第6話 姫と王子は救う
暗黒の月にはただ闇が広がっていて、2つの月そして俺達の住む星が見えた。2つの月は輝きと色を失っていた。それはすぐにでも壊れてしまいそうな危うさを漂わせていた。
俺達の星は黒い霧の様なものに覆われていて、まるで全ての生命が消えてしまったかの様な不気味さだった。
しばらく3つの星を見つめていたエレノアが振り返り、歩き出した。
「急ぎましょう。」
エレノアには進む道が見えているのか、躊躇うこともなく進んでいく。どこに行けばいいのか判るのか?と俺が聞くと、エレノアは一言、感じるの、と答えた。
エレノアは右手にアレックス、左手にマックスを従え、真っ直ぐ前を向いて歩いて行く。俺はその後ろをついていく。
ー何をしに来た?
闇の中から突然現れたのは女の子だった。栗色の髪に薄い黄色のリボンを着けている。
「ア…アメリア⁈」
ーほう。それは誰のことだ?この体の娘の事か?アメリア、と言うのか。ふふふ、可愛い名前をもらっているのだな、私の体は。赤い大陸スカーレットから連れて来たこの娘は、魔力の欠片もなくてなぁ、仕方がないからこの体をいただいた。
エレノアは拳を握りしめている。
ー体があると言うのは楽しいな!これでお前達の前に姿を現す事ができたというわけだ。
アメリアはくるくると回り、カーテシーをして見せた。まるで人形の様な顔だった。その瞳は輝きもなく、ただひたすらに黒かった。
ーあぁ!お前はエレノアか?私の前から突然いなくなったから、心配していたぞ。
エレノアに指を突きつけ、アメリアが言う。
ーエレノア、私の元に来てくれたのか。嬉しいなぁ。
なんと!従者まで連れて!ははは〜。
アレックスとマックスがジリジリと前に進む。
ーここは私の月だ。エレノア、私と2人でこの月を輝かせよう。お前は私になり、私はお前になる。2人で1つの存在になり、永遠に輝き続けよう。
アメリアが唇だけを動かしてニヤリと笑った。
俺はぞくりとして身震いした。
ー目障りなあの星と2つの月は…もう不要だ。エレノア!お前の力で消し去ってしまえ!
月と星を指差し、アメリアは瞬きもせずに大声で笑う。あたりにはその不気味な声だけが響き渡った。アメリアの辺りには黒い影が渦を巻き、アメリアにまとわりついている。暗黒の月には他に何もない。
ーああ、そう言えば…。その従者達は私の相手にもならぬ、か弱い存在であったなぁ。
無表情のままアメリアはアレックスとマックスを指差す。
ーどうする、お前達?私と戦ってみるか?今度はお前達の命は無くなるかもしれんが…。
アメリアの甲高い笑い声が響く中、アレックスとマックスがエレノアの前に出て、魔力を発動するために構えた。
「エレノア様、ご命令を!」
アレックスの叫び声にエレノアが静かに答える。
「下がりなさい。2人とも!」
2人ともアメリアを睨み付け動かない。
「下がりなさい!今すぐ!」
エレノアの一声で2人は動きを止め、アメリアを睨みながらゆっくりと下がっていく。
エレノアはアメリアを、いや、アメリアの中の黒い姫君をじっと見つめている様に見えた。
そんな3人にアメリアが近づいていく。
ーほう!お前達は戦わないのか?なんと!つまらんなぁ。
ならば、これでも喰らえ!
アメリアはふわりと飛び上がりながら、さっと両手を挙げてアレックスとマックスめがけて振り下ろした。
アメリアの指先から耳を劈く音と共に稲妻が飛ぶ。それを防御しきれずまともに受けた2人は倒れ込んでしまった。それでも2人はアメリアを睨み続け、立ち上がろうとする。
ーおや〜っ?まだ生きておるのか?しぶとい奴らだなあ。
「おまえなんぞにやられたりせん!」
マックスはそう言いながら立ちあがろうとする。そして叫び続けている。お前の思う通りにはさせない、と。
そんなマックスを俺は初めて見た。
いつも強いマックスが目の前でやられようとしている。
なのに俺は何一つできない。
悔しくて情けないが、俺は体が固まった様になり動けなかった。
アレックスとマックスの2人は目線をアメリアに向けたまま、ゆっくりとエレノアの方ににじり寄りエレノアを庇う体制をとった。
ーまだわからんのか?お前達に私は倒せないと何度も言っているだろう?しつこい奴らだ!
高笑い共に雷鳴が鳴った。
その時、アメリアを見ながらエレノアが静かに語り始めた。それはアメリアの中の黒い姫君に向けた言葉だった。
「私達はあなたと戦うために来たのではありません。」
ーほう!
では、お前は何をしに来たと言うのだ。
「あなたを救いにきました。」
アメリアがけたたましく笑った。
ー笑える!私を救うだと?何から救おうというのだ?
あぁ〜、おかしい。笑いすぎて涙が出そうだ!
そんな戯言、聞く気もない。
次の瞬間、閃光がエレノアに向けて走った。
一瞬、俺は目を瞑った。
目を開けるとエレノアを庇ったのか、アレックスがエレノアの足元に倒れていた。アレックスは血だらけで、動かなくなっていた。そんなアレックスにマックスが手を伸ばす。
「おい!起きろ!目を開けろ、アレックス!」
動かないアレックスを見てマックスは感情を爆発させた。
目を血走らせ、両手の拳を握り締め叫んだ。
「ぐあぁぁっ!おのれぇ〜!」
マックスはアメリアに憎悪の眼を向けた。
「だめっ!やめなさい!」
マックスが魔力を発動させたその瞬間、エレノアが前に飛び出した。マックスの攻撃を全身に受けたエレノアは倒れながら、つぶやいていた。
「だめ…。」
そう言いながら魔力を振り絞りマックスを拘束する。マックスは体を動かせなくなり、眼だけをギラつかせている。
アメリアがエレノアにゆっくりと近づいて行く。
ーほほう、やはりこの体を壊されたくないか。そうであろうよ。アメリアが大事だものな。
アメリアは倒れて意識のなくなったエレノアの髪をかき上げながら言う、
ーエレノア、お前にはこの体は倒せないだろう?私を滅すればアメリアも滅んでしまうからな。
アメリアはニタリと笑い、言った。
ーお前を死なせたりはしない。お前と私はひとつになるのだからな。私にはお前の魔力が必要なのだよ。
しばらくエレノアを見ていたアメリアは、ふと俺を見て言った。
ーおやおや!なんと、まあ!
そんな所に白うさぎがいるのか。今、気づいた!
そんな形では分かりにくいなぁ。
戻してやろう、白うさぎに。
今気づいたのかよ。俺はやっぱり、戦力外だったんだな、とこんな時に思う。そして、俺は抗うこともできず、白うさぎに戻されてしまった。
ーでも、でも…!俺だって、何かできる…!はず。
俺の唯一の攻撃は噛みつきだ。俺は何度もアメリアに噛みつこうと頑張ってみるが、その度に脚で蹴飛ばされた。
最後には、お前はうるさい、とばかりに耳を掴まれて暗黒の遥か彼方に放り投げられた。
ーやっぱり俺は…。
何もない空間を飛びながら感じるのは、無力感。
悔しくて悲しい気持ちでいっぱいになった!
どさり!
俺がどこかに着陸すると、何かがすっと近づいて来た気配がする。そして、聞こえてきたのは誰かの声…。
「まぁ、私のリボンとお揃いね!」
と言う可愛い声だった。その声はさらに近づいてくる。
「あなたの首に巻いてるリボン、私がエレノアお姉様からいただいたのと同じでしょう?」
あたりを見回すが何もいない。
「あのね、私ね、体が無くなっちゃったのよ。
ちゃんと私はここにいるんだけど。おかしいでしょう?」
「ん?えっ?もしかして、アメリア…ちゃん?」
「ええ、そうよ。初めまして。」
「は、初めまして…」
「ねぇ、うさぎさん、私、どうすればいいのかしら?
私、黒いお姉さんに体を貸してねって言われたから貸してあげたの。すぐに返すからって言ってたんだけど…。」
俺は鼻をヒクヒクさせて考える。
「でもね、体を貸してあげたお姉さん、帰ってこないの。
遅いなって思って待ってたら、うさぎさんが来た!」
ーどうする、俺。
考えろ、考えろ!考えろ‼︎ 俺!
「ねぇ。私の体を貸してあげてる黒いお姉さんはどこにいるのか、うさぎさんは知ってる?」
俺の頭の中で何かがピンッ!と鳴った。
ーそ、それだ!
「アメリアちゃん、今すぐ体を貸してあげた黒いお姉さんに会いに行こう!そして、体を返してもらおう。」
「え〜っ?うさぎさん、そんな事できるの?だいじょうぶ?」
ちょっと傷つく。
「で、できるよ。俺に掴まることは出来るのかな?」「ん〜。わかんなぁい!」
「とにかく、俺が君を乗せて走るから!掴まってなさい。黒いお姉さんにま会いに行こう!」
行くぞ!!
俺は今までの中で一番の走りをする。
ー間にあいますように!
何に間に合う様に祈ってるのか自分でも分からないが、急げばなにかに間に合う気がした。暗闇の中を俺は走る。エレノアのいる場所はよくわからないけど、俺の弱々しい魔力を働かせ、半分は勘で走る。
ー間に合いますように!!
*** *** ***
ゼエゼエとしながら、さっきの場所に奇跡的に戻った。
今まさに、黒い影がエレノアの中に入り込もうとしている、という所だった。
ヘロヘロのアレックスがエレノアに手を伸ばして何か言っている。
拘束されて動けないマックスは真っ赤になった目だけを動かしている。
アメリアの体はころがっている。
そんな時に俺たちは戻ってきた。
「あっ、お姉様だ。あ〜っ!!黒いお姉さんもいる〜!」
俺の耳をすっと離してアメリアの気配が黒い影に近づいた。
「黒いお姉さーん!帰ってくるの遅いからうさぎさんに連れてきてもらったよ〜!」
なんとも天真爛漫な声が響いた。
黒い影はギョッとして、アメリアの方を見た。
「まあ、エレノアお姉様、お怪我してるの?大丈夫?きっと黒いお姉さんは優しいからエレノアお姉様を助けてくれたのね。お姉さん、ありがとう。」
アメリアの気配が黒い影に抱きついている…ように見える。
ーお前はっ!バカかっ!お前はバカなのか?バカだろう!
私はお前の体を手に入れるためにお前を騙しただけだ。そんな事もわからんのか!
「ちがうよ!私、おバカさんじゃないもん!お姉さんは私を騙してなんかいないもん。」
多分、ふくれっつらしてるんだろうな、という雰囲気でアメリアの気配が続ける。
「お姉さんは体がないから、お友達もいなくて寂しいって言ったでしょう?だから、私の体を貸してあげたんだよ。」
なんとなく、黒い影を見つめてるんだろうな、という雰囲気でアメリアの気配はさらに続ける。
「それでね、私、わかったの。私、体がなくて1人でふわふわ浮いてるだけって、本当に寂しくって辛かったから…。黒いお姉さんも辛かったんだなって、わかったの。でも、もう大丈夫だよ。エレノアお姉様も私もいるから。だから、寂しくなんかないよ。」
きっと、黒い影の両手を取ってブンブンと振っているんだろうな、という雰囲気だった。
黒い影が少し薄くなった…気がする。
ーバカにつける薬はないんだな。
お前はあっちに行ってろ!
黒い影がアメリアを振り払い、魔力を使って遠くに飛ばした。
おねえさぁーん!やだぁ〜!とアメリアが黒い影を呼ぶ声があたりに響き、消えていった。
ーさてさて…これで邪魔者はいなくなった。
さぁ、エレノア!お前の魔力をいただくことにしよう。
その時、きっぱりとエレノアが言った。
「いいえ、あなたは私と1つになんかならなくていい。
あなたはあなたのままでいい。
2つの月も私達の星も滅ぼさなくていい。」
エレノアが一歩前に出る。
「あなたはあの星を愛していた。そして今もきっとそう。」
ー近寄るな!
黒い影は一歩下がる。
「月が割れた時、あなたは1人になったと思ったのね。
でも、あなたは1人じゃなかった。私達はいつもあなたを思ってた。」
ー何も言うな!
黒い影は耳を塞ぎながら後ろに下がる。
「その事をちゃんと伝えられなくて、ごめんなさい。もうあなたに寂しい思いはさせない。私達はいつもあなたの事を思っている。今までも、これからも。」
ー来るな!来るな!来るな!来るな!
黒い影はよろめく様に後ろに下がる。エレノアはそんな黒い影に手を差し伸べながらいった。
「長い間、私達を守り導いてくれて、ありがとう。」
黒い影はすっと動きを止めた。
ーありがとう?
俺はこの後の展開を想像して、瞳をウルウルさせていた。だが、涙がこぼれそうになった時、あるモノに気づいてしまった。
アメリアの体!アメリアの体が、そこにごろんところがっている。
この後の俺の予想する展開だと…
黒い影は自分の誤りに気づく→
黒い影は涙ながらに謝罪する→
黒い影はエレノアと抱擁する→
黒い影は消えていく→
エレノアが心の欠片を手にする→
第3の月が崩れ始める→
第3の月が消える
ーま、ま、まずい!
アメリアを急いで探し出さなくては、第3の月と一緒に消えてしまう。そんなの、ダメに決まってる!
俺が行かずに誰が行く!待ってろ、アメリア!
俺は再び、全速力でアメリアを追いかけた。俺の魔力を信じて。
アメリアの気配は泣きじゃくりながら漂っていた。
「…アメリアちゃん。」
とゼエゼエしながらも、静かに声をかけると
「うさぎさぁ〜ん。黒いお姉さんがぁ…。」
と言いながら、アメリアの気配は俺に縋り付いて来た。
「ひどいんだよぉ〜。お友達になれると思ってたのに…」
背中トントンも頭ナデナデもできないけど、鼻をひくつかせて落ち着かせる。
「うんうん、そうだね。大変だったね。
でも、もう大丈夫だよ。」
鼻ヒクヒク…
「俺がついてるから大丈夫だよ。さ、エレノアお姉さんの所に一緒に帰ろうか。」
鼻ヒクヒク…
「え〜っ。うさぎさん、まだ走れるのぉ?」
地味に傷つく。
「うん、平気。」 …たぶん…
そう言って、またアメリアを背中に乗せた。少しゆっくりぴょんぴょんしていると、ヒックヒックと言っていたアメリアは眠ってしまった。
俺は心の中で言っていた。
一アメリア、一番頑張ったのは君だね。そして、皆を守ったのは君だよ…と。
皆の所に戻ったのは、全てが終わる直前だった。
エレノアの手の中には小さな黒い影があり、それがゆっくりと消えてキラキラ光る欠片になった。
最後にエレノアは小さな声でありがとうと言った。
その眼は少し潤んで見えた。
しばらく佇んでいたエレノアは寂しげな笑顔を浮かべて俺達に言った。
「皆、ありがとう。さあ、この欠片を月の姫君に渡しに行きましょう。」
「あっ!その前に…皆を元に戻さないとね。」
エレノアが手を伸ばし、すっと動かした瞬間、アレックスはゆっくりと立ち上がり、マックスの拘束は解け、爆睡するアメリアを背負った俺は元の俺に戻っていた。
エレノアは微笑みながら近づいて来た。そして、俺の背中のアメリアを見つめ髪をそっと撫でて呟いた。
「頑張ったね、ありがとう。」
ー俺に…お言葉を…ください…。
代わりにマックスが俺の肩をがっしりと掴んで揺すった。
「お前にしては上出来だった!」
ーそんなに揺すったら、アメリアが起きちまうだろ!
アレックスはエレノアのそばで、うんうんと頷いている。
足元の黒い月はどんどん薄くなっている。時間が来たようだ。
エレノアが叫ぶ。
「アレックス、マックス。月の姫君の所へ。」
「御意!」
2人の声が揃った。
俺達が最後に見たのは消えていく暗黒の月だった。
*** *** ***
広い空間の中で月の姫君は揺らめきながら立っていた。
静かに微笑む姫君にエレノアは欠片をそっと渡す。その瞬間、風が巻き起こり、煌めく光が月の姫君の周りに降り注いだ。
ー皆に感謝する。私はこれで消える事ができる。
「だめ!待って、消えないで。いなくならないで。
私はまた姫君に会いたい。会いに来たい。あなたに会いにここに来たい。ここて色々な話をしたい。
そして、姫君にずっとこの星を見守ってほしい。私達がまちがいそうな時は道を照らしてほしい。
だから、お願い!消えないで。」
「俺も会いに来たい。俺の事も見ていてほしい。
だから、消えるなんて言うな!」
月の姫君は静かに微笑んで言った。
ー2人に心から感謝する。会いたい時はアレックスとマックスに頼めばよい。この2人はいつでもここに連れて来てくれるだろう。そして、いつでも私にも会わせてくれる。
消えかかりながら姫君が俺達に聞いた。
ーお前達の願いを叶えてやろう。願いはなんだ?
「元の世界に戻して」
「俺は…アメリアの黒い影の記憶を消してほしい。」
ーわかった。
そう言って月の姫君は消えて行き、俺達は意識がなくなった。




