第二回イベント終了
誤字脱字報告、いつもありがとうございます。
ホラー世界の宝探しが終わり、一日の休養を挟んで気分転換を済ませた男――ベネットはいつもの時間にログインした。
ログインしてすぐ、ベネットは防具が氷雪女王シリーズのままなことに気付き、コスチュームに変えてから移動を始めた。
宝探し四日目ということもあり、ワールドシップ内では中弛みになったプレイヤーやある程度稼いで満足したプレイヤーが大勢いて、のんびりと過ごしていた。
前回の宝探しで壊れた刀を予備を含めて武器屋で購入し、装備登録してからいつもの『ウォースパイト紅茶店』に入り、店主とウェイトレスから「いらっしゃいませ」と挨拶されて奥へ行く。常連になっているプレイヤーたちがベネットを一瞥するが、気にせずに奥の空いているボックス席に座った。
それから、既にログインしているパーティー四人に向けて軽い挨拶と今自分がいる場所をメールで送り、集まるまでの待ち時間に紅茶とお茶菓子を楽しむことに決めた。
今回注文したのはアッサムのミルクティーと、パウンドケーキだ。VIPカードのお陰で二割引きとなっている。
待つこと数分、最初に来たのはミグニコだった。
「よっ、一日ぶり」
「ああ、一日ぶり」
向かい側に座ると、手早くメニュー表から注文した。
ウェイトレスが運んで来たのはオレンジティーとクッキーだ。早速一つ摘まんで口へ放り込む。食べ終えると間髪入れずに次を食べる。
クッキーが気に入ったのだろうか、なんて思いながらもベネットは宝探しのことで質問した。
「……なぁ、宝探しはどうなっている?」
ベネット自身も休んでいる間に公式ホームページを調べ、かなりの数の宝箱が開けられていることは知っている。だが、個数だけでどういった状況かまでは把握していない。
オレンジティーを一口飲んでから、ミグニコは答えた。
「宝箱は、もうマップの端くらいしか残っていない。今から探すんなら、労力に見合わないだろうな」
「そうか……他の三人は?」
「知らん」
会話が終わり、二人でのんびりと時間を潰す。クッキーを食べきったミグニコは追加でクッキーを注文し、また食べている間にシュガーとオウカの二人がやってきた。
「よっすー」
「ベネット、一日ぶりだな」
「ああ、オウカもな」
「ほれシュガー、メニュー表」
オウカはベネットの隣に座り、シュガーはミグニコの隣に座った。メニュー表をミグニコから渡されたシュガーは大量に注文し、メニュー表はオウカに渡された。オウカはレモンティーとフルーツタルトを注文した。
注文した品がテーブルの上に並べられたところで、ベネットは一日ゲームを休んだオウカに言った。
「オウカ、君はもう大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫だ。ホラー世界にはもう行きたくないがな」
フルーツタルトを口に入れ、幸せそうな顔をする。
向かい側ではシュガーがバクバクバクバクと忙しなく茶菓子を食べており、隅の方に置かれた紅茶には目もくれない。
この光景に見慣れたミグニコは苦笑いしつつもクッキーを食べており、オウカは全く気にしていない。
気になっているベネットは声を掛けた。
「……シュガー、一ついいか?」
「ん、なに?」
「どうして、そんなに食べるんだ?」
「ゲームの中だと幾ら食べても太らないからだよ!」
ビシッとサムズアップしてみせた。
「……そんなにか?」
「脂肪や体重を気にする女子には超重要だよ!」
シュガーの言葉に、オウカもうんうんと頷いている。
男であるベネットにとっては、そんなものか、という程度にしか理解できない感覚だった。
それから待つこと数分、リーベがやってきた。
「皆さん、ごきげんよう」
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
オウカとシュガーは同じように挨拶したが、お嬢様らしい挨拶が気恥ずかしいミグニコとベネットは出遅れた。
「……よう、リーベ」
「……こんにちは、でいいか?」
二人の態度にクスリと笑ったリーベはオウカの隣に座った。
「それで、宝探しはするのかしら?」
四人の視線がベネットに集中する。
「……皆はどうしたい?」
「俺はどっちでもいい」
「私もー」
「私もだ」
「わたくしもですわ」
ベネットの方針に委ねられ、胸を支えるように腕を組んで考えてから答えた。
「……じゃあ、一個か二個宝箱を取って終わりにしよう。場所は予定通り第三世界で」
「決まりですわね。それでは、参りましょうか」
すぐに立ち上がったリーベに倣い、オウカとベネットも立ち上がる。シュガーは手早く残りの茶菓子を食べ、紅茶を飲んで立ち上がった。最後にミグニコがボックス席から出て第三世界へ出発した。
第三世界のプルデンス魔術学校の門から出た五人は、この世界に詳しいオウカ先導で湖を飛んで南へ渡り、リーベの従魔、ゴーストホースのナハトに宝箱の探知を行わせた。だが、既にかなりの宝箱が開けられた状態で探知に引っ掛からない。
「……駄目ですわね。オウカさん、どうされますの?」
「……仕方ない。こっちだ」
場所を変え、延々と森が続く奥地へ向かう。
道中、鳥型エネミー『コメットバード』の群れが現れた。魔力のオーラを纏って彗星のように真っ直ぐ飛ぶエネミーだ。
五人を標的にしたコメットバードは凄い勢いで飛んで来るが、防具に着替えたオウカの【ファイアボム】で一網打尽にされた。
その後、何事も無く森の中にひっそりと佇む石造りの遺跡に到達した。苔が生え蔦が絡まり樹木の根に侵食された遺跡だ。
「リーベ、この辺りはどうだ?」
「ナハト、どう?」
主人の問い掛けに、ナハトは遺跡のさらに奥を見つめてヒヒンと鳴いた。
「奥の方にあるみたいですわね」
「よし、行こう」
ここからはリーベが先導して動き、さらに奥の森でナハトが止まった。深い森の中を見つめており、五人は顔を見合わせて頷き降りていく。木々が多く飛ぶには不向きな場所故に、五人は地に足を着けて歩いていくことにした。ナハトも身動きがとりにくく、待機させられた。
森の中は光が殆ど入らない薄気味悪い状態だ。周辺にエネミーは湧いていないが、いつ襲われてもおかしくない場所である。
少し歩いたところで少し開けた場所に出た。真ん中の四角い岩に金の宝箱がぽつんと設置されていて見るからに怪しく、ベネットがメメント・モリを取り出して撃とうとしたところでリーベがベネットの手を掴んで狙いを外させた。
「ベネットさん、音が出る銃は控えましょう」
「……そうだな。【アイス】」
金の宝箱の真上に白縹色の魔法陣を展開し、氷の塊を落とした。擬態ではなかったが、金の宝箱は勝手に開いて中から黒いドロドロとした液体が溢れて零れ、形を変えて今この場にいる五人を模した黒い影になった。そのエネミーの名前は『シャドール』といい、プレイヤーのパラメータや装備やスキル、ある程度の行動思考をコピーする能力を持つ。ただし、人間ではないのでそこまで賢くはない。
――チッ。
ミグニコが舌打ちしたと同時、五体のシャドールが動きだした。
五人それぞれに一体ずつ襲い掛かって来る。
ミグニコの所にはリーベをコピーしたシャドールが相手となり、二丁のソードオフ・ショットガンが向けられて発砲してくる。より拡散する銃であり、最速を自負するミグニコであっても避けるには大袈裟な動きが必要で、この場から離れざるを得なかった。
森の中、木にぶつからずにジグザグに移動しながら背後を気にすれば、シャドールは【ダークムーブ】で真っ直ぐに追い掛けて来ていた。
突発的なイベント扱いなのか他のエネミーに遭遇しないことに気付きつつ、充分に引き離した所で空へ移動した。
シャドールは愚直にも追い掛け、魔法陣を足場にして空中までやってきた。
周囲を充分に確認し、誰もいないことを確信したミグニコは不敵な笑みを見せつけた。
「十秒だけ付き合ってやる!」
普段の魔法少女風のレオタードのコスチュームから、防具へ着替えた。
ミグニコの手に入れたユニーク防具は『トライアル』シリーズというものだ。最低限のプロテクターを備えた黒いレーシングスーツにフルフェイスのヘルメットと足を保護するブーツという姿で、左腕に腕時計型のストップウォッチがある。
防具に着替えたと同時、防具に付与されているパッシブスキル【カウントダウン】が発動してストップウォッチが十秒のカウントダウンを始めた。
スキルの効果として、常人では制御不能なレベルにAGIが上昇した。
ミグニコがほんのちょっと動くだけで音速の壁を越え、危うく正面衝突するギリギリでシャドールの前で止まった。そこから捉えられない速度で腕が振るわれて聖剣と短剣が切り刻む。リーベをコピーしたシャドールは反応して防ごうと動いたが、追い切れる筈もなく、防ぐことも出来ずに五秒以上も残して消滅した。
「――ふん、遅い遅い」
鼻で笑ったミグニコはその場で待機し、ストップウォッチのカウントダウンを見つめた。カウントがゼロになると、スキルの効果で防具が強制的に解除されてコスチュームの姿に戻った。
今日着れるのは、あと二回だ。
「……やっぱこの防具、癖が強過ぎるだろ」
ところ変わって森の中、シュガーは金の宝箱がある開けた場所に留まってミグニコをコピーしたシャドールを相手にしていた。
「――へいっ!」
気合を込めた声を発しつつ、攻撃してくださいと言わんばかりに腕を広げるポーズを取った。
すかさずシャドールがシュガーを切り刻むが、VITが高過ぎてダメージはゼロだ。
「へいっ!」
続けてボディビルのようにポーズを変えて攻撃を誘う。何故こうしているのかというと、シュガーではミグニコを捉えることが出来ないとわかりきっているからだ。
さっきからこれを繰り返しており、シャドールも呆れて攻撃を躊躇している。だが、エネミーとして攻撃しないわけにもいかず、結局切り刻むがダメージを与えられない。
「へいっ!」
再び別のポーズに変えて攻撃を誘い、無駄だとわかっていてシャドールが接近し、真正面から切り刻む。呆れ果てて必要以上に攻撃し、完全に油断したその時を狙ったシュガーは、素早くシャドールに抱き着いた。
「ウヒヒ、油断したねー」
着ぐるみの中でニヤリと笑い、そのまま締めつけを行う。クマの着ぐるみに抱き締められるその光景はまさにベアハッグだ。
元がミグニコなのでSTRが低くて締めつけから抜け出せず、シャドールのHPは一気に減って瀕死となった。
トドメとばかりにシュガーは噛みついて食べた。
「……海苔の佃煮だ。白ごはんが欲しくなるね」
シャドールは消滅し、シュガーは手を合わせて言った。
「ごちそうさまでした」
別の場所にて、リーベはシュガーをコピーしたシャドールを相手にしていた。ただ、元のシュガーのAGIはかなり低く、リーベが一方的な攻撃をしつつ引き撃ちをして遊んでいた。
宝箱のある場所から充分に離れ、別の所から他のエネミーが襲って来ないことを確認できたリーベは、引き撃ちを止めて立ち止まった。
追いついたシャドールはシュガーの『アースイーター』と『毒沼の斧』を取り出してジリジリと詰め寄って来る。
特に構えもせずに出方を窺っていると、シャドールの特性として無声でアクティブスキル【シールドアタック】を使用し、大盾を構えて突っ込んできた。
「【ダークムーブ】」
黒い靄となって正面からやり過ごし、スキルの硬直を狙って持ち変えた鉈で後頭部に振り下ろした。
ざっくりと刃がめり込んだが、ノーダメージである。
「……硬いですわね」
振り返りざまに振るわれる手斧を躱しつつ後退する。
「――ですが、わたくしの前では防御力は無意味ですわ」
コスチュームから防具に着替えスキルを宣言した。
「【ドレインバインド】【ブラッドプール】!」
シャドールの足元に展開された黒い魔法陣から真っ黒なロープが複数出現して拘束し、シャドールのHPとMPをゆっくりと減少させ始めた。吸収効果により、減少した分だけリーベのHPとMPが回復を始めた。ただし、闇属性魔法の【ドレインバインド】も燃費がかなり悪い魔法である為、単体ではMP吸収による回復が追いつかない。
だから、足防具の『ブラッドヒール』に付与されているアクティブスキル【ブラッドプール】を同時に使った。範囲は自分を中心に十メートルほどの地面に赤い水たまりを形成するというものだ。その場に足を着けた対象のHPとMPをかなりの勢いで吸収する効果があり、かなり長い時間その場に残る。
吸収系の攻撃は防御力に関係なく効果を発揮し、シュガーを元にしたシャドールは拘束を上手く解けずにみるみるとHPを減らし、何も出来ずにHPが無くなった。すぐに種族スペシャルの固有パッシブスキル【ギャグ補正】が効果を発揮してHP1で復活したが、瞬時にまたHPが無くなって消滅した。
「……呆気ないですわね」
不完全燃焼な気持ちを抱きつつ、リーベは宝箱の方へ戻り始めた。
さらに別の場所、オウカは全力で逃げていた。
ベネットを元にしたシャドールを相手にしており、最初の一撃は刀による突きで何とか避けられた。油断ならない相手と判断して防具に着替えて対処しようとしたが、続けて取り出した大型リボルバー拳銃『メメント・モリ』の射撃は正確で素早く、【マグマウォール】を咄嗟に出して防いだ。
だが、それだけでは終わらず側面に展開された魔法陣から【アイスランス】が飛び出し、避けきれずに腕を掠めた。
火事など気にしている余裕もなく、宣言無しで【ファイアウォール】を使って目くらましをしつつ森の中へ逃げたのだ。
ある程度の距離を稼いだオウカは、周囲全体に意識を集中しながら左手に魔杖を、右手に魔剣を持って反撃の為に幾つかのイメージを頭の中で作り、周辺の地面や木に小さな魔法陣を同時に幾つも展開して【ファイアトラップ】を仕掛けた。単純な罠で、効果範囲に入るとファイアが発動するものだ。
罠が完成すると魔法陣は隠蔽されて消えた。
「……さて、どう来る?」
大きな木を背にして意識を研ぎ澄ませ、いつでも動けるように身構えつつ辺りを見渡して待ち構える。
――十秒以上が経過し、来ないのではないかと一瞬の疑念が生まれた時になって、死角になる側面の斜め上から一瞬だけ弾道予測線が見え、咄嗟に前へジャンプしつつ弾道予測線から瞬時に導き出した場所に魔法陣を展開し【ファイアボム】を発動させた。
銃声が響き、オウカが直前までいた場所を銃弾が通り過ぎた。コンマ数秒遅れでファイアボムの爆発が射線の発生源付近で起こった。
即座に振り返り、迎え撃つ態勢に入ると木の上からシャドールが降りてくる姿が見え、ジグザグに動きつつ正面から向かってきた。
オウカの足元に白縹色の魔法陣が展開されたのを認識し、足元に【マジックサークル】による魔法陣の実体化をして僅かに宙に浮きつつ魔法障壁として活用し、【フリーズ】の魔法を防ぎつつシャドールの動きを予測して左右に魔法陣を展開し【ファイアバインド】を発動させた。
だが、ベネットを元にしたシャドールはそれを見切って魔法陣をジャンプ台のように確認して回避し、逆にオウカの左右に魔法陣が展開された。
オウカは驚かず、目を向けもせずに魔法陣による魔法障壁で【アイスランス】を防ぐ。
さっき仕掛けた【ファイアトラップ】の一つが発動したが、シャドールは魔法陣をボードのように使ってスライド移動を始め、メメント・モリが向けられる。
それよりも早く、オウカは動くシャドールの全周に魔法陣を展開して即座に【ファイアバインド】を発動し、さらに同時展開でその後方に作り出した全周の魔法陣から【ファイアランス】を射出した。
さらに続けて、移動予測地点の地面に展開した大きめの魔法陣による【炎柱】で火の柱を発生させた。
流石に防ぎきれないシャドールはそのまま炎のロープに絡めとられて炎の柱に包まれ、槍に幾つも貫かれて消滅した。
常人では処理しきれない複数のイメージや考えを同時にこなすマルチタスクを、遺憾なく発揮した戦いだった。
「……本人だったら、やられていたな」
まだまだ精進せねば、と思いを抱きつつ宝箱のある場所へ戻った。
――その頃、ベネットもまたオウカをコピーしたシャドールから逃げていた。
「あれは無理!」
はっきり断言するのも無理はない。
初撃の剣を咄嗟に出した刀で受け流したまでは良かったが、魔法陣が足元と側面に同時に展開されてすぐに【ファイア】による火の玉飛んで来て、【アイスウォール】で横は防ぎつつ飛び込んで足元は回避した。
そのまま森の中へ逃げようとすれば動きを先読みしたように複数の魔法陣が展開され、さらに逃げ道すら防がれる。
「っ! 【アイスウォール】!」
咄嗟に機転を利かせ、防具の氷雪女王に着替えてINTを上げてから背後に大きな氷の壁を作り出し、視界を遮ってから実体化した魔法陣で身を守りつつ強引に真っ直ぐ進んで逃げ切ったのだ。
充分に逃げて一時的にシャドールから視界を切ったベネットは足を止め、自身のAGIを活かして高く跳び上がり、木の枝の上に乗った。高所恐怖症は気合で抑え、そのまま気配を殺して待機した。
ふと、あるスキルを思い出して呟く。
「【隠密】」
体が少し透過され視認性を下げた。効果時間は一分だが、逃げてすぐの為にシャドールはすぐに後を追って来て辺りを見渡したが気付けず、通り過ぎた。
安堵し、小さな魔法陣を足場にして枝の上を渡り歩いて後をつけ、シャドールが立ち止まった所で真上の枝に陣取った。
一撃必殺が最適だと理解しているベネットは、邪魔になる眼鏡を外してインベントリに仕舞い、高所恐怖症を抑えるのも兼ねて殺意を持ってゾーンに入り、刀を下向きに突き立てながら音を立てずに標的に向かって飛び降りた。
全く気付かれることなく頭上からシャドールの首筋に、体の中心を貫くように刀が突き刺さった。心臓がある場所もしっかりと貫き、パッシブスキルの【忍殺】の効果によってシャドールは即死の効果で消滅した。
「……ふう、あーキツ……」
伸びをしつつ、アンダーリムの赤い眼鏡を取り出して再びかけたベネットは元の場所へ戻った。
金の宝箱がある開けた場所に戻れば、既にベネット以外の四人が戻っていた。
最初に気付いたミグニコがベネットに近づいた。
「よおベネット、遅かったじゃないか」
「すまん、ちょっと手こずった」
「だろうな。俺も奥の手を使った」
五人揃ったところで蓋が閉じている金の宝箱にシュガーが近づいており、ミグニコとベネットは会話を止めて黙って見守った。
シュガーが金の宝箱に手を掛け――突如として横へ吹っ飛んだ。
四人が一斉に武器を取り出して構えたところで、シュガーに対して【隠密】からの不意打ちで蹴りを食らわせた一人の少女が宝箱の前で姿を見せた。
頭に茶色い猫耳、お尻に尻尾、ツンツンしたショートの茶髪に黄色い瞳に縦長の瞳孔、小麦色の肌をした種族ケモミミの小柄な少女、第一回イベント四位のキャシーだった。
イベントから服装は変わっておらず、へそ出しタンクトップにホットパンツと露出度の高い格好をしている。
キャシーは四人を見て不敵に笑ってみせた。
「にゅふふ、宝箱の仕掛けの解除、ご苦労様にゃ!」
「イベント第四位のキャシーか」
「ウフフ……」
オウカは強敵と判断してより警戒を強め、リーベは楽しめる相手の登場に心躍らせた。ベネットはオウカの言葉で相手が誰だか思い出したところだった。
四人の中で、同じAGI特化のプレイスタイルでキャシーを最も意識していたミグニコが、一歩前に出た。
「宝箱の横取りとは感心しないな。この泥棒猫」
「にゃーは盗賊だからにゃ。当然の行動だにゃ」
「イベント四位の実力者がそんなことをしたら、イメージ悪いんじゃないか?」
「ロールプレイは突き通せば問題ない……にゃ」
「おい、今若干ロールプレイ忘れただろ」
「なんのことかにゃー」
作り笑いを浮かべて取り繕うが、今のやり取りだけで五人はキャシーの性格が何となく理解できてしまった。
「猫被りが……」
キャシーは笑みを浮かべるのを止めた。猫被りなのはわかっててやっているロールプレイだ。流石に聞き捨てならなかった。
「……自称最速」
「クソネコ」
「メスガキ」
「発情期」
「ぺったんこ」
「野良」
「羽虫」
「……」
「……」
罵倒の末に睨み合い、ミグニコは普段使いの短剣から聖剣に変えて構え、キャシーが二本の短剣を取り出した。
キャシーの短剣は『時剣クロックハンズ』という二本一対のユニーク武器であり、二本とも細長い菱形――時計のローザンジュ針の見た目をしている。右手は短剣にしては少し長い長針で、左手の短剣は短針だ。
緊迫した空気の中、蹴り飛ばされて少し離れた位置にいるシュガーは不意打ちは成功しないと判断し、四人に合流して武器を取り出した。
今まさに戦いが始まろうとしたところで、この開けた場所に走って入ってくる人物が現れた。
「キャシー、待て!」
名前を呼ばれて指示されたキャシーは振り向き、残念とばかりに肩を竦めて構えを解いた。
五人は武器を構えたままだが気になって振り向き、駆け寄ってくる人物に誰もが驚いた。
そのプレイヤーは第一回イベント一位のアルバだった。金髪青眼で高身長の若い男で、お伽噺や少女漫画に出てくる白馬の王子様に相応しいイケメンだ。そんな男が頭部にサークレットを着け、青を基調とした鎧に白いマントを纏っている姿から、ネット上では早くに『青の勇者』という異名で呼ばれるようになっていた。
アルバはキャシーの傍まで来ると、すぐさま五人に向かって頭を下げた。
「すまない、キャシーの独断専行を許してくれ」
「アルバ、なんで止めるにゃ?」
「チームを組もうと考えている相手に、悪い印象を抱かせたくない」
「……しょうがないにゃー」
キャシーが諦めたところで、アルバは自分がやって来た方向を見た。五人も釣られてその方向に顔を向ければ、アルバに遅れて三人のプレイヤーが駆け寄って来た。
一人は種族サイボーグで白を基調とした男心をくすぐるロボットの見た目をしている。イベント六位のドルークであり、防具である追加装備をしていない状態だ。
もう一人は額に一本角を持つ種族オーガの男、イベント七位のシュテンだ。筋骨隆々とした体型で、種族の身長最大値二メートル五十センチという巨漢だ。灰色の肌だがさっぱりとした男前な顔をしている。今は防具を着ておらず、サンダルに膝丈のズボン、ボタンを閉じていないアロハシャツという非常にラフな格好をしておりを、逞しい大胸筋と芸術的なシックパックの腹筋が見えている。
三人目は灰色の狼の姿をした種族ビーストの男、イベント十位のウルフェイだ。左目にある一筋の傷跡が特徴的で、狼としてはかなりのイケメンだ。身長も二メートルあり、毛皮で覆われていて見えないが、がっしりとした肉体をしている。今は防具を着ておらず、将校風の黒い軍服を着用しており、コートもしっかりと着ていた。
三人がアルバの元まで来た所で、シュテンがキャシーに向かって声を荒げた。
「キャシーてめぇ、勝手に突っ走るんじゃねぇよ。万が一死んだら合流が面倒だろうが!」
ドルークも頷いて、機械的なエフェクトが掛かった言葉を発した。
「全くその通りだ。勝ち目のない戦闘は避けるべきだ」
心配しての言葉だとわかっているキャシーは、多少うざったく思いながらも受け止めた。
「……はいはい、自重しますよーだ、にゃ」
キャシーのことは二人の言葉で充分だと判断したウルフェイは、アルバに疑問をぶつけた。
「アルバ、この状況はどういうことだ? いつもならキャシーに続いてお前も戦闘に入るだろうに」
「いつもならな。だが前にも話した通り、彼女たちは別だ」
改めてベネット達を見たウルフェイは納得した。
「……なるほどな」
アルバは戦闘の意思が無いことを示す為、防具から貴族らしい白い洋服のコスチュームに着替えて言った。
「俺たちのことは知っているだろうけど、一応自己紹介しよう。俺はアルバ。イベントで第一位になって『青の勇者』なんて呼ばれてる。こっちのケモミミの少女がイベント第四位のキャシー。それでこっちのサイボーグの彼は第六位のドルーク。その隣のオーガの男が第七位のシュテン。そしてビーストの男は第十位のウルフェイだ」
「キャシーだにゃ。さっきも言ったけど盗賊だにゃ」
「オレはドルーク。強さを求めている。暇な時があれば模擬戦を申し込みたい。よろしく頼む」
「シュテンだ。クマの着ぐるみを除いて美人揃いだし、今度一緒に食事でもどうだい? 特にそこの『炎皇』さんよ、いい店知ってるんだが」
「悪いが、軟派な男は好みではない」
「そうかい。じゃ、気が向いたら誘ってくれ」
「……最後に私だな。ビーストのウルフェイだ。以後、お見知りおきを」
自己紹介が終わった所で、完全に戦意が無くなったミグニコ達四人は武器を降ろしてベネットを見つめた。視線に気付いたベネットが振り向き、無言の圧に察した。
「……私が自己紹介しろと?」
「そりゃそうだろう。お前が一応パーティーリーダーなんだから」
というミグニコの言葉に、渋々とベネットは自己紹介を始めた。
「私はベネットだ。あとはミグニコ、オウカ、リーベ、シュガーだ」
「どうも、ミグニコだ」
「オウカだ」
「初めまして、リーベですわ」
「ドMのシュガーだよ」
あっさりした自己紹介が終わった所で、アルバがパーティーリーダーであるベネットに向けて言った。
「さて、自己紹介が済んだ所で俺から話がある。夏の大型アップデートでチームが実装されるのは知っているな? 俺は最強のチームを作ろうと前々から考えていた。そこで、第一回イベントに入賞した君たち全員をチームに勧誘したい。ただ、この場で返事は求めない。大型アップデートが実施されたあとに、改めて返事を聞かせてくれ。それでいいかな?」
「……まぁ、そういうことなら。フレンド登録しておくか?」
「是非とも。俺としてもここで出会えたのは僥倖なんだ。アップデートまでにどうやって接触しようかと悩んでいてね」
この場の全員がフレンド登録を行い、各々少し言葉を交わしたところでアルバが声を上げた。
「それじゃあ俺たちは退散するよ。大型アップデート当日にまた会おう!」
爽やかにこの場から去っていくアルバと四人を見送ったベネットは、無事だった金の宝箱を開けた。
中には複数枚のチケットが束になってぽつんと入っていた。
手に取って取得してからメニューを開いて確認する。
レアアイテム『コスチューム交換チケット×10』
店で売られているコスチュームなら無料で交換可能なチケット。
「……いらないなぁ」
思わず呟くと、同じように確認していたリーベの耳に入ってしまった。
「そんなことありませんわよ。何なら、わたくしがまたコーディネートして差し上げますわ」
その言葉に、シュガーが反応した。
「新しいコス買うの? だったら私も付き合うよ」
善意に対する嬉しさと、絶対に着せ替え人形にされる恥ずかしさにベネットは微妙な表情になった。
「……お手柔らかに頼む」
「ええ、お任せを」
「オッケー」
次のコーディネートの約束が決まってしまったところで、無関係を装っていたミグニコが言った。
「で、宝探しはどうすんだ?」
その態度に、服選びに巻き込んでやろうと心の内で決めたベネットは答えた。
「もう終わりでいいと思う。今この第三世界にはアルバたちがいて、下手に動いて再び出会ったら今度こそ戦うことになる。PVP系のイベントでもないのに、あいつらと全力でやりたくはないだろう?」
ベネットの意見に四人は特に否定しなかった。
それはそれとして、結局心躍る戦いが出来ていないリーベは不満を口にした。
「……わたくしは、戦ってみたかったですわね」
意見したベネットはその言葉とリーベの諦めた表情に動揺し、宝探しをどうするかという問題を発したミグニコに目で対処を訴えた。
ベネットの視線に気付いたミグニコは俺のせいなのかと驚き、なんて声を掛けたら言いかと考えながら口を開いた。
「あー……なら…………俺と戦うか?」
言ってから、しまったと思った。
リーベを元にしたシャドールと戦ったミグニコにとって、リーベは本気の速攻を仕掛けないと勝ち目の薄い、とんでもなく強い相手であると判断していた。もし戦えば、互いに手札を切り合うことになることは確実だった。
リーベはミグニコをジッと見つめ、気持ちを察して微笑みながら答えた。
「……戦いはまた暇な時に、二人っきりでやりましょう。それよりもミグニコさん、あなたもベネットさんと一緒にコーディネートして差し上げますわ」
「お、おう」
流れで断れず承諾したミグニコは、軽く宙に浮いて飛び立つ準備をした。
「じゃあ、もう解散ってことでいいな!」
強引に終了宣言し、ミグニコは逃げるように飛んで行ってしまった。
それを見送ったリーベもまた言った。
「わたくしも、第六世界の探索に行きますわ」
「ん、なら私も好きにするね。ベネット、パーティーの解散よろー」
「ああ、わかった」
シュガーの言葉に従い、ベネットはその場でリーダー権限によるパーティーの解散を行った。
やることも無くなったベネットは、これ以上何かをしようとする気力も湧かなかった。
「……今日はもう寝るよ。お疲れ様」
「お疲れー」
「ごきげんよう」
二人に見送られ、ベネットはメニューを開いてログアウトボタンを押した。
宝探しは明日で終了となる。
その終了時間はベネットがいつもログインする時間でもある為、実質的にベネット達の第二回イベントは終了となった。




