第5話 姫と王子は出会う
俺とエレノアが飛ばされて着いたのは暗い空間だった。
俺はよろよろと立ち上がり、辺りを見る。そこは自分達が息をする音しか聞こえない、しーんとした場所だった。
もう何千年も時が止まったままかの様な、空気の流れもない、陽も差さない、そんな空間。なのに、ぼんやりと部屋の中が見える。見たこともない空間だ。
エレノアも起き上がり、あたりを見回して、アレックス!と叫ぶ。
俺に気づいたエレノアは険しい目をして俺を睨み、腰を落として戦闘体制を取っている。そして腰を弄り、しまったという顔をして唇を噛んだ。エレノアのままここに飛んだ事に気がついた様だ。今のエレノアには、ノアの時の鎧や剣はない。
険しい表情でエレノアが声を荒げる。
「ここはどこだ!?私のそばで何をしている!」
エレノアは魔力を出して結界を張ろうとしている様だが、何も起こらない。
「私に何をした!」
エレノアは俺の顔を睨み続ける。
…すると突然、はっとした顔になった。
「…青い瞳…ルーカス?
もしかして、あなた、うさぎのルーカスなの?」
仕方ない。俺は無言で首に巻かれている薄い黄色のリボンを見せる。
すると、エレノアは駆け寄りほほえんだ。
「信じられない…。でも、やっぱり、あなたはルーカスね!あなたの青い瞳は姿が変わっても、その青い瞳を見ればわかるわ。」
ーホント?俺の事、分かるの?
「もしかして、私をあの黒い影からまた助けてくれたの?」
黒い影?なんだそれと思ったが、雑多な事は気にせず、俺の自慢の笑顔でエレノアを見つめて頷いた。
結果論としては俺は嘘を言ってない、と思う。
「ありがとう、ルーカス。」
そう言ってエレノアは俺を見つめつづける。俺は、ちょっとだけ狼狽えた。
「ルーカス、一体ここはどこ?私達は何故ここにいるのかしら?」
「俺にもここが何処なのか、わからないんだ。」
2人で辺りを見回していると、どこからともなく笑い声が響いて来た。
ーあぁ、やかましいことよ。
お前らはここがどこかも知らずにやって来たのか?
おもしろい奴らだな。
ー言っておくが、ここではお前らの魔力は使えない。丸腰のお前らでは何にも出来ぬ。大人しく2人でこちらへ来い。
すっと灯りの回廊が現れ、奥に続く道が見えた。
エレノアを見つめ、頷くと俺は彼女の片手を取り握りしめて言った。
「他に出来る事はなさそうだな。行くぞ、エレノア!」
「ええ。行きましょう!」
辺りを警戒しながら道を進む。しばらく歩くと大きな空間へと辿り着いた。
突然、空間は一筋の灯りに照らされた。大きな岩をくり抜いた様な、途轍もなく大きな空間が現れた。
中央に大きな岩で出来た椅子があり、灯りを受けて女が1人座っていた。その姿は透き通っていて、光の中で揺らめいて見えた。
その女は脚を組み椅子の背に体を預けて、俺達を睨みつける様な眼差しで見ていた。
白い肌、黒い髪、薄く紅を乗せた様な唇。とても美しい。
女の前まで歩き進むと、俺はエレノアの手をもう一度握りしめた。エレノアも握り返してきた。
寛いだ姿勢から少し前のめりになって女は俺たちに問う。
ーお前達は誰だ?
「俺はルーカス」
「エレノア」
ー…ほう。で、なぜここに来た?
「待ってくれ。こちらからも聞きたい。ここはどこだ。」
ーお前達に教える理由は私にはない。
私の問いに答えろ。
俺達は知っている全てを話した。
ここに来たのはマックスに飛ばされたからだという事。
エレノアの妹が連れ去られた事。
黒い影が赤い大陸スカーレットと青い大陸アズールを襲った事。
この星に住む人々が黒い影に飲み込まれていった事。
赤い月と青い月が輝きと色を失っている事。
ーマックスがお前達を飛ばしたのか。ふふ、あいつらしいな。
「なぜマックスを知っている?」
ーお前達の問いに答える理由はないと言ったはずだ。
で、お前達は何をしたい。
「私はこの星とこの星に住む者達を黒い影から助け守りたいと思っています。」
とエレノアが言う。
「お、俺もだ!」
お、俺は…エレノアを守りたい、という言葉は飲み込んだ。
ーははは〜!黒い影の正体も分からぬのにか!笑えるな。そんなでお前達が勝てるわけなかろう。
女は立ち上がり、俺達に一歩近づく。
ーお前達が黒い影からこの星を守りたいと言うのなら協力してやってもよい。
女は更に一歩近づく。
ー教えてやろう。黒い影の正体を。そして、何をすべきかは自分達で考えろ!
そして、女は右手を高く上げた。
するとあたりは一転して暗くなった。
*** *** ***
暗闇の中、俺たちは立っていた。
すると俺達の意識の中に陽炎の様に揺らめくものが現れた。その揺らめきはどんどん大きくなり、突然、閃光と共に弾けた。
その瞬間、俺達は全てを知った。
まだこの世界が混沌としていた時、小さな星が生まれた。その星は赤い大陸と青い大陸を持つ美しい星だった。
その星には1つの月があった。
そして、なぜかその月に1つの意識が生まれた。
その意識は意思を持ち、実体を持ち始めた。長い年月をかけ、その実体は姫君となった。
姫君は月から見えるその美しい星を心から愛していた。姫君の力で月は暖かな光を放ち夜を照らし、星に住む人々の心に安らぎを与えていた。
星に住む人々も月を愛し、姫君を慕っていた。
だが、なぜか人々は争いに明け暮れていた。
何のために争う?
戦さをする事になんの意味がある?
なぜ殺し合う?
なぜこの美しい星を血で埋め尽くす?
姫君は何度も皆を戒めた。
姫君の言葉を聞いて争いをやめても、時が流れると人々は姫君の言葉を忘れてしまう。そして、また血で血を洗う様な争いを繰り返してしまう。
ーなんて愚かな…
悲しみでいっぱいになった姫君は持てる力の全てを出して皆を戒める事にした。もう、それしかないと思った。
それは月を二つに割る事。
2つの月を空に浮かばせて、いつも見える様にする事。
昼も夜も輝き、欠けることのない2つの月を見て、皆が自分の教えを忘れない様に…。
それが愛するこの星にできるただ一つのこと。
姫君は自分を犠牲にしてもこの星を守りたかった。
なぜなら、姫君は月そのものだったから。
月が割れれば、姫君も消える。それでもいいと姫君は思った。この美しい星を争い事のないまま残せるなら。
そして、戦いで多くの犠牲が出たある日、強い光と共に月を2つに割った。こうして欠けることもなく、昼でも輝き続ける二つの月。赤い月と青い月が生まれた。
2つの月を見て、人々は争い事は決してしないと心に誓った。
姫君はこの星を守ったのだった。
しかし、月が2つに割れても姫君は消えなかった。姫君もまた、2つに割れて残ってしまったのだ。
1つは実体のない意思として。
もう1つは小さな欠片として。
実体とない姫君は、なぜ意思として自分が残ったのか、わからなかった。
考え続けて、答えを見つけた。
ーこの星に住む人々を愛している。
この星の人々を守る為、私という意思は存在している。
姫君の 'この星を愛する意思' は実体を作り始めた。
欠片となった方の姫君はただ、漂い続けた。
その小さな欠片は、姫君の美しい星を愛する心だった。
でもその存在は誰にも気づいてもらえない。
誰にも知られない辛さ
気づいてもらえない悲しさ
漂い続ける苦しさ
そんな感情がこの星を愛する心より大きくなり、いつの間にか、どす黒いものへと変わってしまった。
やがてその感情は大きくなり、実体を持つ様になった。
それは赤い月と青い月に隠れる様にして存在しはじめ、第三の月となった。
輝かず、誰にも知られない暗黒の月。姫君は暗黒の月で愛していた星を呪い続けた。
ーこの星のせいで私は…!お前のせいだ。お前達のせいだ!
長い年月が流れた時、赤い大陸スカーレットに強い魔力を持つ娘が生まれたと知った。
何がなんでも手に入れたい
手に入れて私の物にしてやろう
そして、その力で私の月を輝かせたい
もう一度私が輝くために!
そのためなら、なんでもする。なんでも利用する。
娘を手に入れれば美しい星も二つの月も要らない。
私の暗黒の月を輝かす事ができれば、それでよい。
こうして、もはや姫君とも呼べない黒い影となったモノは、赤い大陸と青い大陸を破壊していった。
*** *** ***
エレノアは一筋涙を流していた。
俺は何も言えず、エレノアを見つめていた。
するとエレノアがポツリと言った。
「あなたが姫君なのですね。」
ーなぜそう思う?
「あなたがとても悲しそうだから。」
その問いには答えず、女は言った。
ーお前達に黒い影を滅する事ができるのか?
「いいえ、そんな事はしません。黒い影の始まりが、この星を愛する心だったのであれば、滅することなどできません。この星を愛する心の欠片を、あなたにお返しいたします。」
ー力強い言葉だな。
ーで、どうやって取り戻す?
「…」
ーははっ!策は無しか。よかろう。私の腹心達を召喚する。
女が片手を挙げると、2人の男が現れた。
現れたのは2人の男。
片膝をつき、女の前で頭を垂れる。
ーこの星であまりにも大暴れしていたので、私が捕まえた男達だ。今は改心し、騎士となって王に仕えておる。
2人の男は身動ぎもせず、女の前にいる。
「仰せの通りでございます。」
2人の声が揃う。
ー2人は双子だ。愉快であろう?
女は威厳に満ちた声で言った。
ーアレックス、マックス。立て。
立ち上がりこちらを向いた2人は、そっくりな顔で俺達を見て笑った。
「エレノア様、ご無事で良かった…」
「腰抜けルーカス!」
ーさて、どうする?
女は椅子に座り頬杖をつきながら俺達をじっとみている。
アレックスとマックスは静かに俺達を見つめている。
エレノアは瞑目し考えている。
俺はエレノアをじっと見つめる。
長い時間が経った気がするが、わずかな時間しか経っていなかったのかもしれない。
部屋の空気がわずかに揺らぎ、きっと顔を挙げたエレノアが言った。
「アレックスとマックスの2人は強い魔力を持っている。私も封印を解いてもらって強い魔力を持っている。この力があれば黒い影の姫君を動かせるかもしれない…。」
ーお、俺は…?
エレノアは女を真っ直ぐに見つめて言う。
「黒い影の姫君の心を動かすためにどうすればいいのか、今はわからないけど…。この星を愛する心はきっと黒い影の姫君の中に残っていると思う。」
目線を双子に向けると、エレノアは2人にはっきりと言い渡した。
「第3の月に行って、黒い影の姫君に会いましょう。この星を愛する心があるなら、きっと道が開ける。」
ーえっ?お、俺は…?
「エレノア様の意のままに。」
アレックスがエレノアの前にひざまづく。
マックスが腕組みをして俺を見る。
「ルーカス、お前は…?お前はどうしたい?」
「お、俺も行く。行きたい。俺だって何か役に立つかもしれないし…。そ、その…エレノアを1人で行かせるわけにいかない。」
マックスは俺をピシッと指差し、ニヤリとした。
「俺たちがついてるから、ヘタレはいらない。」
ゾゾッとしながらも俺は言った。
「…でも…。やっぱり俺も行く。
エレノアを助けて守りたい…から。」
「ふん…。よし、足は引っ張るな。弱音を吐いたら、今度は白鼠だ!」
「ひぇ~!」
「まぁ!」
俺達4人は第3の月、暗黒の月に向かった。




