槍を求めて仕事する
隔離空間での戦いから数日が経ったある日のこと。
槍、欲しいな……。
歌唱レッスンの時、ベネットは隅に置かれている何本ものマイクスタンドを見て、ふとそんなことを思った。
ベネットは、実は刀より槍の方が得意である。今までは刀で何とかやっていけたので必要性を感じなかったが、最近は戦いが激しくて最も得意な武器が欲しくなったのだ。
それからは槍のことで頭が一杯になったベネットは、レッスンのことなど表面的に取り繕ってうわの空となり、どうすれば凄い槍を手に入れられるかとずっと考えた。
……うん、ウルフェンに聞こう!
出した結論はそれだった。チーム『円卓』で現状唯一の槍使い。武術においてはベネット自身すら負けるかもしれないと思う程の達人。彼ならば、良い武器――それも槍については何か知っている筈だと思ったのだ。餅は餅屋、である。
本日のレッスンが終わったベネットはオウカやリーベと話すことなくさっさと移動し、一先ずワールドシップの所々に点在するベンチの一つに座った。それからメニューを開いてウルフェンに電話した。
ツーコールで出た。
「どうしたベネット、私に何か用か?」
「ウルフェン、槍が欲しい。何かないか?」
「随分と唐突だな……」
単刀直入が過ぎる要求にウルフェンは驚きと困惑を隠さず、黙ってしまう。だがそれは思案しているということでもあり、ベネットがはやる気持ちを抑えて待っているとウルフェンが口を開いた。
「すまない……残念ながら、私の情報には無いな」
「そう、か……」
ウルフェンは、だが、と続けた。
「もしかしたら、サカズキならば何か知っているかもしれないな。あいつは商人だ。情報も取り扱っているから会う価値はあるだろう」
「! そうだな。会って来る!」
「それなら私から――」
連絡しよう、そうウルフェンが言い切る前にベネットは通話を切ってしまい、商業エリア内にあるサカズキの店へ早速向かった。
商業エリアの一等地、大通りに面したビルの一つにサカズキの店――『盃屋』がある。あらゆる物を売っている商業ビルであり、日用品から宇宙戦艦まで販売している。近江商人の理念である『三方良し』を掲げており、品質と価格が適正で真面目な商売をしている。その為、NPCとプレイヤー関係なくゲーム内トップの商会として絶大な信頼を築いている。
ビルの一階、店内は食品売り場となっている。ゲーム内の未来技術により商品は棚から取るごとに自動で供給されるシステムとなっており、商品の種類は非常に多い。
買い物に来たわけではないベネットは総合案内所に寄り、統一されたOL風のユニフォームに身を包む女性プレイヤーに声を掛けた。
「こんにちは、ちょっといいですか?」
「はい、ベネット様ですね。お待ちしておりました」
営業スマイルを向ける女性プレイヤーに、ベネットは首を傾げた。
「……まだ何も話していないのだが?」
「少し前にウルフェン様よりご連絡が入り、サカズキ様よりご案内するよう言われました。どうぞこちらです」
総合案内所から出た女性プレイヤーに付いて行き、ベネットはビルの屋上に建っている少し大きな事務所に入り、そこから二階の豪華な扉の奥へ通された。
中は程々の広さながら、机も棚も、応接セットも飾っている調度品もどれもが高級だと分かる執務室だった。来客用に小さなキッチンと冷蔵庫もある。
奥にはチーム『サカズキ屋』のリーダーであるサカズキが座っており、ベネットが部屋に入って来ると椅子から立ち上がった。
「待っていましたよベネットさん。どうぞ座ってください」
促されてベネットが座ると、サカズキは自ら動いて小さなキッチンの前に立った。
「紅茶と珈琲、どちらがいいですか?」
「紅茶で」
「ではストレートかミルクティー、どちらがいいですか?」
「ストレート」
「分かりました」
好みを聞き出し、サカズキは慣れた手つきで紅茶の用意をした。
茶葉は高級ながらシンプルなダージリン、そのオータムナル。茶菓子はオータムナルの渋みと紅茶らしい香りに合う、これまたシンプルなショートケーキ。
用意が終わるとベネットと自分の前に紅茶のセットを置き、対面に座って一口飲んでからようやく話に入った。
「ウルフェンさんからお話は伺っております。槍をお探しのようで」
「ああ。何かないか?」
「そうですね……店で売っている槍はどうでしょう? 品質は保証しますよ」
サカズキはインベントリから自チームで生産しているレジェンドクラスの槍を出し、ベネットに差し出した。受け取ったベネットは重さや手に馴染むかどうか確かめ、立ち上がって軽く素振りをした。
だが、首を傾げた。
「いい槍ではあるが……どうにもしっくりこないな」
「そうですか。でしたら、ユニーククラスしかありませんね」
ベネットはサカズキに槍を返し、紅茶を飲んでショートケーキを食べる。サカズキも槍を仕舞ってからショートケーキを食べ、インベントリから使い古されたメモ帳を取り出してペラペラと捲った。
静かな時間が過ぎる中、サカズキはあるページで手を止めた。
「あぁ、ありました。とある伝説の槍についての情報」
「本当か!?」
「ええ、ですがこれは……非常に難易度が高いだろうと予測されるのと、まだ何処にも出回っていない情報故、とてもお高いですよ?」
「幾らだ?」
額面通りを即決で払う気でいるベネットに、サカズキは待っていましたとばかりににこやかな笑みを浮かべた。
あっ、嫌な予感。
何かを察したベネットだが、既に手遅れ。多少強気の交渉をしても応じる宣言してしまったことで、交渉のアドバンテージを得たサカズキは言った。
「では……お金は結構ですので、ベネットさんの写真集を販売する許可を貰ってもよろしいですか?」
「……写真集?」
吹っ掛けられると思っていたベネットにとって意外な条件に、思わず聞き返していた。
「ええ、写真集です。如何でしょう? 撮影で使用したコスチュームもお譲りしますよ」
「……まぁ、それくらいなら」
「ありがとうございます。少々お待ちを」
承諾を得たサカズキは立ち上がって執務机に向かう際、背を見せた瞬間にほくそ笑んだ。それから執務机でテンプレート作成して保管してある契約書を一枚取り出し、ペンを持って戻った。
「こちら契約書です。不備や疑問点が無ければサインをお願いします」
「うむ」
ベネットは契約書をしっかりと読んでから、差し出されたペンを手に取ってサインした。それを見届けたサカズキは契約書を手に取って確認した。
「……確かに。ではもう暫くお待ちを」
再び執務机へ向かったサカズキはメモ帳を用意し、フレンドリストから写真集作りで関わりのあるプレイヤーたちに連絡を取り始めた。
ベネットの写真集は前々からあわよくばと計画していたことであり、関係者たちは二つ返事でオッケーを出し、全ての連絡を終えて後の処理で必要なメモも取り終えたサカズキは満面の笑みを浮かべて言った。
「お待たせしました。今すぐ来てほしいとのことですので、早速向かいましょうか」
「分かった」
ベネットは残ったショートケーキを素早く食べ、紅茶も飲み干して立ち上がった。
移動した先はサカズキが保有するビルの一つ。商業エリアの中でも目立たない場所であり、公認アイドル事務所のすぐ近くである。
そのビルの中にある撮影スタジオにて、ベネットはチーム『サカズキ屋』のメンバーのカメラ撮影担当及びオルオン公認ゲーム実況者のチュンに、パシャパシャとカメラで撮られていた。
「ベネットさん、もっとお尻上げてこっち向けてー。はい、いいですよー」
「ベネットさん、もっと色っぽい顔出来ますか? ああ、いい感じです。いや~眼福ですね!」
「……」
ベネットは今、とてもつもない羞恥に晒されていた。顔は真っ赤で既に涙目であり、必死に羞恥心を我慢している初々しい様相がスタッフ一同を心からそそっていた。
というのも、写真集は写真集でも成人向けのエッチなものだったのだ。今着ているコスチュームもエロゲーに出てくるような、現実でも承認欲求が高いか見られて興奮するような人たちしかまず着ない、翼と尻尾が付いた非常に扇情的で露出の多いビキニタイプのサキュバス衣装であり、なんかもう色々と限界であった。
そんなベネットの気も知らず、追加で声が掛かる。
「ベネットさん、恥じらいばかりでは男の人も飽きてしまいますわ。もっと衣装に合った顔をしなさい」
「そーだよー。こんな経験中々ないんだから、楽しまなきゃ駄目だよー」
「……凄いな。私も興奮して来た」
「クックック……これぞ愉悦という奴だね」
「……グッド」
「まぁなんだ。頑張れ」
カメラマンの後ろ、何処かから話を聞きつけて来たチーム『円卓』の女性陣が揃っていた。声を掛けていないキャシーはベネットの憐れさに大笑い。正に捧腹絶倒の状態だった。
色々と言い返したい、でもそれをすると逆に何か言われる。それが分かっているベネットは無視を決め込み、ひたすらにこの恥辱を耐えた。
写真集の為のコスチュームはころころと変わった。
サキュバスの次は、牛柄ビキニとカウベル付きの首輪や耳標などの付属品一式の衣装。
種族ケモミミのネコ人間になってのドスケベ獣衣装。
大事な部分に布地が無くて下着を晒しているド変態ナース衣装。
最早下着や水着レベルで服として機能していない痴女メイド服。
単純なエロ水着。
胸元やサイドが丸見えなエッチなチャイナドレス。
シースルーの布が綺麗で露出の多いセクシーな踊り子衣装。
胸を暖簾のような布で隠しただけのファンタジードレス衣装。
ハイレグなレースクイーン衣装。
ウェディングを思わせる純白且つデザイン性の良いセクシーランジェリー。
それらの衣装で何枚も写真を撮られて数時間……。
ようやく解放されたベネットはいつもの黒い軍服衣装に戻ってから、スタジオの隅に設置されているベンチに座ると、コテンと横になった。
そこに、同じ男として微妙な顔をしているミグニコ以外、顔をツヤツヤさせた仲間がやって来た。
「ベネットさん、お疲れさまでした。とても素晴らしかったですわ」
「ゲームの中とはいえ、あそこまでやりきったのは素直に凄いよー」
「新しい着想を得られた。姫騎士プレイが捗りそうだ。礼を言う」
「にゃーは面白いものを見れて大満足にゃー」
「実に良いものを見せてもらったよ」
「……セクシー」
「お疲れ。ほら、これでも飲んでろ」
「……アリガト」
各々感想を言った後、キャシーがベネットによく冷えた強炭酸のエナジードリンクの缶を差し出し、体を起こして受け取ると蓋を開けてすぐに飲んだ。
ぷはぁ、と一息吐いた直後、集まっているベネットたちの背後からサカズキが営業スマイルを浮かべながらやって来た。
「皆さん、少しよろしいですか?」
「おう、なんだ?」
一歩前に出て誰よりも速く返事をしたのはミグニコ。何故なら、自分の身に関して嫌な予感がしたからだ。
その行動にサカズキは笑っていない目で背の低いミグニコを一瞥し、他の女性陣に目を向けた。
「よろしければ、皆さんも写真集を出してみませんか? スタッフ一同、ベネットさんの撮影でモチベーションが有頂天の状態ですから、いいものに仕上げる自信がありますので」
「悪いがお断――っ! おいお前ら、離せ!!」
ミグニコが断ろうとした瞬間、仲間が一斉に掴んで逃がさないようにした。背後からは同じ中身男である筈のヘカティアがミグニコの頭に大きな胸を乗せつつ抱き着くように抑え、左右の腕はキャシーとオウカが掴んだ。両足には黒い熊の着ぐるみを着たシュガーが足の臭いを嗅ぐ為に顔を近づけて掴んでいる。
もがいて脱出を試みるが効果はない。速度特化で背も低い少女姿のミグニコにとって、周りは自分より筋力があって背の高いプレイヤーばかりだからだ。
「俺はやらなンンン!!」
「クックック、お前も道連れだミグニコ」
「クックック、観念したまえ。ブスッとな♪」
遅れて目の前に来たベネットに悪い顔で口を押えられ、さらにハカセが首筋に注射器を刺して麻痺毒を注入し、ミグニコは喋るどころか一時的に動けなくされた。
そして、手の空いているリーベが代表して答えた。
「ええ、よろしくてよ」
「ありがとうございます。報酬の方は写真集で使ったコスチューム全ての譲渡、でどうでしょう? その後のロイヤリティは二割でどうですか?」
「それで構いませんわ」
「分かりました。ではこちらにサインを」
「ええ、どうぞよしなに」
予め用意されていた契約書にリーベが代表者としてサインし、再び撮影が始まった。やることこそ変わらないが、ペアを組んだり複数人で体を交わらせての撮影が行われ、結局ベネットも再度参加させられて恥ずかしい思いをすることになったのだった。




