本音が聞けてよかった①
神社までは一瞬で着いた。
大げさに誇張しているわけではなく、アヤノの感覚では本当に一瞬だったのだ。風が背中を押してくれる感覚がして、しまいには自分自身が風のように早く走れた気がした。
とはいえ、それはあくまでアヤノの感覚であって、実際は興奮状態の脳が、そう錯覚させただけなのだろう。しかし、それでも普段のアヤノとは比べ物にならないスピードが出たのは事実のようで、神社の境内に集まり、驚愕しているような村人たちと、呆然と、口を開けたまま目を見開いているスミレの表情がそれを物語っていた。
「驚いた、思っていたより早かったね。ずいぶんと近くにいたようで、こちら側には蓮実君が本当に来るのか疑っていた者もいたんだけど、杞憂だったようだ」
「必死に急いだだけ、それより、約束は絶対に守って」
「ああ、それは安心してくれ、蓮実君がスミレの代わりにっ」
「何しに来たのよ!!」
話をしていた店主が、思わず顔をしかめるほどの大きな叫びだった。
少し離れてところに入るアヤノでさえ、声に押されたような気がして一歩後ずさるほどだ。隣で聞いた店主は、さぞ物理的に耳の痛いことだろう。
それほど、スミレの叫びは大きくて、悲痛な感情に満ちているように聞こえた。
スミレは、それしか見えていないように、じっとアヤノを睨みつけている。酷く怒っていることは分かるが、アヤノには何故か泣きそうにも見えた。
「一体何しに来たのよ! 私の話しを聞いてなかったの!」
「……」
「私、帰れって言ったわよね! アヤノがいると迷惑だって、これから神聖な儀式なの、邪魔しないでよ!」
「神様への生贄になりに来た」
「は? な、なに言って」
「スミレちゃんの代わりに私が生贄になりに来たの。もうそっちのおじさんとも話しが付いてる」
「ふ、ふざけないでよ! 生贄は私よ! もう十年も前から決まってる! 今更誰にも譲る訳ないでしょ! 勝手なこと言わないで!」
「勝手なことを先に言ったのはスミレちゃんだよ」
アヤノが睨み返すと、スミレは少し気おくれしたのか、口をつぐんだ。
「何も言わずに勝手に転校して、探しに来てみれば勝手に生贄になって死ぬなんて言う。挙句の果てに、心配して来た私に、早く帰れだなんて、ホント勝手。スミレちゃんがそんなに自己中だとは思ってもいなかった」
「あ、アヤノ! いえ……貴方、馬鹿なんじゃないの? もう忘れちゃたかしら、私はアヤノのこと友達ともなんとも思ってなかったのよ。どうして友達でもないのに、私のプライベートを教えなくちゃいけないのよ。気持ち悪いわね、ストーカーみたいよ」
「スミレちゃんが、私に遠慮せずに何でも言ってくれるようになって嬉しいよ」
「はぁ?」
「私もね、スミレちゃんには遠慮しないことにしたの。スミレちゃんが自分の思い通りになるように行動してるなら、私も私の勝手で行動する。スミレちゃんからどう思われていようと、私にとってスミレちゃんが大切なことは変わりないから」
「……頭、おかしいんじゃないの」
「ふふ、それ、ここに来てからよく言われるよ。まるであの頃に戻ったみたい」
今日だけで何度聞いたか分からないフレーズに思わずアヤノは苦笑する。
その笑顔を見て、スミレは何か悟ったのか、黙って俯いてしまった。
「さて、喧嘩はもう充分だろう。時間がないんだ。蓮実君はこちらに、念のため拘束させてもらうよ」
割って入ってきた店主の言葉に、アヤノは素直に頷く。
心なしか、店主の声が焦っているように聞こえたからだ。どんな状況でも変わらずにこやかにしていたあの男が、表情は変わらずとも、額に汗をかいていた。
両手を上げてゆっくりと村人たちに近づく、一定の距離で止まるように指示され足を止めると、数人の村人がやってきてアヤノの身体をロープで縛り始めた。
縛られている両手から、アヤノは店主に視線を移す。
「それで、私はどうすればいいの?」
「何も。念のため逃げないように拘束するだけで、あとはここに居てくれればそれでいい」
「お祭りなんでしょ? 何か儀式みたいなことはないの?」
「あぁ、祭りとか巫女とかはただ形式的にそう言っているだけだよ。神様はそんなことをしてもしなくても関係なくやってくる」
「神様とか何とか言って、自分たちで生贄を殺しちゃうんじゃないんだ?」
「なんだ、まだ疑ってるのか? 神様は本当にやってくるぞ。蓮実君にもわかるだろう? 神様の気配が」
そう言った店主は海に視線を向けた。
わずかに揺れるその瞳からは、何を考えているかは読み取れない。
「何かいるような視線は感じた」
「あぁ、それだよ。もうすぐ来るぞ、覚悟はしておいた方がいい」
「どんな奴?」
「分からんよ。何せ大いなる神を直接見ること、それは死を意味するからね。受け入れる巫女、つまり生贄以外は皆で結界の中に避難させてもらうのさ」
「見たら、死ぬ?」
「正確には、死ぬより恐ろしい想いをして、気が狂って、それから死ぬ。それほど、神は私たち人間とは別次元の存在なのだよ……何を、笑っている?」
店主はにこやかな表情を崩して、気味の悪い物を見るような視線を向けてくる。
アヤノは、自分が安堵しているのを感じた。
スミレとの言い合いで、荒れていた心臓の鼓動が、今は規則的に一定のリズムを刻んでいる。
店主の話しを聞いて、心の底からよかったと、そう思えた。
見ただけで、死ぬより恐ろしい想いをし、狂い死ぬ。そんな目にスミレを合わせることなく、自分が代わりになれたことに、喜びを感じたのだ。
「別に、笑ってなんかない」
「まぁ、蓮実君は真正だからな」
「うるさい。おじさんに言われたくない」
「私はただ狂気に染まったまがい物さ」
「嘘つき、サイコパス」
「それは悪口かね? まぁいい。というわけで蓮実君がしっかりと生贄になることを、我々が直接見張っていることは出来ないわけだ。だから、きつく縛られても文句は言うな」
「文句は言ってない。私が望んだことだし」
そこでようやくアヤノの身体を縛っていた村人が離れて行った。
きつく縛られた手足は、まったく動かせそうになく、これではまともに歩くことも出来なそうだ。
アヤノは大人しく地面に腰を下ろし、逃げる気はないと意思表示をする。
店主も満足そうに頷き村人たちに撤収の合図を出している。
「あぁ~ホント最悪ね。せっかく大いなる神様の一部になれると思っていたのに、あの女のせいで台無しよ」
緊迫した場に似合わない、やたら間延びした緊張感に欠ける声が聞こえた。
スミレの声だった。
「ねぇアヤノ、貴方は今さぞいい気分なんでしょうね。私から巫女の立場を奪えたんですもの」
「たしかに、私は今いい気分。スミレちゃんをそんな恐ろしい目に合わせないですんだ」
「ふん、誰も頼んでないのよ! 友達ごっこしてやった恩を忘れたのかしら、今ならまだ遅くないわ、私に巫女の座を返しなさい」
「いや、たぶんもうそんなに時間ないよ。大人しく避難した方がいいと思う」
「はぁ~どうしても譲る気はないわけね。分かったわよ。ちょっと誰か、この縄を解いてよ、邪魔でまともに歩けないんだから」
今までアヤノすら見たことがないような態度をするスミレ。
近くの村人に顎で縄を解くように指示している。まるで我がままお嬢様のようだ。
村人は指示を仰ぐように店主を見る。
「いいだろう、解いてやれ。スミレ、お前は自分で社殿に避難しなさい」
店主の言葉を受けて村人が縄を外そうとかがみ込む。
その時だった。
アヤノは確かに見たのだ。
ニヤリと笑うスミレの顔を――




