、嬉しそうに笑った。
あたしは、初めてこのトリンという青年の素顔を見たような気がした。
「夜が明けたら、城内の清掃部署に相談して、ゴミを片付けてもらいますよ。餌がなくなれば、プチスライムも自然と別の場所へ移るでしょう。もう二度と、窓の外に食べカスを捨ててはダメですよ」
「わかってるわよ」
あたしはベッドに腰掛けた。
東の窓から朝日が差し込んでいるのに気づいて、安堵のため息を一つ。長かった夜が明けていく。
「それでは、私はこれで」
「あ、ちょっと!」
立ち去ろうとする彼を呼び止める。
「もうすぐ、給仕がフルーツを持って来てくれるんだけど、ちょっとだけ食べていかない? その――お口に合うか、わからないけど……今日のお礼」
トリンは首を傾げ、視線を何もない空中で泳がせた後、決心したようにペコペコと頷いた。
「あ、その、すみません、それじゃあ……遠慮なく」
キャモンの事になると堂々と振る舞うくせに、慣れない場面じゃ途端にまごついてしまう。そんなこのトリンという男が、あたしはちょっとだけ可愛らしく感じてしまった。
「でも、緊急対応料金は帳消しになりませんので」
あ、やっぱりこいつムカつくわ。
* * *
ここは剣と魔法、そして人と魔物の世界。
そんな世界の片隅で、城内魔物管理士というニッチな仕事をする青年は、今日もお城の中をうろついている。
「トリンさん、厨房でキャモンを見かけたんだけどさ、ちょっと来てくれない?」
コック長に呼ばれ厨房へと向かう。
今日も長い一日になりそうだ。
「ちょっと待って!!」
そんな二人を呼び止める声。
振り向くと、ドレスを纏った国王のご息女
「ミディー姫、どうしました?」
コック長が尋ねる。
「キャモンが出たんだってね? あたしも調査に加勢するわ」
「ええ!?」
驚くコック長。不敵な笑みを浮かべた国王のご息女は、困惑する城内魔物管理士の青年に並び立つ。
「この国を統べる前の小手調べに、まずはこの城のキャモン達を、あたしが管理してみせますわ。さあトリン、早速現場に向かうわよ!」
長いスカートをひらひらさせながら、先頭に立って歩き出す姫君の背中を見て、青年はため息を吐く。
本当に、今日も長い一日になりそうだ。
お忙しい中お読みいただき、ありがとうございます。
初めてチャレンジした異世界ファンタジーものでしたが、いかがだったでしょうか。
『城』という限られた空間の中で悪さをする魔物と、それを『倒す』のではなく『管理』する事で、問題を解決していく専門職の青年……そんな小規模なお話でした。
これ以降の展開としては、ミディー姫とトリンのペアが、城の中で起こる問題を解決していくのを考えています。二人の恋愛模様や、統治者としてのミディーの成長、それと城内魔物管理士とは対照的な『騎士』との関係……などなど、書ける事は無限にありそうですが、すべて『面白いければ』の話ですね(*´Д`*)
どうぞよろしくお願いします。