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2つの月を持つ平和な星の物語  作者: 雪女のため息
第2章 〜ゾーイと3人の男〜
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第1話 やつれる男

 1人の男が城にやって来た。


 年齢は20代半ばくらい。平均より頭1つほど背が高く、やや細めで手足が長い。血色の悪い顔で、目の下には隈があり、茶色い髪はボサボサだ。


 見るからにやつれたその男は何冊かの本のようなものを脇に抱えて、掘にある城の入り口に立った。


「はぁ〜〜」

と男は深いため息をついた。訪いを入れると跳ね橋が降りる。ギギギ〜っという耳障りな音は重々しく、男を更に暗い気分にさせた。


 跳ね橋で待ち受ける騎士に名乗りをあげると、重々しい声でついて来られよと言われる。


ー行きたくない…


 そう思いつつ騎士の後に続く。城の入り口までの石畳の道には等間隔に騎士達が立っていて、手にしている槍をピクリとも動かさず目で男を追っている。騎士達の姿を見ないように、下だけを見て前に進む。


 やがて男は城の中へと入って行った。


 騎士から柔らかな雰囲気の案内人に交代しても、男の気分はそのままである。そして、城のあちこちに立つ武装した騎士達が男を目線で追うのも変わらない。


 男は眼鏡を右手中指で抑え上げ、俯き加減になりつつ案内人の後を追う。


ー気が重い…


 ある部屋の前にやっと着くと、案内人が高らかに言う。


「王立歴史博物館

 歴史資料編纂課

 フランク ブリューゲル殿

 国王閣下ならびに王妃殿下に拝謁に参られました。」


 部屋に入ると、そこには威厳を身に纏い、男を鋭い眼差しで見る王の姿。大きな椅子に座して脚を組み、左腕を肘当てに置き頬杖をついている。


 隣には刺すような眼で男を見据える王妃の姿。


ー怖すぎる…


 若干震えながら、男は王と王妃の前で頭を垂れる。


「フ、フランク ブリューゲルでございます」

「楽にせよ、フランク。」

 と言ったのは王。

 王妃は-ふむ-といった顔で動かない。


 フランクは動かない方が賢明、とばかりにその場に控え続ける。30秒静止…。


「いつまでそうしているつもりだ?」

 王は苦笑しながら言う。しかし、気を抜いてはいけない。

 フランクは頭を少しだけ上げ、小さな声で言う。


「ご、ご依頼の歴史編纂の件でございます。し、し…下書きが完成いたしましたので、ご検閲を賜りたく参上いたしました。」


 緊張の余り、口がカラカラでうまく喋れない。嫌な汗が背中をツツーっと走る。


 王はやっと出来たか、と言って片手を出す。下書きを見せろ、と言う事らしい。

 

 チラッと王妃を見て、下書きの1つを差し出すと、王の側に控える従者がそれを受け取り王に手渡す。


 王はパラパラとページを捲り、ご苦労!と言って部屋を出て行った。


 残ったのは刺すような眼差しの王妃とその侍女。フランクは王妃の顔を見る事もできずに更に小さな声で言った。


「仰せの通りに…致しました…です…」


 王妃はやっと顔を綻ばせ、片手を出した。フランクはもう1つの下書き、表紙に小さな赤い印があるもの、を差し出す。侍女がそれを受け取り王妃に手渡すと、王妃は中も見ずに、にっこりと微笑み部屋を立ち去った。


 シーンとした部屋の中で1人首を垂れ続け自問自答する。


ーこれでよかったんだろうか?いいんだよな、たぶん…。


 フランクの仕事は終わっていない。まだやらねばならない事が山の様にある。


 城を出て、空を見上げる。夕焼けの空に輝く二つの月を見て深いため息をつき、フランクはトボトボと帰路につく。


 空に浮かぶ赤い月と青い月、欠ける事なく、昼でもこの星を照らし続ける。いつもなら、その2つの月に癒される心は非常に重かった。





*** *** ***





 歴史書作成、特に現国王と王妃を担当すると決まった時、フランクは喜びに胸が震えた。


 皆から尊敬される赤い大陸スカーレットの国王と王妃にお目通り出来るだけでなく、直接話を伺えるとは…。なんたる光栄!若輩の自分に出来るだろうか、と不安にも思ったが、任命されたからには精一杯励み、期待に応えようと心に誓った。


 歴史書の編纂者の一覧の中に名前も載るので、自分の一族の皆もなんと名誉な事!と心から喜んでくれている。自分としても鼻が高かった。


 今まで文句も言わずに地道に仕事に励み、自分を磨き、世の為、国の為を思って日々を過ごして来た事に間違いはなかったのだ、とフランクは思った。


 しかしこの後、喜びに満ち溢れていたフランクは落ち込む事になった。





*** *** *** 





 歴史書作成を拝命後の事だった。


 フランクは王妃ゾーイに呼ばれ、部屋に招き入れられた。最高級の茶など振る舞われて非常に嫌な予感がしたが、王妃が自分に何かをするわけでもないだろう、と冷静を装った。


「あなた、お名前は?」

と、優しげな声で王妃ゾーイは聞いた。


「フランクでございます、妃殿下。」

「フランク…。実は、あなたに歴史書のことでお願いがあってここに来てもらったの。」

「はい、なんなりと。」


この「なんなりと」と言う言葉が、後々フランクを苦しめる事になるとは、そのとき、本人にわかる由もなかった。


 王妃ゾーイはフランクを見つめていた。

 フランクは王妃ゾーイの類稀なる美しさにごくりと喉をならし、王妃ゾーイを見つめ返した。


「私達の事を歴史書に載せるのでしょう?だったら少しだけ、中身を変えて欲しいのよね…。だって、本当の事なんか、全部書けるわけないでしょ。」


ーそりゃそうです。王妃さま。


「昔から歴史書なんてそんなもんでしょうし…。ほら、私達の子や孫に知られたくない事だってある訳だし…。」


ーごもっともです。王妃さま。


「あなたには本当の事をぜ〜んぶ話してあげるから、フランク、あなたがこの国の歴史に相応しい内容に書き換えて仕上げなさいね。」


ーん?王妃さま。


「あぁ、そうそう。歴史書は2種類作りなさいね。公式版と私のを別々にね。公式版はこの国の歴史に相応しい内容にした物ね。私のは本当の事をぜーんぶ書いて欲しいのよ。

 私、それを1人で見て楽しみたいの。」


ーえっ?今なんと?王妃さま。


「わかった?では、次からは私達の話を聞くのよね。楽しみだわ。」


 そう言って王妃ゾーイは立ち上がり、フランクのそばに寄って囁く様に言った。


「この事は誰にも内緒よ。」


 王妃ゾーイはキラキラした笑顔をフランクに送りつつ、右手をフランクの頬に置き、そっと親指で唇をなぞった。


ーお、お、王妃さまぁ!


「では、お下がりなさい。」


 フランクはよろけながら城を後にした。





*** *** ***





 聴き取りの初日、フランクはワクワクとしながら城の跳ね橋を渡った。


 皆が敬ってやまない国王と妃殿下だ。きっと素晴らしいお話が聞けるに違いない。そんな風に期待に胸を弾ませて部屋に入り、国王と王妃がいらっしゃるのを待っていると、侍女も連れずに王妃だけが現れた。


「まぁ!私1人だからってそんなにびっくりしないで。セオドラは居なくっても大丈夫よ。あの人の分も私がお話しするから。」


ーそ、そうなんでございますか?


「そうねぇ、先ずは、フランク。あなたワインでも飲まない?」


ーえ〜っと!それは…


 狼狽えながら答える。

「え〜っと…たぶん、飲まない方が…。

 記録を取らねばなりませんので…。」

「それもそうね。では、私1人で呑むとしましょう!」


 ちなみにフランクは下戸である


 王妃ゾーイは自分でワインボトルを開け、右手で赤ワインをゆらゆらと揺らし、ちびちびではなくグビグビと飲み始めた。


ーええぇ〜っ!


 恐れ慄くフランクを尻目に、王妃ゾーイは言った。


「よしっ!では、始めましょう。」


 そして、王妃ゾーイは語り始めた。

 フランクは慌てて筆記具を取り出すと、一言も聞き逃すまいと真剣な顔で王妃ゾーイを見た。


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