プルデンス魔術学校
三人はちょくちょくパーティーを組んで第一世界を冒険するようになり、拠点周辺から少し離れた周辺のダンジョンやクエストを攻略していった。ただ、特に珍しい物やスキルを手に入れることも無かった。
ある日、ベネットがログインしてすぐにシュガーとミグニコを『ウォースパイト紅茶店』まで呼び出した。
第一回イベントで二位のベネット、五位のミグニコ、珍しい種族スペシャルのシュガーという組み合わせは非常に目立ち、たまたま居合わせたプレイヤーたちはどんな話をするのかと聞き耳を立てていた。
シュガーとミグニコの注文していた紅茶が届いたところで、ベネットは口を開いた。
「第一世界、飽きた」
藪から棒な言葉にシュガーは紅茶を飲もうとしていた所で手が止まり、ミグニコは紅茶に入れようとした角砂糖を、小さなトングからころりと落としてしまった。
シュガーはカップに口を付けずに置いた。
「……飽きたのは分かったよベネット。それで、今度は何をしたいの?」
「うむ。考えたのだが……私はまだ魔法――マジックスキルを所持していない。だから第三世界へ行こうかと考えている。で、二人も魔法をまともに使っている所を見ていないから、一緒にどうかと思ったんだ」
「なるほどねぇ。私もそろそろマジックスキルで防御系を取ろうと考えていたからいいよ。ミグニコはどう?」
「俺もいいぞ。補助系のマジックスキルを取って、さらにスピードに磨きを掛けようかと考えていた」
二人の意見を聞いたベネットは、ほっと安堵の息を吐いた。
「……よかった。実は私、ゲームの魔法というのがとことん苦手でね、他のゲームの魔法で上手くできた試しがないんだ」
「へー、具体的に、どれくらい苦手なの?」
「魔法が全く発動しない」
シュガーとミグニコは同時に振り向き、お互いに顔を近づけて小声で話した。
「ミグニコ、どう思う?」
「ヤバイな」
「やっぱり?」
「ああ」
フルダイブ型VRゲームにおいての魔法は、基本的に誰でも扱えるように作られている。特に二つの体系がファンタジー系のVRゲームを支えた。その二つは魔法の呪文や名称を口にして発動する宣言型と、イメージによって発動する想像型だ。
宣言型は魔法の名称や呪文などを口にするだけで発動させられるが、言葉を発することのできない環境では使えず、威力や範囲なども魔法の設定やパラメータに大きく依存するのが特徴だ。
想像型は言葉に発せずとも魔法を発動させられる。ただし、魔法の特性に加え威力や範囲などをしっかりとイメージする必要がある。個人の想像力次第で威力の調整や応用が利くようになっているのが特徴だ。
ゲームとして洗練された昨今では二つの特徴を合わせた複合型も生まれ、簡単に、だが奥の深いものになっている。オールワールド・オンラインもこの複合型が採用されている。
故に、ベネットの魔法が全く発動しないという言葉は、ファンタジー系のゲームをしたことのあるプレイヤーにとってはかなり衝撃的だった。
「……それで、私に魔法を教えてくれないか?」
事の深刻さを理解していないベネットの言葉に、二人は再び顔を寄せ合って小声で話す。
「私そんなに魔法が得意じゃないから教えられないよ。ミグニコはどうなの?」
「俺もそこまで得意じゃない。というか、人に教えるのは苦手だ」
「前のイベント第五位でしょ。何とかしてよ」
「イベントは関係ないだろ。俺はリアルじゃ普通のサラリーマンだ。教員免許なんて持ってない」
「私も同じだよ」
二人だけの相談を眺めていたベネットは紅茶を一口飲み、カップを置いた。
「……話はついたか?」
二人はベネットを一瞥し、再び二人で話す。
「とにかく、私は教えられない」
「俺もだ。どうする?」
「そりゃあ……魔法が得意で教え上手な人に頼むしかないよ」
「魔法が得意な知り合いはいねぇよ。お前は?」
「ドMだよ? フレンドが多いように思う?」
「……しゃあねぇ。現地で探すか」
「それしかないね」
二人は正面に向き直り、紅茶を一口飲んでから言った。
「提案なんだけどベネット、第三世界で魔法が得意な人を探さない?」
「その方がいい。俺たちは魔法を専門にゲームをしたことがないから、上手く教えられない。どうせなら専門家に頼った方がいいだろう」
「……確かに」
ベネットは残っている紅茶を飲み干した。
「じゃあ、行こうか」
二人も紅茶を飲み干し、三人は立ち上がって魔法の発達した世界――第三世界へ転移した。
魔法が発達した第三世界の活動拠点は、大きな湖の中心にある島に建設された学校だ。
建物は壁に囲まれており、周辺には土が敷き詰められた訓練場、巨大な図書館、各種スポーツのコート、その他の施設が存在する。
中心には純白の大きな校舎が建っており、それを囲むように六つの塔が空に向かって伸びている。塔は全長百メートルほどの高さで屋根は円錐の形をしており、外壁はそれぞれ赤、青、黄、緑、白、黒色をしている。
橋は門の傍までしか架かっておらず、出入りは橋の下にある船着場から船を使うか、泳ぐか、何かしらの方法で橋を架けるか、飛んで門の前まで行くしかない。
転送装置が設置されているのは城の正面玄関に当たる東門の広場の隅だ。
ベネット、シュガー、ミグニコが到着してすぐ、目の前の木に掛かる看板が目に付いた。
『プルデンス魔術学校へようこそ。入学希望者、受付へ』
ベネットは首を傾げた。
「……学校?」
「みたいだね」
「あっちに受付あるぞ」
ミグニコが指さした先、広場の隅にテーブルと『入学受付』という看板が立て掛けられていた。ログインして日の浅い初期服のプレイヤーや別の世界から来た様々な種族のプレイヤーが、テーブルに向かって列を作っていた。
三人は列に並びつつ前の様子を見る。
魔法を使わないプレイヤーはスキルクリスタルとコスチュームのローブを受け取り、列から抜けてすぐにメニューを開いて操作した。ローブ付きの黒い学生服姿に変わると、校舎へ中へ入っていく。
魔法が使えるプレイヤーは、受付をしているファンタジー風の事務服を着た女性NPCに魔法を見せていた。見せ終わるとローブの他にもう一つアクセサリーをもらっていた。赤い宝石付きのブローチだ。
ベネットの番になり、受付のNPCと対面する。
「プルデンス魔術学校へようこそ。入学希望ですね?」
「はい」
「魔法は使えますか?」
「いいえ」
「では、こちらのスキルクリスタルと、コスチュームをどうぞ。学生気分を味わいたいなら、着替えて入ることをお勧めしますよ」
「どうも」
渡されたスキルクリスタルと衣服に触れてインベントリに仕舞い、列から抜けてメニューからスキルクリスタル【ライト】を使用した。
脳内に音声が響く。
『マジックスキル【ライト】を取得しました』
続けてスキルの確認をする。
マジックスキル【ライト】
汎用魔法の一つ。魔法の光の玉を作り出す。活動拠点内で発動可能。
消費MP:小
「これはもしや、ミグニコがあの踊りで使っていた光か?」
振り返れば、ミグニコがNPCに【ライト】を見せていた。ベネットがあの時見たミグニコの踊りの光と全く一緒だ。
ミグニコはローブと赤いブローチを受け取ってインベントリに仕舞い、列を抜けた。
「おまたせ」
「あの時の光、ライトの魔法だったんだな」
「そうだぞ。お前に撃たれたことは忘れられそうにないけどな」
「そうか」
シュガーもすぐに手続きが終わった。
「おまたせ。着替えて入る?」
「俺はどっちでもいい。ベネット、どうする?」
「うーん……軍服姿で入るのは流石に恥ずかしいしな。着替えよう」
ベネットとミグニコの二人は『プルデンス魔術学校学生服』に着替えた。
学生服の黒いローブの下はシャツに黒いネクタイ、膝丈の黒いプリーツスカート、黒いソックス、革靴という学生らしい姿だ。
だが、種族スペシャルであるシュガーの容姿が全く変わっていない。
二人の視線に、シュガーは説明した。
「言っておくけど、スペシャルは中の人のコスチュームしか変わらないんだ。ちゃんと着てるからね」
「そうか……ミグニコ、そのブローチはなんだ?」
「これは魔法使いとしての階級らしい。赤い宝石が第一階位で一番低い階級だ。虹のように七階位まであって、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の順で階位は高くなるそうだ」
「なるほど。何も無いのは、まだ魔法使い認定されていないってことか」
「そうだろうな。とにかく、入ろうぜ」
「うむ――っと、ちょっと待った」
ベネットは入り口の横にある看板が気になり、前に立って読んだ。
『第三世界、活動拠点内の戦闘区域について。魔法の練習の為、講義室や訓練場、屋上などの一部空間は戦闘区域として扱っております。また、汎用魔法は全ての世界の活動拠点内でも使用可能となっています』
「なるほど。そういえば、ミグニコは活動拠点内で【ライト】を使っていたな」
「ああ。俺も実験的に使ってみただけで、初めて知ったよ」
三人が校舎の中に入って廊下を歩き始めると、看板そのものが二つ、フワフワと飛んできた。
『ブローチ無しの方はこちらの看板について来てください』
『ブローチを付けている方はこちらの看板について来てください』
「ベネット、シュガー、ここで一旦お別れだな」
「ああ、また」
「またねー」
ミグニコと別れたベネットとシュガーは看板について行って、二階の講義室の一つに到着した。中に入れば黒板と教壇があり、対面には階段状に設置されたテーブルがあった。
二人と同じコスチューム姿のプレイヤーたちが着席していて、黒板には『着席してしばらくお待ちください』と大きく書かれていた。
座って待っていると何人かのプレイヤーも入って来てテーブルの椅子に座り、暫くすると教卓の前に一人の男が突如として現れた。オールバックの金髪に眼鏡を掛けた爽やかな顔をしていて、軍服のような緑の制服を着ている。胸には紫の宝石付きブローチを付けており、第七階位であることがわかった。その彼はNPCとして頭上にはウィンダム先生という文字があった。
ウィンダム先生は手を胸に位置まで持ち上げて指パッチンしてみせた。
すると、教室の扉は閉まり、黒板に書かれていた文字が勝手に動いた黒板消しによって消された。
「諸君、初めまして。私は風の属性魔法を担当している教師、ウィンダムというものだ。今回この学校に入学した君たちに、この学校での学び方を教える」
再び指パッチンすると、勝手にチョークが動いてカツカツと音を立てて絵と文字が書き込まれていく。
それを待たず、ウィンダム先生は説明を始めた。
「この学校では単位というものは存在しない。如何なる方法でも構わないから魔法を習得し、教師にその魔法を見せて認められれば、相応の階位が与えられる。階位は七つあり、一番上は第七階位だ。その第七階位に上がるには、第七階位の教師と決闘する必要があるから注意してくれ。それで、魔法を学ぶ方法についてだが、定期的に教師たちが講義を開くからスケジュールに従って部屋に入るだけでいい。スケジュールは後で配るし、なんなら学校中に張り付けられているから確認してくれ。それ以外の時間は自由だ。図書館や地下書庫で独学で魔法の習得に励むも良し、それぞれの魔法を担当している教師に指導を受けるも良し、講義も受けずに学校生活を味わってぐうたらしてもいい。我々教師はそれらを咎めたりはしない。ただし、喧嘩は止めるからそのつもりでいてくれ。因みに、この学校の食堂の料理はかなり美味い。話は以上だ」
指パッチンすると赤い宝石付きのブローチと紙の束が現れ、分散して飛んでそれぞれのプレイヤーの目の前に止まった。触れるとインベントリに仕舞われ、確認するとブローチは『魔術士第一階位のブローチ』いう名称のアクセサリーで、紙の方は『プルデンス魔術学校スケジュール表』と書かれていた。
メニューを消すと既にウィンダム先生は消えていた。
二人は第一階位のブローチを胸に付け、スケジュール表を確認する。
「ふむ……氷属性魔法の初級は昼からか。今の時間は……」
正面の黒板の上に大きな時計がある。その針は既に昼食の時間だった。
「もうすぐか。シュガー、君はどうする?」
「土属性魔法を取ろうと思うから、もうちょっと後だね。食堂でご飯でも食べてるよ」
「そうか。ではまたな」
「何かあったら連絡してねー」
シュガーと別れたベネットは、氷属性魔法の講義が行われる部屋へ向かった。既に何人ものプレイヤーが席に着いていて、ベネットも同じように座って始まるまで待った。
時間が経過し、ウィンダム先生と同じように新たな先生が現れた。胡散臭い微笑を浮かべた艶やかな銀の長髪の淑女で、青い軍服のような制服を着ている。第七階位の紫の宝石のブローチを付けており、頭上にはフローディア先生という名前があった。
フローディア先生は指で扉を閉めると、早速口を開いた。
「こんにちは、今回は氷属性魔法の初級を教えます。その前に、氷属性の魔法とは何かを改めて説明しましょう。氷属性とは火、水、風、土、光、闇の六属性に分類されない属性であり、水属性から派生した特殊な属性となります。氷は水に強く、火に対しても対立関係にある為に後れを取ることはありません。しかし、六属性から派生した属性魔法は習得難易度が高い傾向にあります。これから覚える方がいるのなら、覚悟をしてください。では、講義を始めますね」
フローディア先生は氷属性魔法の基本形【アイス】というものについて板書していく。氷属性の魔法陣が描かれ【アイス】がどういった発現をして、どういったことが出来るのか、それがしっかりと書かれた。
チョークが置かれ、フローディア先生は振り返る。
「【アイス】という魔法は、氷属性魔法の基本形です。イメージとしては、一度水を作り出してそれが急速に凍ることを意識してください。イメージ次第で氷の弾を飛ばしたり、起点指定した場所に氷を張ることも出来ます。まぁ、百聞は一見に如かずというもの。これから見せますね」
講義室の端に移動したフローディア先生は胡散臭い微笑をやめて真面目な顔つきになり、向かい側の遠い壁に向かって右手を向けた。
「【アイス】」
手の前に小さな白縹色の魔法陣が出来たかと思うと、鋭い氷の針が飛んで向かい側の壁に突き刺さった。
今度は右手を降ろし、下から上へ持ち上げるように動かしながら言った。
「【アイス】」
魔法陣が少し離れた地面に展開され、そこから氷の柱が突き出した。
次は右手を天井に向けた。
「【アイス】」
天上に展開された魔法陣から冷気が漂い、一瞬にして魔法陣が展開されている周辺に氷を張った。
教卓に戻ったフローディア先生は再び胡散臭い微笑に戻った。
「とまぁ、こんな感じに初歩の初歩である【アイス】という魔法はイメージ次第で幾つかの発現に分けられることができます。この魔法を使いこなせないと、上位の氷属性魔法は殆ど機能しないと考えてください。さて、次は【アイス】から応用で使える初級の氷属性魔法へ入りましょう」
書いていたものを消して再び板書を始めた。さっきの丁寧な説明は無く、かなりさっぱりしている。
【アイスウォール】
氷の壁を作り出す。イメージは言葉の通り。難易度・小
【アイスランス】
氷の槍を作り出して飛ばす。イメージとしては氷柱か槍がいい。難易度・中
【フリーズ】
氷の膜を張って凍り付かせる。イメージ無し、本人次第。難易度・高
「はい、この三つが【アイス】を応用した初級の魔法です。【フリーズ】については言語化が難しい為、魔導書にも詳しい方法は書かれていません。先に【アイスウォール】と【アイスランス】を習得して氷属性魔法というものに慣れてから目指す方がいいでしょう。では、実演してみますね」
さっきと同じようにフローディア先生は講義室の隅に移動し、右手を振り上げた。
「【アイスウォール】」
魔法陣が目の前の床に展開されて、氷の壁がにゅっと出現した。
「【アイスランス】」
前に向けられた手の前に魔法陣が展開され、大きな氷の槍が向かい側の壁に突き刺さった。
「【フリーズ】」
右手が天井に向けられ、冷気を出す魔法陣が天井に展開されて天井の一部が完全に凍り付いた。
フローディア先生は教卓に戻って言う。
「何か質問はありますか?」
誰も手を上げない。
「……無いようですね。ここからは講義の内容とは無関係になりますが……魔法とは本来、個人で探究するものであり学校で教えられるようなものではありません。その人の資質によって編み出された独自の理論によって完成されます。魔法一つとっても、個人の考え方や想いによって大きく性質が変わります。教師が教えられるのはどんな魔法があってどういうことが出来るかまで。あとのやり方は、自分自身で切り開いていくしかありません。それでは、今回の講義は終わりとします」
言い終わると、フローディア先生はその場から一瞬にして消えた。
現実ならばもっと長いだろう講義が終わり、他のプレイヤーに混ざってベネットは食堂へ向かった。




