第6話 レイナ
私は小さい頃から時々夢をみる。怖い夢らしく、子供の頃はよくうなされていたという。
私が小さい頃よく見ていた夢は、誰かに呼ばれる夢だった。
ーレイナ、ここにおいで!
ーレイナ、レイナ…。ほら、この手を取ってごらん!
父と母がいた頃の事はあまり覚えていないけど、その声の主は父でも母でもないことだけはわかった。その声の主は白いぼんやりとした形でしか見えず、何か怖い感じがした。
でも、ゴードン国王陛下のお計らいで城に住む様になってからは、ピタリと怖い夢は見なくなった。城は何重もの結界が張られ、悪夢の元が入り込む隙がなかったのだろう。
あの悪夢の元はなんだったのだろう?
騎士学校も今住んでいる騎士の宿舎もそれなりの結界が張られているので、悪夢を見ることはない。その代わり夢の中で、父と母が私に声をかけるようになった。
ーレイナ、気をつけて。
何に気をつけるの?何が起こるの?
そう問いかけても、夢の中の両親は答えない。
トントントン…と宿舎のドアを叩く音がして、マックス隊長の長男、ユピルの声がする。
「開けてもいいかい?」
ユピルがドアの隙間から優しい顔を見せ、にっこりと笑う。
「久しぶりに、本当に久しぶりに、今日は兄弟5人が揃ってお休みなんだ。みんなで実家に帰るんだけど、一緒に行くかい?レイナも今日は休みだろう?」
ユピルの後ろにはマルス、メルク、そして、お願い!と言う顔をして両手を合わせているウラヌとネプトがいる。
「うん!行く。メグおばさまに会いたいし!待ってて、すぐ用意するからね。」
皆、嬉しそうな顔をして私を見ている。私もそんな皆の顔を見るのは、本当に嬉しい。
私は急いで身支度を整えて部屋を出た。そして6人で一斉にマックス隊長の家に飛んだ。
そう、私達は宿舎からマックス隊長の家に…飛んだ…はずなのに…。
気づくと、6人揃って知らない場所にいた。そこは何もない真っ暗な空間で、どこからともなく一筋の光が差していた。
そして、目の前には1人の男が立っていた。
その男は真っ白な肌に真っ白の髪、黒く丸いレンズのサングラスを掛けて、白い足首まであるコートをきっちりと来ていた。白い中折れ帽には白い鳥の羽が1つ付けてあり、足元は白のロングブーツ。何から何まで真っ白な男だった。
私達はすぐさま戦闘態勢に入った。しかし、魔力を発動させようとしても、何もできない。
ユピルが私達の前に庇うように立ち、静かな声を辺りに響かせた。
「お前は誰だ?そして、ここは何処で、俺達と何をしたい?返答によっては容赦はしないぞ。」
サングラスを外してコートの胸ポケットに仕舞い、男が声もなく笑った。
「まあまあ、そんなにいきり立たないでくださいよ、ユピル殿!
ここではあなた達の力は出せませんよ。まあ、私の力も…なんですけどね。そういう空間です。魔力は使えません。残念ですなぁ。お互いに。魔力が使えるなら、一発で勝負がつくのにね、お前たちの負けだけど!
それでも、あなた達6人をここにご招待できたのですから、私も優秀なんですよ。」
ジリジリとマルスが右に動き、メルクが左うごく。ウラヌとネプトは私の両脇にピタリと付く。
「我々の名前を知っているのなら、自分も名乗ったらどうだ?」
「言われなくてもね、名乗ろうとしてましたよ。
私はハデスと申します。
今日は女王陛下にお目にかかれて、大変光栄でございます。」
ハデスはレイナの前で片膝を付き、帽子を胸に当て、恭しく頭を垂れた。そしてゆっくりと顔を上げ、レイナを睨みつけた。
「お前は何も覚えてないのか!私達のこと…。
ここが何処かもわからないのか?
そうだろう、そうだろう…。そうだろうとも!
でも、私も私のご主人様もお前の事は忘れた事はない。なんで忘れられようか!
お前のせいで私たちが…」
マルスとメルクが両方向から飛びかかったが、男はすっと姿を消した。そして、空間にハデスの声だけが響いた。
「女王陛下、今日はご挨拶だけです。私のご主人様が挨拶だけにしておけ、とおっしゃるのでね。
女王陛下の5人の守護の皆さん。あなた達も何も覚えてないのでしょうなぁ。私達を散々痛めつけたのに…。悲しいですね、忘れ去られてるなんて。
でも、次にお目にかかる時は、…ご覚悟を!
私達も容赦は致しませんからね。
楽しみです!
では、また。」
白づくめの男の気配が消え、私達はマックス隊長の家に着いていた。
マックス隊長の家にはメグおばさまがいて、あら、いらっしゃい、といつも通りに声をかけてくれたが、私達の異変に気付いたようだった。
私は体が震えていた。
「母上、レイナに何か温かい飲み物と甘い物を。
お前達はレイナのそばを離れるな。
俺は城まで行って父上を呼んでくる。」
そう言ってユピルは消えていった。
メグおばさまは何も聞かず、アップルパイとレモンティーを出してくださった。
蜂蜜の入った暖かいレモンティーを飲んでも、私の体の震えは止まらなかった。
ー私を女王陛下と呼んだあの男は何者?
ハデスと名乗っていた。
…ハデス…ハデス…
ハデス…?…ハデス!
突然、私の頭の中を光と電撃が走り、体が燃えるように熱くなった。私は大声で叫んでいた。
「…ハデス…なんで?なんであいつがここに?
あいつはエルセの…」
目の端にマックス隊長とユピルが見えた。
「ハデスが…蘇った?
あいつは?魔王エルセは…?
だめ!蘇らせてはいけない…。」
頭の中がぐるぐると回る。体が熱い!
ユピルが私を抱きしめているのがわかる。
「レイナ…!」
私はそこで意識がなくなった。
目覚めた時、私のそばにはマックス隊長がいた。
私の手を握り、微笑んで私を見ていた隊長は、気分はどうだ、と私に聞いた。
私はゆっくりと立ち上がった。
「私は女王レイナです。覚醒して全てを思い出しました。
私はハデスを倒し、魔王エルセを封じに行かねばなりません。」
部屋の隅にいたユピル達が私の前に来て、片膝をつき跪いた。
「レイナ、私達も共に参ります。」
私はしばらく幼馴染で友でもある5人の男達を見つめた。
「メグおばさまを悲しませるわけにはいきません。あなた達は残りなさい。」
「母上は王妃ライラ殿の所に私が送っていきました。母上は私にこう言いました。
『私は騎士の妻で騎士達の母です。覚悟は出来ている。心配は要りません。』
母は大丈夫です。」
とマルスが言う。
「私達に、共に戦う名誉を!」
とメルクが叫ぶ。
ウラヌとネプトが、何があっても共に行くぞ、という目で私を見つめる。
躊躇う私の前にマックス隊長とそっくりな顔をしたアレックス殿が現れた。
「赤い大陸スカーレットは暗黒に覆われつつある。多分、青い大陸アズールに暗黒が訪れるのも時間の問題だろう。
ハデスは長い年月をかけて分裂し、何百人ものハデスが存在していると、言っている。
女王レイナ殿。指示を!」
私は私の前に跪くマックス隊長、アレックス殿、そして5人の守護達を見て言った。
「皆で、この星を守りましょう。人はハデスの暗黒に包まれると狂い出す。殺し合い、血肉を喰らい合う。それだけは避けなければならない。
ハデスの弱点は2つある。
一つ目は光。光に当たると魔力が落ちる。
狙いは顔、そして目。
二つ目は水です。
ハデスのいた場所には水が無かった。水に対処するのには時間がかかる、そして、泳ぐ事ができない。
アレックス殿、ウラヌ、ネプトは赤い大陸スカーレットへ。ウラヌ、お前の力で暗黒の大地に光を!ネプトの力で荒れる大地を海水で洗い流せ!アレックス殿、王族達と魔力でハデスを叩きのめせ!」
「マックス隊長、マルス、メルクは青い大陸アズールでハデスと戦え。マックス隊長はルーカス殿と2人で魔力でハデスを囲い込め。マルス、火の力でハデスの魔力を封じろ。メルクはハデスを水に沈め溺れさせよ。
いいか、ハデスが何人いても、私達は負けない。
ユピルは私と共に行動するように。私を守れるのはお前しかいない。
私が魔王エルセとハデスを封じた太古の昔に時間移動するのは遠すぎる。行けるのかどうかわからない。
私は父と母が亡くなったあの時に戻る。確実にハデスに会えるあの時、あの場所に。ハデスはあの時、父の言葉を信じていた。必ず、ハデスの分身ではなく本体が現れる。
まずはハデスを滅し、それから魔王エルセを消滅する。
魔王エルセはまだ蘇ってはいない。私の再生魔力がなければ、蘇ることはできない。
急ごう。時間がない。ユピルは私が時空移動で連れて行く。
皆、行け!」
青い大陸アズールの城に白い雲が掛かり始めた。急がねばならない。
私とユピルは、あの時に移動した。




