第5話 恋する男
第二章 〜ゾーイと3人の男〜 を読んでいただき、ありがとうございます。第二章は、今回で 完 となります。次回から2話続けて、フランクの書いた物語 -来なかった今日という日- を載せます。毎週、月、水、金の10:00に更新いたします。
二日酔いでも、仕事は待ってくれない。ガンガンとする頭を抱え、フランクはどうにか職場にやって来た。周りの皆に心配されつつ、王妃ゾーイの話を読み返す。
すると、王妃ゾーイの子供時代の話は聞いたが、国王陛下の子供時代はかなりのヘタレだった事しかわからない、と判明する。
ーん〜!これでは国王陛下にお会いしなければ、完成しないじゃないか!
あぁ、気が重い。
とにかく、仕上げなければならない。バンバンバンと両頬を掌で叩き、気合を入れるフランクであった。
そして、話は最初に戻る。
数週間後、フランクはどうにか下書きを終わらせて、重い足取りで城を訪れた。
「はぁ〜〜」
とフランクは深いため息をついた。訪いを入れると跳ね橋が降りる。ギギギ〜っという耳障りな音は重々しく、フランクを更に暗い気分にさせた。
ー行きたくない…
フランクは城の中へと入って行った。眼鏡を右手中指で抑え上げ、俯き加減になりつつ案内人の後を追う。
ー気が重い…
ある部屋の前にやっと着くと、案内人が高らかに言う。
「王立歴史博物館
歴史資料編纂課
フランク ブリューゲル殿
国王閣下ならびに王妃殿下に拝謁に参られました。」
部屋に入ると、そこには威厳を身に纏い、フランクを鋭い眼差しで見る王の姿。隣には刺すような眼でフランクを見据える王妃の姿。
ー怖すぎる…
若干震えながら、フランクは王と王妃の前で頭を垂れる。
「フ、フランク ブリューゲルでございます」
「楽にせよ、フランク。」
と言ったのは王。
王妃は-ふむ-といった顔で動かない。
フランクは頭を少しだけ上げ、小さな声で言う。
「ご、ご依頼の歴史編纂の件でございます。し、し…下書きが完成いたしましたので、ご検閲を賜りたく参上いたしました。」
国王陛下に一冊、王妃殿下に小さな赤い印の付いた方を一冊。無事に献上し終えて部屋を後にした。
フランクの仕事は終わっていない。まだやらねばならない事が山の様にある。夕焼けの空に輝く二つの月を見て深いため息をつき、フランクはトボトボと帰路についた。
2週間後、フランクは国王セオドラ陛下から城に来る様にとの勅命を受けた。
ーあああ〜!俺はどうなるんだ。
全く眠れなかったフランクは、辛うじて国王との謁見の部屋にたどり着いた。
「楽にしろ。」
と国王セオドラ陛下がよく通る声でフランクに言う。
「よく書けていた。色々な資料も添えられていて、わかりやすかった。」
「あ、あ、…ありがとうございます。」
ここで、何故かセオドラ国王は人払いをする。嫌な汗がこめかみを流れる。
「で、もう一つの下書きの件だ。」
と、声が小さくなる。
ーも、もうだめだ…
フランクは床に這い蹲りガタガタと震えた。
「も、申し訳ご、ご、ございませんでした。」
「落ち着け、フランク」
「わ、私があの様なモノを書いてしまって…」
「落ち着け!」
「ど、ど、どうか、おゆるし…」
ーああ、もうこれ以上、言葉も出ない。俺の命もここまでだ。冴えない人生だった…ふと両親の顔が浮かぶ。
「おーい、誰かフランクに水でも持ってきてやれ。」
セオドラ国王の声が部屋に響く。
コップ一杯の水をゴクゴクと飲み干し、フランクは少し立ち直った。ペタリと座っていた床から立ち上がり、衣服を整える。そして直立不動の姿勢から、きっちりと90度の角度で礼をしたままで言った。
「お許しください。国王陛下。」
「何か勘違いをしているな?まず、椅子に座れ。」
落ち着いたところでセオドラ国王陛下はフランクに話し始めた。
事の始まりは数年前。
フランクは密かに物語を書いていた。たまたま、小説コンクールがあり応募したところ、佳作に入選した。それを読んだ王妃ゾーイは、フランクは才能があると思ったという。
今回、歴史書編纂に関わる者の中にフランクの名前を見つけた王妃ゾーイは、ぜひ自分の担当にして欲しいと国王セオドラに願った。
ーだって、私達まだ歴史…にはならないわ
そのかわりに、フランクに私の考えた物語を書いてほしいの。自分ではうまく書けないんですもの。
物語を描いて欲しい、というと断られてしまうので、歴史書の一部として話したいと王妃ゾーイは言ったという。
「と、いう訳だ。騙した様で済まなかったな。俺もあの物語は全部読ませてもらった。すごくよく書けていたと思う。ゾーイも喜んでいたよ。
今回、ゾーイがここにいないのは、2人揃ってフランクの前に出ると、お前が泡を吹いて倒れるといけないから、という事らしい。いくら自分の考えた物語とはいえ、出てくる人物の名前が俺達だからな。お前に気を使ったんだろう。
心配はいらん。あれは半分以上がゾーイの作り話だ。
大体、あれが事実だとしたら、俺は相当の間抜けという事になる。アレックスがいいとこ取りだ。ありえん!…そうは思わんか?
まぁ、それはいいとして…。それで、ここからが本題だ。
あの物語を本にして世に出さないか?ゾーイもできればそうして欲しいと、言っているのだが…。
どうだろうか?」
「おれ…いえ、わたくしは…。どうすればよいのやら…」
「そうだな。これもゾーイの考えだが、あのままでは差し障りがありすぎるだろうから、どこか別の星の王国にでもして、名前を全部変えて、お前が少し物語として形を整えて…と、いうのでどうだろう。ゾーイの名前を出すのはいかがなものかと思うので、その辺のところはこれから考えよう。」
「………」
「どうした?嫌なら無理強いはしないが」
「ち、違います。あまりの出来事で頭がクラクラするだけでございます!」
こうして、フランクは本格的に小説を書く事になった。
それから数ヶ月後、フランク無事に本を書き上げた。
舞台は遠い星。物語は若い王子と貴族の娘との出会いから始まり、王妃となる娘と2人の男の愛憎劇に仕上げた。大人向けの本として、ほんの少しエッチなシーンを入れた。
小説の題名は 〜王宮の華〜 とした。
仕上がった小説は国王セオドラ陛下、王妃ゾーイ様にもなかなかに良いという評価をいただいた。そして、出版されると〜王宮の華〜 は爆発的に売れた。特に女性が買い求め増版による増版を重ねて、ついには青い大陸アズールでも売れまくった。あっという間の出来事だった。
すると、色々な問題が起きた。
1つ目の問題は、原稿料、印税…とにかく収入が増えた事。豊かな暮らしは嬉しいが 〜王宮の華〜 は王妃ゾーイ様の考えた物語だ。大金を前にフランクは唸った。どうしよう…。
2つ目は、続編を望む声が出版社に多く寄せられた。正確には多く、ではなくものすごく大量に…。あの物語は王妃ゾーイ様の物語だ。フランクが勝手に続編を書けるわけがない。というか、続きが分かるはずもない。
3つ目に、大人が本に夢中になっているのを見て、若い世代や子供達も本が読みたいと言い出した事。さすがに〜王宮の華〜 はそういう世代には読ませられないので、何か別の物語を書いてくれと出版社からせっつかれている。フランクには少し考えがあったが、王妃ゾーイ様の許可を貰わねばならないと思った。
4つ目は、フランクが王立歴史博物館 歴史資料編纂課での仕事を続けたいと思っている事。本当にやりがいのある仕事で、コツコツと地味な作業を続ける事はフランクに向いている、と思うからだ。そして、これは本音だが…国の職員なので福利厚生や社会保障が充実しているのだ。副業は禁止の職場なので、これは本当に困った問題だった。
困りまくったフランクは怖れながらと、王妃ゾーイ様に相談をする事にし、城を訪ねた。
お目にかかった王妃ゾーイ様は心の底から本の大成功を喜んでくださった。
私、お金は要らないわ…と言う王妃ゾーイ様は、自分の受け取るはずのお金は子供や高齢者、いろいろな問題を抱える人々のために使いたいと提案してくださった。
「でも、これは娘のエレノアがそうしたらどうかって言った事なの。セレーネ基金というのを作ってそこにお金を寄付する。月の姫君の名前を付けた財団なら、いいと思うって。素敵な考えでしょう?
それから、売り上げの何割かをセレーネ基金に寄付する、っていう黄色いシールを本につければいいと思うって、エレノアが言ってるの。どうかしら?」
「ゾーイ様、それがいいです。ぜひそうしましょう!私の書いた本が皆の役に立つ…嬉しいです。本当に光栄です。」
「でも、フランク。自分の分のお金はちゃんと受け取るのよ。そういう事が大事なんだって、これもエレノアから教わったの。
私は最初、お金は全部フランクにあげて、フランクが好きに使えばいいって思ってたの。でも、それではダメで、働いた分のお金をきちんともらう事で、世の中がうまく回るんですって。私、まだまだ世の中の事も、お金の事もよくわからなくって…。だめね、王妃失格だわ。
セオドラ様にもお前はまだまだだね、って言われてしまって…。ちょっと悲しくなって泣きそうになってしまったの。その後セオドラ様が優しく抱きしめて、大丈夫だよ、少しづつ学べばいいさって言ってくださったのだけど…なんだか子供みたいで。」
しゅん…とする王妃ゾーイ様。憂を秘めたそのお姿…。フランクの心臓がドキンと鳴る。そばに行って肩を抱きしめ、'よしよし' をして差し上げたい欲望がフランクの中で渦巻く。
王妃ゾーイ様は以前にお会いしていた時より、可憐な少女の様な風情で話を続ける。
「エレノアったら酷いのよ。父上と母上は相変わらずお熱いことで!ですって。自分だって青い大陸アズールのルーカス王太子殿下とこっそり会ってるのに。」
と、少し口を尖らせる。
ーどうしよう!俺、クラクラしてきた。
なんだか胸もドキンドキンドキンとなり続ける。体も熱い。
王妃ゾーイは少し目を潤ませて、更に続ける。
「アメリアまで、お母様かわいい、ですって。もう、本当に…」
その瞬間、フランクの中で何かが ことり と音を立てて落ちて行った。それは…恋心の鍵が外れて落ちた音。
ーあれっ?あれあれっ?俺、ゾーイ様に落とされた?
いかん、いかん!相手は年上、既婚者、子持ち、しかも…王妃様だ!
でも、鍵のはずれたフランクの恋心は、どうしようもないほどに膨れ上がってしまった。このままだと自分がまずい状態になる、と思ったフランクは慌てて話題を変えた。
子供とか若い世代の読める本についてフランクが考えたのは 〜王宮の華〜 に載せなかった数々の話を子供用に書き換える事。ゾーイ様のお話の中では、子供の頃に兄上達と捕まえた虫の話や、ゾーイ様と兄上達の微笑ましい話があったのだが、本を出版するにあたって割愛してしまった。それを子供用に楽しく書いてみたいとゾーイ様に願い出てみた。
「それはいい考えね。大賛成。私も少しならお手伝いできる事があるかもしれないわ。」
そう言って王妃ゾーイ様は眼を輝かせた。
仕事を続けたいという希望については、この後、ゾーイ様が国王セオドラ陛下に話をしてくださる事になった。そして、国王陛下の、なんで仕事を二つやっちゃいかんのだ!の一言であっさり許可が出た。というより法律を変えて、誰でも副業が認められる事になった。これはかなり多くの者たちから喝采が上がった。
赤い王国スカーレットの民の働き方も色々に変わり、国王セオドラ陛下の評判も鰻上りになっていった。
最後に 〜王宮の華〜 の続編についてお伺いを立てた。
王妃ゾーイ様は、まぁ!と両頬を手で押さえ、嬉しいわと微笑んだ。そして、眼を爛々とさせて、小さな声でこう言った。
「実はねフランク。あるのよ続きが!私達3人のドロドロ…。聞きたい?」
ードロドロ…。あれ以上のドロドロ…なのか…。
俺はこの麗しいゾーイ様のドロドロ物語を聞くのに耐えられるのか?
でも、きっとまた本が売れまくるに違いない。そうするとセレーネ基金に沢山寄付する事が出来る。まあ、それでよしとしよう。
「ところで、ねぇ、フランク。あなた、少しはワインが飲める様になってね。1人で飲んでると飲みすぎてしまって、またセオドラ様に怒られてしまうわ。」
ーはい。でも俺は酔い潰れて、ゾーイ様に優しく介抱されたい…です。
フランクは少しだけ、不思議に思う。最初に会った頃の凛としたゾーイ様と今のか弱い少女の様なゾーイ様、どちらがゾーイ様の本当のお姿なのか。
きっと、どちらも本当のゾーイ様で、やっぱりゾーイ様は魔性の女なのだ、と結論づける。
そんなふうに、王妃ゾーイ様との話は楽しく、しかし、フランクの中では炎の様に熱く進んでいったのだった。
子供向けの本、第一号が下書きの状態で出来上がり、またフランクは王妃ゾーイ様にお目にかかった。
本の題名は 'トカゲの王子とカエル姫' 。トカゲの王子とカエルの姫が冒険をするお話で、あちこちで色々な動物や昆虫に会い、その力を借りて自分達の住む王国の宝物を探す。そして、その宝物で王国を守る、という感じにしてみた。
王妃ゾーイ様はとてもいいわと褒めてくださったが、フランクはドキドキが止まらず、まともに顔も見る事ができない。
「ねえ、フランク大丈夫?熱でもあるのかしら…?顔が赤いと思うんだけど…。」
とゾーイ様自らフランクの額に手を当てる。フランクはあわあわあわとするだけである。
大丈夫でございます、と畏まり深呼吸をして話し続ける。
挿絵を入れたいのですが…とフランクが言うと、王妃ゾーイ様は
「それ、私が描いてみてもいいかしら?もし、あまり良くなかったら、どなたかに頼みましょう。とりあえずやってみて皆の意見を聞いてみる、というのはどう?」
「もちろんでございます!」
ーまた、お会いできるので、嬉しいですっ!
そして出来上がったゾーイの描いた挿絵は、驚くほどの出来映えだった。物語に合わせて描いた可愛い挿絵のほかに、その生き物の本来の姿を描いた絵、生態などが子供用に簡単にまとめた物が添えられていた。
出版社にそれを持ち込むと、なんの問題もなく採用になり、本が仕上がった。そして、当然のことながら、本は売れた。…売れまくった。シリーズ化されて長い間子供達に読まれる本となった。
もう少し年齢の高い子供向けの本として書いた '白猫と3匹の黒猫兄弟' も面白いと売れまくった。これもゾーイ様の話の中に出てきた3人の兄とゾーイ様のお話が元になっている。
ゾーイ様の才能に、フランクはただただ敬服するだけであった。きっと、子供の頃の話は本当の事に違いない。ゾーイ様は才能溢れるお方だったのだ!
そんな日々が続いたある日、フランクはエレノア王太子殿下の親衛隊、隊長のアレックス殿から呼び出された。
まさか怒られる事はあるまい、と思うが要件が分からず、いささか緊張して親衛隊の建物に入る。
座ってお待ち下さいとの事ですと案内人が椅子を勧めたので、素直に座って待つ。
広い部屋で待つ事しばし…。
カッカッカッと長靴の音を響かせ、そのお方は現れた。
ギギ〜っという音と共に部屋のドアが開き、偉丈夫なそのお方は親衛隊の赤いマントを翻してフランクの前で足を止めた。腕を組み肩幅に足を広げて立つその姿は威風堂々…。
「貴殿がフランク ブリューゲル殿か?」
立ち上がり礼をせねば…と思うがまるで魔法にでも掛かったように立ち上がれない。
ーはい、左様でございます。
と言いたいが、言葉も出ない。ただ、こくこくと頷く。
「エレノア王太子殿下の親衛隊、隊長のアレックスだ。」
アレックス殿はカッカッカッとほとんどフランクに触れるぐらいまで近づき言った。
「あの 〜王宮の華〜 を書いたのは貴殿で間違いないな?」
「あ、あ、あ…」
と言葉にならずアレックス殿を見つめる
「ゾーイから、あの話は俺たちの事を書いたのだと聞いた。」
ーゾーイ…呼び捨て…
そして、アレックス殿は片膝をついてフランクの耳元で囁く様に言った。
「俺は嫉妬で狂いそうにはならなかった。」
「…!」
汗がこめかみを伝って流れる。
「言っておくが、俺はゾーイに落とされてない。あいつが俺に落ちたんだ。」
「…!!!」
フランクはごくりと唾を飲み込んだ。
「ゾーイは今でも俺に惚れてる。」
「………!」
「以上だ」
そう言うとアレックス殿は2歩3歩と歩いて行ったが、フランクのところに戻ってまた耳元で囁いた。
「誰にも言うな。特にヘタレで腰抜けのセオドラには」
そして、アレックス殿はフランクを見つめながら両頬をその両手で包み込んだ。フランクはアレックスの瞳を真っ直ぐに見てしまった。心臓が早鐘の様に鳴り続ける。
アレックス殿は右手の親指でフランクの下唇をそっとなぞった。そして…赤いマントを翻して帰って行った。
ーア、ア、アレックス様、俺を置いて行かないで!
お、俺にはキスは…して…下さらない…の…です…か?
アレックス殿の後ろ姿に縋りつきたい。その腕で抱き締められたい。その厚い胸に……そんな気持ちが溢れて、フランクは一歩も動けなかった。
そして、フランクの中で何かが ことり と音を立てて落ちていったのに気がついた。
…それは二つ目の恋心の鍵が外れて落ちた音。
その時、フランクはゾーイ様とアレックス殿の話は本当の事だと悟った。アレックス殿に見つめられて、落ちない者はいない。身をもって分かってしまった。
フランクはよろよろとしながら、親衛隊の建物から出た。
ー俺は、ゾーイ様とアレックス殿の2人に落とされてしまった…。
うわぁぁ!と叫び、飲めない酒を求めて街を歩くフランクであった。そしてまた、簡単に酔い潰れた。
しばらくして、フランクは一冊の物語を書いた。この世にたった1冊だけの手書きの本。下書きもなく、予備もない。
それは王妃ゾーイ様に捧げる物語。ーもし、あの時こうしていたら…というお話だ。
題名は- 来なかった今日という日- 。
若い頃のゾーイ様とアレックス殿が2人で都を離れ、小さな村で暮らしている。そんな2人の幸せな1日を書いた。
ゾーイ様が気にいるように、少し甘いお話に仕上げてみた。その本は子供の本の出版の打ち合わせの時に手渡し、誰にもお見せになリません様に…とメモ書きも付けた。
王妃ゾーイ様は怪訝な顔をしながら受け取った。
しばらくして、フランクは王妃ゾーイ様から手紙を受け取った。誰にも見られないように、魔力を使ってフランクの手元に届けられた秘密の手紙。
その手紙は涙で濡れていた。
*** *** ***
フランクさま、
先日は素敵な本をありがとう。
本当は会ってお礼を言いたいのだけれど、私、泣きすぎて目が腫れてしまったの。だから、こんな形になってしまって、ごめんなさいね。
私…こんな日々を本当に持つ事ができたのかもしれないって、思ったの。優しいアレックスと2人、子供を育てて、穏やかに暮らす…素敵よね。あんな暮らしが出来たら幸せだろうなって、思ってしまった。
現実には起こらなかったけど、もしあの時、こうしていたら…って、夢を見る事ぐらいなら私にも許されるわよね。
あの本はアレックスと2人で読んだのよ。私、途中から涙が止まらなくなって、アレックスに呆れられてしまったの。
ゾーイ、泣きすぎだよ、ってアレックスが涙を拭ってくれたけど、止まらなかった…。
あの本は、私だけの本。一生大事にするわね。私が死んだら、誰にも見せずに、私と一緒に灰にしてもらおうと思ってるの。
フランク、素敵な本を本当にありがとう。
そういえば、アレックスがフランクに会ったって言ってたわ。会って 〜王宮の華〜 が素敵な本だってお礼を言ったんですって?アレックスって、本当に優しいでしょう?
私、自分でもとても不思議なんだけど、何故かフランク、あなたには本当の事を話してしまうのよね。わたし、今まで誰にも私とアレックスの事を話した事なかったのよ。
フランク、あなたは私の心を暖めてくれる人なのね。
アレックスもフランクを信用して2人の事を話してもいいよ、って言ったの。フランクは絶対他の人には話さない、それは俺が保証するって。
フランク、あなたをみる私の目に間違いはなかったのね。
また、本の打ち合わせで会いましょうね。その時までには目の腫れも引いているといいのだけれど。
ゾーイ
*** *** ***
フランクは想像していた。
ゾーイ様とアレックス殿のふたりが、秘密の隠れ家で優しい時間を過ごしている所を。誰にも邪魔されず、ゾーイ様は思いっきりアレックス殿に甘える。アレックス殿も普段とは違う優しい眼差しで、ゾーイ様を見つめる。
してはいけない大人の恋だけど、いいじゃないか、とフランクは思ってしまう。2人の間にフランクの入る余地はないけれど、2人を陰ながら見守る事ぐらいはできそうだ。
でも、フランクの恋心は、もうどうしようもないほどに膨れ上がっている。叶わない恋だから、相手にも伝えられない。だから、たまに会ってお話をする、遠くから姿を見る、それだけで幸せと思うようにしよう。
夜空に浮かぶ赤い月と青い月を眺めて、心の中でフランクは月の姫君に問いかけてみる。
ー俺、間違ってないですよね…
その瞬間、赤い月と青い月の間を星が4つ流れて行った。
最初の大きな流れ星がゾーイ様。続く2つがセオドラ陛下とアレックス殿。最後の小さな流れ星が俺。そんな気がする。
きっと月の姫君はこう仰りたいのだろう。
人の幸せの形は色々。ゾーイ様、セオドラ陛下、アレックス殿をあなたなりの方法で守ってあげなさい。
そして、そういえば…と思い出す。王妃ゾーイ様のお話の下書きを読んで、
「大体、あれが事実だとしたら、俺は相当の間抜けという事になる。アレックスがいいとこ取りだ。ありえん!」
と、怒り心頭に発する…という感じだった国王セオドラ陛下のことを。
陛下のためにも小さな物語を書こう。ゾーイ様がアレックス殿と消えた後の陛下の物語。結婚して新しい一歩を歩み出す希望に溢れるお話を。
そして、書けたらゾーイ様にはこっそりお見せしよう。きっとゾーイ様は1人で大泣きされるに違いない。
陛下にお渡しする事は絶対にないし、見つかったら大騒ぎになるけれど、書いてみたいと思う。
赤い月と青い月を眺めながら、あれこれと考えるフランクであった。
第二章 完




