第2話 逃げる男
ゾーイは王族の家に生まれた。
ゾーイは父と母の間の4人目の子供で上3人が男、初めての女児がゾーイであった。両親は元より、兄達、屋敷の使用人、皆から可愛がられ、大切に育てられた。
父と母はこの星を守ってくださっている月の姫君の話を繰り返してゾーイに聞かせた。王族の一員として、またこの星に住む人として、姫君を敬い、教えに反する事はしてはいけないよ、と。
歩ける様になったゾーイは兄達の後ろをくっついて回り、何でも同じ事をしたがった。
兄達と庭の虫、爬虫類、小動物を追いかけ回し、捕まえて喜んだ。お人形代りにトカゲとカエルにドレスを作ってもらい着せて遊んでもいた。
兄達に倣って早々に剣の使い方を覚え、上達するのも早かった。あっという間に一番下の兄より強くなった。
皆に止められた格闘技はこっそりと見ているうちに、コツを飲み込んでしまった。真ん中の兄と喧嘩をした時にちょっとワザを使ってみたら、あっさりと勝ってしまった。
子供だったゾーイ自身はよく分かっていなかったが、魔力もいつの間にか兄達より強くなっていた。一度だけ1番上の兄がゾーイに言った。魔力は人を助ける時、守る時に使うんだ。傷つけたり、理由なく物を壊してはいけないよ。それが月の姫君の教えだからね。
兄達が読んでいる本も一緒に見ているうちに、どんどんと読める様になり、内容も理解できる様になっていった。だが、あまりその事を知られるのはよくないな、と思ったゾーイは隠れて本を読んでいた。
王族や貴族の学校では、最初は同級生の女子が周りに集まっていた。だが、皆は虫を見ては逃げるし、爬虫類を見ては泣き出すしでゾーイの遊び相手にはならなかった。
少し学年が進むと、男子達が周りに集まって来た。どうも、ゾーイは類い稀なる美貌の持ち主になっていたらしい。
そんなある日、両親が城に行くから準備をする様にとゾーイに言った。ゾーイは城に初めて行く事がとても嬉しくて、昼でも輝く赤い月と青い月を見つめ、心の中で月の姫君に喜びを語っていた。
ーもう、ワクワクが止まらないです、姫君!
城の広い庭で虫を探したりトカゲを捕まえて遊んでいると、母がゾーイにこっちにいらっしゃい、と声をかけた。見ると、従者らしき大人に隠れて少年が1人いた。
「こちらの方は国王のご長男セオドラ様ですよ。色々教えて頂きなさい。」
と母が言うので
「セオドラ様、ゾーイでございます。」
とカーテシーで挨拶をした。何か言ってくださるか思ったが、セオドラは従者の影に隠れ、
「…」
と何やら小さな声で言った。
「……」
モゴモゴとそう言ってそのまま逃げて行こうとしたので、ゾーイは追いかけた。
ー待ってください!
走って逃げるセオドラを追いかけ追いついて、脚を引っ掛け転がして、顔をぐっとセオドラに近づけ小さな声で言った。
「セオドラ様!何をおっしゃったのか、聞き取れませんでした。」
「こ、こ、こ…」
こんにちはと言ったんだ…とセオドラは言えず口をパクパクさせるだけだった。
ゾーイはセオドラのあまりにも情けない姿に愕然としてしまった。せめて、挨拶ぐらいは王族の一員としてきっちりとして欲しいものだ。
屋敷に戻ってから母親に言った。
「あの様な方は見たことがありません!」
すると母親はこう切り返して来た。
「そうでしょう?セオドラ様はとても素敵なお顔をしていらっしゃるでしょう?」
そういう意味ではなくって…と思ったが、まあ、確かに顔は素敵だった。
ゾーイはその夜、赤い月と青い月を眺めながら、月の姫君に今日のがっかりを報告した。
ーまあ、いいか…。二度とあの方と会う事もないでしょうから、どうでもいいですね。姫君!
しかし、意外にもそれから何度も城に連れて行かれた。
毎回、セオドラはやっては来るが、従者の後ろにいるだけだった。ゾーイに話しかける事はなく、黙っている。庭に出て来ても虫は触れないし、ゾーイが捕まえたトカゲの尻尾を見て青ざめるし、蛇を見た瞬間に卒倒するし。
ある時は蜂を見て逃げ出し、そのまま蜂の大群に追いかけられる、という不測の事態をひきおこした。ゾーイはため息を吐いて、魔力で蜂を追い払った。
ーまったく!
*** *** ***
「はいっ!今日はここまで!!」
フランクにここまで話した後、ゾーイは手をひらひらと振りながら自室に帰って行った。ワインボトルを何本か空けたように見えたが、全く酔った様子も見せない。
ゾーイのいなくなった部屋で、フランクは頭を抱えた。
ーあの、国民が敬愛する国王がヘタレだったなんて…。
こんな事…!歴史書に使えるかよ!裏付けすら取れねぇよ!
部屋の中にはゾーイの飲んだ芳しいワインの香りが立ち込めていた。
次の日、職場であまりにも元気のないフランクを心配して、同僚が夕食に誘ってくれた。その席でフランクは飲めもしない酒を飲み、荒れた。
「俺はね、国王様が大好きなの!雄々しくて、お優しい。あんな風になりたいって、子供の頃から憧れてたの!」
何があったんだよと聞く同僚に、何も…何もない、言えねえよぉ〜と呟き、その内わあわあと泣きだして、そのまま寝てしまった。同僚に抱えられ家まで帰ったが、何も覚えていなかった。
しばらくして、また王宮に行く日が来た。
フランクは重い空気を身に纏い、城に辿り着く。深いため息をつき城の中を進む。
部屋で待っていると今回も王妃ゾーイのみ現れた。国王はいない。
フランクはちょっとだけ、ほっとした。国王がいなくてよかった。いたら何処を見れば良いというのだろう。自分の尊敬する国王が、まさか、あんな…
かなりご機嫌な王妃ゾーイは、今回もワイン片手に話し出す。
*** *** ***
ゾーイがびっくりしたのは13歳になった時。15歳になったセオドラの婚約者候補の内の1人に名前が上がっている、というのだ。
ーありえない!
絶対に断りたい。あんなダメ男と結婚なんかしたら、きっと大変な目に遭う。本当に避けたい、結婚なんて!とゾーイは思った。
そして、候補というだけなら何とかなる、とも思った。何人か候補者がいるだろうし、決まったわけじゃない。
ーそうだ!あちらから…セオドラ様の方から断る様に仕向ければいいんだ。その為には…そうだわ!セオドラ様が私の事を嫌う様に、すればいいんだ!
それから城に行く度にゾーイはセオドラを追っかけ回した。逃げようとするセオドラを追いかける。お待ちくださいませ、セオドラさま〜などと可愛く言って更に追いかける。
セオドラは逃げまくる。ゾーイはガンガン追いかける。セオドラを捕まえると、ゾーイはガッチリと押さえ込みをして言うのだった。
「セオドラさま!か、く、ほ!」
大人達からは、まるで楽しく追いかけっこをしている様にしか見えない2人…であった。ゾーイはそんな大人達の、温かすぎる眼差しに気づくはずもなかった。
そんな事を続けて1年も経ったある日、セオドラがゾーイに押さえ込まれながら初めて喋った。ゾーイは衝撃を受けた。何を言ってるのか、さっぱり意味が分からなかったからだ。
「俺とお前の結婚が決まった!」
ゾーイは思わず聞き返した。
「えっ?えっ!えっと…どういう意味…でしょうか?」
セオドラがゾーイの目を見て言った。
「俺とお前は婚約したんだ。もう、決まった。」
「えっ?えええ〜っ!」
しかし、決まってしまったら、自分に拒否権はない。よほどの事がない限り婚約は破棄できない…多分…。
「………帰ります…」
もう何もする気が起きず、ゾーイはそのままショボショボと帰路についた。家に着くと両親に呼ばれて、結婚が決まった顛末を聞かされた。結婚を強く希望したのは、セオドラの父である国王だったと言う。
国王曰く…セオドラがあんなに楽しそうに走り回る姿を見て感無量だ。ゾーイも実に楽しげだ。相思相愛の2人。ぜひぜひゾーイにセオドラと結婚してもらい、2人に幸せになってもらいたい…。
目眩がした。
ー何でこうなる!セオドラ様はあんなに嫌がって逃げまくってたじゃないの!
何も言う気にならず、部屋に戻り、ばたっとベッドに倒れ込んだ。ベッドの上で2つ並んで輝く赤い月と青い月を見ながら、ゾーイは月の姫君にぼやいた。
ー月の姫君…!何で、私はあんな情けないヘタレで腰抜け男と結婚しなくちゃいけないんでしょうか?
うぐっ…うぐっ…と声を抑えて泣いているうちに、ゾーイは眠りについてしまった。
すると、夢の中に1人の美しい女性が現れた。一筋の光を浴びて浮かび上がる姿は、透き通り揺らめいていた。
ー泣くな。自分の手で幸せを掴め。
ーだ、だれ?
ーお前の質問に答える理由はない。
アレックスを見つけ、セオドラの従者とせよ。
アレックスは魔力が強い。上手く使え。
美しい女はふわっと消え、ゾーイは目が覚めた。夢の中とはいえ、会った事もない美しい人がなぜ現れたのやら。
それに…
ーアレックス?だれ?
それから、2年。
ゾーイはセオドラを追いかけ回す事をやめた。会う度にお茶などもてなされるのだが、相変わらず会話はほとんどない。虫の話も蛙や蛇の話も成り立たない。セオドラは俯いてお茶をすするだけで、ゾーイの顔を見ることもない。
ゾーイはこの婚約を破棄する方法を考えてはいるが、いい考えは浮かばない。
その頃、王族の中では不穏な動きが起き始めていた。セオドラに代わり、聡明な第二王子ジョージに王位を継がせようとする者達が現れたのだ。
ある日、ゾーイはその事を長兄からこっそりと知らされた。長兄はセオドラの命も危ないという。
「お兄さま、それって…?もしかして、婚約者になった私の命も狙われるって事?」
と聞くと、兄は静かにうなづき、可能性は否定出来ないと答えた。
「父上にもこれから相談するが、お前はしばらく屋敷から出ない方がいいだろう。そして、この事はまだ誰にも話すな。関わる者達の将来がかかっている。良くも、悪くもだ。わかるな、ゾーイ。」
こくこくと頷き、兄を見る
部屋に戻ったゾーイはすぐ行動に出た。ヘタレな婚約者でも、この状況で捨て置くのはゾーイの良心に反する。黙って引っ込んでいる様なゾーイではない。
ー今がきっと、私の魔力を使う時。月の姫君、お力をお貸しください!
ゾーイはセオドラの部屋へと飛んだ。
セオドラは1人窓辺で赤い月と青い月を眺めていた。そのまま、振り返りもせずセオドラが言う。
「なぁ、ゾーイ。この星の平和は月の姫君のおかげだよな。あの二つの月を見ると俺は心が落ち着くんだ。」
ゆっくりと振り返り、セオドラは微笑んだ。
「見なくても、お前が来たって分かった。」
「…」
そこにいたのは、今まで見た事のないセオドラ。こんなに素敵な笑顔の人だったんだ、とゾーイは驚いた。心臓がどっくんどっくんと大きく音を立てた。
キラキラと輝く様なオーラを身に纏い、端正な顔に優しい瞳で微笑む、そんなセオドラに見つめられた瞬間、16歳のゾーイの体に電撃が走った。
情けないヘタレで腰抜け男と結婚するのは嫌だと思っていた自分はどこかに消えて、目の前の微笑むセオドラで頭の中は一杯になった。
ゾーイは恋に落ちた。
「今までお前を騙していた。すまない。お前に嫌われようと情けない男のふりをしてたんだ」
「…?」
「俺は国王に向いてない。誰とも結婚しない。王位も弟に譲る。そんな風にずっと思っていた。だから、お前に嫌われていた方が気持ちが楽だと思ってた。」
「…!」
「俺は力が弱い。魔力が弱い。心が弱い。弱いことばかりで、自分に自信が持てない。だから逃げてばかりだ。
でも、最近、王族の中で不穏な動きがあると知ったんだ。俺ではなく弟のジョージに王位を継がせようとする奴らがいるらしい。ジョージは王にはなりたくない、やりたい事があるんだってずっと言ってるんたけどね。そうは思わない奴らもいるんだ。そんな事で争うなんて、月の姫君の教えに背くものだよね。俺は、争いだけは避けたい。」
「…!!」
「ゾーイ、お前がここに来たのは、それを俺に知らせる為だろう?」
ゾーイは何も言えず、こくりと頷いた。セオドラは立ち上がり、ゾーイの側に歩み寄る。そして、ゾーイの手を取りにっこりと笑った。
「ゾーイ、最初に会った時、俺はお前に何も言えなかったんだ。お前が本当に可愛いかったから。その後、何故だか知らないが、お前は会う度に俺を追いかけ回しただろ?。最初は自分に自信がなくて、話しかけるのも怖くて、逃げ回ってたんだ。でも、その内、そんな事をしてるのが楽しくなって来たんだよ。」
「…??」
「お前は本当に眩しいぐらい輝いていた。そんなお前といるだけで楽しかったんだ。
でも最近、俺にも欲が出て来た。
お前に相応しい男になりたい。俺は強い男になりたい。お前を誰にも渡したくない。この国の王として、お前や皆を守れる男になりたい。
もう、俺は逃げない。そう決めた。」
「だから、ゾーイ。」
強く手を握られて、ゾーイはセオドラの眼を見た。
「俺が強い男になるまで、待っててくれるかな?そして、いつか、こんな俺と結婚してくれるかな?」
ゾーイは瞳を潤ませて、にっこりと頷くのが精一杯だった。セオドラはそんなゾーイを強く抱きしめた。
それから2人は時々こっそりと会った。そして、ゾーイが分かった事があった。
セオドラは本当に何もできない、と言う事。
まず、魔力が弱い。弱すぎる。飛ぶ事も結界を張る事もできない。姿を隠す事もできない。風も起こせない、雷も落とせない。ほとんど何もできない。出来る事を見せてとセオドラに言うと、セオドラは手のひらに小さな炎を出した。ゾーイが、まぁ、きれい!と言うと炎が少し大きくなった。
次に、剣が上手く使えない。剣術は苦手というか実際に使ったことはない。剣の訓練はしているが上手くならない。
更に、体力はなく、力技は剣よりもっと苦手。
流石にゾーイも心の中でうなった。これはなかなかに厳しい!結婚への道は遠いぞと。
そんなある日、ジョージ派が魔力の強い男を雇ってセオドラの命を奪おうとしている、という噂を兄が聞きつけてゾーイに教えた。ゾーイはその男はどんな人なんでしょう、と聞いてみた。すると、兄が言う。
「あちこちで金で雇われている男で、アレックスというらしい。かなりの魔力を使うという話だ。いいな、危険だからお前は屋敷から出るなよ。」
ーどこかで聞いた様な…アレックス。
何処で?
しばらく考えて、あぁ。夢の中で聞いた名前だ、と思い出した。確か、セオドラの従者にせよって言ってた、様な気がする。
*** *** ***
「この後、私、アレックスに出会ったのよね…」
王妃ゾーイはそう言うと、ちょっと遠くをみる眼差しになった。そして
「アレックスったら、エレノアの所に行ってて、最近、私に会いに来てくれないの。忙しいんですって。」
と少し寂しげな表情をした。
「アレックスって、あの王太子エレノア様の親衛隊長をなさってる、あの騎士のアレックス様です…か?」
「そうよ…。あのアレックス。ねえ、アレックスってステキでしょう?昔からずっと変わらないの…。」
そう言って王妃ゾーイはワインをまたクビっと呑んだ。
そして、続きはまた今度にしましょうか、と手をひらひらさせて部屋を後にした。
王妃ゾーイが去った後には空になったワインボトルが何本か。部屋の中にはワインの香りと王妃ゾーイの香りが混ざった禁断の…。
いかん、いかん。と思いっきり首を振りつつ、フランクも部屋を辞す。
セオドラ国王陛下と王妃ゾーイのちょっといい話…な感じだったので、もう少し話を聞きたいと思った。次回が楽しみだなと前回よりは足取りも軽くフランクは帰路に着いた。




