初心者指導
アーサーたち『円卓の騎士』メンバー登場回。
ちょっと長いかも。
翌日、初心者指導のイベントが始まる少し前にベネットはログインした。
今回のイベントの為に運営の方で色々と準備をし、ワールドシップのロビーには大きめのブースが設置されていた。
その周辺には『初心者指導イベント実施中!』と書かれた幟が幾つも立て掛けられている。
プレイヤーの多くがそれに興味関心を持ち、ブース内に並べられた席にはゲームを初めて日が浅い初心者や、ゲーム攻略に躓いてしまっている技量の低いプレイヤーが隙間なく座っており、溢れているプレイヤーが立ち見をしていた。
また、トッププレイヤーの指導に興味のある、明らかに初心者や弱者でない雰囲気のプレイヤーも立ち見をしていた。
ベネットは『関係者以外立ち入り禁止』と張り紙が貼られたブース裏のテントに入った。テーブルが真ん中にあり、ハカセ以外のチーム『円卓』メンバーが集まっていた。
開始前ということで各々好きにしていたが、ベネットが来たことで顔をそちらに向け、オウカ、リーベ、シュガー以外が服装に注目して目を見開いた。
「メイド!?」
「ロングか、いいな」
「メイドさんにゃー、可愛いにゃー」
「いいセンスだ」
「へっ、似合うじゃねぇか」
「……後で買おう」
「瀟洒だな」
それぞれ思い思いに呟き、ベネットは今更になってメイド服を着たままだということに気付き、恥ずかしくなって頬を少し赤らめた。
「これはあの……リーベに着せられたんだ。私はメイドプレイがしたくて着ているんじゃない」
その恥じらいが可愛らしさを引き立て、何人かがリーベに絶賛の視線を送った。
アルバもその一人だが、イベント開始までの時間が迫っているので咳払いして気を取り直し、言った。
「ベネット、来てくれたんだな」
「……まぁ」
「今回のイベントの手順はわかっているか?」
「問題ない」
今回の初心者指導イベントは、二部構成になっている。
第一部は、運営から改めてゲームのパラメータやスキルの仕様説明だ。
第二部は、『円卓』メンバーがそれぞれ事前に知らせていた分野ごとの指導である。
ベネットが時間を確認すると、アルバも同じように時間を確認して言った。
「時間だ。みんな表に出てくれ」
ぞろぞろとテントから出る際、ベネットはいつもの軍服に着替えてからブースの表に移動し、舞台に並べられた椅子の一つに座った。
ブースの側面に取り付けられている時計が開始時間になると、運営のプルートが瞬間移動で舞台に現れた。手にはマイクがあり、今にも寝そうな目で口を開いた。
「皆さんこんばんは~。運営のイベント担当、プルートで~す。今日は~……ふあ……初心者の為のイベントにー……来てくれてありがとう~。それじゃあ早速、モニターに映すね~」
リモコンを出したプルートは、ポチッと押してブース正面の壁に設置された大型モニターを起動した。
そこにはこのゲームの成長の仕方、スキルの取得の仕方、アイテムの使い方や素材の入手の仕方、最初に取るべきオススメスキルが懇切丁寧に書かれていた。
知っている情報ばかりで見るべきところはなく、プルートのゆっくりとした説明と時々する欠伸に、ベネットは腕と足を組んで居眠りを始めた。
ゆっくりした口調による細かい説明で、数十分が経過した。
「――はい、説明は終わりで~す。次は~チーム『円卓』の皆さんのー……ふあ……集団指導になりま~す。あー、その前に一つお知らせ~。今回のイベント、ゲームの広報活動に利用するから~……公認アイドルも参加して、生中継でライブ配信もしまーす」
アイドル参加の発表に、ブースの中で幾らかのざわつきが起こった。座っている者から半分ほど、立ち見からは大きなざわつきだ。
公認アイドルグループの『おしるこ』と『おにうさ同盟』に加え、もう一人の公認アイドルが舞台に出たことで、そのざわつきはさらに大きくなった。
小悪魔系アイドル、リリアである。
リリアは、オーディションライブによるファン投票によって公認アイドルとなった種族ウイングの少女だ。
ピンク色の長髪はツーサイドアップされ、その髪留めは蝙蝠の形をしている。瞳は鮮やかなマゼンタで、妖艶と幼さが感じられる整った顔は自信に満ち溢れている。背中の翼は髪留めと同じ蝙蝠の形をしており、尾は艶のある黒い悪魔の尻尾だ。サキュバスを思わせる見た目で背は低いが、女性としては理想的な体型となっている。
コスチュームは全身黒く、肌面積の広い小悪魔らしいものを着ている。上は艶のある黒いホルターネックのへそ出し服で、下はホットパンツの上から艶のある黒いショートスカートを履いている。首にはチョーカーを巻き、足には黒いブーツを履いている。
「みなさん、こんにちはー」
「ハロー! ファンのみなサーン!」
「はぁい、みんな元気?」
愛想のいいモチとウサメリカが手を振り、リリアが可愛らしいポーズを取ることで一部が叫び、名前を呼んだが、礼儀正しいプレイヤーたちばかりの為に無断でのスクリーンショットを撮る者はいない。
「では~、大型訓練場への移動をお願いしま~す」
寝ているベネットを除いてチーム『円卓』メンバーは立ち上がり、移動を始めた。そのベネットをシュガーが抱えようとしたが、撮影されていることを考えたアルバが止め、代わりにお姫様抱っこして連れて行く。
その光景に尊みを感じたプレイヤーから黄色い声が上がり、先の集会から二人の関係に注目していたプレイヤーはざわついた。
やはり、アルバとベネットはそういう関係!?
そういった疑問が広がり、生中継にその様子が映されたことでネット上では大いに盛り上がった。
大型訓練場へ移動したところで、アルバはすぐに抱っこしているベネットを起こした。
「ベネット、起きてくれ」
「……ん、ん?」
揺すられ、声を掛けられて目を開けたベネットは、自分がお姫様抱っこされてアルバの顔が近いことにほんのり顔を赤くし、顔を逸らすついでに辺りを見渡して昨日使った大型訓練場だと理解した。
「アルバ、なんで私は抱っこされているんだ?」
「寝ている君が可愛かったから、少しでも長く寝かせておこうと思ってね」
「……目が覚めたよ。降ろしてくれ」
降ろされたベネットは立ち上がり、多くのプレイヤーからニヤニヤとみられていたことに気付いて、恥ずかしさを誤魔化すように咳払いをした。
その間にプルートは大型訓練場のコンソールを操作し、何も無い広大な平原へと変え、離れた位置に訓練用のエネミーや的を大量の出した。あとは参加者の為に全ての武器種を備えた棚も出した。
「はい、準備が整いましたので~、チーム『円卓』のみなさんはー……指導を始めてくださーい」
プルートの言葉にアルバは頷き、メンバーを代表して言った。
「それじゃあ、武器を持って指導を受けたい者のところへ行ってくれ」
チームメンバーがそれぞれ邪魔にならない位置に移動し、プレイヤーたちは訓練用の武器を手に指導を受けたいメンバーの下へ集まった。
強くて格好よく、周りから勇者と見られているアルバの元へは指導を約束したアーサーと、後は主人公というポジションに憧れて剣と盾を使うプレイヤーと、見学者が集まった。
アルバの教え方は実に堅実なものだ。手始めに剣の振り方と盾の扱い方を、訓練用のエネミーを相手に実戦して見せた。その後に一人一人やらせて、何が良くて何が悪かったかを説明していく。
全員の指導を終えたアルバは言った。
「みんなよく出来てる。エネミーとの戦いは、相手の動きをよく見てパターンを見極めることが重要だ。じゃあ次、対人戦の動きに移ろうか」
対人戦についての心得や動き方を教え、プレイヤー同士での模擬戦を行わせた。戦う相手を適時変えて指導を続けていると、アルバに挑戦したいという者が出て来て快く相手をした。
アルバと相手をしたプレイヤーは圧倒的な実力差に為す術無く、アルバによって倒され、一度光の粒子となって大型訓練場内のリスポーン地点で再生した。次元の違う動きに、観戦していたプレイヤーたちは委縮した。
「他に俺と戦いたい奴はいるか?」
「俺とお願いします」
アルバの前にアーサーが立った。右手には剣を持ち、左腕には盾に分類される分厚い籠手を装備している。
「手加減は出来ないぞ」
「別にいいすよ。今の俺がどれだけ通用するのか、知りたいだけなんで」
「そうか。では行くぞ!」
「おわっと!?」
アルバはいきなり剣を振るい、アーサーは間一髪で躱した。鋭く速い剣が次々と振るわれ、アーサーはそれを剣と籠手を駆使してギリギリで防いでいく。
感覚からアーサーの才能が本物であることに嬉しく思ったアルバはほくそ笑み、剣だけでなく盾も使って攻め始めた。
「盾にはこういう使い方もある」
「ぐあっ」
詰め寄って盾でアーサーを殴り飛ばし、態勢を立て直して顔を上げたアーサーの目と鼻の先に盾を突きつけ、視界を遮って盾の横から剣を突き入れる。
普通であれば確実に入る筈だった突きを籠手で弾いて防ぎ、アルバの剣と盾の連携をなんとか凌ぎながら後退して剣を構え直した。
その動きに、外野から声を掛ける者がいた。
「アーサー、怖気づいたのか?」
「ランス……ちょっとな」
声を掛けたのはアーサーのリアルの親友だ。アバター名はランスロット。伝説に則りその顔はアルバと同等レベルのイケメン銀髪青眼の男である。ただし、まだ始めたばかりの為にアーサーと同じ装備をしている。
彼もまた素晴らしい才能があると感知したアルバは、挑発するように彼に剣の切先を向けた。
「彼だけでは面白くない。君もどうだい?」
「……フッ、安い挑発ですね。でも、受けて立つ!」
ランスロットは駆け寄りながら剣を抜いて振るい、その動きに合わせてアーサーも剣を振るった。アルバは剣と盾を使って二人の剣を防ぎつつ、敢えて二人の間に立って戦った。
二人は息を合わせて左右から仕掛けるが、アルバは演武のように動いて対応し、逆に二人はダメージを負って膝を着かされた。
「まだやるか?」
「はい!」
「ああ!」
二人は立ちあがり、再びアルバと模擬戦を始めた。圧倒的な実力差のあるアルバにその剣が届くことは無いが、何度も挑むその姿は周りのプレイヤーを魅了した。
いつかはこんな戦いをしたい、全員がそう思った。
銃の指導をすることになっているベネットの下には、同じチームで狙撃を指導する手筈のヘカティアが合流し、アイドルのアズキとウサメリカ、銃を得意とするプレイヤーたちが集まった。
「ヘカティア、なんで私のところに来た?」
ベネットの当然の疑問に、ヘカティアは狙撃というロマン溢れる戦い方をするプレイヤーが思ったよりも少なくて分かれて指導する意味が無い、と言おうと思ったが、面倒臭くなって一言で済ませることにした。
「……面倒」
「……そうか」
省略された言語とヘカティアの発する思いからベネットは理由を察して納得し、早速指導を始めることにした。
「さて、銃の指導を始めるが……リアルはともかくとして、銃を撃った経験が無い奴はいるか?」
誰も手を挙げない。
「それなら銃の扱い方は省略するとして……全員、好きな銃を持って的に向かって横一列に並んで」
全員が好きな銃を持って横一列に並んだ。その中でベネットの目を引いたのが、完全に西部のガンマンスタイルのウサメリカだ。手に持つリボルバー拳銃は銃好きなら形状ですぐに判別がつく、シングル・アクション・アーミー――SAAだった。
「じゃあ、射撃を開始してくれ。問題があれば、私とヘカティアが指摘する」
ベネットの合図によってプレイヤーたちは射撃を開始した。的に狙って撃っていくが、今回の指導に参加するだけあって大半のプレイヤーは殆ど的に当てられていない。当たったとしてもまぐれか、弾道予測線が出ているにも関わらず着弾点が大きくぶれていて、正確な射撃とは程遠い。
これは、銃の握り方や構え方の問題から来ているものだ。ベネットとヘカティアは目敏くそれらを発見し、指導していく。
「君、拳銃はしっかり握らないと真っ直ぐ飛ばないぞ」
「えっと、こうですか?」
「いや、違う、そうじゃない。こう握って、こう! あとは構え方も……よし、これでいい」
「……はい」
ベネットはプレイヤーに密着して握り方や構え方を矯正し、指導を受けたプレイヤーはベネットの胸が当たったりいい匂いがして鼻の下を伸ばした。
一方のヘカティアも、ベネットと同じように指導する。
「……こう」
「こう、ですか?」
「……もっと、こうする」
「は、はいっ」
計算された大きな胸で密着されたプレイヤーは、デレデレの状態となった。
二人の指導を見ていた中身が男のプレイヤーたちは生唾を飲みこみ、指導されることを期待して普段以上よりも酷い射撃になった。ベネットもヘカティアも欲望からわざとやっていることなど一瞬で見抜いたが、同じ男としてその気持ちはわかるとして、気付かない振りをしてそのまま指導を続けた。
そんな様子を見ていたアズキは、男の性に対する欲望を目の当たりにして小さく舌打ちした。
「これだから男は……」
「まぁいいじゃないデスカ。色気で男を手玉に取るのは楽しいデスヨ?」
「あっそ」
隣にいるウサメリカの言葉を流し、アズキはアサルトライフルを的に向かって撃ち、素早く正確に幾つもの的を撃ち抜いた。
その技量の高さにウサメリカは口笛を吹いた。
「一緒に冒険して何度か見ましたが、やっぱり凄いデスネ」
「ウサメリカには及ばない」
「そうデスカ?」
「そうだろ。あの的に六連射してみろ」
アズキが指を差したのは二十五メートル離れた位置にある的だった。
「オッケー!」
快活に返事をしたウサメリカは、慣れた動作で手早く空薬莢を排出して弾を込め直し、くるくるとSAAを回して腰の革製のホルスターに仕舞った。それからしっかりと的を見据え、素早くSAAを引き抜くと腰だめの状態で片手をSAAのハンマーに添え、ファニングショットの構えで連射した。
その連射力は自動拳銃以上でありながら、弾は全て的の真ん中に命中していた。
「イエス! パーフェクト!」
「普通は出来ないからな?」
「でも、アズキも似たようなこと出来ますヨネ?」
「あたしのはライフルだから簡単なんだよ」
「じゃあ、あの的に撃ってくだサイ」
ウサメリカが指さしたのは、三百メートル以上先にある的で、今いる場所からでは小さな点にしか見えない。
「ほらよ」
アサルトライフルを構えて狙いもせずに即座に一発だけ撃てば、弾は的の真ん中に当たった。
「……アズキも大概デース」
「これくらい経験を積めば誰だって出来る。ほらウサメリカ、どうせだから別の武器も試すぞ」
「そうデスネ」
武器を変えようと二人が動こうとしたところで、近くで爆音が響いた。大口径の銃撃であり、振り向けば一人の小柄な男が対物ライフルを撃ったのだとわかった。
ベネットとヘカティア、他のプレイヤーもその男に注目する中でもう一発撃ち込まれ、狙撃用に設置された一キロ先の的に当たった。
「……ふぅ」
男は命中させることが出来て安堵し、銃から手を離して緊張をほぐすように伸びをしたところで、周りの視線に気付いた。
「あっ、あっ……」
男は見られていることに慌て、冒険者風のコスチュームの上から追加で着用しているフード付きマントのフードを深く被って視線を遮り、無心になろうと対物ライフルを掴んで再び射撃を始めた。
もう一度発射された弾は、またしても一キロ先の的に当たった。
長距離狙撃を見て対抗心をくすぐられ、ある種のシンパシーを感じたヘカティアは棚から対物ライフルを持ってくると男の隣に構え、スコープを調整して同じ的を撃った。
ヘカティアの弾丸はさっき男が撃った弾痕を通過し、それをスコープ越しに見ていた男は横を振り向いた。
「あのっ! 今のってあなたが!?」
「……どや」
「凄いです! どうやったらそんな正確に撃てるんです? 僕は当てるだけで精一杯なんですよ」
「……ひたすら、練習」
「わかりました。ひたすら練習に励むことにします」
練習に身が入るようになった男は、笑顔を見せて狙撃の練習に戻った。
彼はパーシヴァル、アーサーのリアルのフレンドである。今はフードを被って見えないが、綺麗な灰色の髪の一部がケモミミのように左右に跳ねている。その瞳の色は髪と同じ灰色である。
他のプレイヤーも射撃の練習に戻り、ベネットが残りのプレイヤーを指導していった。
その後、ヘカティアはパーシヴァルのことをいたく気に入り、弟子認定してフレンド登録した。
オウカのところには魔法を扱うプレイヤーたちの他に、アイドルのモチとスズカがいた。見学者は赤い西洋甲冑を着た騎士の集団である『炎皇騎士団』御一行と、アイドルのファンが大半を占めていた。
アイドルのファンはともかく、騎士の集団を不思議に思ったオウカだが、気にせず指導を始めた。
魔法の習得と上達は、地道な作業のようなものだ。パラメータの関係でいきなり凄い魔法が使えるなんてことは一切なく、誰かに教わるか書物を漁って覚えるか、ゲームとして登録されている魔法を当ててスキルとして取得するしかない。魔法の威力を上げるには、装備を整える以外は数をこなしてINTとMPを上げて地道に段階を上げていくしか方法が無い。
肝心の魔法の扱いはイメージが最も重要である。イメージさえしっかりしていれば自由自在に扱うことが可能で、スキルとして存在しない魔法を使うことだってできる。
もしイメージすることが苦手な場合、威力、範囲、発現方法、動作、それらを一つ一つ脳内で設定し、プログラムのように決められた動きをさせることで魔法は扱える。
そうした説明を終えたオウカは、自分の理論が正しいと判断してもらう為に早速プレイヤーたちに魔法の練習を始めさせた。
オウカの下に来ただけあり、参加者全員が初歩的な魔法を扱うことができ、ある程度は既に出来ていた。
そこからオウカは手こずっている者に対して自分の魔法を見せながら個別に指導をしていき、全員が小さな魔法ながら自在に魔法を扱えるようになった。
少し離れた位置で満足気に練習風景を見つめていたオウカのところに、ローブととんがり帽子に杖を持った魔法使い風の女性がやって来た。ピンクの髪と瞳に、背が高く胸の大きな女性だ。
「こんにちは。ちょっといい?」
「ああ、何の用だ」
「魔法を複数同時展開した場合、やっぱりマルチタスクは必須になるかしら?」
「そうだな。魔法を二つ三つ同時に発動させればかなりの制圧力を発揮する。欲を言えばそこから足を止めずに動いて自分も戦闘に参加するのが望ましいが……流石に難しいだろう」
「練習すれば出来る? 例えば、両手で違う課題を同時にこなしたりとか」
「うむ、そう――ん?」
自分のことを言っているように聞こえ、オウカは不思議そうな顔をした。女性はその反応を見てクスリと笑った。
「フフ、やっぱりそうじゃないかと思った。間違っていたら謝るけど、あなた――」
女性はオウカの横に回り込むと耳元でリアルの情報を囁いた。
「っ!」
「どう? 合って……その様子なら、正解かな」
「もしかして……先生?」
「はいそうです。とある高校の国語を担当し、文芸部の顧問もしている美人教師です」
「幼児体型がコンプレックスで、よく中学生に間違えられる……ですよね?」
「うっ、それは言わないで」
リアルで目にしたことのある反応から、オウカも女性がリアルの知己であると確信した。
「このゲームではオウカと名乗っています。先生は?」
「マーリンって名乗ってる。元ネタはアーサー王伝説の魔術師だよ」
「……文芸部のみんながいたり?」
「うんいるよ。TRPGのロールプレイの練習も兼ねて遊ぼうって話になってね。悪いことをしたり面倒事にならないよう、私もお目付け役でやることになったの」
「それ、教師として大丈夫なんですか?」
「自己責任で好きにやってるから大丈夫。あと、私立だからそういうところは意外と融通が利くんだよ」
「そうですか。ところで、どうやって私だと気付いたんです?」
「最近は若者の人間離れが進んでるけど、あなたの並外れたマルチタスク能力と、女の勘でもしかしたらって思ったの」
「……先生も大概人間離れしてますよね」
「最近の子たちほどじゃないよ。それより、フレンド登録お願いできる?」
「はい」
フレンド登録を済ませたところで、マーリンは魔法の練習へ戻って行った。
オウカとマーリンが親しく話す様子を見ていたモチとスズカが、入れ替わるようにやって来た。
「オウカさん、さっきの人は?」
「ああ、私のリアルの知り合いだった」
「そうなんですか。それより、私たちにもっと魔法を教えてくれませんか?」
「わしらも初めて日が浅い。役に立つ魔法などがあれば、教えてくれんかの。あと、お主は剣の腕も相当だと聞く。わしと一戦やらんか?」
「ん、そうだな。模擬戦は後でやるとして、今一度集めてスキルとして覚えられる魔法を幾つか教えよう」
オウカの指導はまだまだ続く。
キャシーのところには種族ケモミミのプレイヤーが多く集まった。事前に知らせていた指導内容は“戦闘においての軽やかな身のこなし方”というものだ。それによって、集まったプレイヤーの大半が小柄で華奢な体型をしている。
キャシーの主観による説明では、種族ケモミミは隠しパラメータとして他の種族よりも柔軟性が高く、尻尾によってバランス感覚にも優れている。プレイヤーの運動能力次第になるが、身軽なアバターなら猫のような動きを可能としている。
説明を終えた後、キャシーは訓練用の人型エネミー相手にその動きを実戦して見せた。ぴょんぴょん跳ねて側面や背面に回り込み、相手の武器を回避しつつまるで猫のように空中で体勢を整えて着地した。
最後にエネミーを短剣で切り刻んで倒した。
「まぁこんなところにゃー。慣れないと難しいから、まずはパルクールから始めるにゃ」
キャシーはプルートのところへ行き、ゲーム内での運動能力向上に有効なパルクールのコースを出すように言った。プルートも動き方を忘れないように時々行っていることであり、コースはすぐに作り出された。
「……これ、ちょっと厳しくないかにゃ?」
「これぐらいは必要だよ~」
プルートが作成したコースは、身のこなしに絶対的な自信のあるキャシーが渋い顔をするほどのものとなっていた。
パルクールの基本的なものを一通りに加え、途中途中で壁走りや壁登り、前方から飛んで来る刃物を避ける一本道や人型エネミー二体の攻撃を避け続ける耐久の場など、ゲームのトラップのようなものが散見された。
「……まぁいいにゃ。ありがとにゃ」
「どういたしまして~」
参加者のところへ戻ったキャシーは、まずコースの難易度を確かめる為に自ら挑戦した。予想通り一部の障害は気が抜けないレベルとなっており、初心者は苦戦するだろうと思った。
ただ、キャシーの挑戦を見ている者たちはその華麗な身のこなしに目を奪われていた。
「ちょっと大変だろうけど、頑張ってにゃー」
キャシーは参加者たちをコースに送り込み、失敗して無様を晒すところをニヤニヤと見つめていた。こればかりは指導して身につけられるものでもないので仕方ない。
スポーツドリンクでも飲もうかとメニューを開いたところで、見学者の一人が近づいて来ているのを感じ取った。
足音を殺しており全く聞こえないが、内に留めている敵意が漏れ出ていて、キャシーはメニューを閉じて振り返った。
「君、なんの用かにゃ?」
笑顔であるが、警戒心を剥き出しにすれば、近づいて来ていた者は立ち止まった。小柄なケモミミの少女だ。
その少女は忍者の格好をしていて、頭は頭巾とマスクで目元以外は隠している。だが、その瞳は黄色く縦長で、頭には二つの猫の耳が、お尻からは猫の尻尾が見える。どちらも真っ黒な毛をしていて、完璧な隠密なのに気付かれたことで尻尾の先が動いて動揺していることがわかった。
だが、彼女は動揺を取り繕うようにマスク越しでもわかるような笑顔を浮かべて言った。
「初めましてキャシーさん。私はチーム『下剋上』のヌイです。驚かせてしまったようで、すいません」
「別に構わないにゃ。それより、右手に持っている物を仕舞ったらどうにゃ?」
指摘した通り、ヌイは右手を見えないように後ろに回していて、手には短刀を持っていた。
バレていたことでヌイは肩を竦め、短刀を見せて言った。
「不意打ちでやろうと思ったのですが、流石ですね」
「やるのならもっと敵意を抑えた方がいいにゃ。その程度じゃあ、うちのチームの誰もやれないにゃ」
「ご指摘ありがとうございます。それでですね、どうせ暇なのでしょう? 私と一戦、どうですか?」
「悪いけど遠慮――」
しようと思ったら、ヌイが短刀の切先を向けて踏み込んで突き、キャシーは動きを見切って受け流した。
「――出来そうにないにゃ」
「主から『襲撃は大規模クエストが終わるまで待て』と言われてますが、勝てば良かろう、です」
「にゅふふ、そういう考えは嫌いじゃないにゃ」
キャシーは武器も出さずに構え、見くびられていると感じたヌイはもう一振りの短刀を出して切り掛かるが、その全てを躱される。挙句の果てには指導の為に実践した動きをやって見せ、ヌイは自分が弄ばれていると感じて一旦距離を開けた。
「くっ、当たらない」
「大したことないにゃ~」
馬鹿にしたようにニヤニヤ笑うキャシーに、ヌイは左手の短刀を仕舞い、アイテムとして存在する手裏剣を手の中に出して投げるが、数メートルほどの至近距離であるにもかかわらず、手裏剣の軌道を読んでキャッチし、投げ返されてなんとか短刀で払い落した。
「化物め」
「今のを防ぐ君も大概にゃ」
「……なら、これはどうですか? 【フレイムウィップ】」
右手の短刀を仕舞って魔法を宣言し、炎の鞭を作り出して振るう。熱気によってギリギリで躱した場合でも僅かにダメージを食らう仕様であり、キャシーもそれがわかっていて大げさに回避行動を取った。
それでも、熱気によってジリジリとHPバーが減っていく。
僅かでもダメージを与えられていることにヌイは自分のやり方が正しいことにほくそ笑み、左手に手裏剣を出して構え、鞭の間に投げつけた。
流石にこれなら防げないと思ったがその考えは甘く、キャシーは笑みこそやめたもののあっさりと手裏剣を受け止めた。
「これでもですか……!」
ヌイは目を見開き、連続して手裏剣を投げつけた。
二枚目も受け止められ、それ以降は両手に持つ手裏剣で弾かれた。
キャシーの人並み外れた動きに手裏剣を投げること自体を一瞬躊躇し、その隙を突かれて手裏剣を投げ返され、右腕に刺さって炎の鞭を落とし、魔法が切れて消滅した。
キャシーは次の行動に移ろうとする間を与えず、もう一枚の手裏剣を投げながら一気に距離を詰めると、手裏剣を躱すのに気を取られて対応が遅れたヌイを掴み、足を引っ掛けながら体勢を崩して地面へ倒した。
起き上がろうとしたところを、キャシーは手に出した短剣を喉元に突きつけて動けなくした。
「くっ」
「まだまだにゃ。特に足が止まっているのと手裏剣に何の工夫も無くて軌道が直線的過ぎるのが駄目にゃ。小柄で速さを活かすなら絶対に改善した方がいいにゃ。でも、鞭の扱いは見事だったにゃ。次を期待してるにゃ」
短剣を仕舞い、キャシーは手を伸ばした。ヌイはそれを掴んで起き上がると、負けを認めてマスクを下ろし、素顔を見せた。
左右の頬には猫っぽく見えるよう、三本の黒い線が描かれていた。
――か、可愛い!
子猫のような可愛らしさに思わず抱き締めたくなった衝動を抑えたキャシーは、プレイヤーカードを差し出した。
「戦うかどうかはともかく、気が向けば一緒に冒険でもどうにゃ?」
「……わかりました。私も気が向けば声を掛けさせてもらいます」
プレイヤーカードを交換し、キャシーとヌイはフレンド登録を済ませた。
「では、勝手に戦いを挑んでこの場に相応しくない私は退散します。それっ!」
マスクを再び着けたヌイが素早く手の内に小さな玉を取り出して地面に投げると、玉が割れて大量の煙が出て周囲を覆った。
――煙が晴れると、そこにヌイの姿は無かった。
「うーん、見えないと真似出来ないな。また今度、やり方を教えてもらおうっと」
ミグニコ以外に遊べる相手が増えたことで、キャシーは嬉しそうに尻尾を揺らしながら指導に戻った。
ミグニコの下に集まったのは、種族ウイングのプレイヤーたちだ。指導は常に空中で行われ、ウォーミングアップの遊覧飛行から始まり、高速飛行、集団での編隊飛行、銃を撃つ訓練用のエネミーであるドローンの弾道予測線を見極めての回避運動、曲芸飛行からの反撃などを教えた。
「んじゃ、ちょっくら遊びと行こうか」
そう言ったミグニコはプルートに声を掛け、ある指示を出した。プルートも面白そうと判断して早速コンソールを弄り、ミグニコの要望を聞きながら空中に一筋のコースを作り出した。コースには人が通るのに十分な大きさのリングを大量に並び、種族ウイングの空中移動にとって必要な要素が全て揃った、ぐねぐねした道になっている。道中には何機かのドローンが待ち構えている。
戻ったミグニコが説明する。
「空中での移動や戦闘は実戦形式で覚えるのが一番だ。怖い思いをするかもしれないが、このコースを速度を落とさずゴールできるまで練習してくれ。俺がまず、手本を見せる」
コースに突入したミグニコは初見であるにもかかわらずまるでプロのレースのような速さで次々とリングを潜り抜けていき、道中のドローンの射撃を回避していく。
一分も掛からずにゴールまで辿り着き、ミグニコは参加者たちのところへ戻った。
「中々いいコースだった。始めてくれ」
参加者が続々とコースを飛び始め、ミグニコはそれを見届ける。初心者にこのコースはまだまだ難しいようで、何人もコースアウトしたり、リングに当たってあわや墜落しかけたりと苦戦している。
飛行は感覚的なものに大きく依存するので、ミグニコから細かい指導は出来ず見守るしかない。
そんな中、空を飛んで近くで見学している一人がミグニコに近づいた。
「こんにちは、ミグニコさん」
声を掛けられ振り向けば、そこには黒い鳥の翼が特徴的な種族ウイングの女性がいた。セミロングの黒い髪に黒い瞳、無表情だが整った顔をしている。頭には天狗の面を斜めに付けており、真っ黒な山伏の格好で、足には高下駄を履いている。
天狗だな、とミグニコは素直に思った。
「ああ、こんにちは。俺に何か用か?」
「コースの解説をして欲しくて声を掛けました。と、その前に自己紹介ですね。私はチーム『翼運送』のリーダーをしているレイヴンと申します。値段次第でどんな場所でも物を届ける運び屋をしています。以後お見知りおきを」
「そうかい。んで、コースの解説らしいが、理由は?」
「今、チームの新人がこのコースに挑戦しています。今後、新人が増えた時に指導の参考になると思いました」
「なるほどな。そういうことなら解説しよう」
ミグニコはコースについて事細かに説明していく。説明には頷き、時には鋭く質問することからレイヴンが飛行について相当な能力があると判断し、参加者がやるにはまだ早いおすすめの練習方法なども教えた。
「ありがとうございます。これなら私でも指導が出来そうです」
「そいつは良かった。差し支えなければ聞くが、今までどういう指導をしていたんだ?」
「そうですね……教えられるものでもないと思っていましたので、私の経験を基にして飛行型エネミーの群れに突っ込ませていました」
「……それで覚えられるのは一部の天才だけだから、今後は止めとけよ?」
「そうします」
無表情のままのレイヴンが本当に教えたことを実行するのか心配になり、ミグニコはプレイヤーカードを出した。
「フレンド登録しよう。何か指導で困ったら呼んでくれ」
「……ありがとうございます。私の方からも、何か運びたい物や届けたい物があるなら言ってください。友達価格で引き受けしましょう」
「おう、そん時は頼むわ」
フレンド登録を済ませると、レイヴンは礼儀正しく挨拶して見学者たちの場所へ戻って行った。
ドルークの下には種族サイボーグのプレイヤーが集まった。サイボーグの容姿は完全なロボからアンドロイド、人間と全く変わらない見た目と別れ、個人の趣向や性癖でさらに分化している。
ロボらしい見た目のプレイヤーは、角張っていたり丸みを帯びていたり、尖っていたり装飾過多で翼や尻尾が付いていたりしている。頭部は単眼、二つ眼、複眼、バイザーと別れており、パーツの形や色も多様で他の種族よりも随分と個性的だ。
アンドロイドっぽいプレイヤーも同様で、ロボットらしい関節部を見せるか見せないか、ロボット的な外皮の線の入れ方の違い、腕や脚を人間風にするかロボットらしくするかと、千差万別だ。着ている服装も体の付属部品として装着するか、衣装として着込んでいるかで別れている。
人間と全く変わらないプレイヤーは、見た目こそ変わらないが内部がほぼ機械である。その為、見た目以上に重い。
また、公式で説明されていない隠しパラメータが種族ごとに存在し、ドルークはサイボーグの隠しパラメータを幾つか説明する。
一つ目、機械の体の為に非常に頑丈である。プレイヤーのVITにもよるが、一定以下の攻撃を無効化する閾値が高い。さらに、腕や脚は一定以上のダメージ以降はHP減少の対象にならない。寒さや熱さ、特定の毒に一定の耐性を持つ。
二つ目、機械の体の為に非常に力持ちである。ただし、筋力以上の物を持ち上げた場合、関節が壊れて負傷する可能性が他種族より高い。
三つ目、機械の体の為に種族の中で最も重く、華奢な少女の見た目のサイボーグですら筋肉質な成人男性並みの体重となる。完全なロボで大柄であれば、その体重は軽く数百キロとなる。また、浮力が全くなく金槌であり、ブースターを使用しないと水底を歩くこととなる。
四つ目、機械の体の為、改造という名目で自己強化を図ることが出来る。ボディの材質、ブースターの性能、追加武装、追加オプション、FCSなど細かく変更と強化が可能で、サイボーグ専用ショップで購入したりプレイヤー自身で作成することが出来る。ただし、他の種族に比べるとパラメータの伸びが悪い傾向にある。
「――隠しパラメータについては以上だ。質問はあるか?」
説明を終えて質問があるかとドルークが問い掛ければ、真っ白な塗装で戦闘機をモチーフにして手足や胴に翼やスタビライザーがある、カッコイイ外見のバイザー頭のロボが手を挙げて言った。
「ドルークさん、体を改造出来るという話ですが、体を変形させる可変機構はありますか?」
「可変機構か……興味が無いから考えもしなかったが……一人、確実に実現できそうな奴がチームにいる。お前、名前は?」
「エフゼロです」
「よし、覚えておく。話を通しておくから、大規模クエストが終わったら訪ねてくるといい」
「はい!」
エフゼロが元気よく頷いた一方、第十世界で大規模クエストに向けて作業中のハカセは盛大にくしゃみをした。
「へっくし! ――あっ、なんか閃いた!」
ハカセは優先順位を考えて今の作業を中断し、早速閃いたことの作業に取り掛かり始めた。
「では、そろそろ本格的な訓練と行こうか」
ドルークが行う指導は、種族サイボーグの特徴であるブースターの使い方だ。改造によってブースターの性能は変わるが、基本的な扱いは変わらない。ゲーム『イレギュラー』のTAと同じく、ステップブーストによる急加速と直角的な動き、空中での急停止などを行う。
コツとしてはスタートダッシュのように一気に力強くブースターを噴射することだ。初めはその加速力に驚き戸惑い、恐怖心から姿勢制御が上手くいかないが、慣れれば人間では不可能なジグザグの高速移動が出来るようになる。
間近で動き方を見せたドルークに、参加者どころか見学者から拍手が起きた。
「では、始めよう」
ステップブーストの練習は参加者だけでなく、こんな技術があると初めて知った見学者の中からも練習する者がいた。
この指導が終わる頃には、全ての参加者がクイックブーストを使いこなし、才能ある者は連続使用も可能となっていた。
シュテンの指導には、身長が極めて高く大柄な体格のプレイヤーが集まっていた。手には両手で持つ大きな武器があり、参加者は整列して並んでいる。
教えることは、大きな体格を活かした戦い方と、大きな武器の扱いについてだ。
「いいかお前らぁ! でかい体とでかい武器というのは相手に恐怖心を与える。笑え! どんな時でも笑え! 例え苦しくても、瀕死の状態でも、死が目の前に迫って心の底から恐かったとしても笑うんだ。狂気のように感じるが、戦いにおいて常に笑みを浮かべる相手というのは、それだけプレッシャーを与えられる。俺が手本を見せるから、よぉ~く見ておけ!」
言い終えたシュテンは大斧を肩に担いで移動し、訓練用のエネミー『トレーニングゴーレム』と対峙した。
全長五メートルほどの謎の材質のゴーレムは目の前に来たシュテンを捉えると動き出し、硬くて太い岩石のような拳を振り下ろした。
普通ならそれを受け止めることなど考えず、予備動作を見て回避行動に移るがシュテンはその場から動かず、獣が牙をむくような笑みを浮かべ、左手に力を込めて絶妙なタイミングでゴーレムの拳を横向きに殴って落下位置を横にずらして見せた。
凄まじい衝撃と砂埃が舞う中、シュテンは余裕で立っていた。
ゴーレムは振り下ろした拳を横に動かして薙ぎ払おうとしたが、シュテンはそれを片手で受け止めた。
それからゆっくりと右手で大斧を構え、反対側から挟み込もうとしたゴーレムの手に振り下ろした。
大斧の切れ味はそれほどあるわけでもなく、ゴーレムの腕は一瞬にして砕けて無くなった。勢い余った大斧は地面にめり込み、抜くのも面倒なシュテンは手放して右手を握り拳に変えて近づいた。
無機物である筈のゴーレムは、シュテンが例えどんなに傷ついても迫って来るだろうという狂気的な攻撃性を感じ取って僅かに恐怖心を見せ、一歩下がった。
及び腰になったのを見たシュテンは跳躍し、胴体に渾身の一撃を放った。
たったそれだけでトレーニングゴーレムは砕けて崩れ、撃破となった。
一体どれだけの時間と効率をパラメータ上げに費やしたのか、何故そんなにも恐ろしくなれるのか、誰もが唖然としながら思う中、大斧を拾って状態を確認したシュテンは笑った。
「ハハハ、やっぱ硬い奴相手に斧は駄目だな」
刃にひびが入っていた大斧の柄を膝を使って折って壊すと、大斧は光の粒子となって消滅した。
「最初は筋力も防御力も足りねぇでゴーレムに殺されるだろうが……慣れろ。これはゲームで、何のデメリットも無しに幾らでも死ねる。死んで覚えられる。恐怖心もここで克服しろ。おら、始め!」
シュテンがユニーク武器『鬼神金棒』という三メートルほどの棘付き金砕棒を地面へ振り下ろし、轟音と共に小さなクレーターを作った。参加者は恐怖心を抱きつつもゴーレムへ挑み始めた。
案の定、次々に参加者たちはゴーレムの攻撃に為す術無くやられ、死に戻って来る。それをシュテンが笑顔で金棒を振り回し、無言の圧力を掛けることで何度も戦う。
「おらぁ、笑え、笑いながら戦え!」
「くそっ、こんなでかい奴相手に笑いながら戦えなんて……」
「俺、別のところへ行けばよかった」
「それな」
「バックレようぜ」
無茶な指示に一部の参加者たちが戦いを止めてこの場から離れようとしたが、そこにシュテンが立ちはだかった。
雑魚の思考に染まり本当の雑魚に成り果てている奴らを前に、内心ではイラつきを覚えながらもシュテンは好戦的な笑みを浮かべ続けた。
「おいおい、逃げるこたぁねぇだろ。この俺がお前ら雑魚を立派な戦士にしてやろうとしてるんだ。今からでも遅くはねぇ。俺の指示に従え」
「嫌だね。俺たちは戦い方を教わりに来たんだ。精神論を教わりたいわけじゃない」
「そうだ。武器の扱い方だって教えてくれないじゃないか!」
「今なら死んでもいい。あんたに教わることは無い!」
威勢よく吠える者たちに、シュテンは呆れ果てて溜息を吐いた。
「お前らなんにもわかってないんだな……望み通り、殺してやろうじゃあないか!」
牙を見せるように満面の笑みを浮かべたシュテンは、一切の加減なく威圧感を放ちながら金棒を振り、一人をぐちゃりと叩き潰した。素早くもう一人の顔面を左手で掴むと握り潰す。生き残った数人は大きな体格と捕食者から発せられる力強い気配、そしてシュテンの獲物を見つけて喜び闘争を楽しむ狂気の笑みに怖気づき、足が竦み手が震え、まともに動けなくなった。
「ひぃっ」
「ば、化物!?」
「く、来るなぁ!」
「ヒャハハハハ、でかい図体してるのにみっともねぇなぁ!」
次々と金棒で叩き潰し、手で掴んで握り潰して参加者を殺して死に戻りさせていく。その蹂躙ぶりを見ていた真面目な参加者たちは恐怖し、見学者たちも引いていた。
皆殺ししたところで、シュテンは大きな声でこの指導の意図を言った。
「いいかてめぇら! 戦いにおいて、でかい奴はびびったら終わりだ! でけぇと目立つし狙われる。味方の場合は目印になるし、心の拠り所となって士気に関わる。俺らのような奴がびびってたら、他の奴らは不安になるし、敵は調子づく。だからこそ笑うんだ。どんな状況でも笑って戦う意思を見せ、戦場の主役になるんだ。……それにだ、強い奴と戦う時に笑えば、怖気づいて体が動かなくなる事態は避けられる。それが出来れば相手からも雑魚とは見られず、ある程度は戦える。俺の指導はその為だ。てめぇらはさっき逃げた奴らのように、雑魚にはなるな! ほら、再開しろ!」
シュテンの話が終わってゴーレムへの無謀な戦いが再開した。残った参加者たちは意図を理解したことで、負けるとわかっていても執拗にゴーレムに挑んだ。
結果、無機物の筈のゴーレムは命を無駄にして笑いながら戦い続けるプレイヤーの行動に対し、僅かながら動揺して動きが鈍り、一歩下がることすらあった。
その中で一人、何度もゴーレムに挑んだが痛みや死への恐怖から心折れた者がいた。
「――やっぱ無理ぃ~!」
茶色い髪と瞳で顔が濃い、冒険者風の衣装に大剣を持った二メートルを超える巨漢が泣きながら逃げる姿は無様そのものであり、みっともなさすぎてシュテンがすぐに彼の前に立ち塞がった。
「おい、逃げるな」
「いや逃げますって! あんな硬くて大きいの、恐いですよ!」
「お前もでかいだろうが。醜いから逃げるな、そして泣くな」
「無理ですよ! もう痛いのも死ぬのも嫌です!」
「だったら痛くならないように鍛えろ。死ぬのが嫌なら強くなれ」
「それ、途方も無い時間が掛かりますよね!?」
「当たり前だ。それより……来てるぞ、ゴーレム」
「えっ?」
逃げることとシュテンと話すことに意識が向き過ぎていて、背後から追って来ていたゴーレムを忘れていたらしい。
「――っ!」
振り上げられたゴーレムの拳を見た男はきつく目を瞑り、我武者羅に動いた。
無意識か天性のものか、男は鋭く強い威圧感を一瞬放って的確にゴーレムの拳を躱し、胴体に一太刀入れた。
だが、ゲームを始めたてでSTRや武器の性能が足りておらず、ダメージエフェクトも無くノーダメージだった。
「――ハハッ」
一瞬見せた彼の威圧感と動きに、シュテンは玩具を見つけた子供のように無邪気に笑った。男は動かず、続けて攻撃しようとするゴーレムを代わりに金棒で粉々にした。
「えっ?」
目を開いた男は、胴体から上が粉々になって光の粒子となって消えていくゴーレムを見て驚いた。
「お前、名前は?」
「と、トリスタンです」
「トリスタンだな。お前は見所がある。俺がみっちり付きっきりで鍛えてやるから、覚悟しろよ」
「……ひえっ」
「恐がるな。返事は?」
「は、はい!」
それからというもの、トリスタンはシュテンの付きっきりの指導にひいひい言いながらも鍛えられ、周りからはその厳しさから憐みの目で見られた。
一方その頃、リーベのところは訓練そっちのけでお茶会が開かれていた。これも指導であり、淑女の礼儀作法について教える為に開いたのだ。
そのような指導内容なので参加者のアバターはほぼ女性であり、種族は様々だが大半はお嬢様らしい美女や美少女ばかりだ。見学者も女性ばかりで、お茶会に参加して参加者と仲良く交流している。
その中で一人、現状に不満を抱いている者がいた。
「……ねぇリーベ、早く戦い方を教えてくれない?」
隣にいるリーベに言ったのは、小悪魔系アイドルのリリアである。
テーブルに用意された座り心地の良い椅子に座り、茶菓子を食べ、リーベが淹れた美味しいミルクティーを飲みながらのことだ。
隣に座るリーベも同じようにのんびりしているが、何度目かの訴えと参加者と見学者の交流がある程度終わったのを確認して言った。
「頃合いですわね」
カップを置き、立ち上がったリーベはパンパンと手を叩いて気を引かせた。
「交流もお済みになったでしょうから、戦い方の指導に移りますわよ」
普段着ている赤ずきん風の衣装から、リーベは中世ヨーロッパやファンタジーの貴族が着るような華美なワンピースドレスに着替えた。
靴もヒールで、戦闘には全く向かない服装であり、今回の指導において参加者も見学者も気になっていた部分だ。
「こういったドレスは戦闘には全くの不向きですわ。ですから、戦いたいのならある程度の工夫が必要でしてよ。生地の材質をサラサラしたものに変えたり、風ではためかないように布を削ぎ落としたり、スカートにスリットを入れたりすると良いですわ」
リーベがスカートを摘まんで広げれば、前が開いて足が見えるようになった。走る際にはそれらが横に移動し、邪魔にならない仕組みにもなっている。
オールワールド・オンラインでは、コスチュームそのものを加工することが出来る。形をそのままに生地を変えることで、サラサラした服から艶のあるエナメル質な服、SF風の服にしたりが可能だ。装飾を増やしたり、スカートにスリットを入れたり、お洒落目的で胸元や翼や尻尾用の穴を作ったりも可能である。
さらに、コスチューム同士を組み合わせることも可能であり、プレイヤーが着ている服は千差万別である。
「では、わたくしの戦い方をお見せしますわ」
移動した先には訓練用の人型エネミーが数体待機しており、一定の距離まで近づくと襲い掛かって来た。
リーベはスカートの端を摘まみ、カーテシーをして見せた。ただのエネミーが何か反応を示すことはなく、剣が振り下ろされる。
それをリーベはスカートを摘まんだまま気配を読み取って躱した。踊るように、巧みな足捌きと体の動きによってヒラヒラとエネミーの間を動き、一部の攻撃によって同士討ちが発生した。
ある程度動いたところでユニーク武器の『双頭毒蛇アンフィスバエナ』を取り出し、円舞のような動きで美しくも素早く倒し、最後にプレイヤーたちに向かってカーテシーして見せた。
「みなさんには、この動きに近いものを身につけてもらいますわ。コスチュームの加工も必要でしょうから、準備が出来た方から挑戦してくださいまし」
――いや、難易度高過ぎない?
リーベの目標の高さに参加者どころか見学者も唖然とした。先の動きで真似できないと思っているのは、明らかに視界に入っていない攻撃をさも当然のように躱したことだ。
他の参加者を代表するように、リリアが言った。
「リーベ、さっき見えていない方向からの攻撃を躱していたけど、なんかコツとかあるの?」
「後ろにも目をつければいい……というのは冗談ですわ。普通の人間には無理な動きですので、視界を確保する為にくるくると回りながら戦うとよろしいですわ。今度はそのような動きをお見せしますわ」
もう一度リーベが人型エネミーたちと戦いを始めた。
今度は立ち回りを誰でも出来るように工夫し、円を描くようにエネミーたちの外側を回り、常に視界に入れる。挟み撃ちをしようとするエネミーに対して踊るようにくるりと回って一瞬だけ見て動きを予測し、回避行動に移る。
それをある程度見せてから、両手の散弾銃で撃っていく。さっきとは違い、向かってくる相手だからこそ優先順位を決めて引き撃ちを続けあっさりと終わらせた。
「以上ですわ。さぁ、準備が出来た方から始めてくださいまし」
参加者たちが持っているドレスを戦闘向けに加工を始めた中、既に戦闘向けに加工したドレスを持っていたリリアが着替えて最初に挑戦した。
始めに、リーベを真似してカーテシーをしながら相手の出方を窺い、振るわれた剣をしっかりと躱す。それでもドレス故に動きにくく、次々来るエネミーの攻撃を躱していく。
「っ!?」
動き方を間違え追い詰められたが、種族ウイングだからこそ飛び跳ねてそのまま飛行し、距離を開けたところで着地して仕切り直した。
と、少し離れた位置からリーベが声を掛けた。
「飛べるのでしたら、その特性を活かしても構いませんわよ」
「じゃあ、そうするわ」
再び飛行を始めたリリアは、練習になるように低空飛行でエネミーの攻撃を躱していく。その動きはさっきよりも滑らかで踊っているかのようだ。
しかし、やはり視界外からの攻撃にはどうしても対応できず、余裕のない顔でギリギリ避けるのが精一杯である。
動きからわかるように、リリアは天才ではない。周りよりちょっと優れた秀才止まりの普通の人である。飛行技術も、バーチャルアイドルの方が主流な時代を考えてフルダイブVRゲームで遊びつつ、努力して身につけた技術だ。
リリアが練習を続ける一方、簡素なドレスの加工を終えた薄紫髪の美しい少女が一人、少し離れた場所で同じように練習を始めた。
彼女は踊るような動きで人型エネミーの剣を躱していき、誰もが無理だと思っていた視界外からの攻撃をしっかりと躱した。
その動きにプレイヤーたちは注目し、リリアも目に入って攻撃が当たらない高さに上がって観察した。
見ているうちに、アイドルの同期顔が思い浮かんだリリアはドレスのスカートをきつく握りしめた。
「あいつも……あいつも天才なんだ。認めない、認めない!」
自分が彼女たちより劣っていると感じたが、それが認められず、リリアはムキになって練習に熱中した。
そんなリリアを見ていたリーベは、薄紫髪の少女に近づいた。
「そこのあなた、ちょっとよろしいかしら?」
「はい、なんでしょう」
答えながらエネミーの攻撃を躱すその動きは、まだまだシンプルで美しさに欠けるが、その才能は誰もが認めるものだった。
「お名前を聞いても?」
「ベディヴィアです」
ベディヴィアと名乗った少女はアーサーたちの仲間である。薄紫の髪はウェーブの掛かったセミロングで、顔はリーベに引けを取らない人形のような美しさだ。ただ、髪と同じ薄紫の瞳をした目はリーベを軽蔑して細くなっていた。
それを感じ取ったリーベは不敵な笑みを浮かべた。
「わたくしを嫌っているようですが、どうしてわたくしの指導を受けているのです?」
「……不本意だけど、私の動きはあなたが一番近いの」
「あらあら、それはご愁傷様ですわ。嫌っている理由は?」
「あなたは狂人、私はまとも、嫌いになる理由はあっても、好きになることは無いわ」
「ウフフ……そういうことにしておきますわ」
気になるが、決して相容れない存在だとわかったリーベはさっさとベディヴィアから離れた。
そのままリリアの傍まで来ると声を掛けた。
「ちょっとよろしいかしら?」
「ああ、リーベ。ちょっと待って」
リリアが攻撃の届かない高さに上昇すると、エネミーは攻撃の対象を近くのリーベに変えた。
「あっ、リーベごめん」
「問題ないですわ。それより、リリアさんは強くなりたいので?」
「……ええ」
リーベはひょいひょいと躱しながら言うので、リリアは呆れながらも答えた。
「では、わたくしと一緒に踊りましょう!」
「えっ、ちょっと!?」
跳んだリーベがリリアの手を取ると、そのまま一緒に落下してエネミーたちの中に着地した。
手をしっかりと握ったリーベは、リリアとダンスの構えを取ると、エネミーの動きに合わせて動き出した。
「リリアさん、わたくしに合わせなさい。あなたのようなタイプの人は、体で覚えるのが早いですわ」
「ちょちょちょ、こわいこわいこわい!」
戦場で舞踏会をしているように、リズムを刻んで二人は踊って華麗に剣を躱す。時にはリーベがリリアを振り回したり投げ飛ばすようにして反撃し、リリアも頭で理解できずとも体を動かして合わせた。
周りはその踊りに夢中となり、ベディヴィアはその狂ったやり方を見てイラつき、避けるだけでなく剣を出してエネミーに八つ当たりを始めた。
リーベはそのまま、リリアが満足な動きが出来るまで付き合った。
ウルフェンの下には、他の『円卓』メンバーよりも多くの参加者と見学者が集まった。というのも、ウルフェンは以前から第二世界で武器術を積極的に教えて回っており、たまに開かれる武術大会で何度も優勝する程の実力者としても名を馳せているからだ。
多くの者から師と仰がれるウルフェンは銃以外のあらゆる武器に精通している。最も得意なのは槍だ。その実力はスキル無しの純粋な戦いならばアルバ以上である。
今回の指導は他のメンバーの指導を鑑みて、武器術全般と近接武器のスキルの取得の仕方を教えることになっている。
参加者には武器ごとに別れてもらい、スキルが取得できる素振りを教えていく。待っている間の参加者たちには即席パーティーを作ってもらい、大量の訓練用エネミーを相手にしてもらっている。時間を潰すのと同時に、大規模クエストに備えてその場で居合わせたプレイヤーと連携する為の練習である。
武器ごとに設定された“技”のアクティブスキルだが、大型アップデートを機に取得難易度が緩和されている。以前のベネットのようにゲーム内で日が傾くまで素振りをする必要はなく、三十分ほど素振りをすることで覚えられる。
第二世界に行けば、流派やゲームオリジナルの武器系のスキルを取得する方法が幾らでも用意されている。
一通り教えたところで、参加者に好きなことをさせながら個別に対応していく方針に切り替えた。それにより、始めの方はウルフェンを頼る者が多く忙しかったが、次第にその数は減って気になっているプレイヤーを見て回る余裕が出来た。
多くいるプレイヤーの中で、冒険者風の格好をした男女の二人に近づいた。どちらも若く、見た目は金髪青眼で美しく整っている。
今は二人で模擬戦をしている。女が槍を持ち、男が両手剣で戦っている。実力は拮抗しており、押したり引いたりの攻防が続いている。
二人はウルフェンの接近に気付くと、武器を下ろした。
「ウルフェンさん、私たちの戦い方に何か問題が?」
「俺たち強くなりたいですから、はっきり言ってください」
「いや、問題は無い。二人ともいい動きをしている。むしろ他のプレイヤーと比べて良過ぎるくらいだ。だから、私自ら相手をしてもいいかと思ったのだ」
「相手してくれるんですか!?」
「光栄です! 是非お願いします」
「う、うむ」
二人の食いつきぶりに少し引きつつ、ウルフェンは槍を取り出して構えた。その槍はとにかく頑丈で軽い『ミスリルスピア』であり、普通に手に入る武器ではかなり優秀なものだ。
「そう言えば二人の名前を聞いていなかったな。どうせだから第二世界の試合形式で名乗らせてもらう。チーム『円卓』のウルフェンだ」
「チーム『円卓の騎士』のラモラックです」
「同じくチーム『円卓の騎士』のガウェインです」
「では……いざ!」
ウルフェンの声で二人が踏み込んで一気に槍と剣が振るわれる。槍の突きも剣の太刀筋も鋭いが、その程度の攻撃などよく受けているウルフェンは見切って素早く弾き、ラモラックの喉に寸止めした。
「――っ!?」
「つ、強い……」
「ほら、もっと来るといい」
槍を下げて飛び退き、仕切り直す。
二人は顔を見合って頷き、左右から襲い掛かる。だが、結果は同じだ。ウルフェンの巧みな槍捌きと動きで攻撃の悉くを防がれ、反撃されて一本を取られる。
その度に仕切り直しする中、ウルフェンは背後からの攻撃を振り向くことなく防いで見せた。まるでアクション映画の一シーンのような動きに二人は驚き、一瞬の隙を突かれてまた槍を突きつけられた。
「どうした? 一瞬動きが止まったようだが」
「あの、今後ろの攻撃を見ずに防ぎましたよね?」
「俺たちの仲間にも同じことができる奴がいるけど、どうやってるんです?」
「……これくらい、君たちも出来るぞ」
「ほんとですか!」
「教えてください!」
「そうだな……なら、模擬戦は一旦やめて瞑想と行こうか」
「はい!」
「はい!」
模擬戦を止め、ウルフェンは二人をその場に座らせて座禅をさせた。二人は目を閉じて心を落ち着け、意識を外側に集中した。
「いいか、才ある者は相手の意思や気持ちを感覚的に掴み取ることが出来る。その応用で相手の行動を読み取ることで、戦いにおいて目に頼らずに戦うことが出来る。今の君たちは半端な覚醒状態といったところだ。だから私が強引に起こす。では、始めるぞ。びっくりするかもしれないが、何もしないから安心してくれ」
二人の背後に移動したウルフェンは二人の背中に手を当てた。それから意識を集中し、手を経由して威圧感を一気に二人にぶつけた。
接触された状態で強い威圧感を放たれた二人は、まるで背中から心臓を刺されたように錯覚し、体をびくりと跳ねさせて体を動かし、前に移動して慌てて振り返って構えた。
「い、今のなんです!?」
「凄い恐かったんですけど!」
「君たちに私の凄みを直接ぶつけた。これで覚醒し、今までより感覚が鋭くなっている筈だ」
言われて意識を周りに向ければ、離れている他のプレイヤーたちの居場所が目で見ていないのになんとなくわかるようになっていた。さらに、目の前にいるウルフェンが凄まじい強者であり、今の自分たちでは到底勝てないことが感覚的にわかってしまった。
「なにこれ……周りから気配が……ウルフェンさんが恐い」
「さっきまでなんともなかったのに……周りが気になって仕方がない」
「上手くいったようだな。だが、その鋭い感覚はしっかり制御しないと、日常生活を送るのが辛くなる。そのやり方を教えるから、さっきと同じように瞑想を始めてくれ」
「はい」
「はい」
二人が再び瞑想を始め、ウルフェンは感覚の制御方法を教えた。
それにより、指導が終わる頃にはラモラックとガウェインは完全に鋭い感覚をものにした。
シュガーの指導だが、周りとは全く違う様相を呈していた。
「ディーフェンス! ディーフェンス!」
ディーフェンス! ディーフェンス!
「ウェーイ!」
ウェーイ!
密集陣形――ファランクスの真ん中にいるシュガーの掛け声に合わせ、大盾を持ち全身鎧で武装した参加者が隙間なく並び、ノリノリで声を上げていた。
目の前には大量のエネミーが攻めてきているが、防御特化、或いは防御重視のプレイヤーの集団に半端な火力では歯が立たず、プレイヤーたちが各々好きに持っている武器でチクチクと攻められ、じわじわと数を減らしていく。
これはシュガーの指導によるものだ。大規模クエストに備えて個別の技能を磨くよりも、壁として徹底的に鍛えた方がいいとの判断だ。また、集団で防御の仕方を磨くことで、戦闘での恐怖心を和らげつつ防御の楽しさを味わってもらっている。
「ディーフェンス! ディーフェンス!」
ディーフェンス! ディーフェンス!
「ウェーイ!」
ウェーイ!
シュガーの指導は、陣形を変えたりしながらノリと勢いでまだまだ続いた。
その様子を見守っている者が一人いた。スズカである。
地面に胡坐を掻いて座り、一升瓶の日本酒を手に持っている大きな酒杯に並々と注ぎ、何杯目かの一気飲みをした。
「――ぷはぁっ! みんな、元気じゃのう」
特に指導されることもないスズカは、目を細め、この平和ながらも騒がしい雰囲気を楽しんだ。
今回の初心者指導を間近で見ていたプルートは、大規模クエストに備えて大半のプレイヤーが自分の出来ることをし、本気でクリアしようとしていることに大きな期待を抱いていた。
大規模クエストも世界の数字が大きくなるほどその難易度は上がるように出来ており、第十世界ともなれば世界の命運を賭けた戦いそのものになっている。
「もしかしたら、もしかするかもね……」
次回から大規模クエストのお話。
TRPG――テーブルトークロールプレイングゲームの略。
作者はやったことないけど、大人のごっこ遊び的なものです。




