第6話 騎士エメリー
エメリーは2年間の騎士学校での生活を終えて、卒業の日を迎えた。
エメリーは入学した時の金の勲章の他に、2つの勲章を制服の胸につけていた。1つは主席での卒業を現す赤い勲章。もう一つは校長からの特別賞を意味する黒の勲章。
校長はその勲章を授与して、エメリーに言った。
「今年は初めて誰も脱落する事なく全員が卒業する年になった。エメリーのおかげだよ。仲間を大事にする、という事が騎士にとってどれほど大切か、エメリーが皆に教えてくれたんだ。
ありがとう。そして、おめでとう。」
エメリーはこの2年間、マイケルに言われた事を忘れた事はなかった。そのおかげで、こんな賞までいただいたのだと思っている。
今日はマイケル自衛軍司令官も式に参加すると聞いて、少し緊張してしまう。
ーマイケルに会えるだろうか…。
頑張ったね、と褒めてくれるだろうか…。
そんな事を考えると、胸がドキドキとする。
セオドラ国王陛下と王妃ゾーイ殿をお迎えして、厳かに行われた卒業式は、エメリー達が騎士としての称号を賜る日でもあった。
騎士学校の大ホールにはアレックス親衛隊長、マイケル自衛軍司令官、騎士達が招かれて、その様子を見守っていた。
主席で卒業するエメリーは1番最初に名を呼ばれ、セオドラ国王の御前に進んだ。
エメリーはセオドラ国王陛下の前に跪き、右手を左胸に当てて頭を垂れた。国王陛下は聖剣を肩に当て祝福をし、エメリーに騎士の称号を授けた。
その瞬間、左胸に赤いエンブレムの刻印がなされているのか、暖かい何かが右掌を伝って来た。エメリーは胸がいっぱいになり、涙がこぼれ落ちてしまった。
マイケルはその様子を微笑みながら見つめていた。
騎士学校の卒業式の後は、毎年、城の大広間を解放してパーティーをする。卒業生達の家族や友人も参加する、誰もが憧れる社交の場所であった。
エメリーの家族はどこで調達したのか、城の中のパーティに相応しい格好で全員現れて、恥ずかしそうにしていた。
その服はどうしたの?と聞くと母親が小さな声で言った。
「エメリーが騎士になるんで、お城のパーティに招かれた、って貸衣装屋の大将に言ったらさ、すごく喜んでくれてね。ただで貸してくれたんだよ。
ああ、心配は要らないよ。お礼にこれから1年間、パンを毎日タダで持って行くって約束したからね。にいちゃん達がたっぷりと届けてくれるさ。
お前のにいちゃん達、馬子にも衣装だと思わないかい?少しは見れる男になってるよ。」
その兄達は、顔馴染みになった騎士学校の職員や生徒達に挨拶して回っていた。
エメリーが卒業した後もパンが食べたい、という生徒や職員の要望が強いと聞いたエメリーの兄達は、だったらこれからも無料で持ってきますよ、と言ったらしい。
しかし、それではあまりに申し訳ないと校長自らが兄達を説得し、格安で納入することで話がついているという。
学校の近くでも馬車で販売しているので、作るのが間に合わなくなってきて、もう一軒店を構えて手伝いを雇おうと兄達は考えていると聞いた。
エメリーが騎士学校に進むと決めた時、家族は暖かく見守ってくれた。そして、入学した後もたくさん心配をかけてしまった、と申し訳なく思っていたエメリーだったが、こうして家業が繁盛していくのに少しは貢献できたのかな、と嬉しかった。
パーティには自衛軍や親衛隊の隊員は正装で参加する慣習で、騎士達は赤いマントを翻して城にやってきた。
卒業生達は各々好きな服で、という事になってはいるが、男性は全員が燕尾服に身を包んだ。
エメリーは悩みに悩んで、髪と同じ黄赤色のイブニングドレスを選んだ。髪を緩く1つの三つ編みにして前に垂らし、耳の上に白い花をつけると、自分ではないような気がして少し恥ずかしくなってしまった。
パーティはセオドラ国王陛下の短い挨拶の後、無礼講になった。
まずはセオドラ国王陛下と王妃ゾーイ殿が手を取り合って、ホールの中心に進み踊り始めた。その後に続いて、皆が踊りだす。
ディックが、エメリー踊ろうぜ!と手を取りホールに進んだ。
「俺、エメリーのこと好きなんだけど…。」
と言うディックにエメリーはにっこりとして答えた。
「ディック、ありがとう。私もディックの事、好きだよ。ずっと素敵な友達でいてね。」
ディックはガックリと項垂れた後、天を仰いで、フラれた〜!と叫んだ。そして皆から、諦めろ、エメリーはお前にはもったい!と変な慰めかたをされていた。
ショーンはもじもじとしてからエメリーの手を取り、エメリーに言った。
「エメリー、ありがとう。お前のおかげで皆と仲良くできるようになった。感謝してるよ。
エメリー、好きだよ…。
…わかってる、ずっといい友達でいような。」
「うん。私の事、好きって言ってくれてありがとう。
私もショーンの事、好きだよ。すごくいい友達だと思ってる!」
エメリーと踊りたい人が次々と現れて、次々と振られていった。そして、いつの間にかエメリーと踊る待ち列が出来ていた。
自衛軍のマイケル司令官があちこちの挨拶を終え、ふと見ると、秘書官のサイモンが列に並んでいるのに気がついた。
「サイモン、エメリーと踊るのか?」
と聞くマイケルに、にっとサイモンは笑った。
「当たり前ですよ。エメリー嬢と踊れるなんて、こんなチャンスは滅多にないですからね。
司令官はエメリー嬢と踊らないんですか?」
と聞くサイモンに、マイケルは、ええっ?俺が?という顔をする。
ーもう!これだから、奥手の上司は…!
この機会を逃してどうするですか!
そのうち誰かがエメリー嬢を…
そんな事になったらどうするんですか!
…わたしは知りませんよ!
と、心の中でブチブチと文句を言っていると、サイモンさまぁ〜と可愛い声が聞こえてきた。
「あっ、ミミ!待ってたよ。」
とミミを抱きしめて唇に軽くキスをし、サイモンが微笑む。
「忙しいのに来てくれてありがとう!
司令官、この子が私の大事な恋人のミミです。
ミミ、こちらが僕の上司、マイケル自衛軍司令官だよ。
ミミ、今日もかわいいね。愛してるよ。
…踊りに行こうか!
あぁ、司令官。
どうやら次は私がエメリー嬢と踊る番みたいですけど、代わってあげますね。
はいはい、皆さん。司令官は僕の代わりです。ズルして横はいり、じゃないですよ。
ほらほら、エメリー嬢が待ってますよ。司令官急いで!
じや、あとはよろしく!」
サイモンはミミにキスしながら、あっという間に消えていった。
ええっ?という顔を一瞬したマイケルだったが、赤いマントを翻してエメリーのそばに行き、微笑んだ。
「すまない。なんだか、サイモン秘書官の代わりに私が踊る事になってしまった。」
言い訳しながら、マイケルはエメリーの手を取った。エメリーは恥ずかしそうにしていたが、ゆっくりとマイケルの顔を見た。
その瞬間、エメリーの蜂蜜色の瞳に自分が映っているのを見て、マイケルは狼狽えた。
ーこれはいかん。…心拍数が速い!
それでもマイケルはなんとか立ち直り、エメリーの顔を見て微笑んだ。そして、エメリーの体をそっと引き寄せ耳元で囁いた。
「エメリー、制服も似合ってたけど
…ドレス姿もとても綺麗で素敵だよ。」
エメリーは耳まで赤くなって俯いてしまった。
マイケルはエメリーの顎に軽く手を添えて上を向かせて、囁く。
「俯かないで…俺を見て…」
しばらく2人で見つめ合っていると、マイケルは衝動を抑えきれずに、エメリーの唇にそっとキスをして言った。
「エメリー、よく頑張ったね。」
エメリーの瞳が涙で潤み、ポロリと一筋涙が溢れた。マイケルはエメリーの頬を両手で包んで涙を親指で拭い、耳元で囁いた。
「卒業おめでとう。」
その様子を見ていたサイモンは小さくガッツポーズをとり、心の中で叫んだ。
ー行けっ!マイケル司令官!
エメリーは国王陛下の親衛隊に配属になった。
親衛隊の入団式では、見覚えのある騎士達がニコニコとしてエメリーを見守ってくれた。
エメリーが詰所に行くと皆が周りに集まってきて、嬉しそうに話しかけてきた。
「エメリーちゃん、なんてもう言えないよなぁ。」
「これからは呼び捨てだな。」
「そうだな、エメリー!」
「はいっ!よろしくお願いします!」
その後、騎士達はエメリーをコソコソと隅っこに連れて行き、ところでさ…と小声で話し始めた。
「卒業パーティーの時さ、マイケルとキスしたって、ほんと?」
顔を赤くするエメリーを見て騎士達は唸った。
「ほ、ほんとなんだ…。
くそっ!あいつ、どんな殺し文句言ったんだよ!」
「マイケルのやろう!これ以上エメリーちゃんに手出したら、許さねぇ!」
「だから、みんなのエメリーちゃんだって何回も言ったのに!あのやろう!!」
「エメリーちゃん、マイケルのやろうに、なんか酷いことされそうになったら、お兄さん騎士達にすぐに言いなさい。いいね?」
「おい!お前達、何をやっている!」
と、するどい声を出しながら部屋に入ってきたのは、アレックス隊長だった。
「はいっ!新人騎士と親睦を深めるために、話しをしておりました!」
と言いながら敬礼をする騎士たちをジロリと睨んでアレックス隊長は、にやっと笑った。
「暇を持て余しているようだな…。着替えて城の周りを走って来い。10周したら許してやる。行け!」
小声で文句を言う騎士達に、なんなら15周にしてやっても構わんぞ、とアレックス隊長はなかなかに厳しい。
エメリーもついて行こうとすると、エメリーは残れ、とアレックス隊長が言う。
「エメリーには話がある。ついてこい。」
アレックス隊長の部屋に入ると、座りなさい、と言われた。しばらくすると、女性がお茶とお菓子を運んで来て、アレックス隊長の斜め後ろにひっそりと立った。
「エメリー、これからお前に大事な話がある。話す前に言っておくが、これは決して強制するものでは無い。私はエメリーの意思を尊重する。そして、これから話す事は他言無用だ。いいか?」
「はい。」
と返事をしながら、エメリーの心臓は緊張のあまりバクバクと鼓動を速めた。
「半年後、お前には特別の任務を与えたいと考えている。
親衛隊をはなれて自衛軍に異動し、大佐となってもらいたい。ある方をお護りするためだ。
そして、ある屋敷に住んでいるその方を護衛する。侍女としてそこに住み込んで、だ。
その方が誰なのか、は今は関係ない。
お前がこの仕事を受けた場合、これから半年は厳しい訓練を受ける事になる。いざという時にはお前が盾になって、その方を護れるようになるためだ。更に、侍女としての振る舞いも学んでもらう。
親衛隊に入るのがお前の夢だったのだろう?この仕事を受けた場合、それを一旦忘れてもらわなければならない。
1週間の時間をあげよう。ゆっくり考えなさい。
気が進まないなら、断って構わない。嫌々受ける仕事ではないからな。命をかけてもらわねばならないのだ。
聞きたいことはあるか?
今はなくとも後から聞きたいことが出てきたら、いつでも聞きに来い。遠慮する事ではない。
話は以上だ。
緊張で喉も乾いたろう?
お茶を飲んで、お菓子を食べて帰りなさい。」
エメリーは、はいと返事をしてクッキーと紅茶を頂き、ごちそうさまでした、とアレックス隊長の後ろに立つ女性を見て礼をした。
コツコツコツとエメリーの足音が城の中庭に響く。頭が混乱してよくわからない。
その後もなかなか仕事に集中できないまま、宿舎に戻った。他言無用…誰にも相談できない。全てを自分で決めるのは、難しかった。
エメリーは窓辺に椅子を引き寄せて、夜空に浮かぶ赤い月と青い月を見て呟いた。
「月の姫君、私はどうすればいいのでしょうか?」
2つの月の暖かな光がエメリーを包み込んだ。
気づくと、エメリーの前に1人の女性がいた。
その姿は透き通っていて、光の中で揺らめいて見えた。
白い肌、黒い髪、薄く紅を乗せた様な唇。
とても美しい女性だった。
「エメリー、何を悩む?
お前が護るべき人がいる。
お前を信じている人達がいる。
そして、進むべき道がお前を待っている。
それに、お前がそばにいたいと思う相手が
進む道の先に待っているのだろう?
恐れる事はない。
私はいつもお前のそばにいる。
自分を信じて、前に進め。」
「…あ、あなたは…月の姫君…?」
揺らめく女性は微笑みながらエメリーに片手を向けて、一筋の光を放った。その光がエメリーを包み込んだところでエメリーは我に返った。
夜空には大きな赤い月と青い月が輝いていた。
1週間を待たずに、エメリーはアレックス隊長に、話を受けると返事をした。
「若輩の私を信じて大任をまかせていただくことを、誇りに思います。よろしく、お願い致します。」
敬礼をしながら、そう言うエメリーをアレックス隊長は頼もしげに見ていた。
それからの訓練は本当に厳しかった。
アレックス隊長は容赦なくエメリーを叩きのめした。
他の騎士たちは、影でアレックス隊長を鬼畜と言っていたが、エメリーは真正面からアレックス隊長と向き合った。
エメリーには誰にも言えない、ただ一つの心の支えがあった。
マイケルのいる自衛軍に行ける。
マイケルのそばにいられる。
……だから、私は自分に負けない。
マイケルにほめてもらえるように、
マイケルを支えてあげられる様に、
……そのために、私は強くなる。
エメリーの眼は爛々と輝き、前だけを見つめていた。




