クラスメイトだった
「桑野の転校なんだけど、なんか変なんだよ」
そう意気込んで話す男子生徒は、実はアヤノのクラスメイトだった。
基本的にスミレ以外には興味がなく、不愛想なアヤノにはクラスはおろか学校中探しても、スミレ以外の友達がいない。そのため、アヤノはあまりクラスメイトを覚えていなかった。同じクラスになって数か月経つこの男子生徒も例外ではない。
たまにスミレと仲良さそうに話しをしている数人の男女は、いろんな意味で顔と名前を覚えたが、それ以外は有象無象だった。
自分の知らないスミレの事を何か知っているのかと、鬼のような形相で迫って来るアヤノに怯えていた男子生徒は、クラスメイトということすら知らないことを伝えられた後、見ているアヤノが少し不憫に思えるほど脱力し、一人で「大丈夫、大丈夫だ。これからだ」と独り言を呟いたあとに復活して自己紹介を始めた。
名前の他にも、出身中学や、高一の時も同じクラスだったことなど、様々な個人情報を教えてくれたが、アヤノには特に重要なことには思えなかったため、加村という苗字だけを覚えておくことにした。
「変って何が? スミレちゃんは変じゃないよ」
「ごめんなさい……ってそうじゃなくて、桑野の急な転校が変だってこと」
「どう変なの? スミレちゃんは転校の仕方も完璧なはず」
「いや、一旦落ち着いてください。桑野が大切なことはわかったので、ホント落ち着いて」
必死そうに諭してくる加村に、アヤノも少しだけ冷静さを取り戻す。
「まずあの桑野が、蓮実さんに何も言ってないって事がおかしいよね?」
「それは……そう、思いたい」
第三者からも、自分とスミレの関係がそのような濃密なものに見えていたという今の言葉は、アヤノにとって嬉しいものだった。自分の思い上がりだけの関係ではなかった。そう言ってもらえたようで、少し心が落ち着くのを感じた。
「ホームルームのあと、クラスのみんなが桑野に連絡したんだ。なんで転校したんだとか、どこに行くのか、とか色々ね。みんな何も知らなかったから。けれどね、今だに誰一人にも返事が来ないんだよ。いくら引っ越しで忙しいとはいえ、ちょっと考えられない」
「誰にも連絡ないんだ」
「うん。みんなから聞いてきたから間違いないよ。桑野ってけっこう面倒見がいいというか、律儀なところあるでしょ。その桑野がこれだけの人からの連絡を全て無視してるなんて、おかしいと思うんだ。それで、誰かしらには連絡してるだろってことになったんだけど、そこで話題になったのが、蓮実さんだった」
「私?」
「うん。いつも一緒にいて、誰かと話すときは常に蓮実さんの話しをするって有名な桑野が、まず連絡するのはキミだって、みんなが思った」
またもや嬉しい事実。
自分とスミレの仲が加村だけではなく、クラス中の総意だというから驚いた。クラス公認の仲である。案外いい人達かもしれないと、表情が緩みかけたアヤノは、一瞬で暗い表情に戻るのが自分でもわかった。
「けど、蓮実さんにも連絡はない。それは様子を見ていればすぐにわかったよ。その、酷い落ち込みようだったから」
加村はそんなアヤノを心配して追いかけてきたそうで、施錠されているはずの屋上のドアが開いた音を階下で聞き、まさかと思って駆けつけた。そして先ほどのアヤノの人生の終着点に居合わせたそうだ。
「まぁその、さっきのは思いとどまってくれてよかったけど、蓮実さんにも連絡がないことはクラスのみんなが察したから、いよいよ何かあったんじゃないかって、みんなが話してるんだ」
「何かって、何?」
「あまり考えたくはないけど、その事故とか、あるいは……」
「事件に巻き込まれた」
アヤノの口から言葉が漏れた。
加村も真剣な表情で頷く。
「根拠もない話しだけどね。でも心配にはなるでしょ? 特に蓮実さんは」
「うん。けど、どうしよう一度心配になったら、居ても立っても居られなくなってきた」
「落ち着いて! そこでなんだけど、もう一度先生に聞いてみない? 今度は個人的に、それなら何かしら教えてくれるかもしれないよ」
アヤノは加村の言葉に頷いた。教室では個人情報だからと、何も教えてくれなかった教師だが、個人的に聞きに行けば、何かしら教室では言えなかったことを教えてくれるかもしれない。そうと決まればアヤノは足早に職員室を目指した。特に気にはしなかったが、加村も何故か付いてきた。
「先生、スミレちゃんのことで、いいですか?」
「あぁ、蓮実。来るとは思ってた……あれ、加村もか?」
「あ、俺は気にしないで大丈夫です」
「先生、スミレちゃんは私にとって、何よりも大切な友達なんです。たとえスミレちゃんにそう思われていなかったとしても、私の気持ちは変わりません。個人情報を言えないことは理解してます。けど、何かスミレちゃんのことで聞いてることがあれば、教えてください! お願いします!」
口から発する言葉、その一言一言に想いを込めて、アヤノは喋る。普段は不愛想だが、この時ばかりは、教師の目を見てそらさずに想いを伝えた。深く頭を下げて待つ。しばらく黙っていた教師の声がアヤノの頭の上に振ってきた。
「ちょっと廊下に行こう」
職員室を出て廊下の端、置いてあるロッカーの影で、アヤノと加村は教師の話しを聞いた。
スミレの転校は本当に急な事で、学校側も少し混乱した事。
昨日の放課後、スミレの家族だけが来て、転校の話しが進んだ事。
教師もスミレに最後の挨拶はできなかった事。
そして、今の世の中、やはり個人情報を詳しくは話せない事。
ただ、すまん。と申し訳なさそうに謝ったあとで、教師は最後に一言だけ口にした。
「なんでも地元に帰るそうだ。蓮実、もしかしたらお前なら、それが何処か知ってるんじゃないか?」
そう言った教師は口元だけで笑って職員室に戻っていった。
「地元、か」
大きなヒントだった。聞いたことさえあれば、場所はどうとでも調べられる。
「桑野の地元か、そんなこと聞いたこともないけど、蓮実さんは知ってる?」
「地元、転校してくる前にスミレちゃんがいた所、あれは、たしか……」
アヤノは自分の脳内。大切な記憶、スミレとのすべての想い出の軌跡を辿る。