第3話 ルーカスとエレノア
なんでこうなる!と俺は頭を抱えた。
ついさっきまでベッドの中に2人でいて、俺の腕枕で大好き、ずっと一緒にいたいの、と俺にキスしていたエレノアが、突然帰ってしまったのだ。
「ルーカス!なんでわかってくれないの!」
「わかってるよ。俺の事が好きだって、よくわかってる」
まあ、痴話喧嘩っていうヤツなんだけど…。
俺とエレノアは月の姫君の出来事で知り合った。
お友達から始まって、2人でこっそりと会うようになり、最近は一緒に夜を過ごすようになって、エレノアは俺の恋人だ、って言える関係になった。まあ、人にはそんな事言ったことないし、大体俺達がこんな関係だって事も極秘事項である。
俺達には色々と問題がある。それも結構めんどくさい問題だ。
俺は青い大陸アズールの王太子ルーカスだ。
何年か前まで、俺は見た目はすごくかっこいいけど大した魔力も使えない、ヘタレな腰抜け男と言われていたが、今は違う。それは胸を張って言える。俺は一目惚れしたエレノアに相応しい男になるために、ものすごく頑張ってきたし、今も頑張ってる。
最初、俺は師とも言える親父の親衛隊隊長のマックスに鍛えてもらった。そして、今はマックスの息子達が俺の親衛隊に入り、俺と競い合って魔力を磨いている…俺を鍛えてくれてる…が正しいかな?
俺は王太子に相応しい風格と品格とを兼ね備えた男になった…なりつつある…というべきだな。まあ、胸板は以前と比べると、がっちりと厚くなっている。
エレノアは赤い大陸スカーレットの王太子だ。
強い魔力を持ち、自衛軍の副司令長官としての才覚も素晴らしい。キリっと辺りを見る眼差しは、ゾクっとするほど鋭く、何もかも見透しているようだ。
でも俺と2人の時、エレノアはとても可愛らしい。離れたくないと潤む眼差しで俺を見て、キスをせがむ。重ねた唇はいつまでも離さない…。
ああ、たまらない!
あんな可愛いエレノアの顔、他の男には絶対見させない!
俺はエレノアを手放す気は全くないし、エレノアも俺と別れない、とは言っている。
で、問題が起きる。王太子同士の恋愛だ。双方の国を背負っている2人の未来を考えると…。まあ、そういう事で喧嘩になる。
俺は青い大陸アズール王室の唯一の後継だ。兄弟も従兄弟もいない。遠い親戚に子供がいるけど、そいつを王太子に…?ありえない。
エレノアには妹のアメリアがいる。魔力も強いし、頭もいいし、性格もいい。だったら、アメリアが王太子になって、赤い大陸スカーレットを継いだら全て解決じゃないか!
その話になるとエレノアは言う。
「私はね、王太子に相応しいか、自分を試してみたの!
で、ふさわしい大人になれると思ったから、頑張ったの!
が、ん、ば、っ、た、の!
それを簡単に…!
アメリアでいいじゃん、みたいな言い方!」
で、こうなる。
「ルーカス!なんでわかってくれないの!」
「わかってるよ。俺の事が好きだって、よくわかってる」
エレノアは下唇をちょっと突き出した膨れっ面から、ベェっと舌を出して帰ってしまった。
なんでこうなる!と俺は頭を抱える。
たしかに、あの場面でのセリフは間違った…と反省はしている。エレノア、俺はお前が大好きなんだよ、と言うべきだった。俺はまだまだ未熟者だ…。
しかも、この所、親父殿が妙にうるさい。
「ルーカス君、どうすんの〜?
結婚、そろそろ、いいんじゃない?」
親父殿は何も知らないはずだけど、なんか、見越してる気がしている。鋭いからな、親父殿は!
エレノアに次に会う時には、機嫌を取るために、可愛い指輪でも渡そうか。いや、渡すなら、どぉんと婚約指輪だろう…などと考える。でも、婚約指輪など渡して受け取ってくれなかったら、俺は立ち直れない。
いやいや、そんなモノで釣るんじゃなく、真摯に向き合わねば。モノで釣ろうなんて…!逃げてんじゃねえぞ、俺!
大きな溜息をつき、俺はベッドに寝転がりながら、窓の外を見る。そして、夜空に浮かぶ赤い月と青い月を眺めて月の姫君に愚痴ってみる。
ー月の姫君、俺はやっぱり…心がヘタレで、腰抜けなんですか?
「うん、そうだねぇ。ちょっと腰抜けだよね。ルーカス。
あの場面であのセリフは、男としてダメでしょう!」
俺がベッドでゴロゴロとしている隣に、見知らぬ男が俺の顔を見ながら寝転んでいる。全身白づくめのその男は、片手にサングラスを持ち、淡いグレーの瞳で俺をまっすぐに見ていた。そして、にっこり俺に笑いかけた。
ーお前は誰だ!
と言いたいが声は出ないし、体も動かない。拘束魔力で完全に動けなくなっていた。
「私はハデスと言います。お見知り置きくださいね。
あ、今日はご挨拶しに来ただけなんで、何もしませんよ。
でもね、大声を出されても困るんで、拘束魔力だけは使わせていただきました。
私のご主人様が、関係者の皆さんにちゃんとご挨拶をするように、と言いますのでねぇ。ルーカス王太子殿下にもこうして会いに来たわけです。要らないよ、って思ったんですけどね。
では、私のご主人様からの伝言です。
女王陛下をいただきに参上する。
素直にお渡しいただきたい。
抵抗しても苦しむのはお前達だ。
以上ですよ。
恋に悩めるルーカス王太子殿下!あなたとエレノア殿に幸せは来るんですかねぇ。まあ、せいぜい悩んでください。」
男は音もなく消えていった。
俺は別荘のベッドで1人茫然としていた。
*** *** ***
朝起きると少し目が腫れてた。昨夜は泣き寝入りしたから…。ゆっくり起き上がってカーテンを開けると、大きな赤い月と青い月が街を照らしているのが見える。
ルーカスの事を思い出すとまた涙が出る。ルーカスは私の事を大好きだって言って、私をとても大事に思ってくれている。分かってる。
私だって、ルーカスが大好き。ずっとそばにいたい。
なのに、何故かケンカしてしまう。大好きなのに。
熱いタオルを顔に乗せ、どうにか見られてもおかしくない顔になった頃、私の親衛隊のエメリー副隊長が私の部屋に入って来た。
今日は自衛軍に行って皆と鍛錬の日だ。こんな日は少し体を動かすのがいいのだろうと思う。
私はエメリーを見て小さな声で言った。
「後で…相談したいことがあるの…。内緒の話…」
「わかりました。後でお聞きしますね。
先ずは、やる事をチャチャっとやってしまいましょう!」
エメリー副隊長は、わずかに笑って私を見た。
エメリーは私の護衛も兼ねて、侍女として私のそばにいてくれた事がある。私の事をよく分かってくれる、信頼できるお姉さんのような人だ。だから誰かに聞いてほしいことがある時は、まずエメリーに聞いてもらう事にしている。
自衛軍ではエメリーの夫のマイケル司令官が、暖かい笑顔で迎えてくれた。
なぜかその笑顔を見ただけで、また涙が出そうになる。
どうしてこんなに涙が出てくるのだろう?私はそんなに弱くない!弱い心を鍛え直すためにも、マイケル司令官に鍛えてもらおう!
マイケル司令官と対峙すると、マイケルがニヤリと笑った。
「やる気ですなぁ…!今日は私も手加減しませんよ。」
「望むところだ!」
ボロンボロンに叩きのめされて、ぐったりとなったが、気分は爽やかになった。
鍛錬を終えた後、エメリーと2人でエメリーのお兄さん達のカフェに飛んだ。
カフェには小さな個室が有る。王家の者とエメリー夫妻だけが使える秘密の場所で、かなり厳重な結界が張ってあり、安心できる場所だ。父上、母上、アメリアの4人でこっそりとここに来た事もある。パンはいつ来てもとても美味しいし、のんびりと話しも出来る…お気に入りの場所だ。
実はルーカスと2人で来た事もある。エメリーの兄達は部屋の中のベルを鳴らすと、へい、いらっしゃい!と今日のおすすめを持って来てくれる。私と来た相手が誰なのか…とかは全く気にしないし、誰にも話さない。
そんな個室で、コーヒーでパンを食べながら、私はポツリポツリと話し始めた。
「好きな人がいるの…。大好きでずっと一緒にいたい。
でもこれから先、どうしたらいいのか、わからない…。」
エメリーは、目をパチパチとさせて、まぁ!と呟いた。
「その人といると、幸せなのですね?」
うん…と頷くと、エメリーはにっこりと笑った。
「よかったです。あんまり幸せじゃないなら、ルーカス殿下をぶっ飛ばしに行くところでした!
まだ、私の方が強いので、出来ます!」
「へ?」
「お相手は青い大陸アズールのルーカス王太子殿下…ではないのですか?」
「そ、そうだけど…。」
「他のしょうもない男だったらどうしようかと思いました。で、何を悩んでおられるのですか?」
「うん。2人とも王太子でしょ?
私、この国を引き継いでいけるように、頑張ってるの。
ルーカス殿もそう。前から比べても、本当に見違えるほどに努力して頑張ってる。
でも、2人とも国を背負ってるし、どうしようもないのかなって…。喧嘩しちゃった。」
「ご両親には話してみたのですか?」
「話せないよ!だって…。」
「………セオドラ様、ゾーイ様にも若い頃があって、恋や愛に苦しんだ時があったはずですよ。ルーカス様のご両親だってそうです。
お二人でご両親に話してごらんなさい。決して悪い方にはならないでしょう。
だって、エレノア様とルーカス殿のご両親はお二人の事を大事に思ってらっしゃるはずで…。」
その時、厳重な結界が張られているこの部屋に、何かモソリとしたモノがうっすらと形を現した。
「そうですよ、そうですよ!エレノア王太子殿下。
ご両親のアドバイスはお聞きになった方がよろしいですな。」
動こうにも拘束魔力で完全に動けなくなっていた。こんな強い魔力を私とエメリーが気付かない内に発動させるなんて…一体コイツは誰だ?
「ここでお二人に大きな魔力を発動されると面倒なんでね。こっそりと拘束させていただきましたよ。
あぁ、ここのパンは美味しいので有名ですよね。
どれどれ…。」
姿を現したのは、全身真っ白な男だった。サングラスをゆっくり外した男は、座ってパンを1つ口に入れた。
「おぉ〜!さすがですなぁ。うまい。」
そして、部屋の中のベルを押した。
「へい!何かご入用で?」
「コーヒーを私にも頂けますかな?ブラックで。」
出て来たコーヒーを楽しむ男は、ここはコーヒーも美味いですなぁ、豆はどこから買うのですかね、などとのんびりとしている。もう一つパンを口に入れて男はにっこりと笑って言った。
「おっと、まだ名乗ってもいませんでしたね。
失礼しました。食い気が優先してしまいました。
ハデス、と申します。
エレノア王太子殿下、エメリー親衛隊副隊長。今日、私ははご挨拶に来ただけですので、これ以上は何もしませんよ。
昨晩はルーカス王太子殿下にも、ちゃんとご挨拶いたしましたよ。ルーカス殿も悩んでおられましたなぁ。
恋は素晴らしい!実に素晴らしい!
私も応援しておりますよ。
では、では、私のご主人様からの伝言をお伝えします。
女王陛下をいただきに参上する。
素直にお渡しいただきたい。
抵抗しても苦しむのはお前達だ。
女王陛下を渡してもらわねばなりませんけど、こんな素敵な女性2人に痛い思いをさせたくはありませんから、抵抗しないでくださいね。
では、ご馳走様でした。お代はここに…。」
男は十分過ぎる札をポンと置き、手を振りながら、ゆっくりと消えて行った。
拘束が解けた私達は茫然としていた。




