冬将軍
ベネットは活動拠点から離れ、椅子に座って北へ北へと飛び続ける。
自然豊かな景色を堪能していると、正面から白く長い布が顔と手を生やして意思を持った動きで飛んで来るのに気付いた。妖怪として有名な『一反木綿』である。銃では効果が薄そうだと判断したベネットは防具の『氷雪女王』に着替え、片手を向けてスキルを宣言した。
「【フリーズ】」
白縹色の魔法陣が一反木綿の真下に出現し、一瞬にして凍らせた。HPが無くなった一反木綿は墜落しながら消滅して消えた。
「……うーん、弱い?」
妖怪の強さを計りかねて首を傾げつつ、ベネットは飛び続ける。
道中、グロテスク判定にならないように人形の頭になった空飛ぶ生首こと『飛頭蛮』が現れたり、手が生えて二本の髭が特徴的な空飛ぶ太刀魚こと『龍もどき』の群れに遭遇し、近づかれる前に魔法で倒した。
その後は襲われることも無く順調に進んだが、地上では山賊に襲われる商人や小さな農村があったり、様々な妖怪や絶対に関わってはいけない類の都市伝説の存在を遠目に目撃したりもした。
それなりに長い移動によって景色は変わり、灰色の雲が空を覆って雪が降り始める。周囲は白い世界となり、地上の農村が雪に埋もれていた。
その先には活動拠点に似た城下町と城があったが、周囲よりさらに温度が低いのか町全体が完全に凍結しており、城も氷で覆われ、幾つもの氷柱を作って元の形が想像つかない状態になっていた。
「これはまた……凄いな」
ベネットは凍結した城下町の門の傍に降り立った。開いたままの門の前には五十センチほどの地蔵が七体、横一列に間隔を開けて並んでいて不気味さを出していた。真ん中の一体は笠を被っており、残りの地蔵が羨ましそうに笠を被った地蔵の方に顔を向けていた。立派なエネミーであり『かさこおに地蔵』という名前だ。
「……相手したくないなぁ」
例え妖怪だとしても、日本人として地蔵を攻撃するのは罰当たりな気がして躊躇われた。
このまま通り過ぎれないかと近づくと、地蔵たちは一斉にベネットの方に振り向き、ジッと見つめてくる。
念の為にメメント・モリを取り出して妖怪にも効果がある純銀弾頭か確認した。戦う準備を済まし、警戒しながら地蔵の間を抜けて門を抜けようとすると、背後でゴリゴリと音が聞こえて振り返る。地蔵がいつの間にかベネットの方に体を向けており、ガタガタ震えたかと思うとひび割れ、一部の石が崩れて地蔵が石の小鬼に変化して襲い掛かって来た。
「マジか」
呟きつつ、ホラー世界である程度の恐怖耐性を獲得したベネットは、冷静に地蔵を撃って破壊して倒し、残りの二体の飛び掛かりを躱しつつ再装填したメメント・モリで撃って倒した。
「運営、趣味悪いよ」
愚痴を零しつつ撃った分の弾を装填し直して町へ入ると、早速新たな妖怪が出現した。人型、動物、よくわからないモノ、様々な妖怪のエネミーが襲い掛かる。その全てのエネミーは環境に適応した個体であり、近づくだけで氷属性のダメージを与える冷気を持っていた。
戦うよりも面倒臭さが勝ったベネットは、寒さで上昇したパラメータを活かして城へ向かって走った。【ランナーズハイ】の効果で走る速度はかなり速く、エネミーからは容易に逃げ切ることができた。横や前方から新たなエネミーが湧いたりするが、それも振り切ってしまう。
特に問題もなく城の前に到着した。目の前には橋があり、傍には木の看板で『氷室城』と名前がわざわざ書かれていた。堀にはこんな寒さの中で凍結していない水が溜まっており、城へと通じる橋の上には一体の人型妖怪が立ち塞がっていた。
その妖怪は強い冷気を放ち、二本の角、般若のような怖い顔に鋭い牙、藁蓑を纏い、両手には巨大な包丁が握られている。有名な『なまはげ』だ。
堀の水を怪しんだベネットは、隅に落ちていた小石を拾って投げ込んだ。
ちゃぷん。
と小石によって波紋が広がった直後、バシャバシャバシャバシャと大量の骨だけの小魚『骨魚』が獲物と誤認して水面を跳ね回った。その様子は肉に群がるピラニアそのものだ。
「うわぁ……」
その様子にドン引きし、落ちないようにしようと硬く決意したベネットは刀を手に正面からなまはげに挑むことにした。
橋を渡ろうとするとなまはげは反応して近づいてくる。ベネットよりも背が高く腕の長いなまはげが包丁を振り上げ、攻撃態勢に入った。
「【修羅】」
ベネットは呟いてアクティブスキルを発動し、赤いオーラを纏って不意を突くように加速し、懐に飛び込んで人形ならあるであろう心臓を突き刺した。捻じりつつ素早く引き抜き、痛みで暴れ出したなまはげが振り下ろす腕の下を潜り抜けて背後に回り、よじ登って頭を掴んで首を突きし、さらにスキルを宣言した。
「【飛閃】」
スキルによって力強く刀が横に振られて首の半分を切断し、橋の一部に刀傷を残しつつなまはげのHPが無くなって消滅した。
ベネット自身も冷気によって多少のHPが減ったのでヒールポーションを飲んで回復しつつ橋を渡った。
日本の城の特徴として、堀や石垣などで区画分けされた曲輪というものがある。天守のある本丸から、一の丸や二の丸と区画があり、敵の侵入を段階的に防ぐ構造になっている。
城には詳しくないベネットが三の丸に入ってすぐ、死んだ兵士の怨念で動く骸骨の妖怪『骨武者』が刀や槍、弓や銃を持って襲い掛かって来る。冷気を放っているのでメメント・モリに持ち変え、弓や銃を【マジックサークル】による実体化した魔法陣で防ぎつつ、邪魔になりそうな奴だけ撃って倒しながら高速で移動する。
今の環境は防具に付与されているパッシブスキル【氷雪女王】にとっては最高の環境であり、著しくパラメータが上昇したベネットに追いつけるエネミーはいなかった。
氷の属性を持つであろうエネミーに氷属性の魔法が効くのか気になり、宣言無しで魔法を使えば、それだけで骨武者は巨大な氷塊によって砕け散り、強過ぎる凍結によって完全に凍った。
「よし、効くな!」
確認を終えたベネットは遠慮なく殲滅を図る。MPも自動回復する状態であり、大胆に魔法を使っていく。
骨武者以外にも青い炎が鬼の顔をして浮く妖怪『鬼火(氷)』や、武器だけが浮いて動く『ポルターガイスト』が何体も出現した。
実体化した魔法陣で飛んで来る武器や氷の棘を防ぎながら、氷の属性魔法をバラまいて雑に倒しつつ突き進み、次の曲輪――二の丸に入る為の橋に到着した。
橋の先にある門は閉じており、その門を守るように首の無い武将の妖怪『首無し』が橋の上で待機していた。強い冷気を纏い、手に持つ槍を構えて駆け寄りベネットを狙う。
ベネットは戦わずに済むいい方法を閃き、橋を覆うほどの魔法陣を展開した。
「【アイス】!」
明確なイメージを持って突き出すように出現した氷塊は、横向きに置いた見事な三角柱の形をしていた。首無しは滑るよりも突き出た氷塊の勢いによって吹き飛び、そのまま堀へ落ちた。堀の中にいる骨魚は他のエネミーと協調関係ではないようで、落ちた首無しに反応して群がり、瞬く間にHPが削られて倒してしまった。
「……まぁいいか!」
滑り落として倒す筈だったが結果は同じなので良しとし、ベネットは魔法陣に乗って氷塊で塞がった橋を横から通って開いた門をくぐった。
城というのは攻められることを前提としてわざと複雑な構造で作られている。二の丸に入って早々、ベネットは真面目に城を攻略するのが面倒臭くなった。
宝探しの時は強い集団で道案内があったからこそ、エネミーの対処も含めて苦では無かった。だが今は一人であり全ての対処は自分でしなければならない。
胸を支えるように腕を組んで考えて――ふと気付く。
そもそも、正面から進む必要はないのでは?
これはゲームであり、魔法で簡単に空も飛べる。何ならヘリを使ってもいい。わざわざ地に足着いて馬鹿正直に進む必要はない。
ベネットはすぐに実行に移した。
対策されている可能性が高い為、大胆に空を飛んで行くということは流石はせず、ゲームやアニメの忍者を真似て屋根から行くことに決めた。
胴の防具のパッシブスキル【氷雪女王】の効果で氷の足場でも滑ることは無い。ただ、靴がヒールのロングブーツの為、足を捻らないようにだけ気を付けて屋根を伝っていく。
隠密行動がこの城の攻略法だったようで、エネミーに全く感知されず、ざる警備か! と心の中でツッコミを入れるほどにあっさりと天守の入り口に到着した。
天守の入り口は開いており、中に入ると氷で包まれた空間が広がっており、白い霧が発生していた。不思議に思っていると入り口の扉が勢いよく締まってしまった。
「……閉じ込められたか。ん?」
ベネットは視界の隅に表示されているHPバーが非常にゆっくりとだが減少していることに気付いた。
「これは……冷気か」
過度な氷属性耐性のお陰で気を付けてさえいれば問題ないレベルだが、常にHPが減る状態というのは気持ちのいいものではない。
こういったギミックには何かしらの解除方法がある筈だと思い、ベネットは探索を始めた。
早速現れたのは『餓鬼氷』という全身が氷の小鬼だ。腹にかき氷で使うシロップを溜め込んで膨らんでいるが、それ以外が瘦せ細った醜い姿をしている。
当然のように冷気を纏っているが、それよりも下手に接近されてから倒し、シロップを浴びてべたべたになりたくないベネットは【アイス】を宣言無しで発動させて大きな氷塊をぶつけて倒した。
続けて現れたのは、スライムのような妖怪『霙魂』だ。水と雪が混じった塊で、中には人魂のような青い炎が核として存在していた。【アイスランス】で正確に核を一突きすると、あっさりと消滅した。
この二体は雑魚ではあるが、角で出待ちしていたり、死角となる場所に潜んだり、上部の梁で不意打ちを仕掛けようとしていたりと、実にいやらしい配置をしていた。
だが、警戒心を強めていたベネットはそれら全てを看破して倒しながら進んだ。
そのうち、目立たない隅に一体の妖怪を発見した。雪だるまの妖怪『冬眠だるま』という名前で、白い霧を吐き出しながら居眠りしている。
このエネミーの名前に、ベネットはちょっと気になることが出来て左手薬指に装備しているユニーク装飾品の『スノークリスタルリング』を外してみた。
すると、【睡眠無効】によって今まで何も起こっていなかった睡眠の状態異常が一気に蓄積され、睡眠・上が発生して体に強いだるさが起き、体に力が入らなくなる。
「うっ、やっぱりか……」
強制的な眠りはハラスメントで悪用されかねないので起こらないが、状態異常の睡眠は眠気の時に感じるだるさや力の入らなさを再現してプレイヤーに引き起こす。
確認が取れたベネットが再びリングを装備すると、状態異常はサッと引いて体が楽になった。
寝息を立ててだらしない寝顔を晒しながらも状態異常を引き起こす環境を作る冬眠だるまに、ベネットは無性にイラつきを覚えた。
「……オラァ!」
気合を込めた声を出して冬眠だるまの頭を蹴りつけた。極限の寒さによって超強化されたベネットの蹴りにより、頭は弾けるように砕け散って消滅した。
僅かにだが、白い霧が薄らいで冷気も弱くなった。
「よし、全部しばくか」
ヒールポーションを飲んで減ったHPを回復しつつ、次へ向かう。
二階に上がれば、ここからが本番だぞと運営が言っているかのように、なまはげや首無しが複数徘徊し、他の雑魚エネミーもいやらしい場所で待ち伏せていた。配置を理解したベネットはHPの自動減少の中で焦ることなく用心深く進んだ。
普通ならば相当な消耗を強いられる中、ベネットは冬眠だるまを全て倒してギミックを解除し、最上階に到着した。
階段のすぐ傍に扉があるだけで、扉にはウィンドウが表示されていた。
『ボスエリア:冬将軍』
「いよいよか……」
僅かに減っているHPも万が一を考えてヒールポーションを飲んで回復し、刀の状態とメメント・モリの弾を確認する。
確認が終われば余裕を持って戦うことは出来ないだろうと、羽織っているケープと眼鏡を外して仕舞った。
それから刀を手に持って深呼吸をする。
緊張感を紛らわせる為に、入る前に何か出来ないかと考えた結果、一つの魔法が思い浮かんだ。
「ゲームならある筈……」
刀に向けて手をかざし、魔法のある世界観のゲームならば確実に存在するであろう魔法の一つをイメージと共に口にしてみる。
「【アイスエンチャント】」
白縹色の魔法陣が展開され、刀が同じ色の光を纏って刀身に霜を生やした。
同時に、脳内に音声が響いた。
『マジックスキル【アイスエンチャント】を取得しました』
無事成功したことに口元が自然と緩んだが、すぐに気を引き締め直した。
「行くか!」
準備万端、緊張もほぐれたベネットは扉に手を掛けて中に入った。
最上階の部屋は氷に覆われ、物が何も置かれておらず完全に閉鎖された空間になっていた。刀や槍を振るうには充分な広さと高さであるが、弓や銃を使うには少々手狭だ。天井と四方の柱には魔法の光の玉があり、全体を照らしてくれている。
入って来た扉が勝手に閉まり、ゲーム特有の出入り不可の結界が形成されて戻れなくなった。
正面奥には、床几に座る冬将軍がいた。擬人化した冬らしく、氷属性の魔法陣と同じ白縹色の当世具足を装備し、純白の陣羽織を羽織っている。兜には雪結晶の前立てがあり、顔全体を覆う面頬を着けている。
来訪者に反応し、面頬に覆われていない二つの双眸が青く光を灯すと、ベネットが以前戦ったボスエネミー『精霊ブリザーバード』と同じ強烈な冷気を放って動き出した。
勢いよく立ち上がった冬将軍は腰に差していた純白の刀を引き抜き、床几を後ろへ蹴飛ばしてから上段に構えた。
ベネットも刀を構えて戦闘態勢に入ったが、冬将軍の隙の無い構えを前に、思わずニヤリと笑った。
「……これは、マジでヤバイな」
一瞬の油断が命取りだと認識し、真顔に戻ってジリジリと摺り足で接近する。
冬将軍も同じように接近し、一歩大きく踏み込んで間合いを詰めて刀を振り下ろす。
受け流すように弾き、金属音が響く。
普通ならばベネットはすぐに切り返して相手にダメージを与えられるが、冬将軍の力が尋常でなく、極限に寒い環境下で超強化されたベネットでも重い剣のせいですぐには反撃できなかった。
初撃を皮切りに、冬将軍が連続で刀を振るう。一撃一撃が重く、それが縦に横に斜めにと隙を作らず流れるように振るわれ、ベネットは下がりつつも的確に受け流す。
金属音がメロディのように奏でられ、壁まで追い詰められたベネットはタイミングを合わせて躱しつつ横に回り込み、その際に軽く横腹を切りつけた。
防御力が高いせいで全くHPが減っておらず、飛び退きながら器用に刀を左手に持ち変えてメメント・モリを右手に取り出して素早く五連射した。
振り返った冬将軍は瞬時に氷の鎧を纏って13㎜マグナム弾を防ぎ、刀を光らせて横に振るうと、一筋の光が線として飛んだ。経験から来る直感とブリザーバードとの戦いの記憶から、当たるのは拙いと判断して伏せて躱すと、壁に大きな切り傷が出来てそこから鋭い氷が生えた。
メメント・モリの弾を【自動装填】で装填しながら左手の刀を向けて魔法を宣言する。
「【アイスランス】!」
冬将軍の四方に展開された魔法陣から氷の槍を射出するが、斜めに動いて避けられる。
「【フリーズ】!」
続けて足元に魔法陣を展開して凍らせるが、効きが悪く、冬将軍は刀をしっかりと構えて加速し、一気に距離を詰めた。
「くっ!」
声を漏らし、斜めに振るわれる冬将軍の刀をギリギリで躱す。
反撃にメメント・モリを向けようとしたが、直感から回避に専念して素早く切り返された二連撃も躱す。
冬将軍に一瞬の隙が生まれ、再び距離を取って魔法を発動させようとして思考が割り込んだ。
点では回避される、だったら――!
「【アイスウォール】!」
冬将軍の側面に展開された魔法陣から分厚い氷の壁が突き出して伸び続け、壁に押さえつけた。
「【アイスランス】! いけぇ!」
思いから自然と宣言以外の言葉が出て、展開された五つの魔法陣から鋭く充分な硬度を持つ氷の槍が射出された。
同時に放ったことで捌けないと瞬時に判断した冬将軍は、左腕で体を守るようにすると、氷の盾を左腕から瞬時に生やして防いだ。かなりの硬さがある盾であり、ぶつかった氷の槍の方が折れて床に落ちた。
その後すぐに冬将軍は盾を大きく振り上げた。
押さえつけている氷の壁を砕くのだと察知したベネットは宣言が間に合わないとして【アイスウォール】を無声で発動させ、振り上げた左腕を盾と一緒に壁に押さえつけた。
「もう一度! 【アイスランス】!」
再び氷の槍を射出し、今度こそ充分なダメージが与えられると思った。
だが、その程度で戦えるならば誰かが既に攻略している。
氷の槍が当たる直前、冬将軍の青く灯る双眸が強く光り、突如として部屋の中心を起点に屋内で強風が吹き、雪となった体が風に乗ってバラバラに散って消えた。
同時に、冷気が強さを保ったまま部屋全体に拡散され、HPが減り始めた。
「っ!」
氷の槍が壁に当たって砕けたのを目にしたベネットは驚いたが、それをおくびにも出さず、冷気によって減り続けるHPをヒールポーションで回復しながら即座に全周に気を張って警戒した。
背後から気配を察知して前に飛び込めば、その場に刀が振り下ろされる。メメント・モリを構えたが、すぐにまた雪となって消えた。
「そっちがその気なら……っと!」
再び背後に現れた将軍から離れて振るわれる刀を躱す。
「氷雪女王の限界、試してやる! 【ブリザード】【ホワイトアウト】!」
猛吹雪となる【ブリザード】が屋内で発動するかというベネットの不安は外れ、屋内にもかかわらず天井に暗い灰色の雲が発生して猛吹雪となり、風はより一層強くなって大粒の雪が部屋全体に降り注ぐ。
さらに【ホワイトアウト】によって部屋全体が真っ白な霧と凄まじい量の降雪に見舞われ、五秒も経たずに床は雪で真っ白となった。
流石に冬将軍に視界不良は意味がないだろうと思って油断せず、メメント・モリを仕舞って両手で刀を持って次の攻撃に備えた。
そういう行動パターンなのか、またも背後に気配を感じて振り返りつつ飛び退けば、冬将軍は刀を光らせて横向きに構えていた。
一瞬の判断で小さな魔法陣を冬将軍の前に出ている片足の下に展開し【アイスウォール】を無声で発動して持ち上げた。
体勢を崩された冬将軍の横振りによる氷の一閃は天井を切り裂き、鋭い氷を生やした。
今ッ!
好機とみて飛び退いた足が床に着いた直後、前に出て懐に入る。
「【飛閃】!」
隙だからの冬将軍の胴体に向かって刀を横一閃に振り切った。最早上昇幅がわからないほどに強化されたベネットの飛ぶ斬撃と直接の刃を当てた二重の攻撃は冬将軍の鎧を切断してダメージエフェクトを大きく散らした。
――同時に、振り抜いた刀がベネットの強化されたSTRによる振りと、冬将軍の防具の強度に耐え切れず、粉々に砕け散って消滅した。
「ウオオオオォォォォォッ!」
ベネットが雄叫びを上げながら足に力を込めて冬将軍にタックルを敢行した。強化されたAGIによってロケットのように加速して飛び、冬将軍を押し出して壁に激突した。
衝撃でベネットもダメージを受けたが気にせず、冬将軍の腕を掴んで壁に叩きつけることで刀を落とさせることに成功した。
だが、ベネットは直後に殴られて怯み、蹴りを腹にまともに食らって吹っ飛び、壁に激突して倒れる。
ベネットの残りHPが一気に六割ほどになった。
「ぐっ、させん!」
強化された状態だからこその高いVITのお陰で痛みも少なくダメージも抑えられており、顔を上げて冬将軍が落ちた刀を拾おうとするところを視認し、【アイスウォール】を無声で発動させて刀を包み込むように氷の壁を床から天井まで出して封印した。
続けて冬将軍に向けて【アイスランス】を牽制として飛ばして下がらせた。
どうあっても妨害するとわかり、刀を拾うことを諦めた冬将軍が氷の鎧を纏って両手に氷の剣を作り出して握り、振り上げながら飛び掛かって来る。ベネットは空中にいる冬将軍の真横に実体化した魔法陣を展開して動かし、横へ弾き飛ばした。
その間に立ち上がって態勢を整え、ベネットも氷の剣を真似た。
「【アイスソード】!」
強く思いを込めて両手の傍に展開された魔法陣から氷の剣を取り出して構え、こちらから踏み込んで距離を詰めて振るう。
冬将軍は雪となって消えたが、倒そうという意識が強過ぎて自然と殺意によるゾーンに入ったベネットは、すぐ背後に現れた冬将軍を察知して高速で振り返り、将軍の剣を見切って受け流した。
そのまま激しく氷の剣を打ち合いつつ互いに巧みな足捌きで押して引いてを繰り返し、冬将軍が雪になって消えて死角から奇襲を仕掛けるが、感覚が鋭敏になっているベネットには既に効果は無く、あっさりと受け流される。
冬将軍はまたすぐに雪となって消えて死角から奇襲するが、ベネットは振り返りながら軽く動いて躱し、冬将軍の真横に展開した魔法陣から【アイス】を無声で発動して氷塊を飛ばして吹き飛ばした。
「【修羅】」
スキルを発動して赤いオーラを纏ったベネットは、壁に激突した冬将軍に一瞬で詰め寄った。冬将軍が反応して氷の剣を振るったところでベネットは同じ氷の剣を力一杯に振るって弾こうとしたが、強くぶつかり過ぎてどちらの剣も砕けた。
ゾーン状態のベネットは氷の剣が砕けたことに動じず、流れるように拳を作った腕を動かして将軍よりも早く殴りつけた。
ドゴンッ!
と音がしそうなほどの強い衝撃が起きて冬将軍の氷の鎧が砕けて体が揺れる。
本格的な格闘戦に入ったベネットが次々と拳を繰り出し、激しく揺れる冬将軍は反撃として同じようにベネットを殴った。かなりの衝撃にベネットの体も仰け反るが気合で踏ん張り、殴り続ける。
ベネットのHPが一割を切って危険域に到達する頃には冬将軍のHPも同じほどに減り、幾度も殴られた結果として当世具足はダメージエフェクトでボロボロになり、顔を覆う面頬がとうとう砕けて素顔を見せた。
――真っ白な肌を持つ美しい女性の顔が、そこにあった。
雪女、という単語がベネットの頭に浮かびつつも攻撃を止めずに殴り掛かったが、冬将軍は素顔を見られたことで、まるで隠れるように雪となって姿を消した。
HP残量的にどちらももう後が無く、このまま隠れられたら冷気で先に死んでしまうベネットはヒールポーションを取り出して飲んで回復した。
その隙でこそ、最後の攻撃に動くだろうと予期していたベネットは背後から鬼気迫る表情で殴り掛かろうとする冬将軍を察知し、振り返りながら片手で拳を受け流しつつその顔面に重い一撃を入れて殴り飛ばした。
HPが無くなった冬将軍は当世具足が雪になって消滅し、中身の女性の姿をはっきりと見せてから光の粒子として消滅した。
いつの間にか霧が晴れており、冷気も無くなったところで脳内の音声が流れた。
『ボスエリア:冬将軍をクリアしました』
部屋の真ん中に宝箱と帰還用の魔法陣が出現した。
戦いが終わり、ゾーンから抜けたベネットはその場に仰向けで寝転がった。
「ハアー……疲れた~! おえっ、きぼちヴぁるい!」
ゲームだから嘔吐することは無いが、少なからず精神的に疲弊して顔色を青くしたベネットは、そのまま猛吹雪の中で目を瞑って休憩した。
三分ほどジッとしていたせいで雪に覆われたベネットは、ある程度回復して起き上がり、雪を払ってから宝箱を開いた。
「おっ、さっきの刀!」
一気に気分を良くしたベネットは、一緒に入っている大量の金の延べ棒と一緒に取得した。
脳内に音声が響く。
『ユニーク武器を取得しました』
「よしよし、どんなのかな?」
期待を胸に、ベネットは手に入れた刀を確認した。
ユニーク武器:刀『終雪』
パッシブスキル【氷属性付与】
アクティブスキル【一ノ秘:氷花閃】
アクティブスキル【二ノ秘:雪崩】
アクティブスキル【三ノ秘:雪の果て】
パッシブスキル【氷属性付与】
『終雪』に常時氷属性を付与する。
アクティブスキル【一ノ秘:氷花閃】
消費MP・中~
氷属性の斬撃を飛ばし、当たった場所に鋭い氷を生やして二重のダメージ与える。魔法と同様にイメージによって威力と規模が大きくなり、消費MPが増える。
アクティブスキル【二ノ秘:雪崩】
消費MP・大~
空中使用不可
地面に刀を突き刺すことで、どこでも前方に雪崩を引き起こす。雪崩に巻き込まれた対象は状態異常『凍結・上』を発生させる。魔法と同様にイメージによって威力と規模が大きくなり、消費MPが増える。
アクティブスキル【三ノ秘:雪の果て】
一日一回限定
刀を鞘に収めて発動。発動者を起点に半径百メートル内に雪を降らせ、発動者を含めプレイヤーとプレイヤーに味方する存在、NPC、エネミー、全てに即死・絶の効果を与える。
「……何だこれ」
ベネットは【三ノ秘:雪の果て】というスキルを思わず読み返した。
――つい、溜息が漏れる。
「……運営、頭おかしいんじゃないか?」
それはそれとして念願の刀のユニーク武器を手に入れたベネットは、すぐさま装備登録して取り出してみた。
白いベルトによって腰の左側に吊るされた鞘は純白で艶があり、金具は銀色に輝いている。
鍔は雪結晶を丸く囲ったデザインで、鞘の金具と同じ銀色だ。
柄は下地が白縹色で、その上から純白の糸を撮み巻きして上品さを出していた。
握って引き抜き、その感覚にベネットは驚いた。
「っ、軽い!」
パッシブスキル【刀の心得】を加味したうえで『普通の刀』と比べると、とにかく軽かった。
刀身を見れば、現実ではまずないであろう純白色で、パッシブスキル【氷属性付与】によって常に霜を帯びている。
ベネットは試し切りしようと何も無い壁に向かって構えた。
イメージを最小限度に留め、スキルを呟く。
「【一ノ秘:氷花閃】」
スキルが発動し、刀が光って振るわれると、冬将軍と同じように斬撃が飛んで傷ついた壁に鋭い氷が生えた。出力をかなり抑えた為、生えた氷は花のように見えた。
「ふむ……振るという動作以外は自由っぽいな。いい技だ」
満足したベネットは格好つけた動作で刀を鞘に仕舞ってからインベントリに戻した。
システムがボスエリアに留まるベネットに対し、強制退出までの残り時間をカウントするウィンドウを表示させた。
「はいはい、もう出るよ。というか……今日はもう寝る!」
メニューを開いたベネットは、その場でログアウトボタンを押した。
運営は頭おかしい? まぁ、労働環境から察してください。




