第1話 騎士と少女
第四章 〜エメリーの恋〜 が始まります。毎週、月、水、金の10:00に更新いたします。
12歳のエメリーが初めてその人を見た時、エメリーはドキドキして、その人から目が離せなくなってしまった。
その人はセオドラ国王陛下の親衛隊の隊員だった。馬に乗って赤いマントを翻し、辺りを眼光鋭く見回しながらセオドラ陛下に従っていた。
エメリーは思わずその人の後を追った。追いかけて、追いかけて、気がついたら城の入り口まで来てしまった。
ーどうしよう…。
エメリーがキョロキョロとしていると、その人はエメリーに気づき、側までやって来た。そして、馬から降り、エメリーの目線に合うように跪いて聞いた。
「どうしたのですか?困った事でもあるのですか?」
エメリーにはその人の瞳が虹色に輝いて見えた。見つめられている自分がその瞳に映っているのに気がついて、目をぱちぱちとさせた。
エメリーは自分の顔が赤くなった事にも気づかなかった。そして、何も考えずに思ったことを口にした。
「どうしたら、あなたの様に騎士になれますか?」
その人はにっこりと微笑んで、エメリーに言った。
「騎士になりたいの?
だったら、勉強をして騎士学校に入りなさい。私のようにね。そして、たくさん友達を作るんだよ。いつでも助け合える仲間は君の宝物になるからね。
今は女性の騎士が少ない。だから、君が騎士になってくれたら私は嬉しいよ。待っているからね。
私の名前はマイケル。君の名前は?」
「…エメリー …です。」
マイケルはエメリーの頭にぽんぽんと手を乗せ、馬に乗り門の中に消えて行った。
ーあの人は私があんな変な事を言っても、笑わなかった…。
エメリーはしばらくその場から動けなかった。そして、マイケル、マイケル とその人の名前を忘れない様に、心の中で繰り返した。
それから、時々エメリーは城の入り口まで来て、城の中を見ていた。会えなくても、マイケルがここにいるんだと思うと嬉しかった。
いつの間にか、エメリーのそんな姿は騎士仲間で有名になっていた。
ーまた、マイケルのファンが入り口に来てるよ。
黄紅色の髪の毛が似合う、可愛い女の子だね。
エメリーはそんな事を言われているとは気づかずに城の門を見上げていた。
そのエメリーの頭上には昼間でも輝く大きな赤い月と青い月があった。まるでエメリーのこれからの人生を祝福する様に、二つの月の光はエメリーを照らしていた。
エメリーの家はごく普通の家だ。両親と2人の兄、エメリー、家族皆でパンを焼き、自宅に構えた店で売る。決して裕福な家ではないが、幸せに満ち溢れている。
父と母は月の姫君の教えを子供達に教えた。争い事はいけない。この星の平和は月の姫君の教えのおかげなんだよと。
エメリーは昼でも輝く赤い月と青い月に、日々の出来事をいつも語りかけていた。そうすると月の姫君に話しかけているような気がした。マイケルと会ったことも、騎士になりたいと言ってしまったことも、月の姫君は聞いていてくださると信じていた。
エメリーはが学校を卒業するのはまだまだ先だ。でも、エメリーはマイケルの言ったことを繰り返し考えていた。
ー騎士学校に入る。そのためにはどうすればいいのだろう。
騎士になれるのは、貴族に生まれた者か、魔力を認められた者、騎士学校を出て優秀な成績の者、と決まっていた。エメリーの様に普通の家で育った者は、なかなか騎士にはなれなかった。
本で調べると、騎士学校に入るにはお金がかかることもわかった。自分の家がそんなにお金持ちでない事は分かってはいる。でも、諦めたくなかった。
ーマイケルのように素敵な騎士になれたら…
12歳のエメリーはまだ純粋で、子供で、その気持ちを恋と呼ぶには早すぎた。
ある日エメリーは城の門の前で、マイケルを待っていた。会えるかどうかはわからない。でも、会って聞きたい事があった。
学校が休みの日だったので朝から待っていたら、門がギギギ〜っと音を立てて開いた。
そこには、マイケルと何人かの騎士が立っていた。
「エメリー、どうしたの?朝からずっとそこにいるって、守衛から聞いて、心配して来てみたんだ。
何があったの?話してごらん…。
皆、優しいから大丈夫だよ。」
マイケル達はエメリーを城壁の側にある大きな石に座らせた。騎士の1人が近くで売ってるホットチョコレートを買ってエメリーに渡し、暖まったら話してごらんと微笑んだ。
エメリーはマイケルがそばにいるだけでドキドキするし、何人もの騎士に囲まれるしで、真っ赤になった顔を上げることもできなくなってしまった。
それでも、ホットチョコレートを一口二口と飲む内に、少しづつ勇気が出てきた。
「皆さん、心配かけてごめんなさい。どうしても、聞きたいことがあって…。」
エメリーは皆に頭を下げた。そして、マイケルを見て尋ねた。
「この前、会った時に騎士になりたいっていう私の話を聞いてもらいました。
でも…。」
お金がない…なんて言えない。恥ずかしくて、俯いてしまう。マイケルはエメリーの顔を覗き込んで聞いた。
「でも?
変な事でも平気だ。ゆっくりでいい、話してごらん。」
エメリーは大きく深呼吸をして、マイケルを見た。
「騎士学校に行くお金がうちにはありません。私には、もう騎士になる方法はないのでしょうか?騎士になるためなら、どんな事でも頑張ります。」
皆は顔を見合わせて微笑んだ。そして、1人がマイケルを小突いて、ちゃんと相談に乗ってやれ、と小声で言った。
マイケルはエメリーの手を取って言った。
「本当に頑張れるかい?厳しい道だよ。
エメリーが騎士になる方法はある。
まず、勉強をしなさい。学校で1番の成績を取る事。そして校長先生の推薦をもらって、騎士学校の入学試験を受けるんだ。
でも、入学試験に合格しただけじゃダメだ。
1番成績が良ければ、授業料と宿舎での生活費はタダになる。
2番目なら半額だ。
3番目からは何も出ない。
エメリー、騎士学校の入学試験で、ぶっちぎりで1番になれ。入る事も難しいがその後も厳しい。成績が良ければいいほど、後も楽になるんだ。
エメリーは今、何歳なの?
12歳?じやあ、あと3年だね。15歳になったら入学試験を受けられる。
頑張れるかい?
ここにいる皆はエメリーが騎士になって、一緒に働けるのを楽しみにしている。ほんとだよ。
待ってるからおいで。
今日みたいに困ったり、悩んだりすることがあれば、いつでも相談に乗るからね。」
エメリーは頷いた。
「私、必ず騎士になります。待っていてください。」
ありがとうございました、と頭を下げて帰っていくエメリーを見送りながら、騎士の1人がマイケルに言った。
「あの子、お前が好きなんだな。」
えっ?という顔をしてマイケルは笑った。
「まだ子供じゃないか!騎士に憧れてるだけだよ。頑張ってここに入ってくれたら嬉しいけどね。」
そう言いながら、マイケルは仲間と共に城の中へと戻って行った。
その日からエメリーは変わった。
皆が驚くほど勉強をするようになった。自分の持っている本だけでは足りず、兄の本も使って勉強をした。貸本屋に行って騎士学校の入試問題集も見た。
まだまだ…。
もっと、頑張る。
そして必ず、騎士になる。
エメリーは自分にそう言い聞かせ続けた。
月の姫君、見守っていてください。
そして、12歳の少女だったエメリーは15歳になった。
エメリーは騎士学校にトップで合格し、誰もが振り返るような、笑顔が輝く娘になっていた。
15歳のエメリーは城の門の前に立っていた。
騎士学校の制服に身を包み、胸に成績優秀入学者の証である金の勲章のロゼットをつけたエメリーは、守衛に国王陛下の親衛隊にいるマイケルに面会に来たと告げた。
守衛はエメリーの胸にある金のロゼットとエメリーの顔を何度も見比べ、ハッと気づいて敬礼をした。
「失礼致しました。中にお入りください。マイケル殿は本日城の詰め所にいらっしゃいます。」
ありがとうございますと言い、颯爽と城の中に入る娘を守衛は賞賛と尊敬の眼差しで見送った。
黄紅色の長い髪を1つの三つ編みにして前に垂らし、暖かな蜂蜜色の瞳を輝かせながらエメリーは城の中を歩いて行った。
コツ、コツ、コツ…と自分の長靴の音が城の前庭に響いているにも気づかず、久しぶりに会えるかもしれないマイケルの事を考えていた。
今までに何回も城の中に入ったのに、マイケルの姿を見つける事は出来なかった。だから、今日こそは会って騎士学校に入学した事を自分の口から報告したい。
ーマイケルは喜んでくれるだろうか…
騎士達の詰め所に着くと、エメリーは大きく深呼吸をしてドアをノックした。
どうぞと言われてドアを開け、敬礼をする。
「騎士学校1年のエメリー です。マイケルさんにお目にかかりに参りました。」
と言うエメリーを見て、何人かの騎士達が駆け寄って来た。
「エメリーちゃんかい?」
「本当に騎士学校に入ったんだね!」
「ほら、見てみろよ。金のロゼットだ!」
「頑張ったんだな。おめでとう!」
見覚えのある騎士達が次々とエメリーにハグをして祝福してくれた。エメリーが少し顔を赤くしているのを見て、ごめんごめん、つい、嬉しくなっちゃって…と1人が言った。
辺りを見るエメリーに、マイケルは親衛隊の隊長アレックス殿に呼ばれて今はいないけど、もう直ぐ帰ってくるからね、と別の1人が言った。
「エメリーちゃん、授業はもう始まったかい?
大変な事はない?」
と聞かれ、エメリーは少し顔を曇らせる。
「はい。…実はその事もあって、今日は参りました。」
エメリーは自分には魔力がない、とずっと思っていた。普通の家に生まれ、ごくごく普通の両親を持った自分に魔力などあるはずがない。
ところが…。騎士学校の授業で魔力の発動をしてみると、エメリーにもわずかな魔力がある事がわかった。
しかし、それは本当に微かな力でしかなかった。
皆が火球を投げ飛ばしている時に、エメリーは指先に小さな炎が出た。皆が遠く離れた場所に飛べるのに、エメリーは体を浮かすことしか出来ない。
全てがそんな調子で、仲良くしている友人達も魔力は諦めろと言わんばかりの眼差しでエメリーを見ていた。
騎士学校の教官は魔力を鍛える方法を教えてくれた。それは '自分を信じて念じる' というものだった。
それは一体どういう事なのだだろう。心に思っても魔力は強くならない。色んなことを考え過ぎて、エメリーはわけが分からなくなってしまった。
魔力がなくても騎士にはなれるけど…とエメリーは思ってしまう。
ーこのままでは、自分は役に立たないのではないか。いくらこの星が平和で争い事がほとんどなくても、この星と皆を守る力を身につけたい。
赤い大陸スカーレットの騎士として強い魔力を持ちたい。
すると、騎士達は口々に自分の事を話して聞かせてくれた。
「皆、念じる前に魔力が出てくるんじゃないかな?」
「俺も実はあまり魔力がないんだよ。代わりに力が強い。鍛えてるんだ。」
「俺は飛ぶ力はあまりないけど、シールドを張るのは上手いんだ。」
「俺は逆だな。飛びまくる!でもシールドは下手。火球は小さいかな?」
そんな話を聞かせてもらっている内に、マイケルが部屋に戻ってきた。
部屋に入ってきたマイケルは、少し顔が曇っているように見えた。浮かない顔でため息を吐きながら、ただいま戻りましたとマイケルは敬礼をした。
皆、どうしたんだ?と言ったマイケルはエメリーに気づき、微笑みながら歩み寄ってきた。
「エメリー!エメリーじゃないか!どうしたの?
あっ…その制服!っていう事は…。
おめでとう、騎士学校に入学したんだ。
おっ!しかも、ぶっちぎりで入学したんだね。金色のロゼットは過去に数人しかもらってないんだ。
えらい!えらいよ!よく頑張ったね。」
マイケルがエメリーをハグして言った。
「制服が似合っているよ。」
それを聞いた周りの皆が笑いながら言った。
「おいおい、マイケル!それは殺し文句だよ。」
「エメリーちゃんが真っ赤になってるじゃないか!」
「そうだよ、皆のエメリーちゃんだぞ!」
エメリーはますます真っ赤になってしまった。
そんな時に部屋に入って来たのは親衛隊の隊長であるアレックス殿だった。
「おいっ!お前達、何をやってる!」
アレックス殿はエメリーを見ると、優しい笑顔で言った。
「もしかしたら…君は騎士学校にトップで入学したエメリー かな?私は隊長のアレックスだ。
君の事は騎士学校の教官達から色々と聞いている。
今日はどうしたんだ?」
引き込まれそうになる瞳を持つアレックス隊長はエメリーを優しく見た。
エメリーはアレックス隊長とマイケルに、自分の魔力について話した。そして、自分の魔力を発動させ、指先に小さな炎を出して騎士達に見せた。
「これが大きな炎や火球になるのでしょうか…」
アレックス隊長はエメリーを見て微笑み、1つ昔話をしよう、と言った。それは自分の力を恐れていた男の話。
ヘタレで腰抜けなその男は優しすぎた。
そして、人を傷つける事を恐れるあまり、自分の魔力を知らない内に自分で封印していた。
その男もエメリーと同じ、指先に小さな炎をつける事ぐらいしかできなかった。
だが、愛する女が他の男に誑かされそうになった時、男は今までにない怒りを感じ、その怒りが封印を解き放った。男の魔力が炸裂し、男の放った稲妻が相手を吹き飛ばして打ちのめした。
「つまり、きっかけがあれば思わぬ力が湧いてくるんだよ。でもね、自分を信じていなければ、その力は続かないんだ。」
その男もそうだったと、アレックス隊長は語る。
「自分を信じる事が出来るように鍛えて、今ではそこそこの魔力を使えるようになっているが…。
念じる力より信じる力。そして、こうしたいと強く思う心が大事だ。
そういう思いは、それまでの自分と人との関わりの中からの生まれるものなんだよ。自分自身と周りの皆を大切にするんだ。独りよがりでは何も生まれない…。
おっと、申し訳ない。長話をしてしまった。」
焦らずにいなさい。その時は必ず来るから…というと、アレックス隊長はエメリーの肩をぽんと叩き部屋を出て行った。
アレックス隊長を敬礼で見送ると、マイケルがエメリーの目を見て言った。
「隊長の言う通りだよ。自分で自分を信じないでどうする!
騎士になるんだろ?騎士に大事なのは、信じる心なんだ。
自分を信じ、仲間を信じる。
1番最初に会った時、たくさん友達を作れ、いつでも助け合える仲間は君の宝物になるから、と言ったのを覚えているかい?
騎士は自分にない力を仲間がお互いに補っているんだよ。
完璧な人間なんていない。
だから、信じあえる仲間や友達が大切なんだ。
自分を信じろ。エメリー。」
エメリーはマイケルの顔を見て頷き、信じる心…と呟いた。マイケルの瞳が真っ直ぐに自分を見ているのに気づき、エメリーはその瞳をじっと見つめ返した。
その瞳は最初に会った時と同じ、虹色に輝いて見えた。
ーこの瞳…。私を導いてくれる、虹色の瞳…。
エメリーはハッと我に返った。我に返って真っ赤になってしまった。
「皆さん、マイケルさん、今日はどうもありがとうございました。私、光が見えました!頑張れそうです。
長い時間、失礼致しました。」
そう言ってエメリーは敬礼をし、慌てて部屋を出た。
コツコツコツ…という急足の自分の足音より、胸の鼓動の方が速いと気づいたエメリーは思わず立ち止まり、左胸に手を当てた。
「わたし…、わたし…、
こんなにドキドキしてる…!
どうしよう…。」




