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シュガーのとある一日

シュガー回。



 大型アップデートまで残り一日となった。


 大勢のプレイヤーは気心の知れたフレンドや知り合いと、目前まで迫った大型アップデートのことについて明るい表情で話していた。どこの世界の冒険をするか、どんなNPCが増えてどんなクエストがあるのか、チームはどうするか、課金チケットが必要な公認アイドルのお披露目ライブには行くのか、娯楽エリアのプールやビーチには行くのか、課金チケットが必要なプライベートビーチは利用するのか……等々、話は尽きない。

 中には待ち切れず、そわそわとして落ち着かないプレイヤーもいた。


 ベネットはどうかというと、オウカと一緒に第三世界で剣と魔法の練習に精を出し、新たな環境に向けて最後の追い込みを行っていた。

 ミグニコは広がる世界を楽しみにしつつ、今の景色を見納めようと世界中を飛び回り、リーベも同じ理由で第六世界を観光している。


 ではシュガーはというと、いつもの調子でオールワールド・オンラインを楽しんでいた。



 ログインして超巨大船型コロニー『ワールドシップ』に降り立ったシュガーは、まず周りを確認した。


「うーん、今日もいないな」


 踏んでくれそうな人を探したが見当たらず、探しながらも商業エリアへ移動する。


 シュガーの一日のルーティンとして、商業エリアでまず何かを食べるか飲むかする。オールワールド・オンラインは開発のこだわりによってエネミーも含めて大半のものが美味しく作られている。商業エリアには大量の飲食店があり、プレイヤーを飽きさせない。

 ゲームとして幾らでも食べることができるので、大量のゴールドとその気があれば一日で飲食店を制覇できるが、流石に勿体ないので誰もそんなことはしていない。シュガーも同じであり、一日一軒というルールを設け、食べても太らず懐も痛まないゲームの中の料理を長く楽しんでいた。


 目に付く場所の店は既に食べ終わっており、商業エリアを歩き回って奥まった場所の裏通りに来た。目に留まったのは長屋のように建ち並ぶ小さな店の一つ。他の店の看板も独特だが、そこは禍々しいデザインの看板で『洋食屋・魔王キッチン』と書かれていた。悪魔の誘惑が如く揚げ物のいい匂いが玄関扉の上にある開いた小窓から漏れ出てプレイヤーを誘っていた。


 ――ごくり。


 と、シュガーは分泌される唾を飲み込んだ。リアルならば揚げ物の圧倒的な脂質とカロリーを気にして躊躇するが、ここはゲームの中。己の中に生まれた食欲に従って店の扉を開けた。

 中は小さな店に見合う狭さだった。L字型のカウンターは五人ほどの席しかなく、ちょっとしたスペースには二セット分のテーブル席があるだけだ。内装も掃除が行き届いていて綺麗という以外、至って普通だ。


「いらっしゃいませ」


 聞き取りやすい綺麗な声で挨拶したのはこの店のウェイトレスだ。健康的な褐色肌に妖艶なほどに美しい顔は営業スマイルを浮かべ、その目は色気があり、黄色い瞳をしていた。少し場違いなロングスカートのシンプルなメイド服を着ており、その上からでも理想的なスタイルがわかる女性だ。ただ、一目で普通の人間でないとわかる部位が存在していた。頭の側頭部には艶のある曲がった黒い角が生え、背中には綺麗な形の蝙蝠の翼、お尻辺りからは艶のある黒くて細長い尻尾がある。どう見ても悪魔の類であるが、オールワールド・オンラインの分類ではウイングとなる。名前は『魔王軍幹部リリアナ』だ。


「いらっしゃい」


 続いて静かな口調で挨拶したのは店主だ。背が高くしっかりとした体格をしている色白の男性だが、普通の人間ではない。頭には二本の角があり、後ろへ反るように二本伸びている。髪は長く銀色で、料理の為に後ろで括られている。物静かな印象を与える端正な顔をしており、目は縦長の瞳孔で黄金に光る魔眼だった。背中にはドラゴンのような力強い翼が折り畳まれた状態で存在している。

 店名は偽りではなく、店主は『魔王シュベルト』という。

 ただし、店主としてそこに立っている為か着用している衣服は白いコックコートであり、角用の穴を開けてコック帽も被っている。


 シュールだ……。


 そう思ったが、すぐに視線はカウンター席に座る二人の客であるプレイヤーに向いた。


 一人はボディビルダーのような体格の向日葵だった。首から下が全身緑色の分厚いタイツ姿で、頭には向日葵の被り物をしている。その被り物の正面には南瓜のジャックオーランタンのように穴が開いていた。ニッコリ笑顔が逆に怖い。

 その人は何故か、空気椅子をしている。


 奥のもう一人は妙にリアルな見た目の、水気で艶のあるマグロの着ぐるみだった。マグロからはしっかりとした男性の手足が映えており、黒いタイツに覆われている。着ぐるみなので柔らかく、尾ひれは椅子と体に挟まってぐにゃりと曲がっていた。頭も同様に首から直角に曲がって真っ直ぐ向いていた。

 因みに、マグロの種類はクロマグロだ。


 この奇妙な見た目の二人は種族スペシャルのプレイヤーだ。

 運命的な出会いを感じ、親近感を抱いたシュガーは近寄って声を掛けた。


「隣、いいかな?」

「我々の見た目で引かないというのなら、歓迎しよう」


 向日葵の隣に座ったシュガーはメニューを手に取ってペラペラと捲っていく。洋食屋だけあって各種定食が載っていて、揚げ物からハンバーグやオムライス、パスタ系の料理からカレー、ビーフシチュー、グラタンもある。値段は大衆向けの価格だ。

 シュガーは注文を決められず、かといって最初に食べるなら一番美味しい物をと思い、店主に聞いてみることに決めた。

「店主さん、オススメの料理ってありますか?」

 店にとっては味に自信のない料理などメニューに載せる道理はない。どれも最高の料理だ。しかし、だからこそ決められない時がある。

 店主である魔王シュベルトはシュガーの質問の意図を察し、顎に手を当てて考えた。


「ふむ…………ならば、日替わり定食はどうだ? 定番のメニューならばいつでも食べられるが、日替わりはその日、私の気分で決める。だからこそ腕によりをかけている」

「ん、じゃあそれを注文しようかな」


 メニューから注文すると、店主の魔王シュベルトは調理を始めた。本日の日替わりは鰯ハンバーグだ。


 待っている間に、シュガーは客の二人に自己紹介を始めた。


「ねぇお二人さん。私は種族スペシャルのシュガーっていう者だけど、二人は何者で、どんな関係?」


 隣に座る向日葵のプレイヤーが答えた。


「俺はヒマワリ。種族はスペシャル。こっちはマグロ。同じく種族スペシャルで、リアフレだ」

「マグロだ。よろしく」

「よろしくー。で、やっぱりスペシャルなんだ。自分で言うのもなんだけど、珍しいね」


 シュガーが言う通り、種族スペシャルはその見た目から選ぶプレイヤーは少なく、公開されている種族別プレイヤーの統計ではユニーク種族を除いて、男女合わせて一パーセントほどだ。人気なのはヒューマン、エルフ、ケモミミ、ウイングである。


「どうせ楽しむんなら、二度美味しいスペシャルだなって思ったんだ」

「この着ぐるみ、同じ物が無いからある意味ユニークコスチュームだしな」


 二人の言葉に、シュガーは頷く。


「わかるよー。私も脱いだら凄い! ってやる為にスペシャル選んだんだ。本当の姿、見てみる?」

「ハハ、遠慮しておくよ。俺たちも見せないとフェアじゃないしな」

「そうそう。もし見せ合うんなら、大型アップデート後のプールかビーチで頼むよ」

「ん、わかった。それならフレンド登録する?」

「是非ともそうしよう。俺たち、この見た目だからまだフレンドがいないんだ」

「種族として唯一の欠点だな」


 三人はフレンド登録の為にパートナーカードを取り出し、社会人らしい名刺交換で渡した。

 フレンド登録が完了して改めてシュガーのパートナーカードを確認し、自由記載欄に書かれている文字を見て二人は着ぐるみの中にある目を見開いた。


『ドMのシュガーです。よければ踏んでください!』


 二人は互いに顔を見合わせ、同時に頷いた。

 代表してヒマワリが口を開いた。


「シュガー、一つ聞いてもいいか?」

「何かな? 私の性癖に引いちゃった?」

「いや、そんなことはない。むしろドMだからこそ聞いておきたいことがある。シュガー……ヒーローに興味はないか?」

「えっ、ヒーロー?」


 ドMとは全く関係のない単語に首を傾げるが、ヒマワリは続けて言った。


「シュガー、君にはヒーローとしての素質がある。もし興味があるのならば、とあるユニーク装備を手に入れるのを手伝ってやれる。どうかね?」

「どうって言われても……ドMがなんでヒーローに繋がるの?」

「当然の疑問だな。だが答えは非常に簡単だ。ドMとは即ち、幾ら打ちのめされても、絶望的な状況に追い詰められても、それらを快楽という糧に変えて希望を捨てることなく何度でも立ち上がることができる人間だからだ。それはつまり、ヒーローに通じる不屈の精神があるということだ」

「う、うーん……そう、なの?」

「そうとも! で、あるが故にもう一度問う。ヒーローに興味はないか?」

「あー、うん。無いかな。私はどっちかって言うと、首輪をされて縛られたり踏まれたりしながら、鞭でお尻をビシバシと叩かれて従わせられる方が好きだからね」

「だが、どんな状況でも絶望はしないだろう?」

「まぁね。明日世界が滅ぶとか言われたら、私は究極のドM体験をしようと考えるだろうね」

「やはり君はヒーローの素質がある! 店主、ちょっとうるさくしてもいいか?」

「構わない。だが、そろそろ料理が完成するから手短に頼む」

「わかった。マグロ、アレをやるぞ!」

「ああ!」


 席を立った二人は店の中で広い空間――玄関の前に移動し、邪魔な椅子などを退けてから横に並んだ。


 二人は装備登録している装飾品のベルトを腰に出現させた。

 どちらも機械的な見た目をしており、ヒマワリのベルトは向日葵のバックルで、マグロのはマグロの形をしたバックルだ。


「【変身】!!」

「【変身】!!」


 二人が力強く叫んでアクティブスキルを発動させた。ベルトのバックルが光ると二人は全身を光りに包まれ、僅か一秒ほどで光りが収まった。


 ヒマワリの方は、植物の向日葵を太陽に見立てたカッコイイデザインの全身スーツに包まれていた。頭はフルフェイスのヘルメット、全身各部は隙も無く体にフィットしたプロテクターが付いている。


 マグロの方は、魚の鱗やヒレで装飾して海の戦士に見立てたカッコイイデザインの全身スーツに包まれていた。こちらも同様にフルフェイスのヘルメット、全身各部にプロテクターが付いている。


 どちらも特撮ヒーローのような姿だ。

 まずヒマワリが動いた。


 ビシッ、バシッ、シュビンッ――!!


「俺はヒマワリ! 花の太陽!!」


 と、力強くキビキビとした動作でポーズを決めつつ名乗りを上げた。

 続けてマグロも動く。


 シュバッ、シュバッ、シュビンッーー!!


「俺はマグロ! 海の戦士!!」


 マグロの名乗りが終わると、ヒマワリが言った。


「俺たちは――」


 予めそういう台本なのだろう、今度はマグロが言う。


「俺たちこそが――」


 最後は二人で叫んだ。


「ヒーローだ!!!」


 もし、これが本物の特撮ならば後ろで派手な色付きの煙幕や火薬による爆発が起こっていただろう。もしくは、広々とした屋外ならばそういうセットを本当にしただろう。


 おぉ、とシュガーは素晴らしい名乗りに感心したが、それだけだ。特撮ヒーローに対して目を輝かせるほどの興味は無い。

 ただ〝全てを体験できる〟というオールワールド・オンラインにおいて、特撮ヒーローのロールプレイができる装備があることには興味が湧いた。


「凄いね二人とも。そのベルトはなんなの?」

「これか。これは第七世界で入手できるHS(ヒーロースーツ)というものだ」


 HS――第七世界の主力兵装SS(ストライカースーツ)の陸上版である。主に警察や警備会社が採用しており、ヒーローの名を冠する通り正義の味方として活用されている。接近戦闘と屋内戦闘に特化している為、肩や腰などに付ける武装は一切無く、コストと使用目的から反重力装置やブースター、火器管制のAIなどは外されている。構造が単純化した分、単純なパワーや防御力はSSを上回っており、大型トラックを片手で持ち上げ、百キロを超える速度で走ることが可能で、ビームサーベルで数回切られても問題ないようになっている。

 主に警備や護衛、都市防衛目的で作られたHSは、単純な構造とスマートな見た目からデザインの自由度が優れており、大型アップデートの格納庫を待たずに第七世界の警察署や警備会社で見た目の編集が可能だ。

 HSを装着する為のアクティブスキルが【変身】なのは、男の浪漫を理解する運営がそう設定した。


 因みに、ヒマワリとマグロのHSはユニーク装飾品のS(スーパー)H(ヒーロー)S(スーツ)である。


「へー、強いの?」

「当然。ヒーローの名を冠するのは伊達ではない。特に全身に施されたプロテクターは――」


 ヒマワリはHSの素晴らしさを伝えようと思ったが、丁度店主が調理を終えてシュガーの前に料理を置いたところだった。


「……食べながら話そうか」


 ベルトを触って【変身解除】を物理的に行い、元の姿に戻った二人は椅子に座り、軽くつまめる野菜スティックとオレンジジュースを注文した。魔王は静かに素早く、野菜を切り始めた。

 その間にウェイトレスの魔王幹部リリアナがオレンジジュースの瓶の蓋を開けて二人に渡した。

 出来た料理を前に待っているのも馬鹿らしいので、シュガーは手を合わせた。


「いただきます」


 箸を手に本日の日替わり定食である鰯ハンバーグを一口サイズに切り、付け合わせの大根おろしを載せ、ポン酢を少量掛けてからクマの着ぐるみの口に入れる。

 ゲームだからこそ細かい部分は気にしないが、ちゃんと中のシュガー本体の口に入った瞬間、着ぐるみの中で目を大きく見開いた。


「――うまっ!? え、なにこれっ、めっちゃ美味い!?」


 外はカリッとしているのに中は柔らかく仕上がったハンバーグは、鰯の持つ独特な味を口の中に広げた。さらに大根おろしのさっぱりとした味わいとポン酢の風味が加わり、大人だからこそ感じる美味しさだ。

 一緒にある白御飯とサラダと浅蜊(あさり)の味噌汁をハンバーグと一緒に掻き込むように食べていると、ヒマワリとマグロに野菜スティックが出された。


 複数あるドレッシングの一つを付けてポリポリとつまみ始めたヒマワリが口を開いた。


「さて、このHSだが、全身のプロテクターは特殊なカーボン素材を使っていて驚くほどに軽く、体に合わせて曲がったり伸縮したりする。それなのにライフルの銃弾や出力の低いビームなら防ぐ硬さがある。そこからさらにコーティングバリアという防御機能が加わり、戦車の主砲やビームサーベルを数回防ぐ防御力を有している。どうだ? ドMというのならこの防御力は魅力的だろう?」

「そうだねー……その防御力って、パラメータのVITに依存するの?」

「ああ、依存する。コーティングバリア自体は依存しないが、HSの性能はプレイヤーのパラメータが低い場合は一定値まで補正し、それ以上のパラメータはそっちを参照する」


 ヒマワリの少しわかりにくい説明に、マグロがわかりやすく説明し直した。


「つまりだ、プレイヤーのAGIが低ければ、HSの持つAGIのパラメータまで一時的に引き上げてくれる。逆にプレイヤーのVITがHSを上回っている場合は、プレイヤーのパラメータが適用される」

「弱点を補えるってことだね」


 理解したシュガーに、ヒマワリは頷いた。


「その通りだ。しかもHSは、防具を装備した状態のパラメータを参照する」

「つまり?」


 と聞けば、またマグロが説明し直した。


「つまりだ、HSを使えば誰にも防具を見せることなく、防具の性能を使うことができる」

「中々いいね。でも……いらないかな」


 シュガーとしてはヒーローなんてやるつもりも無いし、防具は装備しない。直に攻撃を食らってその感覚を味わう方が好きだからだ。


「そうか……」


 気は合うが同志にはなれないことにヒマワリは肩を落とした。マグロはその肩に手を置いて慰める。


「……やはり、ヒーローは孤独なのだな」

「大丈夫だヒマワリ、俺がいる」


 しょんぼりと呟くヒマワリにマグロが励ますが、それでも立場や目的を同じとする仲間が少ないと堪えるものだ。

 大多数から共感されない性癖を持っているシュガーとしては、何を悩んでいるのかと思いながら料理を食べていたが、一つ気になることがあって聞いてみた。


「……ねぇ、チームを作る気はないの?」

「俺たちのような見た目のプレイヤーの所に、来てくれる人がいると思うか?」

「いや、ヒーローとして集めたらいいんじゃないの? ヒーロー協会とかいう名前にしてさ」


 シュガーの言葉に二人はハッとし、同時に言った。


「それだ!」

「それだ!」


 ヒマワリは空気椅子を止めて立ち上がった。


「なんで今まで気付かなかったんだ! 俺たちはスペシャルではあるが、その前にヒーローだ。昨今のヒーローは一人の力に限界を感じ、チームや組織を作って活動している。俺たちもそれを真似すれば良かったんだ!」


 マグロも合わせて立ち上がった。


「コンビを組んでいたからすっかり見落としていたな。俺たちの手でヒーロー協会を設立し、同じヒーローたちに呼び掛ければ、きっと仲間が見つかる」

「ああ、そうだなマグロ。どっちがリーダーをやる?」

「お前がやれ。太陽なんだろう?」

「いいのか?」

「お前の方が向いている。俺はマネージャーの真似事でもするさ」

「なら頼む」


 がっしりと手を掴み合い、ヒマワリとマグロはチーム『ヒーロー協会』の結成を決めた。


 男の友情を見つつ、料理を食べ終えたシュガーは手を合わせた。


「ごちそうさまでした」






 店を出たシュガーはワールドルームから第一世界に転移した。目的は東南にある毒沼であり、のんびりと徒歩で移動して到着すると、エネミーにちょっかいを掛けられながら風呂に入るかのように毒沼に浸かった。

 どろっとした紫色の毒液が体に纏わりつき、ぬるぬるとした感触が伝わる。


「……ふう。相変わらず気持ちいいねー」


 普通の人にとっては不快な臭いを深呼吸し、毒液を両手で掬って飲んだ。


「……不味い! もう一杯!」


 そう言いつつ、また毒液を飲む。


 オールワールド・オンラインでは大体のものは食べられるように設定されているとはいえ、ゾンビと同じく、普通は食べないようなものは美味しくないように設定されている。毒液は苦味と癖の強い漢方薬の味がしており、普通の人は積極的に飲むことはない。


 毒液を飲んで満足したシュガーは、未だちょっかいを掛けるエネミーの一体を掴むと、その場でむしゃむしゃと食べる。沼に出現するエネミーは何かしらの状態異常攻撃を備えており、あまり美味しくないが、毒液と比べた場合はそこそこ美味しいものであった。




 充分に毒沼を堪能したシュガーは活動拠点に戻り、次の世界へ向かった。


 今度は銃で撃ち合う荒廃した世界――第四世界だ。核戦争によって完全に文明が崩壊したが、核の冬は訪れず、不毛の大地となった大半の場所が砂漠化した世界だ。放射能によって突然変異した動植物が蔓延っているが、人間たちはそれでもなおしぶとく生き残っていた。


 活動拠点は砂漠の中にある。拠点内に岩壁があり、その周辺にキャンプがあるような状態だ。この岩壁には巨大なシェルターがあり、国の要人や軍の司令部が避難する為に作られたのか、最低限の日用品と武器弾薬を作れる設備を備えていた。その為、活動拠点では崩壊した文明の中で最低限の文化的生活が保障されており、暮らしている人々は研究と改良の末に僅かながらに復活した土地を使って食料を作ったり、外から資材や燃料の収集を行って生活していた。


 キャンプの真ん中にポツンと設置されている転送装置から出たシュガーは、慣れた足取りでいつもの場所に向かった。

 シェルターから見て正門となる門を抜け、すぐ傍にいる集団の所へ向かった。

 そこには数十もの車やバイクが綺麗に並んでいた。だが、その車やバイクのほぼ全てが改造を施されたうえで恐怖や威圧感を放つような暴走族的な装飾が付けられていた。バイクは積載量の関係で積んでいないが、車には機銃が設置され、人が撃てるように足場を組まれたり屋根に穴が開けられたりといった改造がされていた。中には魔改造が行き過ぎて、大量の盾付き機銃と玉座のような物が載っているトラックもある。

 勿論、そんな車を所有する人間も見た目はまともではない。周りで(たむろ)しているのは、硬くて分厚い外付け肩パッドの皮ジャケットを羽織り、棘付きの皮の装飾を身に着けた厳つい集団だ。その集団はスキンヘッドか、好みの色をしたモヒカン頭をしている。

 少数ながら女性の姿もあり、コスチュームの雰囲気こそ合わせているが、しっかりと着飾っていて華があった。


 彼らは歴としたプレイヤーだ。所謂、世紀末プレイというものをしており、リアルで味わうには地獄な荒廃した世界を楽しんでいる。

 ただ、世紀末プレイと言っても中身は善良なプレイヤーであり、見た目が恐い以外は基本的に優しい人たちである。


 シュガーに気付いた彼らのうち何人かが明るく声を掛けた。


「よお、シュガー。今日も来てくれたんだな!」

「いつもの奴か?」

「そーだよー」

「今日は俺たちの車を選びな。エンジンを改造したんだ。カッ飛ばせるよ!」

「へー、それは楽しみだね」

「待てよ。俺たちだって車を新調したんだ。エレキギターの演奏だって出来るようになった。今日は一番ノリに乗れるぜ?」

「まだ一曲だけだろ。そういうのはもっとレパートリー増やしてから言え」

「うっ……わかったよ」

「なら、そっちはまた今度だねー。それより、ボスはどこ?」

「それならあっちで、次のクエストの作戦を考えてる」

「ありがと。またねー」


 シュガーは彼らと別れ、彼らを纏め上げているボスのいる場所へ向かった。


「では、手筈通りにな」


 教えられた場所に着けば、金のモヒカンという髪型で目にサングラスを掛け、棘付き肩パッドのジャケットを羽織った褐色肌の筋骨隆々な大男が指示を出し終わり、集まっていた数人のリーダー格の仲間が離れたところだった。

 シュガーは恐れることも無く、ボスという名前の大男に気軽に声を掛けた。


「やあボス」

「むっ、シュガーか。いい時に来てくれた」

「いい時?」

「ああ、丁度今からクエストに向かうんだ。お前さんがいてくれれば、みんなのやる気も上がる」

「なら良かったね。それでクエストって?」

「野盗の排除だ」

「本物のモヒカンたちだね」

「俺たちが偽物みたいに言われると、ちょっと嫌なんだが……」

「だって偽物じゃん。やってることは正義の味方もいいとこだよ?」


 シュガーの言う通り、ボスたちは見た目こそ世紀末のモヒカンとスキンヘッドの集団だが、NPCたちの悩みや問題という名のクエストを積極的にこなしており、NPCたちからは悪ぶっているだけの正義の味方や用心棒のように見られている。


「ううむ……しかしなぁ……」


 ボスは渋い顔で否定しようとするが、次の言葉が出て来ない。ボスの気質的に、悪ぶるのが限界で悪人のロールプレイが出来ないのだ。それを仲間たちもちゃんと理解しているからこそ、信頼してついて来ている。


「別に今のままでいいんじゃない? 周りからは『世紀末覇王』って言われてるんでしょ?」

「そうだが、俺はそんな大それた人間じゃないんだがな……」


 自信無く謙遜するが、ボスにはそれだけの人望と実力があることをシュガーは認めている。

 まず、百人近い仲間から全幅の信頼を寄せられる人間は相当稀な存在だ。さらに、ボスエリアを一人で攻略してユニーク装備を持っている。それだけで相当な実力者なのだ。


「ま、気張らずに頑張って。ゲームは楽しんでナンボだよ」

「そうだな……楽しむのが一番だな!」


 開き直ったボスは自信に満ちた顔になった。


「よしシュガー、早速出るから準備してくれ!」

「オッケー」


 シュガーは渡されたパーティー申請用紙を受け取り、さっき話していたモヒカンたちに声を掛けて準備に取り掛かった。




 砂漠の中を数十台の車とバイクが走っていく。ボスや各リーダーを筆頭に部隊化されたその集団は、綺麗な陣形となっている。その車の一部には、武装よりもステージを積み込み、オーディオやマイク、ドラムや太鼓などの楽器が設置されて、やる気の出る曲が奏でられ、歌われていた。


 シュガーはというと、車の一台の背後にロープで括られ、引きずられていた。

 本来なら拷問だが、ゲームだからこそ実践できる芸当であり、シュガーにとってはご褒美だった。


 後部座席に座るモヒカンの一人が、機銃を撃つ為の穴から顔を出した。


「シュガー。調子はどうだ?」

「イイ感じだよー」

「それは良かった。シュガーと出会ってから、ボスも俺たちも調子がいいんだ」

「だろうねー」


 引きずられたまま適当な相槌を打つシュガーに、モヒカンは少し悩んだ顔をし、意を決して言った。


「なぁシュガー……あんたさえ良ければ、このまま俺たちのチームに入らないか?」

「チーム?」

「大型アップデートしたら、チームを結成する予定なんだ。もう名前も決まってる。『世紀末団』っていうチームだ。シュガーがいれば、俺たちは強くなれる。だからどうかな?」


 求められるのは嬉しいが、シュガーにとってはピンと来なかった。


 世紀末たちとの出会いは、第二回イベントが終わってすぐだ。何となくで訪れた第四世界で、彼らの姿を見て色々とやってくれそうだと思って接触したのが始まりだ。最初こそシュガーのドMっぷりに引いていたが、それもすぐに慣れた世紀末たちはノリノリで世紀末らしい色々なことをやってくれた。

 だが、ノリやテンションの波長が少し合わないと感じていた。戦いやその場の勢いに合わせたりすることは出来るが、それもシュガーが譲歩するような感覚が付き纏ってしまうのだ。


 やはり自分としてはベネットたちの傍の方がずっと楽しい、とシュガーは比較して思った。


「……ごめんねー。私、もう入るチーム決まってるんだ」

「そう……か。聞いて悪かった」

「大丈夫だよー」


 モヒカンは車内に顔を引っ込め、気持ちを紛らわせるように音楽に集中した。



 シュガーを引きずる車に乗るモヒカンたちが、一旦終わった演奏に声を上げた。


「ヒャッハー! 今日の演奏は一層熱が入ってるぜぇ!!」

「そうだなぁ! ボスに何かいいことがあったんだろうぜ!」

「見ろ! 今度はボスが演奏するぞ!」


 ノリを楽しむ世紀末たちはそのまま突き進み、目的地付近に来ると、パーティーリーダーであるボスが全員に向けてパーティー通話機能を使用した。


「みんな聞け! これより戦いとなる。相手は俺たちと同じ世紀末で好き勝手暴れ回っている連中だ。だが、奴らと俺たちには決定的に違うものがある。それは強さと団結力だ! 我々は同じ釜の飯を食い、同じ盃を交わした同志だ! 独裁による暴力と恐怖で纏まった奴らとは違う! 圧倒的な勝利を! 誰一人欠けることなく奴らを嘲笑うほどの余裕の勝利を! やるぞ者ども! ヒャッハアアアー!!」


 ヒャッハアアアー!!


 全員が叫び、演奏が再開した。ロックな音楽が響き、戦闘態勢に入った。車はガラス部分に鉄のブラインドが下ろされ、モヒカンやスキンヘッドの世紀末たちが機銃の座席に着き、安全装置を外して弾を込めた。

 バイクに二人で乗っている者たちは後部にいる者が単発式のグレネードランチャーを取り出し、いつでも撃てるように準備した。


 すぐに本物の世紀末である野盗のいる場所に到着し、向かってくるボロボロの車との正面戦闘に入った。野盗は使い古された粗悪な機銃や、取り付けただけの小銃を撃って来るが、世紀末たちの車は徹底した改造が施されており、その装甲は重機関銃の弾丸すら幾分か耐える。流石にガラスはそのままだが、鉄のブラインドがある程度の跳弾をしてくれる。

 世紀末たちは飛んで来る弾丸に恐れず、陣形を乱さずに機銃を撃ち始め、次々と向かってくる車を破壊していく。


「ヒャッハー! 一台撃破!」

「ヒャッハー! こっちはもう三台だ! 遅いぞ!」

「ロケットランチャーを使う! 汚物は消毒だー!!」

「イェア! 俺も使うぜぇ!」


 そうした通話をしながらも発射される銃弾やロケット弾の精度は、軍の精鋭部隊に引けを取らないレベルだ。バイクは車列から離れて左右から遊撃に入り、既に混乱状態になっている野盗の集団に襲い掛かる。しっかりと訓練された弾着予測射撃により、グレネード弾が次々と当たっていく。


 その蹂躙ぶりはアマチュアとプロ、或いは民兵と正規軍の戦いそのものであり、この場の戦いは瞬く間に終わった。


 この圧勝を見届けたボスは力強く頷き、誰も死んでいないかの確認を行った。


「……誰か死んだ者、負傷した者はいないか?」


 それには各車に割り当てた番号やバイク部隊から「死者・負傷者ゼロ」との報告が返って来た。

 完璧な勝利だったことに安堵し、気を良くしたボスは次の指示を飛ばした。


「これより野盗の長の排除に向かう! 行くぞ者ども!」


 ヒャッハー!


 到着した場所は、活動拠点から離れた位置にあるシェルターの一つだ。規模は小さいがすぐ傍に天然のオアシスがあって生活できる環境は整っている。だが、ここは定期的に野盗が湧くポイントであり、休憩するには不適切な場所だ。

 さっきの戦いに参加しなかった野盗は世紀末たちの奇襲に遭って何も出来ずに全滅し、ボスが車から降りた。


「シェルターに入るぞ。前衛、俺と来い。残りは周辺警戒」


 ヒャッハー!


 了解代わりに叫んだ世紀末たちは、手慣れた動きで周辺警戒を始めた。

 引きずられることもなくなったシュガーは、ロープを毒沼の斧で切断し、シェルターに突入しようとするボスに合流した。


「ボス、私が先に行こっか?」

「頼めるか?」

「いいよー。罠を踏み抜くの、楽しいしね」


 大盾も出さず、シュガーは一人先行してシェルターの中に突入した。

 野盗が住み着いているシェルターは、基本的に罠が仕掛けられている。ワイヤートラップやセンサートラップ、扉の開閉に連動したトラップや古典的な落とし穴、水場での漏電、毒ガスなど多岐に渡る。

 ドMによって鍛えられたシュガーにとってはそれらの罠など遊びに等しく、鼻歌交じりにシェルター内を歩き回って次々と罠を作動させ、何事もなく突き進む。少し離れた背後でボスたちが悠々とついて行き、最深部に籠っている野盗の長の場所に到着した。


 最深部はシェルターの電源を入れる為のエンジンルームになっており、鉄骨で組まれた足場や壁になっており、ある程度の物を作れる工場も併設されている。

 その部屋には銃を持った厳つい野盗たちが立て籠もっており、一番先に侵入したシュガーが蜂の巣にされた。が、今更銃弾程度でダメージなど受ける筈もなく、撃たれながらも振り返って言った。


「ねぇボス、野盗たちいたよー」

「それはわかったが、せめて身を隠してくれ」

「だってダメージ無いし、痛くも無いからね」


 世紀末たちはこの馬鹿げた防御力のシュガーの強さと、それを目の当たりにする野盗たちを憐れに思って苦笑した。


 野盗たちは小銃の弾を撃ち尽くしてもノーダメージで立っているクマの着ぐるみに目を疑い、動揺が広がる中で長が声を荒げた。


「何をやってるお前ら! 銃が効かないんならもっと強い武器を使うんだよ!!」


 長自らが構えたのはロケットランチャーだ。室内で使うには危険過ぎるものではあるが、追い詰められた人間はなりふり構わず何でもするものである。

 警告も脅しも無くロケット弾が発射され、シュガーに直撃して爆発する。長は笑みを浮かべ、野盗たちも士気が上がって小銃の弾倉を交換した。

 ただ、その笑みや士気も煙が晴れると崩れた。


「なん……だと……!?」

「ば、化物だ!」

「う、撃て! 撃てぇ!」


 撃たれているシュガーは大盾と手斧を取り出した。


「それじゃあ、行くよー」


 ノシノシと歩いて近づき、野盗たちはシュガーに集中して銃を撃つ。だがシュガーには全く効かず、野盗の一人に近づくと悲鳴を上げられるが、気にせず容赦なく手斧を振り下ろして倒した。

 振り返って睨まれた野盗たちは恐慌状態に陥り、目標にされた野盗は小さく悲鳴を上げながら銃口を向けて撃った。


 完全に注意がそちらに向いた隙に、ボスはついて来た前衛の仲間に言った。


「戦闘準備」


 仲間たちは頷き、各々所持している防具に着替えて近接武器を手にした。


「突入!」


 ヒャッハー!


 突入を始めた世紀末たちは防具と武器を持っていても素早く動き、発砲音で気付いていない野盗を襲い始めた。

 襲われたことで他の野盗がようやく気付いたが、既に状況は手遅れであり、次々と倒されていく。

 ボスも世紀末に相応しい頑丈な鉄のヘルメットにアーマー、脛当ての付いたブーツという防具に着替え、ユニーク武器の『グレートナックル』を装備した。このグレートナックルは両手に装備する金色の分厚いグローブだ。

 他の盗賊は仲間に任せ、ボスは敢えて残されている長に向かって真っすぐ進んだ。


「よお、クソ野郎!」

「ぐわぁっ」


 声を掛けて挨拶代わりに長の顔面をぶん殴ると、長は手に持っていた小銃を手放してしまった。


「ぐっ、くそが!」


 悪態を吐きながらお腹のベルトに差していた大型自動拳銃を取り出して向けたが、素早く近づいたボスによってあっさりと弾き飛ばされた。


「強い奴が支配する。それがこの世界のルールだろう?」


 ボスは力を込めて長を殴ると、頭が弾け飛んで大量のダメージエフェクトを散らして消滅した。

 残りの野盗もすぐに片付き、クエストはこれにて終了となった。


 世紀末たちは「ヒャッハー!」と勝鬨を上げ、防具からコスチュームに戻ったボスは喜ぶ仲間たちに向かって言った。


「よし、周辺を探索して目ぼしい物を持って帰るぞ。者ども、探せ探せ!」

「ヒャッハー!」

「略奪だー!」

「誰が一番いい物を見つけるか、勝負と行こうぜ!」


 楽しそうに周辺の探索を始めた世紀末たちだが、実のところは活動拠点で暮らすNPCへの土産物の入手が目的である。雰囲気だけ世紀末で正義の味方というのが、彼らにとって性に合っているのだ。


 様々なものを手に入れ、車の空きスペースに詰め込んだ世紀末一行は帰路に就いた。演奏する音楽も落ち着く曲やしんみりしたものになっており、必要最低限の警戒で近くにいるエネミーを撃ち倒す程度だ。


 一方シュガーは、車の正面に固定され、装飾品として風を受けていた。



 のんびりとした帰路になるかと誰もが思っていた。



 ――突如として、一番前を走る車の運転手と助手席の仲間が同時に消滅し、コントロールを失った車が失速した。後続の車が避けたことで他の車も連動して避け、陣形が乱れ、大半の車が仲間の身を案じて停車した。

 異常が起こり、何があったのか察したボスは声を上げた。


「全員降りるな! 伏せろ! バイク乗りは車の影に隠れるんだ!」


 的確な指示だがそれでも遅く、全身が見えてしまっているバイク乗りたちが頭に何かを当てられて、その衝撃で横へ倒れて次々と消滅していく。

 シュガーはその光景を見て何が起こっているのかすぐにわかった。


 ――狙撃だね。


 発砲音が聞こえず、マズルフラッシュもほぼ見えない超遠距離狙撃だ。しかも、あまりにも素早く引き金を引いて離しているから、弾道予測線すら一瞬しか見えない。

 世紀末たちの避難が終わると狙撃も止まった。

 車の先に固定されているシュガーは狙われない。

 何故なら、狙撃している相手とは顔見知りであり、撃たれても死なないほど頑丈だから最初から無視されているのだ。


「よっ!」


 シュガーは固定されているロープを力むことで千切って抜け出し、歩いてボスのいるトラックに乗り込んだ。

 どうしようもない状況だと認識しているボスは装甲のある場所に座り込んで、インベントリから取り出した葉巻をふかしていた。トラックに同乗している他の世紀末たちも各々好きに煙草を吸ったり上品に煙管を使ってふかしていたりしていた。

 絶望的状況だがゲームだから恐れてもおらず、全員がこの状況を楽しんで笑みを浮かべていた。

 そんなボスに、シュガーは声を掛けた。


「ボス、どうする?」

「……どうしようかね。悪党らしくおめおめと逃げ帰るのもいいし、華々しく特攻してもいいが……ま、ひとまず休憩だな」

「そっかー……そういえば、襲われたのはこれで何度目?」

「さぁな。あいつからしたら、俺たちは野盗より歯応えのある雑魚程度の認識だろうさ」

「覇王も形無しだね」

「勝手にそう呼ばれてるだけで、俺は覇王でも何でもないんだがな」


 勝てないとわかりきっているからこそ戦意など湧かず、仲間も無茶なことは言わない。

 シュガーとしては面倒臭いという気持ちが強くてこの状況を打開する気も無いが、狙撃している相手も同じチームの一員になる可能性を考慮し、チームの印象悪化を防ぐ為に今ここで常習的なプレイヤーキルを止めさせるのも手だと考えた。


「……私が説得してこようか?」

「出来るのか?」

「やってみないことには何とも。でも、もしかしたら、もしかするかも」

「……じゃあ、やってくれ」

「あいよー。あっ、バイク借りていい?」

「ああ、バイクなら予備もあるからいいぞ」


 シュガーはトラックから離れて、倒れているバイクの一台を起こすと、状態を確認して動かし、狙撃地点へと向かって走り出した。



 少し離れたところにある砂丘の上に、シュガーの予想した通りのプレイヤーがいた。砂漠の塗装を施した対物ライフルを構え、砂漠の熱を防ぐ為のシートを敷き、砂漠迷彩の布を被って日除けを兼ねて巧妙に隠蔽していた。シュガーが近づいたことで、彼女は布を脱いで立ち上がった。

 砂漠に対応した色の、ぴっちりしたバトルスーツを身に纏った女性だ。

 綺麗なロングストレートの金髪に緑の瞳、エルフの証である長く尖った耳をしており、ベネット以上の美貌の持ち主だ。身長百七十五センチの肉体は誰もが羨む魅惑的な体型をしている。

 それよりも、狙撃の姿勢の時にクッションになるように計算された大きさと形の、巨大な胸が特徴だ。


 その女性は、第一回イベント九位のヘカティアである。

 バイクを止めて降りたシュガーは、軽く手を挙げて挨拶した。


「やあヘカティア。私のハートにシュートしてくれない?」

 心臓に向かって銃を撃てという挨拶に、ヘカティアは溜息を吐いた。

「……変態だな」

「えへへ、それほどでも」

「褒めてない」


 ヘカティアは呆れるが、シュガーに対して嫌な印象はない。そこそこの付き合いがあり、どんな人間か互いに理解しているからだ。


 シュガーとヘカティアの出会いは、丁度ボスと出会った頃からだ。今回のように世紀末たちが狙撃で次々と倒される中、頭部を撃っても撃っても死なないシュガーにヘカティアは目を疑い、興味を抱いて接触し、防御に特化したパラメータとその変態さを知った。フレンド登録こそしていないが、度々活動拠点で会って食事に同席する程度には付き合いがある。


「それで……何か?」

「ちょっとね。もうすぐ大型アップデートだけど、ヘカティアも勇者さんから()()()来てるんでしょ?」


 シュガーの言うお誘いとは、『青の勇者』であるアルバの最強チーム結成の為の呼び掛けのことだ。


『大型アップデート当日に一度全員で顔を合わせ、チーム結成するかどうかの話し合いをしよう』


 というメールがそれぞれに送られている。

 少し前にヘカティアの所にもアルバが接触してフレンド登録し、同様のメールが送られていた。


「で?」

「もしチームに入るつもりなら、積極的なプレイヤーキルは止めてほしいかなって」


 趣味に生きる変態がチームの心配か。


 そう思ったヘカティアだが、人との会話が得意でなくそれを言葉に出すという考えには至らない。


「……理由は?」

「気に入ってる人たちがいるからね。その人たちの印象が悪くなるようなことは避けたいんだ」


 シュガーの言葉は孤高なヘカティアには理解できないものだった。


「……わからないな」

「意外とすぐにわかるんじゃない? ほら、ベネットとかミグニコとか、ヘカティアと気が合いそうな感じがするよ」

「そうか?」

「そーそー。だから、プレイヤーキルは控えてほしいな」


 ヘカティアは腕を組んで考え出した。だがその動きはベネットの癖と違い、明確に胸を持ち上げて支える動作が加わっていた。


 狙撃を控えるべきだろうか。否、これは個性だ。


「……控えるつもりはない」

「そっかー。まぁ駄目元だったからいいけどね。それよりずっと前から聞きたいことがあったんだけど、なんで行きは撃たずに帰りは撃つの?」


 ヘカティアの狙撃は拠点から出て行く者には手を出さず、帰る時だけに限定されている。第四世界によく来るプレイヤーなら周知の事実になっている情報だ。

 ただ、本人があまり話をする性格でない故に、何を考えてそういうルールを決めているのかは知られていない。何かしらの流儀やこだわりだと考えている者もいるが、ヘカティアにとっては全く異なる見解だった。


「……その方が……早く帰れるだろうから」


 言葉足らずだが、ヘカティアはこう言いたいのだ。


 死んだら活動拠点にすぐ戻れるから、狙撃の練習も兼ねて手伝っている。


 実に身勝手で異常な思考である。

 シュガーはその異常な思考と省略言語を浅い付き合いながらも理解していた。


「それ、余計なお世話だよ」


 僅かに驚きの表情を浮かべた。


「……そうなのか?」

「そうだよ」


 少しだけヘカティアの表情に迷いが見えたが、すぐに固い決意で言った。


「……だが、止めない」

「それでいいと思うよ。このゲームでプレイヤーキルされても、何のデメリットも無いしね」


 実際の所、第四世界でのヘカティアの評価は悪くない。辻斬りならぬ『辻撃ちエルフ』と周りから呼ばれており、世紀末的な世界観を鑑みるとルールを設けたうえでの狙撃は、異常性が見て取れて好意的ですらあった。

 それはそれとして、お近づきになろうと考えるプレイヤーはいないのだが。


「それじゃあ、私はそろそろ戻るねー」

「……わかった」

「あっ、今回はもう撃って来ないでね」

「……ん」


 バイクで世紀末たちの所へ戻ったシュガーは、早速ボスにヘカティアとの会話を報告した。

 ヘカティアが狙撃を今後も続けること、狙撃はプレイヤーたちの手伝いを兼ねた練習だということ。

 黙って聞いていたボスは、まだまだふかすことのできる葉巻を床にこすりつけて消した。


「……天才ってのは、やっぱりわからんな」


 そう呟いてから気を取り直し、ボスはいつもの調子で言った。


「出発するぞ! 今回はもう狙撃されないらしいから安心しろ!!」


 ヒャッハー!


 ようやく動けることになった世紀末たちは、静かにしていた分だけ盛り上げようと楽器を奏で、車やバイクのエンジンを吹かして出発した。




 活動拠点に戻ったシュガーは第一世界に移動し、ベネットと出会った時のように看板を作って『踏んでください』と書き、道の真ん中で寝そべって休憩した。

 結局誰も踏んでくれず、別の世界に行って高所から紐無しバンジーをしたり銃弾の雨でも浴びようかと考えたが、今日は充分に楽しんだからいいかと思った。

 ただ、大型アップデートが楽しみでそわそわした雰囲気の活動拠点やワールドシップに戻る気にもならず、久々にのんびりした時間を過ごそうかと東にある湖で釣りをすることにした。

 使うのは普通の釣竿だ。

 第二回イベントで手に入れた『伝説の釣竿』は使わない。入れ食い状態で釣りの待つ楽しみを著しく損なってしまうからだ。


「大型アップデート……いよいよ明日かぁ」


 楽しみに思っていると、釣竿がピクリと動いた。


「おっ、早速……」


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― 新着の感想 ―
[良い点] アイアンマンやメタルヒーローごっこができて、マッドマックスの世界にも行ける。 最高かよ。
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