妖精と猫娘
ミグニコとキャシーの回。
超科学の未来世界――とんでも科学なので、理論とか原理とかかなり適当です。
かるーくゆるーく、そんなもんかって感じでお願いします。
衣替えでベネットが恥ずかしさと気疲れからさっさとログアウトし、解散となって別れた後、ミグニコにメールが届いた。
キャシーからだ。
『記録更新にゃ~♪』
という一言と共に、一枚のスクリーンショットが添付されていた。
そのスクリーンショットにはレーシングスーツを着て猫耳の形をしたフルフェイスヘルメットを脇に抱えてドヤ顔でピースサインをするキャシーが写っていた。
その顔に腹立たしさを覚えつつもミグニコが注目したのは、その横に写る未来的なデザインの掲示板だった。
超科学の未来世界――第七世界で参加できる、スカイバイクレースの順位とタイムだ。キャシーは一位であり、他が白い数字のタイムの中、赤い数字が表示されていた。新しいレコードが樹立されたのだ。
チッ、とミグニコは舌打ちする。
「またやりやがったな、泥棒猫」
見ていても気分が悪くなるだけのメールを閉じ、ミグニコは早速第七世界へ向かった。
第七世界――超科学の未来世界であり、現実的ではないとんでも科学が実在する世界だ。
空にはアニメやゲームのようにデザイン性を重視したような滑らかなフォルムの飛行船や飛行機が悠々と空を飛んでいる。
広大な都市では綺麗なビル群が並び、タイヤの付いていない車やスカイバイクがビルの間をビュンビュン飛んでいる。その下には透明なチューブが張り巡らされ、人々はその中に入るだけで足元に出現したガラスの円盤が目的の場所まで運んでくれる。中には急ぎで走る人もいるが、走る度に円盤が現れては消え、立っているだけの人よりも速く移動していた。勿論、地上もしっかりと整備されて艶のある道が覆っている。タイヤの付いていない車やスカイバイクも地上の道を利用しており、急ぐ必要もない人々は普通に歩いていた。
他にも様々な交通機関が存在し、都市の中心には繁栄を象徴する円錐の巨大なタワーが存在する。
そのすぐ傍には巨大なレジャーランドがあり、ゲームやスポーツを楽しめる各種会場が設置されている。大型アップデートが情報公開されるまでの間は、娯楽といえば第七世界と言われていた。
そのレジャーランドが、第七世界の活動拠点として設定されている。
第七世界へ転移し、レジャーランドの大広場の隅から出てきたミグニコは、早速レース会場へ向かった。
レース会場は大きなエントランスがあり、そこで選手登録や出走登録、観覧席の購入、売店で飲食をすることができる。壁には大きな掲示板が幾つもあり、そのうちの一つが、先ほどキャシーがスクリーンショットを撮影したスカイバイクレースのものだ。
そこにはスクリーンショットと同様にキャシーのレコードがしっかりと表示されており、ミグニコは事実であることに苦々しく眉間に皺を寄せた。
「……そう簡単に塗り替えられないような記録だったんだがな」
「にゃーが最速でごめんにゃー」
ミグニコにとって苛立つ声が背後から聞こえて振り向くと、投げ込まれた缶ジュースを反射的に受け止めた。
好みのスポーツドリンクだ。
缶ジュースを投げたキャシーも同じものを持っており、挑発するように白く鋭い犬歯を見せながら笑みを浮かべていた。
「……最速はこの俺だ。クソネコ」
言いつつ、缶ジュースのプルタブを開けて飲む。
「にゅふふ、今のミグニコは自称最速にゃー」
キャシーも同じように缶ジュースを開けて飲んだ。
「言ってろ。すぐにまた記録を塗り替える」
「いいにゃ。そしたらまた真似して塗り替えるだけにゃ」
「無理だな。これ以上の記録更新は神懸かり的な動きになる」
「にゃーならその神懸かり的な動きも真似出来るにゃ」
ミグニコは鋭くキャシーの目を見つめ、キャシーは正面から見つめ返した。
「……ふん、やってみればいいさ」
自信のあるミグニコは一気に缶ジュースを飲み干し、近くにあるゴミ箱に投げた。
スコン、と上手く入った。
キャシーも一気に缶ジュースを飲み干すと、ミグニコと全く同じ動作で缶をゴミ箱へ投げ入れた。
「……相変わらず、見て盗むのが上手いな」
「褒めても何も出ないにゃ」
ミグニコにとって、キャシーのプレイヤースキルである天才的なコピー能力は非常に腹立たしく、敬意を表するに値するものだ。
オールワールド・オンラインがサービス開始してすぐ、ミグニコは第七世界のスカイバイクレースでレコードを出して優勝し、ユニーク防具の『トライアル』シリーズを手に入れた。だがその後すぐに、そのレースを見ていたキャシーに記録を塗り替えられた。
気に入らなかったミグニコはすぐにまた記録を塗り替えたが、キャシーはミグニコの動きを完全に再現したうえで、さらに上を行く記録を出した。キャシーはミグニコに接触して挑発し、それに乗せられたミグニコが奮起したことで記録の塗り替え合戦が始まった。合戦はレース以外にも及び、第七世界のレジャーランド内の記録には二人の名前が必ず存在するようになった。
「じゃ、俺は今から出走登録してくる」
「いってらっしゃいにゃー……あっ、そうにゃ。他のゲームも粗方記録更新しておいたにゃ」
「は? マジかよ」
「マジにゃ。がんばってにゃー」
「くそっ!」
悪態を吐きながら悔しそうに、ミグニコは出走登録の為に受付へ向かった。
それを見送ったキャシーは、作っていた笑みを止めて、本来の真面目な顔つきで出走登録しているミグニコの背中を見つめた。
「……わかってるよミグニコ。これ以上は真似できないってことくらい」
スカイバイク――第七世界で普及している飛行バイクである。タイヤが無く、代わりに非現実的な反重力装置が前後に二基搭載されている。細かい原理の設定などは図書館などで資料として載っているが、とにかく立体的な機動ができる空飛ぶバイクだ。
操縦難易度は非常に高く、加速力や最高速も現実のバイクとは比べ物にならない。だからこそ、プロが動かすレースは迫力があり、第七世界では国際的な人気スポーツの一つになっている。
レースで使用するスカイバイクは全て大会が用意した共通規格のものであり、チューニングは認められずレース開始前に割り当てられる。
コースは宙に浮いた立体的で複雑な作りになっている。コース中に用意されている複数の輪を潜って三周し、タイムと順位を競う。輪を潜れなければその時点で失格となる。
レースのクラスはルーキー、アマチュア、プロ、レジェンドの四つに分かれており、クラスが上がるごとにコースは複雑且つ長くなり、輪も小さくなって過酷なものとなる。
ミグニコは当然、レジェンドクラスの選手だ。
――レジェンドクラスのスカイバイクレースが開始される時間となった。レーシングスーツを着用して控室で待機していたミグニコは車庫に行き、スタート位置スカイバイクをくじ引きで決めて、割り当てられたスカイバイクにヘルメットを被ってから跨り、エンジンを起動して空を飛んだ。
コースは事故を考慮して非現実的なエネルギー体の防護壁――バリアが展開されており、薄い膜のようなものが見えている。もしスカイバイクが墜落しても地上にいる人々に危害は及ばないが、選手の命までは保障されていない。
実況と解説が選手紹介をしている中をF1同様にフォーメーションラップとして一周し、スタート位置に到着する。ミグニコは幸運にも二番手だ。
今か今かと待ち望んでいる観客たちは静かに始まりを待ち、実況と解説も黙る。
カウントダウンが開始された。
3、2、1――GO!!
凄まじい加速でスカイバイクが飛んで行き、選手たちがコースを進む。誰よりも上手くスタートダッシュを決めたミグニコは一瞬にしてトップにつき、常人離れした反射神経と度胸、天性のレース勘から、まるで高度なコンピュータに導き出されたかのようなルートと速度とタイミングでコースの難所を攻略していく。AIである筈のNPCの選手たちもほぼ最適解の動きをするが、ミグニコはその二歩先を進んで他を寄せつけない。
実況と解説がミグニコを中心にレースを語り、観客たちは興奮しながら見守り、一周する為にスタート位置を通り過ぎる選手たちに声を張り上げて応援する。
既に超集中状態――ゾーンに入っているミグニコにはその応援や熱意などは伝わらない。ただレースに意識を向け、導き出された光の道を自分の感覚を頼りに辿っているだけだ。
その様子をカメラが追い、コースを挟んだ観客席の前にある巨大モニターや、エントランスに設置されているモニターに映し出されている。
キャシーはエントランスの椅子に座り、売店で買った大きなハンバーガーを食べながらモニターに映るミグニコを見ていた。
「……これはもう、記録更新は無理かな」
完璧を超えた神業の域に達しているレース展開に、負けを認めてしまう。ただ、その表情は闘志に満ちていた。
「にゅふふ。スカイバイクはミグニコのものだけど、にゃーにはまだまだ盗むものがあるにゃ。いつかはその本物の動きも盗んでみせるにゃ」
ミグニコは集中を切らさず、一つのミスも無く完璧なレース運びでゴールした。興奮する実況と大歓声の中で表示された記録は、キャシーのレコードを一秒も縮めるものだった。
ウィナーズサークルで適当なコメントをしてレースを終え、控室で元のコスチュームに着替え終わったミグニコがエントランスに戻ると、キャシーが出迎えた。
「おかえりにゃー」
そう言って、またスポーツドリンクの缶ジュースを投げて渡した。
「ただいま。どうだった?」
「完敗にゃ。流石にこれ以上の記録更新は出来ないにゃ」
「今のところは、だろ?」
「にゅふふ」
笑うだけだが、それだけでミグニコは察し、自分の速さにまだついて来てくれるキャシーが嬉しくてつい口元が緩んだ。
貰った缶ジュースを開けて飲んでいる所で、キャシーは珍しくミグニコの前で真面目な顔をして言った。
「ねぇミグニコ、ちょっといい?」
「ん、なんだ?」
「ちょっと面倒なクエストを受けちゃってさ、協力してくれない? にゃ」
「…………お前、その為に記録更新しただろ」
「な、にゃんにょことかな、にゃー?」
図星であり、焦った結果噛んだような言葉が出て、キャシーは恥ずかしさで顔を赤くした。
「口調が行方不明だぞ?」
「と、とにかく! 面倒なクエストがあるの。手伝って! にゃ!」
取り繕おうとして完全に素が出てしまい、指差ししてくるキャシーにミグニコは苦笑した。
「……ま、いいさ。クエストの内容は?」
「読んでもらった方が早いにゃ」
メニューから今受けているクエストの詳細を表示し、ミグニコに見せた。
エクストラクエスト【高速輸送作戦】
達成条件:目標地点へ輸送トラックの到達
失敗条件:輸送トラックの大破、パーティーの全滅
報酬:2,000,000G、スキルクリスタル
エクストラクエスト発生条件
1、スカイバイクレースでレジェンドクラスに到達する。
2、パラメータのAGIが『A』以上である。
3、パラメータのAGIが『A』以上のフレンドがいる。
依頼主:パンドラ研究所所長
スカイバイクレースのレジェンドクラスの君に頼みたい。東の兵器工場から、ある物資を輸送するので護衛をお願いしたい。輸送はトラックで行うが、襲撃の可能性を考慮して高速且つ地上ルートで行う手筈になっている。今回の物資は我が研究所にとって非常に重要な物であり、地球環境保護を建前に好き放題する反政府組織『エルピス』にとって格好の標的だ。何としてでも物資を送り届けてもらいたい。
なお、今回の依頼は高速移動を前提としている。トラックに追従できるだけの機動力が必須だ。
また、複数の襲撃が予想される為、輸送の決行は君が信頼できる仲間とパーティーを組んでからとする。
読み終わったミグニコは、何とも言えない表情で顔を上げた。
「……これ、大丈夫か?」
「……多分、大丈夫にゃ」
あとは遂行するだけの状態だが、パンドラやエルピスという単語から、キャシーも嫌な予感を感じていないわけではなかった。
依頼を受けた経緯は、少し前に研究所の名前から凄い物や珍しい物があると思って訪れ、偉い人がいたから話し掛けるとエクストラクエストが発生し、よくある護衛だと思ってほいほい受けてしまった。受けた後で嫌な予感がしてパンドラやエルピスについて軽く調べ、何か良くない片棒を担がされることに気付いたが、ゲームだからこそ好奇心に負けて破棄しなかった。
今のキャシーにピッタリな言葉をミグニコは思いつき、つい呟いた。
「……好奇心は猫をも殺す、か」
「マジでフラグっぽいから言うな! にゃ!」
呟きはしっかりと猫耳に入り、洒落にならないからこそキャシーはビビった。感情で動く耳と尻尾は力なく垂れていた。
「それはそうと、パーティーが必須なんだな。やろうか」
「いいのかにゃ?」
「その為に呼んだんだろ?」
「……うん」
「だったらパーティー組んで、さっさとやろうぜ」
キャシーがパーティー申請の紙をミグニコに渡し、今ここに最速のパーティーが結成された。
クエストを受けたキャシーの案内により、二人は東の兵器工場へ向かっていた。都市から出た先はすぐに何も無い荒野が広がっており、真っ直ぐな道が延々と続いているだけだ。
ゲームだからこそ疲れ知らずでキャシーは走るが、その速度は軽く三百キロを超えている。その隣を同じ速度でミグニコは飛んでおり、途中で動物系のエネミーが湧いて襲い掛かろうとするが、二人が速すぎて瞬く間に通り過ぎてしまう。
少し暇なキャシーは、今日ミグニコと会ってから聞きそびれていたことについて、話してみることにした。
「……ミグニコ、一つ気になっていたこと言っていいかにゃ?」
「おう、なんだ?」
「服、変えたんだにゃ」
「ああ、衣替えした」
「背中がぽっかりにゃ。セクシーにゃ」
「似合ってるだろ?」
「にゃ。メスガキ感が増して、演技したらそっち系が好きな人たちに需要があるにゃ」
「嫌な需要だな」
他愛もない話をしながら走り続け、第七世界の東側にある工業都市へ到着した。大量の工場が建ち並び、煙突からは黒煙がモクモクと排出されて空気を汚染し都市周辺は光化学スモッグで霞んでいる。その中を輸送用のトラックや飛行船が動いており、武装した車に乗る兵士や兵器が混じって巡回している。
工業都市は海に面しているが、ある程度浄化処理されているとはいえ汚染された水が流され、汚れている。
二人が来たのは工業都市の外側にある工場の一つだった。簡素な玄関から受付に行き、パンドラ研究所の依頼を受けたことを伝えると外へ案内された。そこには大型トラックが一台用意されており、担当の男がやって来た。白衣を着ているが、髪はボサボサで目元にクマを作っている典型的な科学者らしい男だ。
「君たちが今回の護衛をやってくれるんだって?」
「そうにゃ」
「ん、頼むよ。一人はトラックの傍で守りに専念した方がいいだろうね。と、言わなくてもいいことだったね。それじゃあ頑張って」
言いたいことを言い終えると、白衣の男はさっさと工場の中へ戻って行った。
運転手がトラックに乗り込んでエンジンを掛けて動き出し、二人はトラックの貨物コンテナの上に飛び乗った。
「さてキャシー、どっちがトラックの防衛に回る?」
「走り回るのも面倒だから、にゃーがやるにゃ」
「オーケー。じゃあ暴れるとしよう」
トラックが工業都市から出て都市の守りから抜け出すと、さっそく遠方から敵が、時速数百キロという高速でやって来た。
荒野に対応した茶色い塗装の強化外骨格を着用した『エルピス兵』だ。
大型アップデートで導入されるTAやSAなどの人型兵器ではなく、第七世界の主力兵装SSと呼ばれる強化外骨格である。反重力装置の応用により人では持ち歩けない重火器を装備して数百キロの速度で空を飛ぶことができる。
SSの見た目として、頭部には通信や火器管制のUI機能を持ったヘルメットがある。胴体には兵装と肉体を固定する目的の最低限の装甲しか無い。その背中には超科学によって小型化された謎の動力と反重力装置、メインブースターがある。肘や膝から先は機械の装甲に覆われているのが特徴だ。
これはSSのコンセプトとして、高機動による回避を前提にした作りだからだ。
勿論、物理的な装甲の代わりになる防御機能が備わっている。着用している人間と骨格の装甲の表面を覆う、特殊なコーティングバリアによって空気抵抗を緩和しており、銃弾や爆風から身を守るように出来ている。その防御力は重機関銃クラスなら数十発、戦車の主砲なら一・二発、ビーム兵器も出力によるがそれなりに耐える代物だ。
ただし、ゲームだからこその仕様として、魔法攻撃や魔法が付与された武器や物理に該当しないスキルの攻撃にはこのバリアが全く機能しないという弱点が存在する。
SSを着用したエルピス兵三機の機械の腕にはコーティングバリアを個別展開する盾と重機関銃サイズのマシンガンがあり、肩には小型ロケットとビームランチャーが邪魔にならないように背中へ収納された状態で装備されている。
ミグニコはトラックから飛び出して狙いをつけられる前に倒しに向かった。
「【加速】」
接近する数秒前にスキルを発動して加速し、短剣の『聖剣シルフィード』を手に持って一機に狙いを定める。
敵がミグニコの接近に備えて分散した。狙われている一機が回避行動を取るとミグニコも合わせて動く。正面衝突が避けられないコースに敵はビビり、盾を構えて防御態勢に入ったがミグニコはギリギリで避けつつ盾で防げていない側面から短剣を振るった。
風属性が付与されている聖剣シルフィードはコーティングバリアを素通りし、ヘルメットが裂けて中の人間にダメージを与え、一撃で消滅した。
残りの二機は仲間がやられても気にせずにトラックを目指すが、加速しているミグニコは急旋回して背後から首に短剣を突き刺して倒し、残りの一機も同じように倒した。
トラックに戻り、貨物コンテナの上に着地する。
「お疲れにゃ」
「これだけで終わりじゃない。油断するなよ?」
「当然にゃ」
周囲を警戒していること数十秒、今度は左右からSSが三機――計六機が接近して来た。
「キャシー、片方は任せた」
「にゃ!」
ミグニコは飛び出し片方の迎撃に向かう。先ほど【加速】を使った為、あと数分は使えない。
だが、風属性魔法にはスピードを間接的に上げる魔法が備わっている。
「【スリップストリーム】」
前方に展開された魔法陣を潜り抜けて緑の膜を纏うと、空気抵抗が無くなってミグニコはより速く動けるようになった。
敵はさっきの戦闘の経験を活かして最初から分散して動き、標的をトラックからミグニコに変えていた。三方から手に持つマシンガンが連射されるが、急上昇しながら回避行動を取って一機の真上に移動し、そこから直角に急降下をして接近する。狙われた敵はマシンガンを撃ちながら盾を構えたが、ミグニコは軽く躱しながら直前で軌道を変えて背後に回り込み、そのまま後頭部に短剣を突き刺して倒した。
残った二機がマシンガンでの攻撃を止め、肩に背負っているビームランチャーを構えた。
ビームランチャーはその名の通りの武器であり、現実を無視した超科学によって高熱粒子を圧縮コーティングし、ビームという形で射出する。当たれば分厚い金属でも容赦なく貫通してドロドロに溶かし、生身の場合は掠めるだけでも熱量から大きなダメージを受けてしまう。弾速も非常に速く、狙われれば回避は難しい。
ただし、ゲームの設定としてプレイヤーが持つ盾や魔法障壁、バリアの類には容易に弾かれてしまう性質となっている。余程の高出力でもないと、一撃で貫通することはない。
HPとVITが極めて低いミグニコにとっては掠るだけでダメージを受けるビーム兵器は厄介な物ではある。
ただ、それは生身に限っての話だ。
「【SS装着】」
アクティブスキルによってミグニコの衣装が専用のピッチリとしたパイロットスーツに変化し、所有するユニーク兵器のSSを瞬時に装着した。
これは、第二回イベントの後に第七世界を探索して手に入れたものだ。廃棄された工場の地下に安置されていた。
ユニークSS『S-SS-001』
F1カーを意識したデザインをしており、白い塗装と手足や背中に付いた鋭いスタビライザーが特徴的。頭部ヘルメットは無く目を覆うバイザーのみで、胸部装甲も存在せず、体を固定する為の支えがあるのみだ。
その性能はエルピス兵の使っている量産型のSSとは比べ物にならず、マッハ1を超える最高速と、二秒ほどで最高速に達する凄まじい加速力を持つ。
ただし、速度を重視した結果としてコーティングバリアの性能が他より劣る。
装備は強襲を目的とした連射力重視のビームライフル二丁、肩武装にバルカン砲とグレネードランチャー、腰武装に散弾を射出する短砲身のショットキャノン二門、サイドアームとして腕部内蔵型のビームサーベル二本を備える。
型番の最初のSはスペシャルのSである。
大型アップデート後に格納庫で改造や調整、武装の交換が可能となっている。
因みに、種族の特徴である羽や尻尾は超科学によって別空間に収納されて邪魔にはならない。
ミグニコのSSの姿に敵であるエルピス兵が反応を示し、一瞬だけ攻撃を躊躇った。
「アンノウン――SSS機か!?」
「怯むな! こっちだって高性能SSなんだ!」
「おい待て、こっちのもSSS機だぞ!」
「なにっ!?」
「くそっ、やるしかねぇ!!」
エルピス兵たちは専用回線を使っているのでミグニコには聞こえないが、その一瞬の躊躇いはSSのシステムが完全に起動するのに充分な時間だった。
二機からビームランチャーが撃たれるが、急加速して避けながらビームライフルで反撃する。SSに内蔵されているAIが敵機の動きを予測して自動で細かい照準をサポートする。
ミグニコがビームライフルの引き金を引けば、マシンガンほどでないにしろそこそこの発射速度で線の短いビームが射出され、エルピス兵に何発も当たる。何発かは盾に当たって防がれるが、それでも盾で防げていない部分にビームは集中して直撃し、コーティングバリアが剥げてスーツと人体を損傷して撃墜した。
残りのもう一機は諦めずにビームランチャーで撃つが、ミグニコの巧みな操縦と速度にエルピス兵のスーツのAIが捕捉しきれずにいた。
まだまだ戦いが続くと予測して弾の節約を考えたミグニコは、二丁のライフルを腰の後ろに収納した。これも特殊な技術によって磁石のようにくっつき、強引に外そうとしない限りは落ちることはない。
それからビームランチャーを避けながら接近し、腕の外側に内蔵されているビームサーベルを起動して振るう。
盾で受け止められるが、そこから素早く横へ回り込んでエルピス兵を側面から背面に掛けて切り裂いた。
コーティングバリアは射出されたビームなら一瞬の接触故に耐えるが、ビームサーベルはサーベルを形成しているコーティングが強く、バリアに干渉して相殺し、貫通する仕組みになっている。出力が高いビームも同様の原理でバリアが効果を発揮し辛い。
コーティングバリアを展開した盾については、表面で強く反発させている単純構造でビームサーベルの干渉でも相殺されないだけだ。
その為、SS同士の戦いではビームサーベルは一撃必殺の武器となる。
「よし、キャシーは?」
自分の対処する分が片付いたところで周囲を確認し、トラックが無事に走っているのが見えた。
「……パーティー通話か通信機でも、先に用意しておくべきだったな」
ミグニコが飛んでトラックの反対側へ移動すると、既にキャシーが三機を片付け終えていた。
ミグニコと同じくピッチリした黒いパイロットスーツを身に着け、ユニークSSを装着していた。
ユニークSS『S-SS-002』
ミグニコのSSとは兄弟機であり、塗装が真っ黒で細部が違うという以外は酷似した見た目をしている。
最高速度や機動性こそ僅かに劣るものの、コーティングバリアの性能が他のSSと遜色ないレベルになっている。
装備は兄弟機だけあって同じである。
ミグニコがキャシーのその姿を見るのは二度目だ。ミグニコが手に入れた時に自慢し、すぐにキャシーも手に入れて自慢され、いつもの調子で煽り合いした末に戦ったことがある。
どちらも弾切れになり、サーベルでの切り合いでも決着はつかなかった。また、弾薬費が洒落にならないレベルで高いことが判明し、滅多なことでは使用しないことに決めている。
「キャシー、終わっていたか」
「にゃ。こいつらそんなに強くないにゃ」
「いや、俺らが強いだけだろ。それよりトラックに戻るぞ。まだ来そうだ」
「了解にゃ!」
トラックの貨物コンテナの上に着地して周囲を警戒していると、今度は一機の兵器が飛んで来た。
「来たにゃ。歯応えのありそうな奴だにゃ!」
「…………いやおかしいだろ。反政府組織という設定なのに、どうやってあんなものを調達した?」
ミグニコが疑問に思うのも無理はない。
その兵器はドラゴンのように見えなくもない、全長三十メートルほどの大型飛行兵器である。機首の下には大型ビーム砲があり、手に当たる部分には二門のグレネードランチャーとバルカン砲を備え、足に当たる部分には大容量のミサイルポッドが二基ある。さらに背中には頭上迎撃用の機銃が二基あり、スタビライザーを兼ねた小型ビーム砲が横一列に三連装、翼のような形で二基ある。尻尾に当たる部分にはレールガンが一門備わっており、股に当たる部分に機銃が一基ある。
また、この兵器にはコーティングバリアに加えて可視化できるほどの球形のバリアを展開している。
マッハ二ほどの速度で近づくそれの名は『ナルテークス』という。
反政府組織が調達するにしてはあまりにも目立ち、莫大な費用が掛かっていそうな大型兵器だ。
スポンサーが必ずいる筈。
そう思ったが、思考する暇など無くビーム砲がトラックに向けて発射され、ミグニコとキャシーは咄嗟に【マジックサークル】による魔法陣の障壁を展開して防いだ。
ナルテークスが頭上を通り過ぎた直後、尾のレールガンが発射され、二人はより強固にした魔法陣で防ぐ。
「――うう、ビームより尻尾の方がキツイにゃ」
「キャシー、持たせられるか?」
「なんとか。ミグニコはあのバリア突破できるかにゃ?」
「エンチャントすればいけるだろ」
旋回して頭をこちらに向けたナルテークスがビーム砲、翼のビーム砲、グレネードランチャー、バルカン砲、ミサイル、それらを一斉に撃って来た。
「【三重魔法障壁】!」
「【トルネードディフェンス】!」
キャシーは三重の魔法障壁を正面に展開し、ミグニコはトラックを起点に大きな上昇気流の竜巻を起こした。
マジックスキル【トルネードディフェンス】は【つむじ纏い】の上位魔法に当たるもので、銃弾やミサイルすらも強力な風圧で弾くように防ぐ。ただし、持続時間は僅か数秒と短く、消費も激しい為に使いどころが限られる魔法だ。
グレネードランチャーの榴弾、バルカン砲の弾、ミサイルは竜巻によってトラックに当たることなく周辺へ散らばるように着弾し、ビームは三重の魔法障壁にあっさりと弾かれた。
「じゃ、行ってくる」
「にゃ」
トラックの守りをキャシーに任せたミグニコが飛び立ち、旋回を始めるナルテークスの軌道を先読みして動き、正面に捉えつつ両手にビームライフルを構えた。
「【ウインドエンチャント】」
SSの武装全てに風属性を付与した。これで発射される弾やビームは魔法攻撃扱いになり、バリアを無効化することができる。
有効射程内に入ってアサルトライフルを撃てば、バリアを貫通して表面の装甲を貫きダメージを与えられた。
正面にいるミグニコがダメージを与え、脅威になり得ると判断したナルテークスは標的を変え、全ての武装をミグニコに向けた。
そのミグニコはほんの一瞬だけ横に動いてフェイントを掛け、反対側に動くことで誘導された攻撃は大きく外れた。
そこから下に潜り込むように動きながら背面飛行をしつつ腹に向かって全ての武装を展開して斉射した。
中々のダメージを与えたが巨体だけあってHPはまだまだあり、動きに支障はないようだ。
だが、損傷を与えたことで展開しているバリアが切れた。
通り過ぎて撃って来る尾のレールガンを楽々と躱し、追撃のミサイルを地面スレスレの低空飛行で振り切り、魔法陣を設置して残りを受け止めて爆発させる。
一撃離脱を繰り返すナルテークスには追いつけず、束の間の休憩をしながら動きを目で追っていると嫌なものが目に入ってしまい、思わず顔を顰めた。
「げっ、もう一機かよ」
もう一機のナルテークスはトラックを狙い、キャシーが守る。時間を掛けるわけにはいかなくなったミグニコはまたビームサーベルを起動した。風属性が付与されたサーベルの威力はとても強力なものだ。生半可な装甲ではあっさりと焼き切られてしまうほどに。
旋回を終えて再びミグニコを捉え、ありったけの火力をぶつけてくるナルテークスに対し、ミグニコはニヤリと笑みを浮かべた。横や上下に避けはせず、銃弾やビーム砲の中をギリギリ最小限の動きで躱しながら突っ込んだ。
速さを求めるミグニコは、過去に様々な乗り物で頂点に立ったことがある。その中には車やバイクだけでなく、飛行機に乗ったり、SFらしい超高速のマシンにも乗ったり、鳥になったりもした。
それだけでなく、天性の反射神経を活かして戦争系のゲームやシューティングゲームを極め、いつしか狭い場所に突っ込んり複雑な地形に敢えて入ったりして自分の操縦テクニックを試したり、変態的な曲芸飛行を披露するようになった。
銃弾が雨霰のように前から降り注いでも、ミグニコには当たらないルートが見えているのだ。
ぶつかる寸前で下部に潜り込んだミグニコは両手のブレードを刺し込み、そのまま機体を最後まで焼き切った。HPが一気に無くなったナルテークスは墜落しながら爆散して消滅した。
「もう一機は!」
興奮状態で振り向けば、今しがたキャシーがミグニコと同じ方法でナルテークスを倒したところだった。
「……ハハ、流石だな」
念の為に周囲を警戒しながらトラックに戻れば、キャシーも遅れてトラックに戻って来た。
「お疲れさん」
「そっちこそお疲れにゃ」
軽くハイタッチをしてトラックの行き先を見ると、既に活動拠点のある都市が見えていた。
「……終わりか?」
「そうじゃないかにゃ?」
「ま、一応警戒しておくか」
警戒してトラックの上で待機したが、結局何も起こらずに都市に入ってパンドラ研究所に到着した。
ミグニコとキャシーは【SS脱着】とスキル宣言してコスチューム姿に戻った。
トラックから降りて待機していると、シルバーフレームの眼鏡を掛けている顔つきからして怪しさしかない細身の老人がやって来た。パンドラ研究所の所長だ。
「ふっふっふ、これで我々の計画も無事に遂行できる。レースでレジェンドクラスの君に依頼してよかったよ。ありがとう」
「いえいえにゃ。それより、アレの中身はなんにゃ?」
受注者であるキャシーが気になる貨物コンテナを指さす。
「そりゃ秘密だ。だがまぁ……敢えて言うなら、世界を変えるモノ、とでも言っておこうか」
「ふーん……ま、いいにゃ。報酬は?」
「君たちの口座に振り込んでおいたよ。では、また頼むよ」
研究所の所長が去ると、ようやく脳内に音声が響いた。
『エクストラクエスト【高速輸送作戦】を達成しました』
二人はメニューを開いて報酬のゴールドが折半で入っていることを確認し、アイテム欄から手に入ったスキルクリスタルを見て目が釘付けになった。
「これは……!」
「いい物にゃ!」
二人が手に入れたのは【加速】の上位スキル【超加速】だ。オールワールド・オンラインでは上位スキルと下位スキルは個別に扱う。ただし、同時に発動することは出来ない。
【超加速】
スキル【加速】の二倍の性能を持つ。
持続時間:三十秒
クールタイム:五分
二人は早速スキルクリスタルを使用して取得した。
「思わぬ収穫だったな」
「だにゃ。これもにゃーのお陰にゃー」
「馬鹿言え。お前一人じゃそもそも依頼を達成できていない」
「ミグニコはフラフラしてるから、そもそもこの依頼を見つけ出せなかったにゃ」
「……」
「……」
二人は見つめ合い、不敵に笑い合った。
「こうなったらいつものだな」
「にゃ。いつものにゃ」
二人は活動拠点であるレジャーランドへ移動し、陸上競技場で【超加速】の試運転を兼ねてどっちが速いか勝負した。




