第4話 願う女
4回めの王妃ゾーイへの聞き取り。フランクはしっかりと王妃ゾーイの眼を見て言った。
「ゾーイ様、私は歴史書編纂の一翼を担うものです。ゾーイ様のお話もしっかり受け止めて、書き綴ります。ご心配をおかけしましたが、私は大丈夫です。どうか、続きをお聞かせください。」
王妃ゾーイはたおやかに微笑むと、いつも通り、ワインを片手に話し始めた。
*** *** ***
瞬く間にアレックスがセオドラの従者になった話は赤い大陸スカーレット中に知れ渡った。あのアレックスが…と誰もが驚いたが、逆にあのアレックスを従者にしたセオドラ王子はすごい方だという話も広まった。
ジョージ王子を次の国王にと企てていた王族達はなりを潜め、表だった動きは無くなったと、ゾーイは長兄から聞かされた。だが長兄は、気を抜くな、セオドラ殿とお前を敵対視する者はいるのだから、と言うのも忘れなかった。
ゾーイはセオドラの側にいる事が増えた。セオドラがゾーイを離さなかった、というのもあるが、ゾーイが離れるのを寂しがり、屋敷に帰るのを嫌がった。あの夜以来、2人はいつも一緒にいて、いつもどこかを触れ合っていた。セオドラの側にいるゾーイはキラキラと輝いて、幸せなオーラ を放っていた。
そんな幸せな時が半年程過ぎたある日の事。
突然ゾーイは誰かに連れ去られた。ふわっとしたものがゾーイをセオドラの手からもぎ取る様に連れて行った。
ゾーイは何も言う事が出来ない内に意識がなくなった。
目覚めた時、ゾーイは暗い部屋に閉じ込められていた。誰かに拘束され、動けず声も出せなかった。魔力を発動しようとしたが、魔力も封じられていた。
しばらくすると、1人の初老の男が現れた。
「お目覚めですかな、ゾーイ殿。悪いがしばらくはそのままだ。セオドラが迎えに来るまでは大人しくしておれ。
お前は誰だ、という顔だな。お前には関係ない。俺はただ、お前をエサにセオドラを捕まえる。そしてお前もセオドラもこの世からさよならだ。俺の依頼主がそうしろと言っているのでなぁ、悪く思うな。
月の姫君の教えは、と聞きたそうだが、そんなものは知らん。月の姫君は信じられんからな。俺はやりたい様にやる。
さてさて、腰抜けでヘタレのセオドラはお前を助けに来れるのかな。楽しみな事だ。」
言いたい事だけを言って男は部屋からいなくなった。
ゾーイは暗い部屋で夢と現の間にいた。どこからともなく、声が聞こえる。
ー殺すのは簡単だ。だが、まだ殺らない。じわじわと楽しまないとな。すぐ殺ったら楽しくないだろ
ー金は用意した。セオドラは必ず殺れ。アレックスという男が最近従者になったから、あいつも来るだろう。アレックスも始末しろ。証拠は残すな
ーアレックスが来るのか。久しぶりのご対面だな。ワクワクする。あいつらには俺は倒せん。纏めて全員始末するさ。
そのあと気配は消えた。残った男はしばらく声を顰めて笑っていた。
何時間経ったのか時間の感覚が無くなった頃、男が食事を持ってきた。
「今、死なれたら元も子もない。俺が食わしてやる。ありがたいと思え。」
硬いパンと水を半ば無理矢理口に押し込まれる。生きていく為に、セオドラにまた会う為に、ゾーイはひたすら飲み込んだ。
暗闇の中で長い時間が流れた。ゾーイは心の中で、月の姫君にずっと語りかけていた。自分の心が折れてしまわない様に。
子供の頃のセオドラの事、セオドラを追いかけ回していた頃の事、初めてセオドラの部屋に飛んだ日の事。セオドラの胸に抱きしめられた時の事。
そして、アレックスの事。
そして、ふと気づいた。ああ、以前、夢に現れた美しい人は、月の姫君だったのだなと。
ー私を導いてくださった姫君、ありがとうございます。
そして、私の願いを叶えてくださるなら、どうか、セオドラ様に会わせてください。姫君、おねがいします。
ーアレックス、私を助けに来て。信じて待ってる!
時間の感覚もなくなり、意識も朦朧とし始めた頃、爆音と共にセオドラがアレックスを従えて現れた。
ゾーイを連れ去った男はケタケタと笑い、遅かったじゃないか、セオドラ殿!と言った。
「よく、ここがわかったな、アレックス。月の姫君の力を借りたか。おやおや、よく見たら…。後ろにいるのはマックスじゃないか。2人で父親に挨拶に来たか?」
ゾーイはセオドラの顔を見て安心したのか、また意識が途絶えてしまった。
ゾーイが目覚めたのは何日も経った後だった。ゾーイは城のセオドラの部屋に寝かされていた。傍にはカタリナがいてゾーイを看ていた。
「セオドラさま…は?」
と掠れた声が出た。
「お、お嬢様!気がついたのですね。あぁ、よかった!すぐセオドラ様をお呼びしますからね。」
と涙声で言いながら、カタリナは部屋を出て行った。
一体何が起きたのだろう。あの後、皆どうしたのだろう。
そんな事をぼんやり考えているとセオドラが飛び込んで来た。セオドラはゾーイの頬を優しく撫でて、何度もよかった、よかったと繰り返した。
「聞きたい事はたくさんあるだろうが、今は身体を元に戻そうね、何があったのかはきちんと話すから。」
セオドラはゾーイの額に唇を寄せると、また来ると言い置いて部屋を出た。
少しづつではあったが、ゾーイの体調は戻っていった。
夜、セオドラはゾーイが眠りにつくまでずっと抱きしめ続けた。夜中にうなされる事が多いゾーイをセオドラは両腕の中に包み込み、俺がそばにいるから大丈夫だよ、と耳元で囁き続けた。セオドラの部屋に居てセオドラに護られているという安心感が、ゾーイの心も癒してくれた。
元気になってしばらくした頃、ゾーイは屋敷に戻った。セオドラはこのままここにいろと言ったが、両親が一度帰ってきて欲しいと何度も言ってきたので、セオドラは仕方なくゾーイを屋敷に帰した。
屋敷に戻って数日経ったある夜更け、ゾーイは微かな物音で目が覚めた。
カーテンを静かに開けると、赤い月と青い月の光が部屋を照らした。すると部屋の片隅にアレックスが蹲っている事に気づいた。
アレックスは顔も上げずにに小さな声で言った。
「ゾーイ、すまない。本当に申し訳ない。ここに来るつもりはなかったんだ。来てはいけないと分かってるんだ。…でも、来てしまった。
お前の寝顔を一目見れば、落ち着くと思ったんだ…。でも、だめだ。俺にこんな弱い部分があったんだな、と自分でも恥ずかしい。…ゾーイ、ほんのしばらくでいい。俺のそばにいてくれないか?
俺はセオドラ殿の従者だ。お前に手出しはしない。お前の嫌がる事はしない。それだけは誓う。…ただそばにいて欲しい。」
ゾーイは黙ってアレックスに寄り添って座った。
「…今回の事件で何があったのか、全てを明日セオドラ殿に話す。セオドラ殿がお前に聞かせていい部分だけを話してくれるだろう。」
並んで座ったアレックスの体は冷たく冷え切っていた。ゾーイは椅子に置いてあった膝掛けを取り、2人で包まった。そして、何も言わず、アレックスの片手を取り両手で包み込んだ。
赤い月と青い月に照らされたアレックスの瞳には涙が浮かんでいた。その涙をゾーイは人差し指でそっと拭った。アレックスの横顔は悲しみに溢れていて、唇を重ねたい衝動をゾーイは堪えていた。
それからずっと、ゾーイはアレックスの肩に頭を乗せてじっとしていた。アレックスは肩を微かに振るわせ続けた。
白々と夜が明ける頃、アレックスは失礼したと一言残し、消えて行った。ゾーイは座ったままで赤い月と青い月を眺めていた。
2日後、セオドラがゾーイに会いに来た。
人払いをしたゾーイの部屋で窓辺の長椅子に2人で腰掛け、ゾーイの肩を抱きしめながらセオドラは話し始めた。
「ゾーイ、辛いだろうが聞いておいた方がいいと俺は思う。もうこれ以上は聞きたくないと思った時は、そう言ってくれ。辛いことも話さなければならないんだ。
お前が拐われた時の事は覚えているかい?あの時は城の庭に居たよね。俺がそばにいた。アレックスも近くで控えていた。他にも大勢の騎士が俺達を守っていてくれた。
なのに、お前はふわっとした風に連れ去られた。俺達が庭に出るのを待ち構えていたのだとしても、あれだけ堅固な守りの中で、誰にそんな事が出来るのか、不思議なくらいだったんだ。
こんな事が出来るやつを知ってるか、ってアレックスに訊いたら、1人だけ知ってるって言うんだよ。でもそいつはもう死んでるはずだって。
アレックスはほんの少し時間をくれって言ってどこかに飛んでいった。
その間に、俺には脅迫状が来た。ゾーイが心配だろう。探し出して助けてみろ。お前に出来るのか。と書いてあった。
俺は父上とも話して、すぐさまお前を助ける為の手立てを考えた。この騒ぎの首謀者の目星はついていたから拘束した。俺の叔父貴だよ。ジョージを俺の代わりにして、その後でジョージも消すつもりだったのだろうな。そうなったら王位を継ぐのは叔父貴とその息子だからね。
でも、叔父貴はゾーイの居場所をなかなか吐かない。
そんな時に、アレックスは戻ってきた。双子の兄弟マックスを連れてね。マックスは今、青い大陸アズールにいて、王太子ゴードン殿の騎士になっている。
2人はこの件に、死んだはずの自分達の父親が関わっているって言ったんだ。まずゾーイを助け出す、その後で父親の始末をつける。時間がかかると思うから、しばらくそばを離れる許可をくれとアレックスが言うから、必ず帰って来いと約束させた。
お前の居場所はアレックス達が見つけてくれていた。だから、お前を助けに行けた。
俺はゾーイを連れてすぐ城に戻ったけど、アレックスとマックスは父親と闘っていたらしい。
そして2日前、やっとアレックスが帰ってきた。
アレックスの父親は闘いで大怪我を負った。あの双子が父親にそんな大怪我をさせた。実の父親と闘うだけでも残酷なのに、そんな怪我を負わせなければならなかったなんて…。
そして、アレックス達は大怪我を負った父親をある場所に連れて行った。そこは父親が何もできない場所だから、もう悪事を働く事もできない。あとは命の絶えるまでそこにいるだけ、生きているだけだって言っていたよ。
アレックス達の父親は他にもかなりの数の悪事に手を染めていた事がわかっている。だから、本当は生きている値打ちもない男だとアレックスは言っていた。
でも、自分達は父親を始末する事ができなかった、ってアレックスは言ったんだ。そして、俺の従者と騎士も辞めるから、父親の代わりに自分を罰して欲しいと俺に願ったんだ。
俺はアレックスを怒鳴りつけてしまった。
お前はこの事件には関係ないんだから、そんな事は許さない。お前はゾーイのために俺の従者になったんだろ?そんなお前に罰を与える事でゾーイが喜ぶとでも思うのか!
それに、お前がいなくなったら、誰が俺を鍛えてくれるんだよ。お前は俺の従者だろ。命を賭けて俺を守れよ。
これは王太子としての命令だ。背く事は許されない。そう、言っておいた。
ああ、ちなみに、叔父貴達はこの大陸の北の辺境と言われているところに幽閉した。もう、何もできない。
これで全て終わった。お前に何も言わずに全てを終わらせてしまって、申し訳ないと思っている。
ゾーイ、これでよかったろうか?」
話を聞いて、ゾーイはあの夜、アレックスが自分に別れを告げにきたのだと悟った。
ゾーイはセオドラの胸で泣いた。何故だか、涙が止まらなかった。ありがとうと言うゾーイをセオドラは強く抱きしめた。
その日の真夜中、ゾーイの姿がひっそりと屋敷から消えた。
ゾーイはアレックスの腕の中にいた。
ゾーイは瞳を涙で潤ませアレックスを見つめて、囁いていた。
「アレックス、私のそばにいて…どこにも行かないで。行かないって約束して!好きなの。アレックスのことが好きなの!お願い!お願いだから…」
その後の言葉はアレックスの唇に塞がれて、途切れた。
静かな夜の闇の中から、ゾーイの微かな喘ぎ声と好きと呟き続ける小さな声が途切れる事なく聞こえていた。
2人の夜は誰にも知られず、静かに過ぎて行った。
*** *** ***
ゾーイとセオドラ王太子殿下の結婚の日が決まった。
2人の周りには幸せなオーラが漂い、周りにいる誰もが2人を祝福した。
ある夜、ベッドの中で潤む眼でセオドラを見つめながらゾーイが言った。
「セオドラ様、愛してる。」
「俺もだよ。ゾーイ、お前だけを愛してる」
ある夜、アレックスの胸に顔を埋めてゾーイが言った。
「アレックス、大好き。」
「ゾーイ、俺は嫉妬で狂いそうだよ。お前とセオドラ殿が…」
「私はあなたの物なのに?」
「ゾーイ!」
「アレックス、このまま2人で…。」
2人の姿はゆらゆらと揺れて、どこかへと消えて行った。
*** *** ***
「これでおしまいよ、フランク。
約束は忘れないでね。楽しみに待ってるわ。」
王妃ゾーイ殿はそう言うと、ひらひらと手を振って部屋から出て行った。
フランクはしばらくその場を動けなかった。
ーなんなんだよ!一体、どうしろって言うんだよ!
これじゃあ、歴史でも何でもない、ゾーイ殿の不倫の話じゃないか!
俺にこれを書けっていうのかよ!
フランクは重い足取りで城を後にした。そして、飲めもしない酒を飲み、簡単に酔い潰れた。




