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気分転換



 ラックとの出会いから数日、ベネットはいつもの時間にログインした。


 一週間のメンテナンスからそれなりの時間が経過しており、既にプレイヤーたちは落ち着きを取り戻している。新たにゲームを始めた初心者プレイヤーも混じっており、古参プレイヤーと呼べる者たちが声を掛けたり温かい目で見守っていたりもした。


 ベネットはいつもの軍服コスチューム姿で、テスタメントや大罪の七姉妹の活動報告書を確認した。それが済んでから移動を始めようとすると、まるでタイミングを見計らったかのようにアルバから通話が入って応じた。


「アルバ、どうした?」

「とりあえずチームルームの会議室へ来てくれ」

「分かった」


 それだけの会話で通話は終わり、ベネットはチームルームへ移動した。




 チームルームは静かなものだった。ベネットのサポートNPCであるニーナ・メイスンもリビングには居らず、すぐ横の会議室へ入る。

 円卓がある会議室には、防具の鎧を着たアルバと、チーム『サカズキ屋』のリーダー、サカズキが椅子に座っていた。その傍には紅茶セットと茶菓子の載ったカートがあり、ニーナがメイド服の格好で控えていた。


「アルバ、来たぞ」

「まぁ座ってくれ」


 促され、ベネットは椅子に座った。と、すかさずニーナが紅茶とショートケーキを目の前に置いた。

 薔薇の上品な香りがするローズティーだと判別しながら、ベネットは一口飲んで口を開いた。


「それで、サカズキ屋が私に何の用だ?」

「その質問に答える前に、まずは一つお聞きします。ベネットさんはハーフアニバーサリーのライブに参加されるおつもりですか?」


 その質問にベネットは商売がらみで何かすることを察し、どうせ勝手に取引をして後は本人の意思次第の状況にしているだろう、アルバに冷たい視線を向けた。


「じゃあ、俺は魔王討伐にでも行くよ」


 アルバは逃げるように会議室から出て行った。

 溜息一つ吐いたベネットは、出されているショートケーキを一口食べる。くどくない上品な甘さに不機嫌からちょっとだけ幸せな顔をして答えた。


「参加する。投票されたのもあるが、多くのプレイヤーに直接お願いされた。無碍には出来ない」

「フフ、あなたならそう言うと思っていました」


 サカズキは満足気に微笑を浮かべ、インベントリから幾つかの物を取り出してテーブルに置いた。

 それは、ベネットを商材にしたグッズの数々であった。


「では商談と行きましょう。我々『サカズキ屋』は、グッズ販売の許可を求めます。ここに出したのはサンプル。アルバさんにはチームとして話は通していますので、後は個別に交渉して許可を貰うだけです。如何ですか?」


 サカズキのこの商談は、リアルマネーが関わる。『オールワールド・オンライン』はディメンジョントラベル社の著作であり、そのアバターの最終的な権利は会社側にある。

 だがそれだけでは面白くないと考えた運営は、プレイヤーによるアバターを使ったグッズの販売を許可した。プレイヤーはゲーム内でリアルマネーを伴った専用アイテムの生産と販売が可能であり、一定額の売上を達した場合は運営も関わって現実の方でもグッズ販売が出来るようになるという寸法だ。


 お金が欲しい、ゲームでお金稼ぎをしたい、というプレイヤーならばその可能性があるこの提案に対して首を縦に振るが、ベネットは首を横に振った。


「残念だが許可は出せない。私はその……立場的に商売をしてはいけないんだ」

「存じております」


 その言葉を聞いた途端、ベネットの目は鋭くサカズキを睨みつけて威圧感を放った。

 だが、サカズキは微笑を崩さず余裕を持ったまま紅茶を啜った。


「……それで? 分かっていながらグッズ販売の許可を求める理由は?」

「申し訳ありませんが、お答えすることは出来ません。ですが必要なことです。それにこれは『自分に良し、相手に良し、世間に良し』と、近江商人の商売理念と合致したことであると確信しています」


 あと、とサカズキは続ける。


「ベネットさんがグッズ販売を許可したとしても、ロイヤリティを受け取らずにいれば、現実の方での禁止行為には引っ掛からないかと思いますが」

「……まぁ、そうだな」

「であれば、許可は頂けますね?」

「……ああ、許可しよう」

「ありがとうございます。グッズの販売はハーフアニバーサリーに合わせて行いますので、楽しみにしていてください。では、契約書にサインをお願いします」


 サカズキはインベントリから予め作成しておいた契約書とペンを取り出すと、わざわざ席を立ってベネットの方に回り込んで渡した。

 ベネットも渡された契約書をよく読んでから差し出されたペンでサインして返した。


「……確かに。ありがとうございます」


 確認を終えたサカズキは契約書とペンを仕舞い、サンプルのグッズを遠隔でインベントリに仕舞って出て行くが、扉の前で「あっ、そうそう」と思い出したかのように呟いて振り返った。


「ライブの参加表明は早めにしておいたほうが良いですよ。ライブの歌と踊りのレッスンを早めに受けることが出来ますからね。では」


 サカズキは一礼し、会議室から出て行った。

 それを見送ったところで黙っていたニーナが口を開いた。


「ベネットさん、ライブに参加するのですね」

「まさかアイドルの真似事をすることになるとは思わなかった」

「楽しみにしていますよ。関係者として最前列の席は確保していますから。あと、スケジュール管理はお任せください」

「頼む」


 これから忙しくなりそうだ、とベネットは思いながらショートケーキとローズティーを楽しんだ。

 それから公式サイトにアクセスしてライブの参加表明を行うと、すぐに運営から指定の場所に来るように連絡が入り、ベネットはチームルームを出て商業エリア内のビルの一つに入ってエレベーターで上の回へ移動し、『公認アイドルユニット事務所』というプレートの貼りつけられた扉を開けた。


「えっと、失礼します」


 緊張した面持ちでベネットが中に入ると、物が雑多に置かれた普通の事務所だった。事務机が並んでいる場所があったり、応接セットが並んでいる場所があったり、奥には偉い人がいる大きな執務机がある。

 その執務机に青髪青スーツの運営の人、広報担当のネプチューンが座っていた。


「初めましてですね、ベネットさん。私は運営の広報担当ネプチューンです。この度はライブの参加を決めてくださり、ありがとうございます」

「どうも。一つ質問いいですか?」

「はい、何でしょう?」

「何故、プレイヤーがわざわざ歌って踊ることになるんです?」

「『プレイヤーに可能な限りの体験と楽しみを』というのが運営のモットーとなっております。それ故に、ライブなどにも積極的にプレイヤーに参加してもらおうというわけです」

「そうですか。歌はともかく、私はアイドルみたいな踊りは出来ない。たった数週間で踊れるものですか?」

「それについてはご安心ください。アイドル用のコスチュームにはステージに立つだけで自動で踊ってくれるアシスト機能が付いています。アシスト強度も段階的に設定可能ですので、最悪ステージに立ってもらうだけで何とか出来ます。まぁ、アシスト強度を高めると操り人形にされたような感覚がして不快感が強いので、自力で踊れる方がいいですけどね」

「操り人形は嫌だな」


 心底嫌そうな顔をしたベネットに、ネプチューンも同意するように頷いた。


「というわけなので、ベネットさんにはハーフアニバーサリー当日までの間、ライブに参加する他プレイヤーと一緒に、公認アイドルと共に歌と踊りのレッスンに参加してもらいます。いいですね?」

「分かりました。スケジュール等は私のサポートNPCニーナ・メイスンに渡してください」

「はい。では、今日は特に何も無いので、普通に過ごしてもらってもいいですよ」

「そうですか」


 ベネットは踵を返したところで、アイドル事務所という環境からアズキとモチのことを思い出して振り返った。


「ネプチューンさん、アズキとモチは……今日は暇ですか?」

「ん? ちょっと待ってくださいね……」


 ネプチューンは運営専用メニューを開いて、アズキとモチのスケジュールを確認した。


「予定はありませんね。何か二人に用事があるんですか?」

「いや、ちょっと前に一緒に冒険しようって言っていたから、丁度いいし誘ってみようかと」

「なるほど。私の方で呼び出しますから、ここで待つといいですよ」

「なら、お言葉に甘えて」


 ベネットはネプチューンの言葉に従い、応接セットのソファーに座って暫く待機することにした。

 連絡を終えたネプチューンはその場で運営の仕事を始め、静かな時間が過ぎる……。





 それから十数分経ち、事務所の扉が開いた。


「戻ったぞ」

「ただいま戻りました」


 アズキとモチの声に、ベネットは立ち上がった。


「久しぶりだな、二人とも」

「ベネット、久しぶり」

「お久しぶりです」


 よっ、と手を挙げて挨拶するアズキ、丁寧なお辞儀をするモチ。対照的な態度だが、その尻尾は揃ってブンブンと大きく振られており、この出会いが嬉しいことであると示している。

 久々の出会いに、ベネットはメンテナンス中に刷新された二人の普段着用のアイドル衣装を見た。


 セーラー服の特徴である大きな襟を付けたブレザー……セーラーブレザーというタイプの女子制服だ。アズキが黒と赤、モチが白と青と対照的な色合いをしており、ミニスカートはガータースカートという、スカートの一部をカットしてベルトが付いている物だ。そのガータースカートと履いている二―ソックスはアシンメトリーとなっていて、二人の服は鏡合わせのように対照的になっていた。


「二人とも、可愛くて綺麗だな」

「ふん、そうだろう?」

「ありがうございます」


 つい出てしまった感想にアズキは自信有り気に胸を張り、モチは素直にお礼を言った。


「さて、二人と冒険――もとい遊びたいが……行きたいところはあるか?」


 ベネットの問い掛けにアズキとモチは顔を見合わせた。


「モチ、何処行きたい?」

「アズキこそ、何処か行きたいところは?」

「あたしは別に何処だっていい。ベネットと一緒に戦えれば」

「私も」

「……」

「……」

「じゃあ、せーので言うか」

「そうだね」


 せーの! と二人は合わせて同時に言った。


「第一世界!」

「第一世界!」

「うむ、では行こうか」


 ベネットはアズキとモチを連れて転送装置に入り、第一世界へ転移した。




 剣と魔法のファンタジーな第一世界。ワールドシップからの転送装置で最初に訪れる村に来たところで、ベネットは口を開いた。


「そういえば、二人はこの世界で何か目的はあるか?」

「私は特にないです」

「あたしも。でも強いて言えば、折角ベネットが居るんだから強敵と戦いたいかな。楽出来るし」

「強敵……」


 ベネットの脳内に浮かんだのは、自分と召喚契約した氷の精霊王ネーヴェだった。だが、彼女はしっかりと対策を取るか相性が良くないと勝負にすらならない強さがあるので、二人に戦わせるのは却下した。


「思いつかないな」

「可能ならってだけだから気にしなくていい。それより早く行こう。時間が勿体ない」

「そうですよ」

「それもそうか。じゃあ……あっちに行こう」


 二人に促されたベネットは適当に方角を決め、南へ向かうことにした。

 南は大森林が広がっているが、それまでにはある程度の平和な道が続いている。


 その道中、ベネットは見慣れたプレイヤーを発見した。『踏んでください』と書かれた看板を地面に突き刺し、傍で仰向けに寝転ぶ熊の着ぐるみ……シュガーである。

 だが、その後ろにはもう一人見慣れない女性が横たわっていた。


「ベネットさん、アレって……」

「ベネット、無視でいいだろ」

「……」


 モチとアズキも明らかに引いているが、ベネットは知り合いだからこそ無視出来ずに近づいて声を掛けた。


「シュガー、おはよう」

「ん、ベネットだー。おはよー」

「私は初めましてだね。土の精霊王、グランでーす」


 寝たまま挨拶したシュガーに続き同じように寝たまま土の精霊王と名乗ったグランは、褐色肌にパッツンロングストレートの黒髪に黒い瞳の、グラマラス且つモデル体型の美女だった。着ている服はハイレグな白い競泳水着で非常にセクシーだ。


「精霊王!?」


 痴女の正体に驚いたベネットは、真偽を確かめる為にネーヴェを呼ぼうかと頭を過った。でもやめた。変態行為に楽しそうに付き合っているところを見るとシュガーの同類であり、呼んでもただ迷惑だろうと思ったのだ。


「彼女は私と契約したお友達だよー。滅茶苦茶硬いし、趣味に付き合ってくれるいい子だよー」

「よろしく」

「……そうか」


 ベネットはとりあえず細かいことは気にしないことにした。


「あ、そうだシュガー。なんか強そうな敵が出てくる場所を知らないか?」

「強そうな敵?」

「うむ」

「そうだねー……踏んでくれたら教えてあげるー」

「分かった」


 了承したものの、今は自分の足で踏みつける気分ではないベネットはマジックスキル【アイスウォール】をシュガーとグランの真上に展開し、足の形にした大きな氷の塊を勢いよく落とした。


 二人が氷の塊によって見えなくなって数秒経ったところで、足の形をした氷の塊はポーンと勢いよく遠くへ飛んでいった。グランが手を伸ばしていて、彼女が飛ばしたのだと分かる。

 そして、シュガーはガバッと立ち上がるとベネットに向かって言った。


「これ踏むじゃないって、潰すだよ!」

「……確かに」


 前にもこんなやり取りしたな。


 ふと、そんなことを思い出しながら呑気に答えたベネット。

 そんな奴だったわ、と思い出したシュガーは再び寝転がった。


「よし、今度こそ踏んでよー」

「分かった」


 ただ踏むだけじゃ満足しないだろう、とベネットは気を利かせてコスチュームの軍服のヒールの靴底に鋭く頑丈な氷柱を生やしてスパイクにした。


「では行くぞ」

「いいよー。ん? なんか鋭いんだけど!?」

「まぁ素敵♪」


 驚くシュガーと喜ぶグラン、二人の反応など無視してベネットはまずシュガーの腹の上に立った。既にこの程度ではシュガーはダメージなんて受けないが、それでもトゲトゲした靴底で踏みつけられるというのは、プレイ的にちょっと違うと思って着ぐるみの中で微妙な顔をした。

 それはそれとして程よい刺激は良かった。

 ある程度踏んだところでベネットは一歩歩いてグランの腹の上に立った。薄い競泳水着しか着用していないにもかかわらず、その皮膚の内側にある筋肉は非常に硬く、大地を踏んでいるように全く沈まない。

 シュガー並みの頑丈さを持っていると確信したベネットがグランの顔を見ると、ニッコニコの笑顔をしていた。


 ある程度したところでベネットはグランから降り、再びシュガーを踏みつけながら言った。


「それでシュガー、強そうな敵は何処だ?」

「大陸の最南端のビーチにいる、ネレイドかなー。彼女は海の家を経営していて、この世界で千年以上生きてるんだって。戦ったことがあるから強さは保障するー」

「そうか。ありがとう」


 ベネットがシュガーから降りると、シュガーはすぐに立ち上がった。


「ベネット、案内を兼ねて付いて行くよー」

「む? なら頼む」

「はいはーい。グラン、お願いできるー?」

「オッケーよ! みんな、私に寄ってね」


 立ち上がったグランにシュガーとベネットは寄る。だが、アズキとモチは先程のやり取りを見ていた為に、変態二人に近づくのを躊躇していた。


「ベネットさん、よくその二人に近寄れますね」

「アイドルは変態も相手にするけど、プライベートまではちょっと」

「大丈夫だ。シュガーは変態だが根は優しくて誠実だ。嫌がる相手に変なことはしない」


 多分、とベネットは最後に小さく言った。視線も僅かに横を向いていて、自信を持っていない。

 アズキとモチは顔を見合わせ、互いに不安な表情であることが分かると頷き合い、一緒に足を動かしてグランに寄った。


「それじゃあ大陸最南端のビーチにご招待! トンネルワープ!」


 グランが力を使い、地面が光ると全員がその場から転移した。これは土の精霊王だからこそ出来ることで、地続きであることが条件であるものの、訪れたことのある場所なら何処にでも行けるのだ。




 転移して到着したのは大陸最南端のビーチ。正面には穏やかな潮風で小さな波音を立てる、透き通ったアクアブルーの海が広がっている。午前中でギラギラした太陽はまだ斜めの位置にあり、細かい粒で構成された白い砂浜には海の家と幾つかの設備を備えた建物が並んでいる。背後には南国の木々が防風林として植えられていて、この場所を居住地としている小さな街がある。


「わぁ、綺麗……!」

「いい場所だな」


 転移した直後、モチとアズキは声を上げて純粋に景色に対して感動していた。ベネットも同様であったが、その視線は遊んだり寛いだりしている水着姿の少数のプレイヤーに向いた。


「シュガー、ここはなんだ?」

「ここは第一世界でも指折りの名所であり、到達するのにそれなりの実力が無ければ来れない難所。後ろにあるナミナの街に転送装置があるから、解放しておくといいよ」

「だそうだ。まずはそっちに行こうか」

「ああ」

「はい」


 四人は防風林を抜け、ナミナの街へと移動した。街は白で統一された建物が並ぶ南国の街で、強い日差しを緩和する為に地面はビーチと同じ白い砂が敷かれている。室内に熱が籠らないように窓やドアは大きく、日よけの簾が掛かっている。NPCの服装も薄い生地で明るい色合いをしていて、非常に涼し気だ。

 その街の一角には休憩所のような屋根付きの建物があり、その中に転送装置が設置されていた。


 ベネットとアズキとモチの三人が転送装置に接触していつでも来られるようになったところで、シュガーはベネットを突如として担ぎ上げた。


「おい、シュガー?」


 嫌な予感がしてすぐにもがくが、筋力差のせいで抜け出せない。

 シュガーもベネットがこんなことで本気を出すことはないと分かっているので無視し、アズキとモチに向かって言った。


「それじゃあみんな、水着に着替えよっかー!」

「え?」

「は?」

「謀ったなシュガー!」

「ビーチと言えば水着だよー、というのは冗談。だけどこれから紹介するネレイドは、水着着用のプレイヤーとしか戦ってくれないから嘘は吐いていないよー」

「まぁ」

「そういうことなら」

「じゃあレッツゴー!」

「おー!」


 アズキとモチは納得し、シュガーの掛け声にグランがノリよく声を上げた。海の家の近くにある更衣室に入り、既に競泳水着を着ているグラン以外が水着に着替えた。


 ベネットとシュガーは以前の水着を、アズキとモチは色違いのお揃い水着だ。

 その水着はセーラー服風のスカート付きビキニ水着だ。アズキは黒に赤のラインが入ったもので、モチは白に青のラインが入っている。どちらも非常に可愛らしい。


 更衣室を出たベネットたちは、早速海の家に移動した。様々な浮き輪や水鉄砲、花火などが売られ、普通のテーブルの他に焼き肉と鉄板焼きのテーブルが並んでいて、ウッドデッキもある。カウンターにはバーベキュー用の食料、アイスやかき氷、各種フルーツジュースが売られている。

 そのカウンターの裏では、ビキニ水着の上からヒラヒラのエプロンを着用している精霊のネレイドが立っていた。


 水色の長髪を後頭部でシニヨンにした可愛らしい顔立ちの少女だ。瞳は髪色と同じ水色をしていて宝石のように綺麗で、耳は普通の人間でないことを示す魚のヒレのような耳となっており、首回りには魚の鱗のような物が生えている。

 体の方は平均的な身長で日焼け跡の無い白い肌をしており、スレンダーなのにエプロンの上からでもはっきり分かる程度に胸が大きい。


 彼女は来訪者に対し、営業スマイルを向けて挨拶した。


「いらっしゃいませ!」

「ネイネイ久しぶりー」

「また遊びに来たわよ」

「あ、シュガーと土の精霊王様! ――っと、この気配は氷の精霊王様!?」


 ネレイドのネイネイは二人に対しては親し気だったが、ベネットを見た瞬間に驚愕の表情に変わった。


「呼んだ方がいいか?」

「いえいえいえいえいえ!! ちょっと気配がしたので驚いただけで、精霊王様をわざわざお呼びしていただかなくても大丈夫です!」

「そうか」


 ネイネイは慌てて首を横に振って断り、ベネットが呼ばないと分かるとほっと息を撫で下ろした。


「それで皆さんは、どのようなご用件で海の家へ? 食事ですか? 買い物ですか?」

「それは後でかな。ちょっとネイネイと戦ってほしい人がいるんだよー」

「戦いですか……いいですよ。誰が相手です?」

「ベネット、アズキ、モチの三人だよー」


 シュガーによって三人は前に出された。


「ベネットだ」

「アズキだ」

「モチです」

「三人ですね。私はナミナビーチの海の家を経営している水の精霊ネレイド、名前はネイネイです。言っておきますが、私はかなり強いですよ」


 不敵な笑みを浮かべたネイネイだが、戦うことになる三人は彼女から特に強い力が感じられず首を傾げた。


「では、外で待っていてください。戦いの為の物を用意してきますので」


 エプロンを外したネイネイはカウンターに『離席中』と書かれたイカの置物を置き、奥へと移動した。

 言われた通り三人が外に移動し、シュガーとグランはセルフサービスで用意したジュースを手に、海の家の前に設置されているパラソル付きのテーブルの椅子に座った。既に観戦気分である。


「おまたせみんな。それじゃあビーチの熱い戦いを始めようか!」


 ネイネイが砂浜に出て来て戦いの幕開けを宣言し、持っている物を掲げた。それはとても美味しそうに見える大玉スイカであった。


「え?」

「戦いって……」

「遊び……のようですね」


 ベネットもアズキもモチも、てっきり防具と装飾品を装備せず水着と武器だけで戦うと思っていた。だが蓋を開けてみれば海の遊びに、呆然とするしかなかった。


 地味なくじ引きで順番が決まり、ベネットが一番でスイカ割り勝負が始まった。一回きりの真剣勝負。

 目隠しをし、木刀を持ったベネットがアズキとモチによってぐるぐると回される。


「はいスタート!」


 ネイネイの言葉で回されるのが止まる。結構回されたが、ゲーム『イレギュラー』でさんざんTA・SAを乗り回していたベネットにとってこの程度の回転はメリーゴーランド同然の緩やかさであった。

 また、超人として空間認識力に長け、スイカそのものの気配を感じ取れているので足取りは乱れることなく真っ直ぐで、コンッと木刀が軽くスイカに叩きつけられた。

 勢いよくやらなかったのはスイカが勿体ないというより、汁が飛び散って体に掛かったら変なスクリーンショットを取られるかもしれない、と思ったからだ。



 二番手、モチ。


 ベネットとアズキによって回される。さっきよりも多く回される。


「あの、ちょっと回す回数多くないですか?」


 流石にモチも気付いて声を掛けるが、二人は黙って答えない。


「はいスタート!」

「あうぅ、目が回って――って、なにこれ!?」


 目を回したモチが何とかスイカの方へ行こうとしてすぐ、構えていた木刀が硬い何かに当たったのだ。


 まさか!


 ルール上問題無い範囲で手を前に出せば、ひんやり冷たく硬い物の感触があった。それだけでこれが何なのか理解したモチは、目隠しされた状態で正確にベネットを捉えて振り向いた。


「ベネットさん、ずるいですよこれは!」

「ずるくはない。ルールを確認した時に魔法やスキルの使用について何も言及が無かった。ネイネイ、最初から妨害するつもりだったのだろう?」

「うへっ、バレてる!?」

「おうモチ、ベネットも鬼畜じゃないから迷路になってる。頑張れよ」

「いや鬼畜だよ!」


 アズキの本当の情報にツッコミを入れたモチは気を取り直してスイカの方に向き、一度深呼吸した。


 スキルを使っていいなら……。


「【光波】!」


 モチは上段の構えを取ってアクティブスキルを使い、木刀に込めた魔力を光属性に変換しつつ飛ぶ斬撃を振り下ろしと同時に放った。それはベネットが即席で作った氷の迷路を貫通してスイカを正確に真っ二つにした。



 三番手、アズキ。


 ベネットとモチにぐるぐる回される。


「はいスタート!」


 ネイネイの合図で開始となり、アズキは木刀の持ち方を変えてまるで銃を持つように構えた。

 そのまま正確にスイカに狙いを付けて木刀に込めた魔力を弾丸として発射した。

 スイカが盛大に弾け飛び、アズキが目隠しを外して確認した。


「ま、こんなもんだろ。ん?」


 アズキが海に違和感を覚えて振り向くと、微風で小さな波しか発生していない筈の海から人の背丈ほどもある大きな波が押し寄せていた。


「はぁ?」


 困惑するしかないアズキは、高く跳び上がると魔法陣の上に立って波を回避した。だが、スイカは波に攫われて綺麗さっぱり消えてしまった。


 ネイネイの仕業か……。なら、こっちだって容赦はしねぇ!



 最後、ネイネイ。


「あっ、ベネットさんは私に触らないでください。氷漬けにされそうなので」

「えっ」


 氷漬けにされると思ったネイネイがベネットに触られることを拒否し、落ち込んで三角座りするベネットをシュガーとグランが慰める。

 代わりにアズキとモチがネイネイをぐるぐる回し、「スタート」の合図をグランが言った。


「フフフのフ。皆さんは的確にスイカの位置を割り出せる力があるようですが、私も水分があるスイカの位置くらい簡単に分かるんですよ」

「おっと、手が滑った」

「へ?」


 棒読みでアズキが声を上げ、ピンを抜かれた手榴弾が足元に放り投げられた。それが何なのかを理解する前に、ネイネイは手榴弾の爆発で軽く宙を舞って倒れた。


「イテテ……流石に直接攻撃は酷いですよ」

「物を落としただけだぞ」

「そっかぁ」


 自分のやったことも大概で、アズキの言い訳を通すしかないネイネイだった。スイカは無事なので木刀で叩いて終わり。全員が成功でスイカ割りは終わった。




 その後、ビーチフラッグは足が速いアズキが勝利。砂のお城作りは芸術的センスが飛び抜けていたモチが勝利。宝探しは砂の中に浸透させた海水から位置を特定したネイネイが勝利。砂山崩しは凍らせて棒が倒れないようにしたベネットが勝利した。


 そして最後の水鉄砲勝負。

 拳銃タイプは両手持ち、ライフルタイプは一丁のみ。ベネットとモチが二丁拳銃で、アズキとネイネイがライフルを持った。

 全員が離れた位置に陣取ると、シュガーが手を上げた。


「よーい……スタートー!」


 全員が動き出し、ベネットとアズキ、モチとネイネイが相対してそれぞれ水鉄砲を構えた。が、ベネット以外が自分の水鉄砲の異変に気付いて目を見開いた。


「なっ!?」

「これって!?」

「ヒエッ!」


 ベネットお得意の魔法の遠隔発動によって、水鉄砲のタンク内の水が完全に凍っていたのだ。ご丁寧に引き金の部品も氷漬けにされていて、ピクリとも動かない。水の精霊にとってこの攻撃は恐怖でしかなく、ネイネイは凍った水鉄砲をその場に捨ててしまった。


「勝負ありだな」

「そこまでするか、普通?」

「私は負けず嫌いなんだ」

「そうかよ」


 アズキは呆れ、さっさと海の家へ戻った。ベネット以外に攻撃手段を失ったことにより、一発も水を発射せずにベネットの勝利となった。


 それからは海の家で食事をしたり、今更日焼け止めを塗り合ったり、遊んだりし、日が沈み始めるまで楽しんだ。

 そろそろお開きということで全員でシャワーを浴びて海水を落とし、水着からコスチュームに戻ったところでベネットはアズキとモチに言った。


「二人とも、今日は冒険じゃなかったけど楽しかったか?」

「はい、ちょっと季節外れでしたが、いい気分転換になりました」

「特にベネットの日焼け止め塗りは面白かったな。敏感過ぎ」

「言うな」


 言われて思い出したベネットは少し顔を赤くした。ただすぐに切り替え、今度はシュガーとグランに言う。


「シュガー、グラン、今日はありがとう。楽しかった」

「別にいいよー。ベネットもちょっとストレス溜まってるように見えたから、気分転換出来たなら良かった」

「また踏んでくださいね♪」

「うむ、分かった。では、今日はお疲れさまでした」


 お疲れさまでした!


 と全員が言って今日やることは終わりとなり、ベネットはログアウトした。



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