第1話 姫は侍る
朝は苦手だけれど、頑張って起き上がった。だって、のんびりとベッドの中にいるわけにはいかないもの。
私は窓からまだ明けきっていない空に浮かぶ、大きな赤い月と青い月を見た。この二つの月がある限り、私の住むこの星は平和であり続けるといつも思う。
見ているだけで心が落ち着いてくる大きな二つの月に、私は手を合わせてお祈りをした。
ー月の姫君、今日も私達を見守ってください。
2週間前、私は8歳の妹、アメリアとゲームをして負けた。負けたら侍女になって、勝った方に2週間お仕えするという罰ゲームにアメリアは喜んだ。もちろん、私はわざと負けたけど、アメリアは気づいていない。私にあれをして、これをして、と言ってはニコニコと楽しんでいる。
今日で罰ゲームも終わりになる。パンパンと軽く頬を叩き、気合を入れて部屋を出ると、アメリアの部屋に向かった。
大きな扉を音を立てない様にそっと開けると、アメリアはまだ眠っていた。
「アメリア様、お時間です。起きてくださいませ。
アメリア様!」
モゴモゴと布団の中で動いていたアメリアは、布団をぱっと跳ね上げるとにっこりと私に笑いかけた。
「エレノア、おはよう! 今日で終わりだなんて残念だわ!」
「アメリア様、10時までのお約束でございますよ。さあさあ、朝のお支度を!」
少し急かして、寝起きでぐしゃぐしゃになっている栗色の髪を丁寧にブラシする。髪の毛の半分だけを頭の上で結ぶのがアメリアのお気に入り。あとの髪はそのまま肩に流す。
今日のリボンは薄い黄色にした。私がアメリアにプレゼントしたもので、栗色の髪によく似合うと思う。リボンは私もお揃いで持っていて、今日私は手首に巻いている。
アメリアのドレスもリボンと同じ薄い黄色で白いレースが膝丈のスカートの裾から少しのぞいているのが、とても可愛らしい。
まだ子供のアメリアは寂しがり屋で、よく泣いているのを私は知っている。だから両親がここに来る事が出来ない2週間だけアメリアに我儘をさせてあげようと考え、侍女ごっこを考えついた。
この屋敷の者には隠しているけれど、私達の両親はこの国の国王と王妃。理由があって、私とアメリアは商人の娘としてここで暮らしている。国王と王妃は忙しくて毎日ここに来るのは難しいから、寂しがり屋のアメリアはよく泣いている、というわけだ。
両親は今、2週間に渡るこの星の王族の集まり 'カノヤンク' に参加している。平和な星の王族の集まりはほとんどが親睦だ。楽しく飲んだり食べたりしている事だろう。2人とも今日の10時に帰って来る予定になっている。
「さあさあ、お食事を召し上がれ、アメリア様」
とアメリアの前に朝食を出した。小さなパンケーキにベリーを乗せたヨーグルト。甘やかせすぎかな、と思いつつホットチョコレートも出した。
この部屋には私達2人だけ。わざと口の周りにホットチョコレートを付けてにっこりと笑うアメリア姿は、抱きしめたくなるほど可愛い。拭いて欲しいんだなと察した私は、ナプキンを持ち、手をアメリアに伸ばした。
「まあ、アメリア様ったら、チョコレートが…」
そう言った瞬間、アメリアが消えた。
突然、音もなく、風も吹かず、差し伸ばした手の前にいたアメリアが消えた。
えっ?ア…アメリア?
見回しても部屋の中にアメリアはいない。
気がつくとアメリアがいた場所には紙が一枚置いてあり、こう書いてあった。
ー赤い大陸スカーレットの後継者はもらったー
メモを握りつぶしたその時、ノックの音が聞こえた。返事も待たずに執事のマイケルが部屋の中にそっと入る。
「エレノア様、お話が…」
「マイケル、アメリアが…!アメリアが!」
侍女長エメリーが後から静かに部屋に入り扉を閉める。
私はマイケルを見上げて、泣き出した。
「マイケル、エメリー。どうしよう…。
どうしよう!アメリアが消えたの!
いなくなっちゃったの?」
「エレノア様、落ち着きましょう。私からもお話があるのです。」
マイケルは私の顔を見て囁く様にこう言った。
「カノヤンクからの連絡が途絶えました。」
「えっ?どういう事?父上と母上は?」
マイケルは首を振る。
「他の者達は?」
しばらく沈黙が訪れる。
「誰とも連絡が取れません。」
「ええっ?…何があったんだろう。」
私は大きく息を吐き、2人の顔を見て言った。
「マイケル、エメリー。たった今、アメリアが消えたの。
アメリアが私の目の前で消えてしまったの…そして…これが…。」
私が握り潰していたメモをゆっくり広げて2人に見せると、2人の目は大きく見開かれた。
「エレノア様、これは…?」
「わからないの。何もわからない。」
「…エレノア様」
何が起きているんだろう。
王族を狙った何かが起きてるのだろうか。
長い沈黙の後、窓から2つの月を見つめていたマイケルが言った。
「アメリア様は殺されてはいないと私は思います。
なぜなら、殺してしまうなら連れていく理由がありません。その場で殺ればいいのですから。何かに利用されるために連れ去られたのですよ。」
「…」
「だからきっとアメリア様は大丈夫。そう信じましょう。
今は混乱しているこの国の状況を見極めなければならない時です。お辛いでしょうが、今すぐ城に戻りましょう。
この2つの出来事はきっと繋がっているはずです。
私達もお供致しますから、急ぎましょう。」
マイケルに大きく頷いて、私は涙を拭いた。
私には大切な役目がある。のんびりしている時間はない。
私は魔力を発動して、屋敷から城の中の自室に飛んだ、と同時に姿を変えた。城の中での私は自衛軍副司令長官のノア。子供がいない両親が遠い親戚の青年を連れてきた、と言う事で、行動も言葉遣いもここでは男になっている。
そして、マイケルは自衛軍の司令官、エメリーは自衛軍の大佐というのにが本当の身分だ。私を守るために2人は執事と侍女長として屋敷にいて、城にいる時もいつも私のそばで私を守ってくれている。
城の自室を出ると誰もが不安な表情で私、ノアを見る。
「心配するな!私が今から自衛軍指令長官として王に代わり指揮を取る。情報収集のための会議を直ちに開くぞ。準備をしろ!」
コツコツと長靴の音を響かせ、長い廊下を急いだ。
ー落ち着け!落ち着くんだ!!
私は唇を噛み締めながら、まっすぐ前を向いて歩く。
心の揺らぎを誰にも知られない様に。
この後の自衛軍の会議では驚く報告がなされた。カノヤンクの会場は消失。青い大陸アズールの国王、王妃、王太子も全員が行方知れずになっている。
しばらくの間、沈黙だけが部屋の中に漂っていた。




