第2話 姫は震える
赤い大陸スカーレットには古い言い伝えがある。
王の長子が女である時、その姿を王太子になるまで隠す事。さもなくば赤い大陸スカーレットは滅ぶ…と。
平和なこの星で争いなどあり得ない。誰もがそう言ったけれど、数百年ぶりの女の長子が生まれて両親は悩んだ。そして、長子は死んだと内外に広め、私を郊外の屋敷に隠した。妹が生まれた時も同じだった。
私達2人の事を知っているのは両親の他にマイケルとエメリーだけだ。出産に係った全ての人は父と母の魔力でその記憶を塗り替えられていると聞いている。
私は15歳になった昨年、本当の事を両親から聞いた。
平和な星の静かな屋敷で、私とアメリアは魔力に護られて暮らしていた。
そのはずだった。
なのにアメリアは赤い大陸スカーレットの後継者などとメモに書かれ、連れ去られた。
なぜ?そして、どこに?
分からないことだらけだ。
私の魔力はまだとても弱く、結界を張り姿を隠す事と変身する事しかできない。父は王太子となれば強い魔力が宿ると言うが、自分では分からない。
魔力はごく僅かな人にだけ宿っている。マイケルもエメリーも魔力を持っていて、その力は凄まじい。父も母もそうだ。あんな強い魔力を持つ両親が何故いなくなったのだろう。何があっても自分の身は守れる2人であるはずだ。
国王、王妃、妹が消えてしまった今、魔力もあまりない私に何ができるのだろう。
私は不安で体の震えが止まらなかった。
*** *** ***
赤い大陸スカーレットの自衛軍では、皆が不安げな顔をしていた。
カノヤックの会場の消滅、参加者全員の消失という報告を聞いた私、ノアは目眩がする様な感覚を抑え、部屋にいる皆を見渡して言った。
「マイケル、アズールに副司令官を派遣しろ。状況を確認してくるんだ。
国王陛下、王妃殿下からの連絡は途絶えているが、お二人ともご無事に違いない。そう信じて、皆は次の指令を待て。」
そう言い置いて私が自室に戻ると、エメリーが不安そうについて来た。
「エメリー、大丈夫だよ。少し考えたいだけだから。」
「わかりました。暖かい飲み物でもお持ちしましょうね。
少しでも休んでください。」
そう言ってエメリーが部屋を出ると、私は震える体を自分で抱きしめた。
ー大丈夫。大丈夫。この星は大丈夫。
きっと、父上も母上もアメリアも心配ない…。
そして、私は窓辺に腰掛けて、昼でも輝く赤い月と青い月を見た。
とくん、と私の心臓が音を立てた。
何かがおかしい。2つの月の輝きが失せている?
月はそこにあるのに、いつもの月ではない気がする。沈まず、欠けず、昼でも輝く2つの大きな月が、姿を変えようとしている?
そんな馬鹿な事があるはずもない。
気がつくと、ふわふわと柔らかい何かが足元に触れた。見ると真っ白なうさぎが1羽、小首を傾げて私を見つめていた。何故か青い瞳。その瞳に吸い込まれる様な不思議な感覚がした。
「お前は何処から来たのだ?ここはお前のいる場所ではないぞ。」
うさぎの前に膝をつき語りかけると、うさぎはなんでも言ってごらん、聞いてあげるよ、とでも言う様に鼻をひくつかせた。なぜか私は青い瞳のうさぎを抱き上げ、頭を撫でながら素直に話し始めてしまった。
「私は怖いんだよ…。今も震えが止まらない。」
妹が消えてしまった事、カノヤンクに行った誰とも連絡が取れない事、私の魔力が小さくこのままでは何もできないと思う事。
「私にもっと力があればと思うのだけど…。
まあ、お前にこんな話をしてもしょうがないな。
すまない事をした。
そうだ。お詫びにお前にこれをあげよう。」
私は手首巻いていたアメリアとお揃いの薄い黄色のリボンを外すと、うさぎの首に巻いた。
「さあ、自分の巣に帰ってくれ。」
と私はうさぎを廊下に出した。うさぎは私を振り返りつつ、何処ともなく走って行った。
青い瞳のせいなのか、柄にもなくうさぎ相手に1人語りをしてしまったが、お陰で少し落ち着いた気がする。
エメリーが暖かい飲み物を持ってきた時には、私はいつも通りのノアに戻っていた。
夜になると私の目には2つの月がますます輝きを失っているのが分かった。輝きを失せていく月を見ると心が締め付けられる様だ。
次に何が起こるか分からない今は体を休めるのが大事なのはわかっているが、眠れるわけもなく、窓辺に腰掛けた。
アメリアは何処にいるのだろう、淋しがって泣いていないかなどと考えていたら、いつのまにか眠りに落ちたようだった。
そして、夢を見た。
夢の中にあの青い瞳の白いうさぎが現れて、鼻をひくひくさせた。青い瞳をウルウルさせるうさぎをよしよしと撫でると、何故か本当にうさぎを撫でている様な手の感覚がして、ぴくりとした。
「君の名前はなんて言うの?」
白いうさぎに問われ、エレノア と答えた。
「お、おれはルーカス。」
鼻をひくつかせ、ルーカスは消えた。
目を開けると外はうっすらと明るくなっていた。昨日の出来事か夢であればいいのにと思う。しかし、部屋のドアをノックして入って来るエメリーの顔を見て、夢なんかではなかったのだと思い知った。
「ノア様、派遣した副司令官がが戻って参りました。
報告によるとアズール国では何者かによる侵略が起きています。スカーレット国も危ないと言っています。」
「侵略?なぜその様な事が起きるのだろう?」
「それが…黒い影の様なものが街を通り過ぎて行くのだそうです。影が通った後は何も残っていないのだとか。ただ、その影が何の目的で何処から来ているのかは分からないと副司令官が言っています。」
「黒い影?」
「はい。その影が何かなのか…アズールでは判断が出来ていないそうです。」
月の光が失せているのと関係があるのだろうか?
大きく息を吸い、司令を出す。
「自衛軍全員に命令を。戦闘体制に入れ。まずは黒い影が国に入り込まない様に結界を張ること。相手は魔力のあるもの達かもしれない。油断せずかかれ。私も本陣へと行く。」
「ノア様…。わかりました。
ご自身のご準備を。私は自衛軍各署に通達を出します。」
そう言うとエメリーはふわりと姿を消した。
私は自分の魔力を使い、鎧に身を固めた。赤い大陸スカーレットに代々伝わる呪文で固められた白銀の鎧兜。魔物を切り裂く剣。身を守る呪文の書かれた盾。
そして、私は窓辺に行き片膝をついた。右手を左胸に当て、頭を垂れて暁に浮かぶ赤い月と青い月に静かに祈り捧げる。
「我と我民を守りたまえ。そして、できる事ならば…妹のアメリアにご加護を!」
2つの月はますます輝きをなくし、私の目には燻んだ色にしか見えなくなっている。私は輝きを失いつつある2つの月に改めて誓いを立てる。
「月の姫君、貴女の力をお貸しください。私がこの星を守り抜いて見せます。」
そんな私を片隅で白いうさぎが見つめている事に気がつくことはなかった。
白いうさぎは呟いていた。
「本気?本気であれと戦うつもりなの?
…勝てるとでも思ってるの?」




