スカサハ/スカディ1
第二のターニングポイント。
写真集の撮影が終わり、ベネットとサカズキは事務所の執務室に戻っていた。
出掛ける前と同じく、紅茶と茶菓子を用意してサカズキが座ったところで口を開いた。
「改めて、撮影お疲れさまでした。写真集の販売はハーフアニバーサリー当日となります。参加してくれた皆さんには無料で一冊配布しますので、楽しみに待っていてください」
「……うむ」
ベネットは自分が何枚も掲載された写真集と、それを購入して興奮する男たちを夢想して無性に恥ずかしくなり、耳まで赤くしながら誤魔化すように紅茶のカップを口に付けた。
ダージリンのオータムナルの香りを至近で嗅いで心を落ち着け、気持ちを切り替えたベネットはカップを置いて言った。
「それでサカズキ、槍の情報を教えてくれるか?」
「はい、約束ですからね」
サカズキはインベントリから数枚の束の報告書を取り出し、軽く咳払いを一回してから説明に入った。
「報告によれば、ホラーな第六世界……これが並行世界の地球とした場合、北の果てである北欧辺りに巨大な氷の城と、その上空に上下反転した黒い城があるそうです。ただ、そこは常に猛吹雪が発生しており、特定の手順を踏まないと辿り着くことすら不可能なようです。しかも、辿り着いても強力な氷のエネミーと影のエネミーがうじゃうじゃ湧いて、余程の実力者でもなければ近づくことすら不可能であったと。報告者の考察では、北欧神話の女神スカディとケルト神話の影の女王スカサハが、学術的な正しさなどに関係なく何かしらの問題で合流したのではないか、とありますね」
ここで一旦区切り、サカズキはケーキを食べて紅茶を飲んでから続けた。
「それでその場所の行き方ですが……雪原の中に一本旗が立っている場所から、北に向かって真っ直ぐに進み続ける。だそうです」
「ふむ。他の方法は?」
「残念ながら、色々と試行したようですが駄目だったみたいです。ただもしかしたら、ベネットさんのような雪や氷を操れるプレイヤーならば、別の方法があるかもしれませんね」
「そうか」
「これが地図です。既にコピーしてあるので持って行ってください。それと、サービスでコンパスを一つお渡しします」
「ありがとう」
地図とコンパスを貰い受けたベネットは、余っているケーキと紅茶を頂いて立ち上がった。
「それじゃあ行ってくる」
「はい、行ってらっしゃいませ」
サカズキに見送られて執務室から出たベネットは、そのまま第六世界へ移動した。
第六世界――悪魔や悪霊やゾンビがひしめくホラー世界である。活動拠点は大型ショッピングモール。避難して来たNPCの住民がいて、周辺の街はゾンビが道を埋め尽くすほどにひしめいている。
だがしかし、そのゾンビたちは最近になって消えていた。リーベによって邪教が行いし儀式による魔術を破壊し、ゾンビの復活を止めたのだ。さらに残ったゾンビは文字通り全て食われていなくなった。
周辺が平和になったことで、NPCたちが活動拠点を中心に探索と復興を始めており、プレイヤーの交流も相まって徐々にではあるが文明を取り戻し始めていた。ただ、この世界にはチーム『盃屋』の店が無かった。
「待っていましたよ、ミス・ベネット」
ベネットが転送装置から出た直後、目の前に立っていた女性が挨拶して来た。
真っ黒な軍服を着てコートを肩に掛けた褐色肌の女性だ。
スレンダーな体型が似合い、より格好よく見える軍服はプリーツスカートに黒いサイハイソックスを履いていて、ヒール付きの革靴を履いている。
絶対領域の間からはガーターベルトが少し見えてセクシーさもある。
彼女は真っ直ぐで長い銀髪で、可愛さとクールさが調和した顔つきをしており、瞳は赤く、左目は黒い眼帯で隠していた。
「お前は?」
「チーム『オニキス機関』のフォビアだ。ミス・ベネットがこの日、この時間、この場所に訪れることはリーダーから聞いていた。私は君を目的地まで連れて行き、護衛しろと言われている」
「そうか」
「では早速……【ダークゲート】。どうぞ」
挨拶を済ませたフォビアは隣に闇のゲートを生成し、レディファーストと言わんばかりに手でベネットに入るように促した。
ベネットは彼女が嘘を吐いておらず、まともと狂気の狭間にいる同じ超人であると理解し、一応警戒しつつも闇のゲートへ入った。
ゲートを抜けた先は、大粒の雪が殴りつけるように吹きすさぶ猛吹雪と白い濃霧の中だった。足元は雪で埋もれ、周辺は吹雪と白い霧でホワイトアウト現象を引き起こしており何も見えない。しかも、日差しすら遮る量だからか常に薄暗い。
そんな状態の中で悍ましい狂気の気配が一つあり、それが周囲でスポーンしているエネミーと戦っている気配がした。ベネットはすぐさま臨戦態勢に入り、寒さの防止も兼ねて防具に着替え、メメント・モリを取り出す。ただ昨日使って純銀弾頭のままだったことを思い出し、すぐさまシリンダーを開いて通常弾頭に装填し直した。
そうしているうちに、背後からゲートを通って来たフォビアが言った。
「今暴れているのは私の仲間だ。ちょっと狂っているが、戦闘能力はお墨付きさ。ミリアム! ちょっと来て!」
フォビアが大きな声を発せば、戦っていた狂気の気配が一瞬動きをピタリと止め、凄まじいスピードで迷うことなくやって来た。
「なーにフォビア? 私今、楽しい楽しいダンスをしていたのよ?」
「悪いね。でも予定の時間だから声を掛けた」
「……あー、そうだったわ。あなたがベネットね? 私、ミリアム。チーム『オニキス機関』の一人よ。今、とっても楽しくダンスをしていたの」
予定を思い出して挨拶したのは、悍ましい狂気の気配を隠すことなく振りまく種族サイボーグの女性、ミリアム。
彼女はボブカットの黒髪に、不気味の谷現象を引き起こすほどに整い過ぎた顔をしており、目は赤い光を放つ機械的なカメラアイをしている。白磁のように白く艶のある肌をした体の方は、黄金比によって作られた芸術的な体型をしている。ただし、球体関節人形である。
今着ているのはユニーク防具『呪操鎧』であり、人形らしい体の上から、ぴったりと貼り付くようなドレス型の装甲が展開されている。上は女性の胸の形に合わせた鎧で、腰には布のように柔らかくも瞬間的な衝撃で硬化する特殊繊維で作られたバッスルスカートが付いており、横から後ろに掛けてヒラヒラとしている。手足にも装甲が装着され、見た目はファンタジー風の女騎士だ。
頭上には実体のない透けた十字の細長い板であり、それから複数の糸がミリアムに伸びると手足の関節や胴体に突き刺さって、まるで操り人形のようである。
そして両手には、刀身以外が黄金に輝き、刀身は怪しい輝きを放っている曰く付きの剣、ユニーク武器『魔剣テイルフィング』があった。片方はマジックスキル【ミラージュウェポン】による複製だ。
ベネットはミリアムを直接見て、その悍ましさと人としての歪さを認識し、メメント・モリを構えようか悩んで止め、代わりにフォビアに向いて言った。
「こいつ、本当に大丈夫なのか?」
「喧嘩を売らなければ――っと、この状況だとおちおち話せない」
フォビアが話している途中、ミリアムがエネミーの殲滅を止めたことから攻撃がベネットやフォビアの方にも来る。氷で出来た動物を象ったエネミーたちに加え、黒いシルエットをした異形の怪物たちだ。
フォビアは襲い掛かる一体を完璧なカウンターで蹴り飛ばした後、儀仗銃――銃剣付きセミオートライフルを取り出した。それはユニーク武器『ロイヤルサリュート』。杖として破格の性能を持ちつつ、パッシブスキル【貫徹】に【無限弾倉】が付与されている。
「【グラビティルーム】」
多くのエネミーの接近を許す前に、フォビアは早速魔法を発動して自分たち三人の周辺に重力場の空間を複数出した。頭上に穴はあるが、重力場自体をかなり大きく生成して壁になっているので、真上から降って来るように攻められない限りは問題ない。それに、今この場にいるプレイヤーは全員が上澄みの中の上澄みの実力者であり、その攻撃に気付かない訳がない。
「……これで落ち着ける。さて、私たちはミス・ベネットの護衛の為に派遣された。道中はこのように敵が非常に多く、相手をしていては目的の場所に辿り着く前に心身共に疲れてしまう。何故こんなことをするのかだが、今回ミス・ベネットがやろうとしていることは……君自身にとっても、世界にとっても大事なことだからね。是非とも万全な状態で臨んでもらいたい。一応聞くけど、もう答えは決まった?」
「? 何のだ?」
「分からないならいい。それよりミス・ベネット。目的の場所への行き方はちゃんと分かっているだろうね?」
「ああ」
「結構。ミリアム、周辺の敵の掃討は頼む」
「分かったわ」
「じゃあ、この重力場を一旦解除する」
フォビアが周辺に展開している重力場を解除した。その瞬間にミリアムは動き出し、猛吹雪の中で迷うことなくエネミーを切り刻んでいく。近くのエネミーはフォビアが銃を構えて魔力を込めた弾丸を撃ちつつ、闇属性の魔法――マジックスキル【クラッシュ】でマイクロブラックホールをエネミーを起点に発生させ、瞬時に圧殺していた。
この調子ならば自分は戦わなくていいと確信したベネットは地図とコンパスを取り出し、メニューのマップと比較して現在地を割り出して目的の場所まで歩き出した。
猛吹雪と白い濃霧に覆われ、方向感覚を失わせる白一色で平らな雪の中を進むこと十数分、種族サイボーグ故に疲れ知らずのミリアムは、ベネットたちと付かず離れずの距離で戦い続けている。姿こそ吹雪のせいで見えないが、楽しそう。
フォビアも多少の汗を流し、時折器用に片手でライフル銃を撃ちながらマジックポーションを飲んでMPを回復して魔法を駆使して戦っていた。黒い眼帯をしている左目は使わない。細心の注意を払っても、視界に入れただけで効果を発揮する魔眼はミリアムを巻き込んでしまうからだ。
「……着いたな」
ベネットは呟き、立ち止まる。そこには雪結晶の旗が一本、雪に突き刺さってはためいていた。
「ミス・ベネット。出来れば早めに頼む。ミリアムはともかく、私はちょっと疲れて来た」
「分かった」
フォビアに急かされたベネットはコンパスで北に向き直り、不要になった地図とコンパスをインベントリに仕舞った。
恐らく……私の、この防具の力なら可能な筈。
手を前に掲げ、まるでカーテンを開けるように振り払った。ベネットの防具の力によって猛吹雪は瞬時に止まり、ホワイトアウト現象も収まって少し先の見えない物が見えるようになった。
そこには巨大な氷の城と、反転した状態で直上に浮かぶ真っ黒な城があった。
姿を見せた二つの城から、空間全体に響くように女性の声がした。
『遂に来たのだな! 主神オーディンすら跪く原初の神の一柱に見初められし者よ! さぁ、我が居城へ来るのだ!』
『世界が消滅するその時まで、待った甲斐があった。人類最後の戦士として、お前と戦いたい。来るがいい』
同じ声だがトーンの違う二人の女性の声が聞こえなくなり、氷のエネミーと影のエネミーが消えていなくなった。
ミリアムはスンッと大人しくなり、フォビアは引き金から指を離して銃口を上に向けて構えを解いた。
「……ミス・ベネット、出来るなら最初からこうして欲しかったな」
「すまん。確証が無かったから控えてた」
「ならいい。ここから先は君独りで行け。恐らく私たちはお呼びでないだろうから」
「分かった」
「その前に~、私と遊びましょう?」
「っ!」
「ミリアム!」
ただ遊びたいだけ――殺意も敵意も存在しないミリアムが堂々と正面からベネットに攻撃を仕掛け、咄嗟に躱す。突然のことで対処が遅れたフォビアがライフル銃を構えて撃つが、視線を合わせることなく銃弾を剣で弾き、ベネットを見つめ続けて剣を振るいまくる。
球体関節を活かして肩や肘や手首がぐるぐるくるくる、人間では成し得ない変則的な動きで無茶苦茶に剣を振るっているが、その太刀筋は一流のものだ。ベネットは躱しきれずに終雪を出して引き抜いて受け流すように弾くが、隙を見出せず下がり続けるしかない。
「アハハハハハ、フフフフフ……あなたやっぱり強いのね。楽しいわ。とっても楽しいわ!」
「フォビア、やっぱりこいつ駄目だ。壊れてる」
「ごめんなさい。こうなったら行くとこまで行かないと止まらない」
最初の一発以降、撃つことすら止めて諦めているフォビアにベネットは溜息を吐き、止まってくれることに賭けて眼鏡を外してインベントリに仕舞った。
「……【金縛りの魔眼】!」
青い瞳から黄金の瞳に変えて睨みつければ、魔眼を持たないミリアムはピタリと止まった。強引に動かそうとしても微かに震えるだけで、完全に動きを押さえ込んでいる。
「人形なら人形らしく、じっとしてろ」
フォビアのおでこに軽くデコピンを当て、ベネットは魔眼を解除した。
「……あぁ、あなたは私を人形として扱ってくれるのね。嬉しいわ。また今度、私で遊んでくれる?」
「気が向いたらな」
うっとりとした表情でお願いするフォビアの言葉を適当に流し、ベネットはこれ以上襲い掛かって来ないと判断すると、どうせ脱ぐことになるケープを予め脱いでインベントリに仕舞ってから城へと向かった。
氷の城へと到着すると、まるでベネットを迎え入れるかのように巨大な氷の門が開いた。中では先ほどまで戦っていた氷のエネミーたちが等間隔に左右に並び、全てが敬意を示すように頭を垂れた。
『入るがよい!』
神について言っていた女性の声が聞こえ、ベネットは中へ入る。氷のエネミーがまるで道を作るように左右に並んでおり、全てが氷で作られた白の中を迷うことなく進んで、広々とした謁見の間に到着した。
謁見の間は、屈強に見えるデザインのフルプレートアーマーの氷の騎士が左右に並んでおり、氷の両手剣を目の前で捧げるように持っている。その後ろには細部まで作り込まれた氷の大きな柱が何本も立っている。天井には魔法の光玉を照明とし、光を乱反射させるガラスのように透明で豪華なシャンデリアが吊り下げられている。
そして奥の数段上の壇上には、二つの玉座があった。片方は氷の椅子だが、もう片方は冷たさを和らげるように柔らかな材質のクッションが敷かれた豪華な木の椅子だ。
その二つには、二人の女性が座っている。
片方はロングストレートの銀髪に青い瞳の、色白の美女だ。誰が見ても美しいと思う程の、妖艶さすら感じる美貌で、何処となくベネットに似ている。体型も男女関係なく見惚れるほどに理想的だ。
着ているドレスもベネットの防具『氷雪女王』に似たものである。こちらはより女王らしいロングドレスで、ケープは白い毛皮でフサフサしている。頭のティアラもベネットが着けているものより少し意匠が凝っている。
もう片方はロングストレートの黒髪に黒い瞳をした、同じ顔と体型の色白の美女だ。一卵性双生児と言われても全く違和感がない程に似ている。
ただし彼女の方は動きやすさを重視した、全身ぴっちりの黒いスーツを身に着けており、そのスーツの上からいつでも脱ぎ捨てられそうなコルセットドレスを着用している。ドレスのスカートも膝丈のフィッシュテールタイプで、動きを阻害しない。
また、銀髪の女性が普通に座っているのに対し、黒髪の彼女の方は足を組んで頬杖を突き、ふんぞり返るような姿勢を取っている。
ベネットが壇上の手前まで来て、女性らしくカーテシーをして挨拶する。
「初めまして、ベネットと申します」
跪くつもりが無く顔を上げれば、銀髪の女性が口を開いた。
「よく来た。我は山の神であり氷雪の神、スカディである。こちらは別の地域に存在する影の国の女王、スカサハだ」
「お前、かなり強そうだな。話が終わったら、私と手合わせしないか?」
「こらスカサハ! それはベネットが決めることだ。今約束を取り付けて抜け駆けするのは許さん」
「はいはい、説明はスカディに任せるよ」
ちょっと怒ったスカディにスカサハは歯牙にも掛けず、ベネットが色々と聞きたいだろう事柄を丸投げした。
丸投げされたスカディは小さく溜息一つ吐き、コホン、と咳払いをしてからベネットに向き直った。
「さて、何故別の神話の神と伝説の戦士がこうして一緒に居るのか、という疑問があるだろう。まずそのことについて軽く説明しておこう。これはこの世界を基準にして、今から大体百年前だったか……? この世界が神々によって消滅させることが決定した。人間に寄り添う神々は上質な魂を連れて別の世界へ旅立ち、幾らかの神は世界が消滅するその時まで見守ることを決めた。我もその一柱だ。だが、人間たちは思っていたより愚かな奴が多くてな、あろうことか神ですらない邪悪な存在と交信を図り、人類には到底制御出来ぬ異形や怪異を作り出し、天変地異にあらゆる疫病と災いを呼び起こした。それが世界の滅びを加速させ、さらにお主たちがジエンドと呼ぶ滅びへ導く存在を呼び寄せるきっかけになるとも知れずにな」
ここでスカディは話しを区切り、喉を潤す為に魔法でかき氷を作り出した。
氷を極薄に削って作られたフワフワなかき氷であり、小皿一杯分の丁度良いサイズで、見た目が涼しいブルーハワイ味のシロップが掛かっている。
だが一人で食べるのもどうかと思ったのか、まずはスカサハに向いて一言。
「食うか?」
「いらない」
こんな寒い中で冷たい物を食べる気が無いスカサハにあっさり拒否され、ちょっとだけ表情がしゅんと沈んだ。
次にベネットの方へ向いて一言。
「食うか?」
「……いただきます」
一緒に食べる相手が欲しいことを察してベネットが貰うことにすると、ご満悦になったスカディはベネットの為に氷の椅子も出して座るように促し、それから目の前にかき氷を作った。勿論、ブルーハワイ味。
かき氷を二人で食べつつ、説明は続く。
「で、我はこの世界の終わりを見届ける為に留まっていたのだが、ある時原初の神の一柱から連絡が来たのだ。ベネット、お主がここに必ず来るから世界と共に一度滅びよと。だから我は、同じく原初の神より連絡が来ていたスカサハをここに呼んだ。そして、彼女に現世に降りる為の肉体を作って貰い、こうして人としての姿を持ったのだ。まぁ、作られた肉体がスカサハとほぼ同じで、双子の姉妹のようになってしまったのだがな」
スカディが横目でスカサハを見つめれば、確信犯のスカサハは何食わぬ顔で視線を逸らしていた。
食べながらの説明が終わり、ベネットも同じく食べ終わったのを見計らってスカディは魔法で器とスプーンを消した。
「我らに関する説明は以上だ。これから何をやるかだが……お主の力、試させてもらうぞ。我と戦ってもよし、スカサハと戦ってもよし、或いは我とスカサハの両方と戦ってもよい。もし片方と戦って負けても、力を示せば戦った我かスカサハの力を与えよう。だが、我ら両方を相手に無様な敗北をしたのならば力は与えられん。ただもしも……もしも我ら両方に勝てたのならば、最大限の力を与えることを約束しよう。さぁどうする?」
「勿論、私と戦うだろう?」
説明が終わって問い掛けると、すかさずスカディが声を上げた。足を組むのを止めて立ち上がっており、やる気に満ちた笑顔で綺麗な白い歯を見せていた。
ムッとしたスカディも立ち上がった。
「ベネット、我と戦え! お主の氷の力は未完成ぞ。それではジエンドを完全に仕留められぬ」
「私と戦え。景品は自作の『ゲイ・ボルグ』だ。勝っても負けてもくれてやる」
「いや我だ!」
「私だ!」
お互い睨み合ってすぐ、同時にベネットに向いた。
「さぁ、選べ!」
「さぁ、選べ!」
双子らしく息ピッタリに選択を迫ったスカディとスカサハ。
どっちと戦うか……。
ベネットは悩んだ。片や肉体を得ているとはいえ本物の神の一柱。もう片方は影の国の女王にして神霊の域に達した伝説の魔術師且つ女戦士。どちらと全力を出して戦っても、勝てるかどうかすら分からない。それほどまでに両者の力量は凄まじく、推し測れないのだ。
だからこそ両方と戦うなど無謀、愚の骨頂……そう判断していた。
――両方と戦うぞ、ベネット。
「え?」
自分の声がはっきりと聞こえ、間の抜けた声がベネットから漏れる。
マジックスキルが勝手に発動し、脳内で新たなマジックスキルの取得音声を聞きつつ真横を見る。
隣では氷を使った分身が作られ、防具を含めて今のベネットの姿と寸分違わぬ存在が生まれていた。
彼女――ベネデッタは殺意、憎悪、悲観、絶望といった負の感情で濁り切った目をベネットに向けて言った。
「話は後だ。両方と戦うぞ」
彼女は誰なのか、どうしてそんなに辛そうなのか、ベネットは色々と気になったが何故か不信感など全く感じず、むしろ他人じゃない気がした。
「……分かった。スカディ、スカサハ、両方と戦おう!」
もう一人のベネットの出現に気を昂らせていたスカディとスカサハは、ベネットの宣言に抑えていた力を気にせずに解放した。
スカディからは、何の対策も無ければあっさりと凍死しかねない地獄も凍るほどの冷気と、メジャーな神としての圧倒的な神気が溢れ出す。
スカサハからは、練りに練って圧縮と増幅が行われた超高密度で桁違いの魔力と、弱者には立っている資格すら与えられず気絶へ追い込むほどの極められた覇気を見せた。
対するベネットはヒビが入り始めた氷の椅子から立ち上がり、この場では名乗らないベネデッタと一緒に、対抗するように【覇気】を出して殺意のゾーンへ入った。
「フフ、いいぞその殺気! 気に入った!」
スカサハは真横に手を伸ばし、亜空間に保管している槍を二本引き抜いて構えた。シンプルなデザインの鉄槍であり、ベネットとベネデッタは直感的にそれがゲイ・ボルグでは無いと理解した。
「これならば、我も手加減は不要だな」
スカディも魔法で右手の中に小さな杖――タクトを出して構えた。
ベネットも右手に終雪、左手にメメント・モリを出して【アイスアーマー】でドレスを鎧ドレスにしながら構えた。
ベネデッタも【アイスアーマー】で鎧ドレスになりつつダアトライフルを出し、素早くカスタマイズを始めた。対物ライフル並みの長銃身、ライフル用の長く重厚なストック、スコープやサイト等の余計なオプションを付けず、銃口に専用の銃剣を装着。装弾数十二発、槍としても使える自分と同じ背丈ほどの大型ライフルとなった。
準備を終えたベネデッタがダアトライフルを槍のように構え、戦いは誰が初めに動いて始めるかに変わった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
だが、誰も何も言わずに動かない。肌を刺すようなビリビリした空気が静かに流れ、四者の放つ強大な力と威圧感に、神であるスカサハが作りし頑丈な筈の氷の城がとうとう悲鳴を上げるようにヒビが入り始めた。氷の騎士も同様、耐え切れずにヒビが入り、やがて亀裂となってバラバラに崩れ始めた。
……それでも四者は動かない。
神であるスカサハは二人の挑戦者を試す立場であり、神としての余裕と傲慢による慢心を持って、先手を譲っているのだ。
スカサハも同様、ただの人の身でここまで辿り着き、自分を殺し得る相手の動きが見たくて待っていた。攻めようと思えば今すぐにでも動けるが、二度目の最期となる戦いを少しでも長く楽しみたいが為に、自分からは攻めないと今決めたのだ。
対するベネットとベネデッタは、スカディに先読みが全く意味を成さないことに気付いて、冷や汗を流した。人の身で神の行動を予測、予知するなど愚の骨頂なのだ。スカサハについても、冬将軍や侍の亡霊など足元にも及ばない神殺しの域に達している技量と強さに、一分の隙も見えず完全に攻めあぐねていた。
まるで長い時間が経ったように錯覚する睨み合いが続く中、天井から吊るされている氷のシャンデリアが四者の威圧感にとうとう耐え切れず、砕けて落下を始めた。
それが合図となり、ベネットとベネデッタは行動を開始した。
「【修羅】【加速】!」
「【修羅】【加速】!」
ベネットとベネデッタは同時にアクティブスキルを発動し、赤いオーラを発しつつ全能力を底上げしながらAGIをさらに上げ、前に出た。
ベネデッタはスカサハに突っ込み、超高速の前進から渾身の突きを放つ。スカサハは片手の槍であっさりと受け流しつつもう片方の槍で突くが、ベネデッタは器用に片手を槍から離して振り払い、多少の切り傷を作りつつ受け流した。
お互いに槍が振るえない密着状態、どちらも攻撃出来ず一瞬動きが止まる。
「一対一でやろう」
「いいとも」
戦力を分散し、妨害させないようにする打算的なベネデッタの申し出を受け入れ、スカサハはベネデッタの【アイステレポート】で別の場所へと転移した。




