愛する者たち2 アレックスとゾーイ
俺は長椅子に寝そべって息子と娘の姿を見ていた。
可愛い、という年は過ぎてしまったが、それでも見ていて飽きない。
息子のジョイは頭がいい。俺の後ろ姿を見て育っているから、騎士になると言い出すのかと思っていたが、違った。
「父上、これからは統計学の時代ですよ。細かな情報を集めて分析し、正しい方向を見定めていく時代です。」
そう言って、かなり真面目に勉学に励んでいる。
娘のアナは武闘派だ。小さい頃からジョイと騎士ごっこをして闘い、ジョイに勝っている。そしてアナは、はっきりと俺に宣言している。
「父上、私は父上の様な騎士になります。」
「もうすぐ、ゾーイ様がいらっしゃるから」
そう言って2人は自室ではなくこの広間で勉強しているのだが、14歳になった2人はもう立派な大人に見える。
自分の意思をしっかりと持ち、自分の将来を見据えて過ごしている。俺がこれくらいの年の頃は、マックスと2人でやりたい放題だったなぁ。ほんとに悪ガキだった。
悪ガキ時代を思い出していると、ジョイとアナの乳母カタリナがドアをノックして、入って来た。
「ゾーイ様がいらっしゃいましたよ。」
ジョイとアナは2人で駆け出すようにしてゾーイの元へと急ぐ。俺はその後からゆっくりと歩き出す。
2人の前ではゾーイと俺は、王妃ゾーイ殿とエレノア王太子殿下の親衛隊長のアレックスとして振る舞う。
俺は王妃ゾーイ殿の前に片膝を付き首を垂れる。
「ようこそお越しくださいました。ジョイとアナも待ちわびておりました。」
「アレックス、立ちなさい。楽にして。
ジョイ、アナ。久しぶりね。元気だった?色々と話して聞かせて欲しいわ。楽しみにして来たのよ。」
王妃ゾーイ殿は応接室の方へと2人と共に歩いて行く。
俺は3人の後ろ姿を見て、微笑みながら歩く。
これは、幸せの形の1つなんだろうな、と思いながら。
あれは14年前のある日の事だった。
ゾーイから来て欲しいという連絡が来て、指定の場所に飛んでいくと、その家の中から子猫の泣き声が聞こえた。
本当にここか?と何度も見たが間違いないので、ドアベルを鳴らすと、中から見覚えのある女性が出てきた。
「カ、カタリナ殿?なぜここにいらっしゃるのだ?」
と俺が不審げな顔をすると、カタリナは眉根を寄せて
「早くお入りください!」
と俺を中に引っ張り込んだ。
綺麗に片付いた家の奥の方から、やはり子猫の泣き声が聞こえてくる。カタリナは何も言わずに、スタスタと歩き出し、時折振り返っては俺を睨みつけた。
「こちらでございます!」
そう言われて入った部屋にはベッドが1つ。すぐそばにコットが2つ並んでいた。
窓辺には大きなソファーがあり、そこにゾーイが座っていた。その両腕に何やら抱えているゾーイは、少しやつれて見えたが、俺の顔を見るとにっこりと笑って立ち上がった。
「アレックス!来てくれて、ありがとう。
すごく会いたかったの。本当に会いたかった…。」
なぜかゾーイが泣き出したので、俺は狼狽えた。
「大丈夫だよ。俺は今、ここにいるんだから。
こうしてそばにいるだろ?」
とゾーイを抱きしめた……?
ん?
ゾーイが腕に抱えているモノを離そうとしないから、抱きしめられない。いつもなら、そういうモノはすぐに離して俺の腕の中に飛び込んでくるのに、今日はどうしたんだと思っていると、また子猫の鳴き声が聞こえた。
しかも、ゾーイの腕の中から。そして、ゾーイが泣きながら腕の中のモノを、ヨシヨシと揺らす。
おいっ!まてまて!
もしかして…その腕の中にいるのは、子猫じゃなく…
赤子…なのか?
「ゾーイ…?」
そこにカタリナがやって来て、オムツを替えますので、とゾーイの腕から2つの包まれたものを持って行った。
カタリナが部屋を出ると、ゾーイは大きな声で泣き出して俺に抱きついた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。
アレックス、ごめんなさい。
ダメだってわかってたの。わかってるの。
でも、でもね…どうしても欲しかったの。
ごめんなさい。勝手な事して。
怒らないで。お願いだから…怒らないで。
もうこれっきり会わない、とか言わないで。
嫌いになったりしないで。
お願い…。お願いだから…。
私を嫌いにならないで。…お願い。」
俺はしばらくゾーイの背中を撫で、ゾーイが落ち着くように何度も、俺はそばにいるよ、大丈夫だよと耳元で囁き、口付けを繰り返して落ち着かせた。そして、ゾーイを抱き上げてベッドへと運び、抱きしめた。ゾーイからは微かに乳の香りがして、俺をまた狼狽えさせた。
ベッドの中でゾーイはしばらく俺の胸に縋り付くようにして泣いていたが、いつの間にか眠っていた。
ゾーイの頬に掛かる乱れ髪をそっと整えて、俺は部屋の外に出た。
居間にはカタリナがいて赤子達をあやしていたが、俺を見ると、キッと睨んだ。
「ええ、ええ、そうですとも!
アレックス殿の思っていらっしゃる通り、ですよ!
このお子様達はゾーイ様がお産みになられました、あなたのお子達ですよ。
ゾーイ様はお二人を見て、アレックス殿にそっくりだと大変喜ばれましてね。片時も手放そうとされません。
お産の後のお辛い時期なのに…。ずっと抱っこされているのですよ。
何故だと思います?」
「何故?わからない…。」
俺の口はカラカラになって、掠れた声しか出なかった。
「目を離すと誰かが連れて行ってしまうのでは、って…。産んではいけない子達だったから、って。そうおっしゃるのですよ。
これもそれも、あなたとゾーイ様がこんな関係を続けているから!何故、あなたはゾーイ様から離れていかないのです?相手は王妃様ですよ!バレたらお二人とも…!」
カタリナは目に涙を溜めて、俺の胸ぐらを掴まんばかりの勢いで言った。
「死罪になりたいのですか?セオドラ様はゾーイ様を心から信頼して愛しておられます。バレたら間違いなく、あなたは死罪ですよ。ゾーイ様とてどうなるか…!」
俺は頭が混乱して何も言えなかった。
その時、みゃあ、みゃあ、と子猫のような声がした。カタリナが急いで赤子を抱き上げ、ヨシヨシと揺らした。すると、もう1人も、みゃあ、みゃあ、と泣いた。
俺は恐る恐るもう1人の赤子を両手で持って顔を見た。俺に似てる?あまりに小さくて、これじゃわからんだろ?
そして、カタリナの真似をしてヨシヨシと揺らした。
カタリナが小さな声で笑った。
「そんなに揺らしたら、赤子の頭に悪いらしいです。
ゆっくりとね。優しく…ですよ。」
しばらく赤子を腕に抱えてゆらゆらとしていると、赤子は大きな欠伸をして、腕をむにゅうと伸ばした。小さな口を微かに開けて乳を欲しがっているようにも見えた。
「カタリナ殿。この子は乳を欲しがってるのかな?口を開けてる。」
「そうですね、生まれたばかりですから、いつでも乳を欲しがっています。しかも、お二人ですから、ゾーイ様は寝る時間もありません。今、少しづつ哺乳瓶で赤ちゃん用のミルクをあげて慣らしているのです。そうしないと、ゾーイ様もいつまでもここにはいられませんからね。」
赤子をゆらゆらとしながら、カタリナは俺を真っ直ぐに見て言った。
「ゾーイ様が目覚めたら、お二人でゆっくりお話しください。お産の後ですから、感情の揺れが激しくなってますけど、アレックス殿なら大丈夫だと思います。」
赤子達が泣き止んだのでカタリナは、一服しましょう、とコーヒーとクッキーを出してくれた。ゾーイ様がアレックス殿のためにと用意されたクッキーでございますよ、とカタリナが言った。いつだったかゾーイが俺の隠れ家に持って来たクッキーで、俺が美味しいと喜んだものだった。
ーゾーイ……。
お前、こんな時でも俺のために…?
しばらくして、俺はゾーイのベッドにそっと入り、ゾーイの顔を見ながら思い出していた。
ここ、赤い大陸スカーレットの国王夫妻に女の長子、エレノアが生まれた。だが、国王夫妻はこの国の言い伝えを恐れていた。
ー王の長子が女である時、その姿を王太子になるまで隠す事。さもなくば赤い大陸スカーレットは滅ぶ。
長子エレノアにこの国を滅ぼすような辛い事はさせたくないと、国王夫妻はエレノアは死んだと内外に広め、郊外の屋敷に隠した。俺はその屋敷で馬番のアレックス爺としてエレノアを護り、国王陛下の親衛隊隊長としても国王に侍っている。
そう、確かに俺はずっと忙しい。それでも、ゾーイが寂しそうにしている姿を見ると、俺はそばにいてやりたくなって、短い時間でも隠れ家でゾーイと会っていた。
いつ頃だったか、ゾーイがベッドの中で俺に囁いた。
「ねぇ、アレックス。私達に子供が出来たら、どうする?」
出来たのか?と聞いた。
「違うの。もし、出来たら。私達の子供が出来たらっていう話なの。アレックスはどうするかしら?」
俺はあまり考えもせず、ゾーイに口付けをして言った。
「嬉しいに決まってるじゃないか!
俺とお前の子だよ?可愛いさ。」
あの時、すでに子ができていたのか?いやいや、あれは1年以上前の話だ。
それに、ゾーイには言っていないが…
俺には子が出来ない。
俺には何が何だか、さっぱりわからなかった。
ベッドの中でゾーイを見つめていると、すっとゾーイが目を開けて俺に微笑んだ。ゾーイが俺の胸に顔を埋めて囁く。
「アレックス、…大好き。」
ゆっくりと起き上がったゾーイはバルコニーに出て、椅子に座った。何か食べるかいと聞くと、喉も渇いたわとゾーイは笑った。
カタリナに、ゾーイ殿に何か食べるものと飲み物を、と言うとカタリナはちょっと涙目になって、
「よかった!お産の後なのに、ずっと食欲がないとおっしゃって、あまり召し上がらなかったのですよ。すぐにお持ちします。バルコニーでお待ちください。」
と、いそいそとキッチンに入って行った。
赤子達はスヤスヤと眠っている。誰に似ているのか、などわからない小さな小さな顔だった。
食事を摂りながら、ゾーイはポツリポツリと話してくれた。
俺がゾーイに、ごめんなさいは言うな、と最初に言うと、ゾーイは小さく頷いた。
「セオドラ様との間にはエレノアが生まれたでしょう。だから、私、アレックスとの子もどうしても欲しかったの。
アレックスのために、じゃないの。私のために。
わがままだってわかってたけど、欲しかった。
私ね、エレノアが生まれた後、アレックスとは避妊の魔力をつかわずに、いつも強く強く願っていたの。
月の姫君…どうぞアレックスの子を私にお授けください、って。
そうしたら、子が出来た…。アレックスの子が私に…。
そう思ったら私、嬉しくって、嬉しくって…。
だれにも言わずに産もう、って決めたけど、1人じゃ何もできないから、カタリナにだけは本当の事を言って助けてもらってるの。
カタリナにはものすごく怒られた。やめなさい、あなたは王妃なんですよ、って。でも、私、産みたかったの。どうしても、アレックスと私の子が欲しかった。
お腹が大きくなってからは、魔力で普通の私に見えるようにして過ごしていたの。そして、カタリナにこの家を準備してもらって、ここでこの子達を産んだの。でもね、男の子と女の子の双子だったなんて、びっくりしちゃった。
周りの皆には体の調子が悪いから、少し療養する、だれにも会いたくない、顔が腫れてるから来ないで、って言ってあるの。だから、だれも来ない。」
そう言うとゾーイは俺を見た。
俺は返す言葉が見つからず、ゾーイの手を握った。
「これからどうするんだ?」
と俺が聞くと
「あなたの養子にして、あなたのそばにあの子達を置いてもらいたいの。だめって言わないでね。
カタリナが全部やってくれる。心配はいらないわ。カタリナはこの子達の乳母としてずっとこの子達を育ててくれる事になっているの。
忙しいアレックスがずっとこの子達のそばにいる事はできないって、わかってる。でも、あなたの子として育てたい。あなたの子として育って欲しい。
そうしたいの…。」
ゾーイは俺を見つめた。
俺もしばらくゾーイを見つめた。
「しばらく会えなかったのは、これが理由だったんだな。
気付いてあげられなくて、すまなかった。
ゾーイは大変な思いをして俺の子を産んでくれたんだね。1人で産ませてしまって、かわいそうなことをした。そばにいてやれなくてごめんな。
そして、ありがとう。本当にありがとう。
俺に子ができたなんて…。しかも、男の子と女の子がいっぺんにだ。嬉しくってたまらないよ。
そうだな…。今すぐに、あんなにちっちゃい子達と暮らすのは無理があるな。もうちょっと…あと半年ぐらいしたら、一緒に暮らせるように準備しておこう。
俺は手続きとかはわからんし、何を揃えればいいのかも知らんし…カタリナ殿に任せていいのなら、全部任せたいと思う。」
「アレックス…。ありがとう。本当にありがとう。
カタリナに任せておけば大丈夫よ。
全て心得ているから。」
硬かったゾーイの表情が、やっといつもの優しいものに変わった。
俺はゾーイの手にキスをして言った。
「2人の子だからな。大事に育てなきゃな。名前は?」
「アレックスにつけて欲しい。」
「うん、そうだなぁ。
男の子はジョイ、喜びという意味だ。
女の子はアナ、恵という意味がある。
どうだ?いい名前だろ?」
ゾーイはまたポロポロと涙を流した。
「食事が終わったら、少し休むといい。お産の後は体を休めなきゃいかんのだろ?」
とゾーイに言うと、ゾーイは素直にベッドに潜り込んだ。
「今夜はそばにいられる?いてくれたら、嬉しい。」
「一緒にいよう。俺の大事な家族だからな。」
ゾーイは俺の手を握ったまま、眠りについた。
そっとゾーイの手を解き、俺は居間に行った。
カタリナに、どこかで2人で話したいのだが、と言うとカタリナは頷いて、ゾーイの部屋から離れた小部屋へと俺を案内した。
「この部屋は物置部屋でゾーイ様はご存知ありません。
…お話とはなんでしょうか?」
俺は念の為に部屋に結界を張った。
「カタリナ殿。あなたを信じているから、打ち明ける。
俺に子は出来ないんだ。」
「えっ?どういう意味ですか?」
「そのまんまの意味だよ。俺に子はできない。
ゾーイとこういう関係になった時に、俺はゾーイとの間に子は作ってはいけない、作らない、と決めたんだ。だから、自分に避妊の魔力を発動した。この魔力は自分で解かない限り続いている。俺は一度もそれを解いた事はない。それは信じてほしい。
だから、あの赤子達は…セオドラ殿の子だよ。」
カタリナはブルブルと震え出した。
「なんという事でしょう!何という!
アレックス殿、どうしたらいいのでしょう。
どうしましょう!」
「カタリナ殿。落ち着いて聞いてほしい。
いまさら、あの赤子達がセオドラ殿の子だと言えるわけがない。そして、ゾーイにその事を言ってもゾーイが苦しむだけだ。そうだろ?
それに、俺には子ができない、とちゃんと言っておかなかった俺の責任だよ。
だから、俺はこのまま、この秘密を守って行きたい。
でも、カタリナ殿。
俺も1人ぐらいは本当の事を知っていて欲しいんだ。誰かと秘密を共有していたい。共に喜んだり、共に幸せを感じる事が出来る相手が欲しい。辛い時には涙を見せられる様な誰かにいてほしい。
今、この事を話せるのは、カタリナ殿しかいない。だから、カタリナ殿を信じて打ち明けた。
でも、こんな事知りたくなかった、嫌だ、と思うなら今言ってくれ。俺はカタリナ殿のこの記憶を魔力で消すことができる。
弱い男だと笑わないで欲しい。
俺も1人の男で、1人の人間なんだよ。
俺は俺のしている事の意味をちゃんとわかっているよ。
ゾーイとこんな関係になった時から、全ての罪は俺が負うと決めている。
だから、何かがあった時、この事が露見した時は全て俺のせいだと何としてでも言い張り、全ての罪を俺が負う。
ゾーイには罪を負わせない。
こんな俺でもそれぐらいの誠意はある。
カタリナ殿が、俺の話した事は記憶の中から消したいと決めても、そのままにしておくと決めても、あの赤子達は俺の養子として育てるよ。
多分、カタリナ殿には迷惑をかけるばかりだろうが、よろしくお願いしたい。俺は何をどうすればいいのか、何もわからんのだよ。
この通りだ。よろしく頼む!」
俺はカタリナに深々と頭を下げた。
カタリナは泣きながら、アレックス殿、ご心配は無用です、秘密は墓場まで持って参ります、と言った。
「本当にお優しい方なんですね。ゾーイ様が離さないわけです。」
と、カタリナは涙目でにっこりと笑った。
「万事はこのカタリナにお任せくださいませ。色々な準備に時間がかかりますが、アレックス殿のご都合に合わせます。アレックス殿はいつ頃ならお子達と住めそうですか?」
「ゾーイには半年後と言ってある。」
「わかりました。その前に打ち合わせをする事がたくさんあります。その時は、この屋敷でお会いしましょう。
ゾーイ様はあと2週間で城に戻るとおっしゃっています。体のことは心配ですが…。なるようにしかなりませんね。」
居間に戻った俺は双子を順番にゆらゆらと抱いていたが、おむつを替えて欲しいとカタリナに言われて悪戦苦闘した。
カタリナがおむつを替えている俺を見て大笑いしていると、ゾーイが起きて来て、
「まぁ!アレックスがおむつを!」
と、嬉しそうに俺を見た。
「ねぇ、アレックス。アナをそっと上に持ち上げてみて。」
言われてアナを抱き上げると、おむつはそのままストンと下に落ちた。
「もしかして、ジョイのも?」
言われてジョイを持ち上げると、おむつがストンと落ち、ジョイは勢いよく小便を俺にかけた。
3人で大笑いをしながら、カタリナが俺におむつの当て方を教えてくれた。
その夜は3人で夕食を取り、久しぶりにゾーイと笑って過ごした。カタリナも優しい表情でゾーイを見ていた。
その夜、俺はゾーイの傍で眠った。ベッドのそばに置いてあるコットで眠るジョイとアナは順番に、時々2人一緒に、みゃあ、みゃあと泣いた。ゾーイは乳を赤子達に含ませ、俺は時間がかかりながらもおむつを替えて、俺達を幸せな気分にさせてくれた。
それからの半年はあっという間に過ぎた。
俺は子供部屋が2つとカタリナが使える部屋があり、広い庭もある大きな屋敷を買ったが、後のことは全てカタリナに任せた。
今までの小ぶりな家はそのまま俺の仕事用にして、俺とゾーイの隠れ家もそのままにした。
どうやったのか詳しくはわからないが、ジョイとアナはカタリナの遠い親戚の子で、親が育てられなくなった、ということになっていた。それを聞いたゾーイが可哀想に思い、妻も子もいない俺の養子に、と話を持って来て…と、まぁ、そんな感じで、トントンと話が進んだ。
とても可愛い子達だったのでゾーイは気に入ってしまい、時折顔を見に行きたいという話をセオドラ殿にしたらしいが、セオドラ殿は疑わなかった。
子育てなど考えた事もない俺は、マックスに会いに行った。マックスは5人の子がいる子育ての先輩だから、というのもあるが、マックスには本当の事を話したかったというのが本音だ。
マックスは俺の事を心配してくれた。
「ゾーイ殿とセオドラ殿の子なんだろ?見ていて辛くないかい?」
と聞くマックスに俺は照れながら答えた。
「最近、本当に自分の子に思えるんだ。可愛くてなぁ。」
「なら、よかった。子供は可愛いからな。仕事の疲れも、子供の顔を見ると吹っ飛ぶさ。」
マックスは子育てのあれこれを俺に話して聞かせてくれ、困った時はいつでも連絡をくれよ、と言った。
アナが喋るようになった。
最初に呼んだのカタリナの名前だった。
「かあな」
と言って、カタリナの後ろをヨチヨチと追いかけた。
「とーたま」
とアナが俺を呼んだ時には涙が出た。
カタリナが、おとうさま、って呼んでるのですよ、と言うので間違いない。俺はアナを抱き上げて、何度も頬ずりをした。
ゾーイにその事を知らせるとすぐに会いに来た。2人を順番に抱きしめて、頬ずりをしている姿は幸せそうだった。ゾーイの事はなんと呼ぶのかと楽しみにしていたが、名前をなかなか呼ばないので、ゾーイはガッカリして帰って行った。
しばらくして2人に会いに来たゾーイを見て、アナが
「ぞうたま」
と指差した。俺がアナに、
「惜しいな、アナ。ゾーイさま、だよ。」
と言うと、アナはゾーたま、ゾーたまと繰り返し、抱っこして欲しいと両手を伸ばした。
まだ喋り始めないジョイは、アナより先にたったっと小走りしてゾーイの足にしがみついている。
乳母のカタリナは2人に、ほらほら、順番に!ですよ、と話しかける。
涙目のゾーイは2人を順番に抱っこして微笑んでいた。
カタリナは乳母というよりは母親に近い存在で、ジョイとアナを育ててくれた。貴族出身のカタリナは教養溢れる女性で、ジョイもアナもとても懐いた。
毎日の子供の世話から、躾、学校の手配、宿題の面倒まで見て、食事も作り、掃除もして、申し訳ないことに俺の洗濯物まで洗ってくれた。
1人ぐらい手伝いをしてくれる人を探そう、というと大きく首を振り、私の仕事を取らないでくださいませ!とほっぺたを膨らませた。
そんな日々を過ごしているうちに、ジョイとアナは12歳になった。
ある日、俺はジョイとアナに聞いた。
「お前達には魔力がある。その魔力を鍛えたいか?」
アナは、騎士になるために鍛えて欲しいと答えた。
ジョイは、何かあった時に、自分と自分の大切な人を守るために鍛えたい、と答えた。
2人の魔力はなかなか強く、結界を張ったり、空間移動もできた。雷を落とせるか試したら、2人揃って大きな雷を落とした。使い方を教えるだけで十分だった。
俺は心の中で、これはゾーイの血筋だな。セオドラはここまで出来るようになるのに、ものすごく時間がかかったからな、などと思い、苦笑した。
エレノアの立太式も終わり、なんとなく落ち着いた頃、城でガーデンパーティーが開かれることになった。俺は何度も参加したが、ジョイ、アナが初めて招待された。
だが俺は、セオドラ殿に気づかれるのではないか、と2人の参加するのを躊躇っていた。するとカタリナが俺に、お話があります、と言うので物置部屋に行き、結界を張って話を聞いた。
「大した事ではありませんよ。
でも、お二人には聞かせられませんけど…。
ジョイ様もアナ様も似てないです。
セオドラ様にもゾーイ様にも、顔が似てないです。
その代わり、たまに、アレックス殿によく似ていると思う事があります。いえ、お顔が似ているのではありません。仕草とか、ちょっとした時の表情とか…。
長く一緒にいると、そうなるんですね。
アレックス殿とお二人は、本当の親子の様ですよ。
ですから、今度のガーデンパーティーにお二人を連れて行って差し上げてください。ゾーイ様やセオドラ様と並んで立っても、絶対に誰も気づきません。大丈夫です。
いろんな方とお知り合いになる事が、これからのお二人には大事だと私は思うのですよ。
お願いします。」
カタリナは俺に深々と頭を下げた。
礼儀作法はカタリナがきちんと2人に教えてくれているので、俺はただ連れて行くだけでよかった。着るものなども全てカタリナが手配してくれた。
アナはうっすらとお化粧をしていて、微笑む姿は父親の俺でも抱きしめたくなる程、美しかった。
ジョイはもう俺とほとんど変わらない体付きで、惚れ惚れするような男ぶりだ。
ガーデンパーティーの会場ではまずセオドラ国王夫妻に挨拶をした。
セオドラ国王はジョイとアナを見て
「やっと会えたな、アレックスの子供達に。」
と顔を綻ばせた。緊張している2人に王妃ゾーイが
「大丈夫ですよ。皆、優しいから。お天気も良いし、楽しみましょうね。あぁ、ちょうど、エレノアとアメリアがそこにいるわ。いらっしゃい。紹介するわね。」
2人を連れて歩き出すゾーイの後を俺がついて行こうとすると、セオドラ国王が俺に耳打ちする。
「ジョイは凛々しいし、アナは可愛いし。アレックス、幸せな顔してるぞ。よかったな。お前には幸せになって欲しいって、ずっと思っていたし、今も思ってる。助けがいる時は、いつでも言ってくれよ。」
セオドラ殿は俺の肩をポンとして歩いて行った。
俺は心からセオドラ殿に感謝し、頭を垂れた。
ジョイとアナを連れて歩いていると、マイケル自衛軍司令官とサイモン秘書官がいた。
マイケルは目を丸く見開いて、な、なんと!と言った。
「アレックス隊長、お子がいたのですか!しかも、お二人!
ん〜!知りませんでした。なんで、教えてくれなかったのですか!」
「お前に教えても、子守りもできなかっただろ?」
と返すと、たしかに…!と妙に納得した。
「サイモン、息子のジョイは文官志望だよ。これから先の世は '統計学' が大事になると言っている。サイモンなら色々と助言できるだろう?よろしく頼む。」
と言うと、サイモンは眼をキラキラさせた。
「おお、素晴らしい!私も予々統計学に興味を持っておりまして…。ジョイ殿、よかったらあそこで話しませんか?」
とテーブルを指差した。
「父上、よろしいでしょうか?私もぜひお話を伺いたいです。」
ああ、行っておいで、と言うとジョイは跳ねるようにサイモンの後をついて行った。
「アレックス隊長!そんな甘々な顔、初めて見ました!」
と言うマイケルの腹に一発食らわせて、うるさいと言ってやった。
「お父様ったら…!」
とアナが俺の顔を見て軽く睨んだ。
2人で歩いていると、探していた人物はすぐに見つかった。黄紅色の髪を三つ編みにして前に垂らしているエメリーは、騎士学校の同級生達と賑やかに話していた。
俺が皆の前に立つと、全員が直立不動の姿勢で敬礼をする。
「おいおい、お前達!こういう所では無粋だぞ。」
「なぜか、アレックス隊長の前では意識せずに体がこうなってしまって…。隊長、号令を!」
とエメリーが言うので、俺は威厳に満ちた声をわざと出して言った。
「全員、なおれ。楽にしろ!
皆、俺の娘のアナだ。息子のジョイは今、サイモン書記官と話し込んでる。アナは騎士志望だ。話を聞かせてやって欲しい。よろしく頼む。」
若い騎士達が揃って間抜けな顔をした。
「えええ〜っ!」
「えええええ〜っ!お子がいたのですか?」
「しかも、こんなに美しい!」
「いつの間に…!」
「わぁ、知りませんでした!」
「ええいっ!お前達!うるさい!
余計な詮索はするな。変な事を言ったヤツは、俺が後でシゴキまくってやるからな!わかったか?!」
「父上!言葉が過ぎますよ。」
とアナが可愛い声で言ったので、俺の顔が一瞬にして緩んでしまった。まずい、と慌てて威厳に満ちた顔に戻して
「では、アナを頼んだぞ。」
とその場をあとにした。
アナを囲んでざわざわと騎士達が騒いでいる。まぁいいだろう。でも、変な虫がつかないように、これからは見張っておかなければいかんな、などと思った自分に苦笑した。
ガーデンパーティーから帰ると、2人は興奮して俺に言った。
「父上、今日は連れて行っていただいて、本当に良かったです。ありがとうございました。楽しかったし、ためになるお話もたくさん聞けました。父上と一緒でなければ経験できないことばかりでした。やはり父上はすごい方だと思いました!」
「父上の今まで見たこともないお姿も見ました。お仕事をされている時の父上は、厳しいお顔なのですね。我が父ながら、かっこよくて素敵でした。」
「おい、お前達…。俺を泣かすなよ。」
この日を境に2人はますます勉学に励むようになった。
しばらくしたある日、ゾーイと隠れ家で会うと、ゾーイが薄い本を俺に見せた。この世にたった一冊の手書きの本は、その頃売れに売れていた小説 〜王宮の華〜 の著者、フランクからの贈り物だという。
セオドラ王太子と婚約していたゾーイが俺と田舎町に逃げ、双子の息子達と幸せに暮らしている姿を書いた本だった。
2人でベッドに並んで座って読んでいるとゾーイは泣き出した。そんなに泣くなよ、目が腫れるぞ、と言うと、だって…とまた泣いた。
「私達とジョイとアナの4人で、こんな暮らしもできたかもしれないって…。そう思ったら、涙が止まらないの。」
「俺は今の暮らしで充分幸せだよ。こうして、俺の隣にお前がいてくれる。家に帰ったらジョイとアナがいる。こんなに幸せなのに、これ以上望む物はないよ。」
ゾーイは俺の胸に顔を埋めて長い長い時間泣き続けた。
15歳になったジョイは文官の試験を一発で合格した。サイモンと同じく最年少の合格で、俺も鼻が高かった。
サイモンと相談したジョイは、とりあえずはこの国の行政統括をする部門に入った。仕事に慣れたら、本格的に統計学を使う部門を作るという。
そんな事までサイモンの真似をしなくてもいいのにと思ったが、ジョイはずっと思い合っていた女性と16歳になるのを待って、一緒に暮らし始めた。
アナは騎士学校に15歳で入学し、宿舎に入って仲間達と楽しく切磋琢磨している。エメリーに憧れているようで、卒業したらエレノア殿の親衛隊に入りたいと言っている。
しばらくすると、騎士学校の生徒や卒業生の若い男の騎士達がアナと 'お友達' になりたいと虎視眈々と狙っている、という話が聞こえて来るようになった。俺は見回りと称して、あちこちに顔を出して睨みを効かせるようになった。
そんな俺をゾーイは、親バカね、と笑ったが、ゾーイも騎士達の噂を耳にすると俺の所に飛んで来ては、あの人はダメ、この人もダメ、と言って親バカをしている。
ふと気づくと、大きな屋敷には俺とカタリナの2人が残った。
静かな居間で2人コーヒーを飲んでいると、カタリナが俺に言った。
「ジョイ様もアナ様も立派にお育ちになりましたね。さすが、アレックス殿のお子達ですよ。おそばにいた私も鼻が高うございます。」
「カタリナ殿…。」
「いいえ、お二人はアレックス殿のお子ですよ。血の繋がりなど、関係ありません。アレックス殿に育てられたお二人は幸せだと思います。」
「カタリナ殿には、感謝しても仕切れない。2人をあんなに立派に育ててくれたのは、カタリナ殿だ。本当にありがとう。」
「アレックス殿………。
私の乳母としての仕事はもう終わりました。
そろそろ、実家に帰ろうかと思っています。」
「えっ?どういう意味だ?カタリナ殿。
ええっ?ここを出て行くつもりなのか?
いやいやいや、待ってほしい。
今行かれては困る。本当に困る!
実家に戻ってどうするつもりなのだ?
思い人でもいるのか?
いやいやいや、待って欲しい!
頼むから、ここにいて欲しい!
カタリナ殿がいなくなったら、俺はどうすればいいんだ。
俺は何もできんぞ!カタリナ殿!
これから、ジョイもアナも結婚するだろうし、
子が生まれるだろうし…。
ゾーイが準備をできるわけもない。
カタリナ殿がいなければ、何も回らん。
俺は何もできんぞ!
この家はどうなるんだ。俺はどうすればいいんだ!
いやいやいや、困る。本当に困る!
そうだ!
思い人とここに住んでも構わない。
頼む。頼むから、カタリナ殿!ここにいてくれ。」
カタリナは泣き出した。
「俺にとってカタリナ殿は姉のような存在なのだ。
頼むから、辞めるとか言わないでほしい!」
俺はテーブルに頭をぶつけそうな勢いで頭を下げた。
泣きながらカタリナは言った。
「私の方が年下でございますっ!
思い人もおりませんっ!」
そして涙を拭いて、本当にここにいてもよろしいのでしょうか?と言った。
「もちろんだ。もちろんだとも。いてくれなきゃ困るんだ。
頼むよ、いてくれ!俺の姉…じゃなくて妹なんだから!」
カタリナが笑い出した。
「しかたござません。ここにいることに致します。
これからも、よろしくお願いいたします。
アレックス兄上!」
ジョイとアナと誕生日の日。
ジョイは恋人を連れて来た。アナは早くから来てカタリナの手伝いをした。そして、料理が揃った頃にゾーイがやって来て、ワイワイと言いながら料理を食べ楽しいひと時を過ごした。
皆が帰った後、俺とゾーイは隠れ家へと飛んだ。
「俺は幸せ者だよ。」
とゾーイに言うと、ゾーイはにっこりと笑った。
初めて会った16才の頃と少しも変わらないゾーイを抱きしめて、キスをした。
今日もまた、おれの時間は穏やかに過ぎている。
完




