教えてもらっていた
小さな女の子が二人、夕焼けで赤く染まる校庭の端に座っている。
女の子たちのすぐ近く、掲げられた小学校の校旗が、これでもかと言うほど風でたなびいているが、それとは対称的に、二人の周りはそよ風のように心地よい風が吹いている。緋色に染まるこの世界の中。まるで二人だけが特別扱いされているような光景だと、たどり着いた記憶の中でアヤノはそう思った。
記憶の中の幼い自分は、アヤノが思っていたよりも小汚い恰好をしていた。気味の悪いほど白い肌と、棒切れみたいに細い手足は今とあまり変わらない。髪は今よりも長く、伸び放題で野暮ったい。首元がよれよれになった無地のTシャツを着ていて、ただ適当に履いたようなスカートがなければ、女かどうか確信を持てなそうな見た目をしている。これではあの頃、いじめられていたのも仕方ない、今ではそう思える。
対して、スミレは、年相応のあどけなさを残しつつ、妙に大人びた目つきをしていて、利発そうな印象を受ける。服装も女の子らしく可愛らしいワンピースを着ていて、いいところの箱入り娘のように綺麗だった。
今でもはっきりと覚えている。確かにこの日だった。スミレの地元について、何か思い出すために記憶をたどっていたアヤノは、ついにその日を見つけ出した。
まだ出会って間もない頃。その他大勢とは違い、自分に優しく接してくれるスミレに、アヤノも戸惑っていて、心を開き切れていなかった。それでも感じるものはあった。かりそめの言葉や、薄っぺらい嘘ではなく、スミレからの真摯な気持ちが、幼いアヤノにも確かに感じられた。
だから、内心ではほぼ受け入れていた。ただ、これまでの経験から、素直に信頼を表すのが怖かっただけ、一緒にいようとしてくれるスミレを、受け入れるでもなく、突き放すでもなく、いつも一定の距離を保っていた。間に子供が三人くらいは座れそうな距離。それが、この時の距離。
そしてこの日、アヤノはスミレに向かって、一歩を踏み出した。
「どうして私と一緒にいてくれるの?」
初めてアヤノから話しかけた。スミレを見ると目を丸く見開いて、とても驚いた顔をしていたのを鮮明に思い出す。その後、少しだけ潤ませた目を乱雑に拭ったスミレは笑顔を向けて言うのだ。
「貴女が私と一緒だからよ。だから、貴女は私と友達になるべきなの」
自分たちだけが仲間だと、自分たちだけがお互いを理解し合えると、お互いがお互いにとって唯一無二だと、だから一緒にいるべきだと、幼い脳で、導き出せる言葉を懸命に使って訴えてくるのだ。
これにはアヤノも少しひいたのを覚えている。
アヤノはあの頃、頭のおかしな奴だと、散々周りから蔑まれていた。そんな小汚いアヤノと自分は一緒だと、目の前にいる可憐な少女が、力強く必死に訴えてくるのだ。
そんな経験はあれが初めてだった。
「いい? これから貴女と私は友達よ。友達っていうのは、常に一緒にいるものなの、分かる? つまり貴女は私から離れてはダメなのよ、いいわね?」
「う、うん」
だから、おでこがくっつくほど顔を寄せてきて、鬼気迫る様相のスミレに、アヤノはただ頷くしかできなかった。
これが、正式にアヤノがスミレと友達になった日。初めて出会った日とは違うのだが、この日はそれ以来『友情記念日』とスミレに命名されており、毎年ささやかなお祝いをしていた。ただ、今年もできるのかは、今のアヤノには分からない。
それから、スミレが落ち着いた頃に話してくれたのは、転校してくる前に住んでいた村の話しだった。
「私も村では一人ぼっちだった。貴女みたいにいじめられていたわけじゃないけど、大切にするふりをして、みんな私をいないものとして扱ってたわ。どうせ私は死ぬために生まれてきた。だから初めからいないのと同じ、そう思われてた。悲しいわよね、自分以外はみんな敵に見える。けれどもういいの! だって貴女に会えたから」
幼い頃のアヤノには、スミレの話しが難しくてよく分からなかった。けれど、アヤノを必要としてくれていることだけはわかった。その眩しい笑顔だけがひどく印象に残っている。
アヤノもスミレの境遇を聞いて、一気に心の距離が縮まるのを感じた。自分が感じていた悲しさや、虚しさをスミレも感じていた。それを幼いアヤノなりに共感してあげたかった。
「嫌な村だね。なんてところなの?」
「行かない方がいいよ。あそこはね――」
「隠益村」
スミレはたしかにそう言っていた。