第3話 姫は闘う
私が本陣につくと同時に黒い影が赤い大陸スカーレットを覆い始めたと報告があった。
黒い影が何なのか、狙いは何なのか、何もわからない。
わからない中で、ただ攻撃を受け続けている。黒い影は全てのものを破壊していく。その力は今までに見たことのない激しいものだった。
突然、とくん、とくんと心臓の鼓動が激しくなった。それと同時に憎しみ、苦しみ、悲しみ…そういったものが私の心を支配していくように感じてしまう。
マイケルとエメリーがそばに控えているが、2人とも眉根を寄せている。きっと魔力の強い2人には、私と同じものが感じられるのだろうと思った。
私は思わずマイケルに尋ねた。
「マイケル、お前にも感じられる?」
「はい、ノア様。」
「これはなんだろう。」
「何者かの怨念…の様なもの…かと。」
「怨念?なぜそんなものが?」
答えが出せない疑問に3人とも口をつぐむ。
もう何時間経ったのだろう。1人、また1人と本陣にいた自衛軍の騎士達が前線へと消えて行った。
ノア様に月の姫君のご加護があらん事を!と私の前に片膝を着き頭を垂れた姿のまま、本陣に詰めていた自衛軍最後の騎士が前線へと飛んだ。
マイケルが私に向かって言う。
「ノア様、私に出動命令を。このままでは何も打つ手がありません。私の魔力は今までの誰よりも強い。必ず、何らかの情報を手にして戻ってまいります。」
エメリーがマイケルを見つめている。
「心配するな、エメリー。私は大丈夫だ。ノア様を頼む。」
エメリーの少し揺れる瞳を見てマイケルは小声で言う。
「私がお前に嘘を言った事は一度もないだろう?だから、安心してノア様を守って欲しい。必ず帰る。お前を残して逝ったりはしない。」
エメリーの頬に手を置き、わずかに微笑んだマイケルは、さっと私の前に片膝を着く。
「ご命令を!」
「…マイケル、行け!そして、必ず帰ってこい!」
右手を胸に当て、ノア様に月の姫君のご加護があらんことを!と言ってマイケルは消えた。
空を見上げると2つの月は暗く、色の区別もつかない様に見える。まるで黒い影に覆われているかの様だ。眼下では黒い影がじわじわと本陣に迫って来る。
突然、背後に何かを感じ振り向くと黒い影と白いうさぎがいた。私に襲い掛かろうとする黒い影めがけてうさぎが跳ねた。エメリーが攻撃をかける。
黒い影は一瞬にして消え去ったが、うさぎは倒れている。
「お前はルーカス?」
ルーカスは青い目で私を見つめている。そっと抱き抱えた次の瞬間、エメリーの叫び声がして黒い影が私に襲いかかるのが見えた。
「ノア様!逃げて」
エメリーの手が私に伸びる。
「ノア様!」
私の返事を待つこともなく、エメリーは私を屋敷へと飛ばした。
最後に見たエメリーは泣いていた。
*** *** ***
屋敷の中は静かだった。足音だけが響いている。ノアからエレノアに姿を変えた私の足元には、薄い黄色のリボンをつけたルーカスが寄り添う様に跳ねている。
この屋敷も安全ではないはずなのだけれど、あの怨念の様なものは感じられない。皆無事に逃げたかしら…と思っていると、馬番のアレックス爺がこちらに駆け寄ってきた。
「お嬢様!ご無事でしたか…。」
私はアレックス爺を抱きしめ、私は大丈夫よ、と呟いた。
アレックス爺はにっこりと笑うと
「さてさてエレノア様、まずは何か飲み物をもってまいりましょうか。全てはその後です。お部屋でお待ちください。」
と言い台所へと向かって行った。ルーカスがアレックス爺の後を追いかけた。
私は自分の部屋に入り窓辺に腰掛けて、大きな赤い月と青い月を見つめた。もう二つの月は色の区別もつかないほど、暗く輝きを失っていた。
ここは城での喧騒が嘘の様に静かで、1人になるとやはり思い出すのはアメリアの事だった。薄い黄色のリボンがよく似合っていた可愛いエミリア。何処にいるのかしら。またひとりぼっちで泣いているのだろうと心が痛くなってしまう。
それにしても、椅子に置いてあったメモ…。赤い大陸の後継者と書いてあったけど…。
瞬間、私はとんでもない事に気がついてしまった。
ーもしかして、もしかしたら…。
私のせいで…?。
こんな大事な事に気がつかなかったなんて!
迂闊だった!
侍女ごっこなどしていたせいでこの屋敷にいた 'お嬢様' はアメリアだけに見えたはず。もし誰かが赤い大陸スカーレットの後継者がこの屋敷にいる事を知って、探していたとしたら、私ではなくアメリアのことだと思ったに違いない。
アメリアは私と間違って連れ去られた⁈
「うわぁあああ!」
私は腹の底から唸る様な声を出して叫んでいた。そして、目の前が暗くなり倒れてしまったようだ。
目が覚めると私は自室のベッドに横たわっていた。そばにはアレックス爺がいて、私を見つめていた。
「おお、気がつかれましたか。大きな声が聞こえて驚きました。」
そう言ってブランケットの上から片手で私をポンポンとする。
「話は後。暖かい飲み物をお持ちしましょう。お待ちください。」
そう言うとアレックス爺は台所へと急いだ。
ベッドの足元にはルーカスがいて、青い眼でこちらを見ている。私はゆっくりと起き上がるとルーカスを抱き、頭を撫でた。
「ありがとうルーカス。心配してくれてるのね」
ルーカスはブルっと体を振るわせた。その仕草が可愛くて、また頭を撫でた。するとルーカスは大人しく鼻をぴくぴくさせていた。
アレックス爺が飲み物を持ってきて、ベッドサイドに腰掛けた。
「さてさて、まずはこれを飲んで落ち着いて。」
そう言って渡してくれたのは、ホットチョコレートだった。甘い香りはアメリアの事を思い出させてしまう。口にすると体の強張りが取れていく様だった。
「よかったら、何があったのか話してくださいませんか。」
私は答えることができず首を振る。私達の秘密は誰にも話してはいけないのだから。
大き息を吐いたアレックス爺は私の手を両手で挟み、自分の話を聞いてくれと言う。
ーそれはアレックスの過去の話。
「私は強い魔力を持って生まれ、この星で悪さばかりしておりましてね。誰の手にも負えない暴れ者でした。
ある日、若い頃のセオドラ王と王妃ゾーイ殿の2人と知り合った。お二人と戦って負けた、というのもありましたが、このお二人なら私の一生を捧げて、お仕え出来ると思ったのです。セオドラ王はそばで支えてほしい、そう仰ってこんな私に騎士の印を下さった。
王は結婚して女の子が生まれた。言い伝えを信じる王ではなかったが私に娘を守る様にと仰った。
それがエレノア姫、あなただった。
しかし、あなたを見た瞬間、私の体に衝撃が走りましたよ。あなたの魔力は強かった。セオドラ王にその事を話すと、王はエレノアの力を封印するように私にお命じになった。子供が持つ強すぎる魔力は災いをもたらすからと。そして、立太子の日にその封印を解く事にしていたのです。
あなたは自分の魔力が少ないと思っていらっしゃるのでしょう?しかし、それは違う。あなたの魔力は強い。あなたが思っておられるよりはるかに。」
アレックスはセオドラ王の命を受け、馬番として屋敷に住み、エレノア達を守っていた。この屋敷でアレックスの本当の姿を知っているのはマイケルとエメリーだけだったと言う。
赤い大陸スカーレットが危機に瀕している今、エレノアの魔力の封印を解き、それを使う時が来たのだとアレックスは言う。
「自信を持ちなさい。あなたはこの国の王太子ですぞ。」
そう言ってアレックス爺は上着を脱ぎ左胸を見せる。アレックス爺が目を閉じると、その胸には赤い大陸スカーレットの騎士の印が浮かび上がった。
「私の言葉を信じなさい。エレノア姫」
エレノアはしばらくうつむいていたが、アレックス爺の手を強く握って言った。
「ありがとう、今まで私を守ってくれて。私も父上と同じにあなたを信じます。私の話も聞いてくれる?」
そして、自分が気がついたアメリアが拐われた理由を話し始めた。
「多分、私と間違えてアメリアを連れて行ったのでしょう。私は侍女の格好をしていたから。
私に強い力が備わっていたのなら、それを使って何かを企むと言うことも納得できる。
私はこの星、赤い大陸スカーレット、父上、母上、アメリア、全ての人々を助けたいと思っています。」
目をつぶって息を吐き、エレノアは言った。
「アレックス爺、私の封印を解く事はできますか?できるなら今ここで。」
にっこりと笑うとアレックス爺はもちろんですともと答える。
「でも、その前に私の本当の姿をお見せしてよろしいか?」
良いと返事をする前に、アレックス爺の姿は、屈強な体を持つ30代半ばの男性に変わっていた。
なぜかルーカスが後退りした。
アレックスは私に目を閉じる様にと言った。私は部屋の真ん中に立ち、アレックスを見て頷いた。ゆっくりと目を閉じる。
「姫様、しっかりと立っていてください。行きますぞ!」
アレックスの深い呼吸音が聞こえ、しばらくすると全身を貫く様な衝撃が走る。体の中を灼熱と言えるほどの熱い物が流れ、苦しくなる。
感じたことのない、不思議なもの。恐ろしく…そして優しい何かがゆっくりと私の中に降りてくる。
そして、それは静かに私の中に消えていった。
ゆっくりと目を開けると私の中に恐ろしい程の力が溢れているのを感じる。見る。聞く。触れる。感じる。全てに力が溢れている。
私は手のひらを見つめ呟いた。
「…これが私の力?」
アレックスが私の顔を見て微笑み、気分は如何かと聞く。私はただ頷いてアレックスを見た。
その瞬間、屋敷の窓という窓が爆音と共に風圧で壊れ、飛び散り、そして、黒い影が部屋の中にゆっくりと入り込んできた。
けたたましい笑い声が響き渡る。
「ははは〜っ!茶番だな!笑えるわ!」
黒い影が私に近づく。
「お前達に私が倒せるとでも思うのか?私が近くにいた事すら気づかないお前達に。」
黒い影の中から淡く人の形が浮かび上がる。
「エレノア様…この影は…!」
「ははは!そうだ。あの娘をいただいたのはこの私だ。そうか、お前には私がわかるのか?」
淡い形のまま黒い影はゆっくりとアレックスに近づいていき、包み込んでいく。
「アレックスといったか、お前には私は倒せぬ。分かっているだろう?」
突然、アレックスは部屋の隅まで飛ばされ動かなくなった。
「アレックス!」
私は全ての力を黒い影に向けた。だが、攻撃を受けても黒い影は笑い続けている。
「ほう!エレノア、やはりお前の魔力は素晴らしいな。私はこの時ををずっと待っていたのだよ。さあ、行こう。私の月に。新しい世界を共に作くるのだ。」
黒い影が私を飲み込もうとした時、白いうさぎのルーカスが私を…
そして、私はルーカスと共にどこかに飛んでいた。




